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書のひろば

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2013年

娘靭帯切れました。全治12カ月

2013.12.29

10分で練習が終わるという時に靭帯切りました。後一日で年末だというのに。救急外来、正月病院。いいことなし。その上手術病院に転移したので完治までまだあと8カ月にかかります。おかげで母たる私、毎日二人の送り迎え。いい加減にして〜と歌いたい。まだまだ今は入院中。クラブに復帰したいらしい。スキー実習もあるから直しておいた方が安心だ。彼女やせないと傷口が開いてしまう。と脅している。

 四十肩

2013

というものになりました。それでキー入力ができませんでした。腱鞘炎はバンドで何とかしのいでいましたが、それでも箸が持てなくて左手で食べたこともありましたが、肩の痛いのって言ったらありませんでした。寝ても痛い。目が覚める、自分の肩の重さでいたくて目が覚める。誰に相談するでもない。しかし、先輩がいつか終わると教えてくれて、あきらめました。薬も少々の見ましたが、やり過ごすしかありませんでした。だいたい治ったようです。今4月だから半年くらいかかったかな。

女三人でかしましいという

3013.12

家の姉妹と従姉妹と三人で写真館に押し掛けて早めの振袖写真を取りました。本当によく化けたものです。髪型もいまどきの盛りでショートヘアがウソのようです。なゆは演歌歌手のようでした。

秋の庭師さんヘルプ

2013.10

いつもは二月に三日四日続けて来てもらっていた庭師さんに月火で秋、また春の月火でとお願いして、秋の日が来た。前から飼うようにと言われていた命綱と地下足袋をチエックしていただきましてた。庭師デビュー元年でした。庭の葉っぱ集め運びでもシルバーさんの森さんとものすごい勢いで手伝うことができました。

 

とうとうハイブリっとに

2013.10

今乗っていた車種のハイブリツトがモデルチェンジをしたのでかえました。その代わり外車を手放しました。しばらくは乗りもしない車の心配をしなくて済みます。車検や保険その上バッテリーあがりの心配もありません。ああすっきりした。十年間は保険の等級を保持できます。

正月の買い物

2014.11

福袋のエアコン3台。正月一番に並んですぐ完売。一つは子供部屋の壊れたのに交換。一つは寮につけて、後は付けるとこ探し中。なんかそれも無駄だよね。

ご無沙汰していました。

2014.4

 

年賀状のアップもそこそこにもう春になってしまいました。今年こそはいつもの不義理をとも思っていたのですが、只気に入った画像を作りましたので見てください。

すごいんだぜ。

2013.クリスマス

私が嫁に来て、本当によかったですねぇ。活きてますよ。やくにたっているんだよねっぇ。せっかくいいふうに進んでるのなら、皆さんにどんどん人気が出るといいと思います。一番うれしかったのは、よし、それならおもしろくなってきた。やる気になってきたと、いってもらえたことだ。あと、もそっと私が美人だったらいいのになぁ。もっと役にたてるのにねえ。

夫鎖骨折れました。全治6カ月

2013.9.22

自転車事故、救急車、三角巾、接骨院。いまだに続く駅までの送り迎え。当初は仕事場まで送って行って部屋や近くの店で時間をつぶして一緒に帰ってきてました。折れたのは私の骨でした。何といっても目が見えなかったのですよね。暗がりで路側帯に乗り上げたのですから。

思いもかけず生計を立てている右手が使えなくなるところでした。仕事にはかつかつ支障のないタイミングで息を撫でました。

何よりのお礼

 

2013,6

 

 

光通信

2013.5

 

息子が携帯をスマホにしたので、スマートバリューというものに切り替えるために、家じゅうの電話、ネット系統を替え終えた。かねてより、電話と、インターフォンはかえていたので、それにワイファイの移動とガス警報器を対応させた。ピアノのそばにそれらがあってある音をたたくたびに共鳴してそのケースが鳴って不快であったが解消された。娘が、今度はドビッシーを弾くらしい。そろそろ追い越されそうだ。今までのプロバイダーは休止にして、アドレスなどは現状とした。工事の間にネット屋3人とガス屋2人が来たことになる。はなしのついでに足場をのぼって鳳凰をみてもらった。(笑い)

瓦の吹き替え

2013.5.828

家の補修工事をしていて、その様子を見ようと、木登りをして枝を切っていたら、どうやら、家よりも会館の屋根が不安になってきた。そこで、木の上から、屋根を写メ。銅葺きの劣化がはなはだしく、めくれあがったり、剥離してたり。それで、理事会にお願いして会館の屋根を急きょ葺きかえることとなった。

以前から見積もっていたので、そのうちやるであろうとは思っていたものの是はのんびりと構えていられない事態でした。経費削減のために私も一員となって連日動かなくてはならないのは分かっていたから、受験後の入学手続きがが怒涛のように済んだそのあとゴールデンウィーク明けに、始まることとなった。

足場に一日。人束4。ペンキ屋3人。左官屋1人。屋根屋3人。水道屋、電気屋、カーポート2人と業者1人。手配してきてもらったのは屋根にかかる高い枝を切ってもらうに為に一日庭師1人。ポンプを見てもらうのに柴田水道さん4人。低圧を下げてもらうのに足立電気さん。もちろん現場監督2人。と私。総勢24人。すごいですね。

見学としては見える方々に声をかけた。40年に一度きり降りてきた鳳凰を近くに見られる記念にと、足場をのぼって横の幾分ひくい倉庫の上に鎮座する鳳凰と記念撮影をした。総重量80キロはあるという。上下に分けて運んだが、大人三人でやっとこせと運んだもの。写真を取ったりと、登った人、20人強。

どうせ足場を組むので壁や屋根裏を塗り直したり、裏手の出口にカーポートを設置したり。

古い敷地を掘り返し、それも、井戸ポンプと下水口の横に柱を建てようとしたものだから掘り返したら思わぬ大当たりも大当たり。管があるはあるわ。迂回のしようがない。水道屋も呼ばずに済まそうと思ったのも無理。その上、水道管とおもって切り目を入れたら中から三相の電気管。ひやひやで今度は難しい電気屋に来てもらうことになった。相当経費が心配である。その間カーポート屋は待機。雨が降ろうとしているのに。

おかげさまで最後の日も終わるころからぽつぽつであったし、工期の間に一日も雨が入らなかったのでだいたい予定通りに終了。終わった翌日に梅雨入り宣言。助かりました。ものすごく暑くて屋根下の部材が扱えない日もあり、ものすごい風で危険な日もあり、でしたけれど、怪我人もなく、乗り切りました。後一日でも長かったら私はもちませんでした。体力限界でした。お茶出しをしなくてよかったのはとても助かりました。ですが、シップはばんばんに貼りましたし、お宮掃除やお稽古やと休みなし。試験期間だったので弁当がない日があってたすかりました。

私が、最後の掃除を六万セーブするために働いたとしても、予算内で収まるかどうか。しかし、おかげさまであちこちと、小さな補修所も直していただけたのでとっても助かりました。すっきりと収まった会館は露の雨の中新緑の奥に真っ白に佇み、それはそれは美しいです。一度見にいらしてください。ありがとうございました。寄付をしていただいた皆様、どうもありがとうございました。

落慶記念に10センチの錦鯉の稚魚を20匹ばかり池に入れました。

ジェットスターの罠

201343

前日からの強風がやまない。とうとう欠航になった。急いで式用の服を調達するように指示を出す。ところがANAは飛ぶということが分かって急きょ知り合いの株主券で当日券を抑えて最終便で飛ぶ。やはり、何でもお金が要ります。でも、そのおかげでアコが運べました。ジェットスターでは楽器用の扱いがありませんのでソフトケースでは扱いに不安があります。後でそんなリスクを知りました。それで入学式に間に合って、部屋も見ることができたという次第です。

初乗りジェットスター

2013.3.31

知らなかったが、かれの押さえたフライトは就航便であった。

飛行場に付くと、カメラが四台ばかり、マイクを向けられたら笑えるねえと、持ち込んだ自転車入りの段ボール箱をあずける。念入りにサイズをきいていたので難なく通るが、エックス線を行ったり来たりとやはりチェックははいる。カーボンでできているので重量もぬかりなくパス。手荷物は最小限にして、格安航空券のポイントをおさえる。アコは重いし、楽器扱いの規定がないので壊れたら困るので、後便で母父が持ってゆくことになっている。JALのグランドホステスさんに聞いたところ、タクトの乗るのは就航便らしい。なになに、記念すべき北海道一人乗りがそんな事とはつゆ知らず、貴重な便をおさえていたこととなる。搭乗口にいる彼にメールを送る。

後で聞くと、マスコットと、証明書をもらったようだ。彼の隣の席には記者がのっていたようだ。それに、飛行機に乗りなれていない人々の搭乗で離陸が相当遅れた。雨が降っていたこともあろうが、預けた荷物をもう一度出して確認していた。おかげで彼の自転車を入れた箱がもい一度見られた。そして機内は相当うるさかった様だ。なるほど。

やっと落ち着いた。

2013.421

入学式の四日前に身体検査をするので合格発表から学校に行くまでには10日しかない。合格結果の後はまずすぐに押さえておいた部屋を契約して、見繕っていた布団の注文。寒い地方ですし、ダウンのこだわりは外せない。楽天ネットで彼の到着日に着くように手配。離島は送るのに時間や、料金が余分にかかるのでそれもぬかりなく。シーツも色をコーディネイトして注文。それから週末をはさんで入学金を払う。毎日何やカニやと朝、昼と郵便局に行く。送ってきた書類を記入して卽返信しないと間に合わない。なにしろぬかりなくぬかりなく。生協や火災保険などにも加入。生活必要品をふた箱送る。片道飛行機の手配。お祝いのお返しも一通り済んむには三週間いった。

本人のリクエストがガンガンとおる。一番先にまず携帯をスマホにするのに一日仕事。自転車も20変速のロードバイクをみつくろってきた。組み立てて、自分用に調整し二日後に車で取りに行く。帰りは自分で初乗りして帰ってきた。パソコンの中身を追加してアメ横から送ってもらうように手配してきた。ブルーレイも見られるようになったようだ。彼がいなくなっても家の固定電話も光にする手続きやら、足りないものの調達で(結局あちらで買っても部屋に運べないので)こちらからネットで家電を買って送ったり、クローゼットに入れる引き出しをサイズを聞いてそれに合うのをこちらで購入し隙間に下宿から来た愛読書やCDを隙間なく詰めて梱包、送る。

恐る恐る申しますと。

2013320

最高峰にトライした。できたつもりでいたのでそれはショックだった。ちょっと落ち込ませてと言って布団にくるまる息子の隣の部屋でいろんな書類をかたづけて次に向かう。

上には上がいた

2013.2.10

撤収というものは時間のかかるもので、予定より時間がかかる。それは予測の範囲内であったが、乗る予定のバス乗り場の本数が減っていて、いったばっかり。次は一時間後。仕方なく急きょ市の中心部まで電車に乗り、そこから飛行場行きのバスに乗った。まあそれでもぎりぎりだった。ところが夕方の渋滞。ハイウエイで短縮するだろうと高をくくっていたらなんと、遅刻のまま到着。いくら謝ってもらっても聞く耳持たず、速攻で走ったがカウンターで「もうドアが閉まったので乗れません」とのこと。飛行場横で延泊となった。部屋が空いていたからよかったものの。トイレも土産もなく走ってきたので、飛行場で腹ごしらえをしてホテルのシャトルバスに乗りこんだ。ふろの湯を張る元気もなくて、温泉に入り部屋に戻ると、かたやは机に向かって勉強していたが、私は気をもむやら家にいる家族に謝るやら。それでも、考えを変えてこれこそが唯一くつろげる時間と横にならせてもらった。翌日は一番便で飛んで(それも何だか呼び出しされてたけど、なんでそんな風になるか不思議だ)11時からの仕事にまに合って三時の昼食まで動きどうし。

それを一斉送信して皆さんに報告していたら、それらしいくない方が仰るには彼女もバスに乗り遅れて、タクシー飛ばして予約便に乗ったとか。それが、運転手に交渉して値引きしてもらって高速代込みで9500円とか。あっぱれお大阪のおばちゃん。名古屋人の私は負けました。

乗ろうかなとは思いましたが、値切ることは考えもしませんでした。

ユルキャラネーミング企画

 2013,3

とんでもないことが起ころうとしていたの。

それで、それに負けないようにと楽しい企画も入れてみた。

ユルキャラ募集がその中の一つ。取ってもいい感じの応募があったり、いい感触。楽しみにしていてくださいね。

正月の買い物。

2013.1

子機を三個にするファックス電話。プリンター。カメラ。オーブン。800ルーメンx4の照明。仲良しはヤマダ電機。あとはカメラ付きインターホンを注文しなくては。

 


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