芦川淳平の浪曲研究所

第二章 浪曲の声と節


  ●感動の基本は声の魔力
 古来浪曲の評価基準として、一声、二節、三タンカ、と言われてきた。

 浪曲における実力とは、すなわち人気であり、ある水準以上の浪曲家の比較は、個々の嗜好の問題でしかない。その際、一般的に人気を博すのは、まず声の良い者、次に魅力的な節調をもっている者、最後にタンカ、言わば芸の巧みな者、という順序であるということで、概ねこの法則は実証されている。

 言い換えれば、いかに芸達者であったとしても、声と節に魅力の乏しい浪曲家は、決して大看板になり得ないということで、逆に芸が不味くとも美声と名調で後世に名を残した浪曲家はたくさんいる。まさに浪曲が話芸ではなく声楽であるゆえんだ。

 ただし浪曲における評価されるべき声とは、澄んだ美声ではなく、いわゆる「寂声」というものだ。これは長大詩を表現するための、閑寂にして枯淡な趣ある美声で、この独特の声使いによって表現される感情の起伏が、聴衆の胸に本能的に到達しその感性を揺さぶる。そこには頭で考えた理屈の介在する余地はなく、極めてストレートな感情伝達を成し遂げる。ここが浪曲の強みであり、醍醐味でもあろう。

 浪曲家のプロのプロたる所以は、単なるイキミ声、嗄れ声をこの寂声に高めて発声し得るか否かにまず表れる。

 ちなみに、浪曲は寂声と言う特殊な声質の醇化確立が第一の歌唱条件であるが故に、自然発声の歌謡曲などと違い、プロとアマの声質上の格差が歴然としている。単に上手いか下手かと言う技術上の問題以前に声の違いがまずあるのである。

 従って浪曲には、物真似・節真似はあっても、アマチュアの歌唱文化が育ち得ず、口演者とと鑑賞者の関係がはっきりした典型的な一輪文化なのである。


 ●一人一フシ、百人百フシ

 ナニガナニシテ ナニトヤラ ナニガナニマデ ナニトヤラ

  モノガモニシテ モノトヤラ モノガモノマデ モノトヤラ

 この意味のない七・五音の繰り返しは、浪曲師が発声練習にも用いるミータである。

 脚本の歌詞に関係なく、ここに乗せて創造されるメロディーとリズムが叙事曲としての浪曲の基礎曲、基本となる曲節である。これは浪曲家一人一人独自のもので、奈良丸節、幸枝節、満月節などとそれぞれの創作者の名を冠して称される。こうしたオリジナルな曲節を持って初めて一流の浪曲家と呼ばれるのである。

 浪曲の音楽性でさらに特徴的なことは、オペラやミュージカル、歌謡曲など他のほとんど全ての歌曲のように規則的な節によって部分的に区切られたものではなく、一作を全体を通して作曲された通作歌曲であるということで、その中には詞(叙唱)の部分も含まれる。歌曲のジャンルでこれにもっとも近いのがバラード(物語詩)だ。

 浪曲の一曲は、アリア(詠唱)とメリスマ(言葉じりを延ばすながめ謡法、いわゆるアンコ)で構成されるフシ(節)と言葉に抑揚とリズムを付けて語るレチタティボ(叙唱)によるタンカ(詞)の組み合わせで形作られている。

 現実はこのタンカの部分を自然会話の話芸として語られることが多いが、厳密にいえば、この形態は叙事歌曲としての浪曲と話芸を組み合わせた混合芸能なのである。

 従って節の部分は浪曲独自の寂声で語り、会話を地声で語るという混在が常態となっている。歌曲としての浪曲では詞の部分もあくまでも寂声が使われるべきなのだ。

 ●関東・関西・節の色々

 浪曲は、東京と大阪で幕末のほぼ同時期に生まれ、交流を重ねながらもそれぞれ別個の芸風を形作ってきた。その違いを端的に表すのが、関東節と関西節という分類である。

 今日では両者の違いは、その浪曲師の本拠地が関東か関西かによるものではないし、亭号(東家、木村、広沢、吉田、京山など)によっても明確に区分けできない。例えば、関西節の家系である広沢でも虎造は関東節だし、関東節の東家でも三楽は関西節だ。

 関西の浪曲師で関東節のものはいないが、関東の浪曲師の場合、寿々木米若、春日井梅鴬などは純然たる関西節だし、今日ではむしろ純然たる関東節の浪曲師は数少ない。

 両者の違いを明確に区分するものは元来三味線の調子だといわれてきた。高い調子が関東節で低い調子が関西節の三味線だった。ところがこれも現在では、三味線の響きがよく伴奏が派手に聞こえると共に演者が調子を取りやすいという理由で、関西節の演者もほとんど三味線の調子を高調子に合わせているため、これも目安にはならなくなった。

 従って関西節か関東節かは聞き比べて判断するとしか言い様がなくなってしまったため、誤って言われることもままある。

 根本的な両者の違いは、その成立の違いにまで遡る。

 関東の浪花節は、デロレン祭文が関西から伝わった歌浄瑠璃を取り入れることで出来上がったもので、声質は祭文語りの固い高い調子の寂声を基本にしている。このため関東節は高く張り上げる一本調子の節調が多く、一曲を構成するバリエーションに乏しくなりがちで、変化を付けるために様々な他芸の節を取り入れてきた。その特徴的なものが約節と呼ばれるもので、義太夫や説経節から転用した「四つ間」「観音」「説経」「カンチガイ」「セメ」などを情景に応じて織り込む。関西節の滑らかさに関東節の切れ味を取り込んだ合いの子節(中京節)も生まれる。例えば虎造節として知られているものは、木村重松の関東節と鼈甲斎虎丸の中京節をつなぎ合わせた物なのだ。

 これに対して、関西節は説経節が変化した軽く軟らかみのある寂声が基本になっており、哀歓の表情豊かなバリエーションに富んだ節調の表現が可能だった。声を張り上げてまた絞り出して哀愁を表現する関東節と違い、関西節は因果応報を説く仏教説話のごとく柔らかな節使いの変化で説得力を持つ。転じて軽妙洒脱の表現も可能で、滑稽節(ケレン節)と言うジャンルも関西節だからこそ生まれ得たのである。