伐採道路と生活の変化
「道」は何をもたらしたか? 〜熱帯林伐採の副産物〜
森林伐採
〜日本とのつながり〜
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  マレーシア・サラワク州と日本は、その豊かな熱帯林が材木資源として大規模に伐採され、それを日本が大量に浪費しているという点で、結びつきが深い。さらに近年は、油ヤシの大規模栽培が盛んになり、そこから作られるヤシ油が大量に日本に輸出されている。しかし、その森林伐採や油ヤシ・プランテーションによってサラワクの森に住む先住民族が住居を脅かされ、畑を破壊され、伐採やプランテーション造成に反対した事によって逮捕者まで出ている事は、あまり日本では知られていない。サラワクの木を大量に消費しているに私たち日本に住むものにとって、サラワクの先住民族に降りかかっている災難は決して無関係な出来事ではない。
  私たちの熱帯材の大量消費が、彼らに様々な影響を与えている。

森と共に暮らすためのロングハウス
  「ロングハウス」とは、サラワクの先住民族に多く見られる村の形態である。その名の通り「長屋」である。村全体が一つ屋根の下にコミュニティーを作り暮らしている。ロングハウスの長さはその村の世帯数によって変わってくるが、長いものになると300mを越えるものもある。「長い」ということ以外に「高床(たかゆか)」であることも大きな特徴である。地面から床までの高さは2〜3m程ある。高床にする理由はいくつか挙げられる。床下に風を通す事で湿気を防ぎ、涼しく過ごす事ができる。また森に住む様々な獣から身を守る事ができる。さらに、高床にする大きな利点のうちの一つは、ロングハウスを建てるときに整地をしなくてよいということである。地面を平らにしなくても、床を支える柱の長さを場所によって調整すればよいのである。
  ロングハウスは主に「鉄木(てつぼく)」と呼ばれる硬く長持ちする木で建てられており、建て替えのときなどは再使用される。屋根はヤシの葉や板で葺いてあり、熱帯の強烈な日差しを遮ってくれる。また、熱帯林は容易に道路を作る事ができないため、川を船で行き来する事が交通の手段となる。このためロングハウスは川のそばに立てられる。
  こうしたロングハウスの特徴は、先住民族が長い年月をかけて蓄積してきた「森と共に暮らす知恵」であるが、そんな彼らのライフスタイルがここ近年、急激に変化してきている。その原因の一つが熱帯林伐採だ。もちろん、森に依存して生きてきた先住民族の暮らしに熱帯林伐採は直接的な影響を与えるが、ここでは、熱帯林伐採のために作られた「伐採道路」が彼らに与える影響について書いてみたい。

伐採のながれ
  サラワク州は豊かな熱帯林に恵まれ、木材資源として大きな財源になっている。現在でも盛んに木材の切り出しが行われている。森林伐採はまず、伐採道路を作る事から始まる。幹線道路や、大きな川に作られた艀(はしけ)から、伐採予定地まで伐採道路を延ばし、目的の木を切り尽くすと、次なる伐採予定地に向けてさらに伐採道路を延ばしていく(択伐方式)。切り出された丸太は、巨大トレーラーに載せられ、伐採道路を通って木材集積所に集められる。ここで種類別に分けられ、直接、町の近くにある製材所へ運ばれるか、近くの川まで運ばれる。川まで運ばれた丸太は筏に組まれ、引き船によって、川岸にある製材所まで運ばれて加工される。 製材所は大きく分けて2つのタイプがある。一つは板材や角材を作る製材所。これは主に国内向けに出荷される。もう一つは合板を作る製材所である。合板はその多くが国外向けで、大半が日本に輸出される。 いずれも製材所は輸送の関係から、木材運搬船が接岸できるような大きな川に面して建設される事が多い。

森林伐採の副産物
  このように、伐採を目的として作られた伐採道路であるが、その地域に目的の木がなくなったときには、「伐採道路」としての役割を終える。伐採業者も引き上げ、巨大トレーラーが行き来する事もなくなる。サラワク各地には、このようなすでに役割を終えた「伐採道路」が数多く残されている。しかし、この「伐採道路」が森に住む先住民族に大きな影響を与えているのである。
  今まで川を唯一の交通手段としてきた先住民族は、伐採道路ができた事によって、幸か不幸か、新たな交通手段を得ることになったのである。「道」は「川」にくらべ数段手軽に移動したり物を運搬する事ができる。川では、「ロングボート」と呼ばれる、幅約1m、長さ4〜6mの屋根のないボートに、船外機をつけて移動していた。船外機やそれを動かすためのガソリンには現金が必要である。しかも川は自然の影響を受けやすい。雨によって増水したり、日照りによって水が少なくなったりして不安定である。場所によっては町まで出るのにかなりの時間がかかってしまう。それに対して「道」は自らの足で歩く事ができるし、幹線道路まで出れば路線バスに乗る事ができる。また乗り合いタクシーなどを利用すれば、かなりの奥地まで行く事ができる。

急激な変化をもたらした「伐採道路」
  こうした「道」の便利さが、先住民族に様々な影響をもたらした。最も顕著なのは、ロングハウスの構造と建てられる場所の変化である。まず、ロングハウスの大きな特徴であった「高床」がなくなり、川沿いよりも道沿いに建てられるようになった。手軽に町と行き来できるようになったため、今まで運ぶ事が困難だった、セメントやレンガ、鉄筋などを手に入れる事が可能になった。今まで森から得られた素材で作られていたロングハウスは、今やレンガと鉄筋コンクリートで作られるようになったのである。コンクリートやレンガで造られるため、かなりしっかりした作りで、しかも2階建が可能になった。その反面、床や壁はコンクリートになりあの快適な「高床」は姿を消した。屋根はトタンで葺かれ、日が照ると暑くなり、雨が降るとうるさい。場所によっては、町から水道や電気をひくロングハウスも現れた。この数年の間で、森の奥から「伐採道路」沿いに移動し、こうした「モダン」なロングハウスを建てる村が多く見られるようになった。ロングボートがオートバイや車に変わり、さらに容 易に町に出る事ができるようになった。
  「道」の存在が、先住民族の就労形態にも影響を及ぼしている。従来は、ロングハウスに住み、伝統的焼畑農法によってお米や野菜を作ることを生活の中心とし、しばしは森に入り、狩猟、漁労、採集などの森の恵みを消費する生活を送っていた。しかし、道ができた事により、ロングハウスに住みつつ、近くの町で仕事を見つけ、通勤をする人も現れた。また、農閑期に習慣的に行われていた出稼ぎも、容易に町に出れるようになったために、頻繁に行われるようになった。
  熱帯林伐採の思わぬ副産物が先住民族に及ぼした影響は、良しにつけ悪しきにつけ、今後さらに急速なライフスタイルの変化を引き起こすだろう。容易になった町への移動、貨幣経済の流入、様々な物資や情報の流入、「モダン」になったロングハウス、就労形態の多様化など・・・。それらは、彼らにとって望んでいる事なのかもしれない。しかし、同時に彼らが太古の昔から培ってきた伝統的なものが急速に崩壊しているのも事実である。ロングハウスの形態が変わり、森の神々に対する信仰が薄れ、森と共に暮らしていくための様々な知恵が子どもたちに伝わらなくなっている。

何ができる?
  私たちの熱帯材の大量浪費が、こうした彼らのライフスタイルの急激な変化を生み出している一つの大きな原因であるわけで、自分にはこんなこと言う権利はないのであるが、森と共に暮らしてきた彼らの伝統的なライフスタイルが崩壊していくのは残念だ。サラワクを訪れ、彼らのライルスタイルの変化を目の当たりにする度に、複雑な思いになる。日本も近代化の流れの中で、伝統的なものをたくさん切り捨て、今の生活があるわけで、サラワクにおいても同じ流れが今、押し寄せているのかもしれない。自分ができる事は、その変化をしっかりと見て、できるだけ多く記録に残す事、そしてたくさんの人に知ってもらう事、そう考えている。

                                                    (1998.10.24)
アジアボランティアセンター(AVC)では毎年、「森と共に暮らす先住民族を訪ねる旅 サラワク・スタディツアー」を行っています。関心のある方はこちらまで

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