怪談 幽霊の手形

旧サイトから編集・転載しています。

まだ不動産・建築業界の駆け出しだった頃の
本当にあった怪談話を書き記します。


クレームの連絡

当時私は某不動産会社の営業マンとして主に新築戸建てを扱っていました。
ある夏の日、他の不動産会社から「物件を売ってくれ」と言う依頼がありました。

さっそく図面を頂いて現場を見に行きました。
そこは埼玉県の郊外にある駅から歩いて15分程の場所で、
ちょっとした畑の中の道を入ってゆくと、
手前に家一軒分の空き地があって、
その奥に新築が2棟建っていました。

家の中を見ると、
お世辞にも良いグレードとは言えない建物でしたが、
駅から比較的近い事と、
値ごろ感からこれなら売れる物件だと判断しました。

早速同僚と二人で販売に掛かると、
直ぐにお客様が付いて完売となりました。
引渡し前には建物をお客様と一緒に隅々まで点検して、
汚れや毀損箇所が無いか見て回り、
何も問題がなかったので、無事に引渡しとなりました。

それから3ヵ月程経った頃でしょうか、入居したお客様から
「気味が悪い。」
と連絡がありました。そして、
「とにかく見に来てくれ。」
とおっしゃるので、仕事をやりくりしてその日の夕方に伺う事にしました。

現地に着いて、手前の空き地に車を停めて降りると、
空き地の隅に小さな石碑があるのが目に入りました。
夏に売り出したときには草が生えていて全く気がつかなかったのです。

家に入って事情を聞くと、
「天井に人の手形が浮かんで来た」
と言うのです。
それは、1階の和室の天井で、
見てみると確かに人の手の跡があります。
でも、入居前の点検時にはその様なものは絶対にありませんでした。

ご主人様の話では、入居した当時は何も無かったそうで、
入居してしばらくしたら薄い手形が浮かび上がってきて、
それが日に日に濃くなってきたそうです。

同時期に建てられた隣りの建物にはその様な現象は起きておらず、
石碑のある空き地に面したこの家にだけ現れている様です。

床から天井までは2.4mあります。普通では手は届きません。
もちろん家の人はそんなところは触っていませんし、
わざわざ触る必要もありません。

その時はどうする事も出来ず 現場を確認して、お客様には
「会社に報告をします。」
と言って引き上げてきました。


無縁仏

引き上げて来たのは良いのですが、
隣りの空き地にあった石碑がどうにも気になります。
気になって仕方ないので、
翌日の昼間に同僚と一緒に石碑を確認しに行きました。

現地に着いて、石碑を見てみると
どうやら江戸時代の物の様です。

更に良く調べてみるとやはり墓石の様で、
「無縁仏」
と刻まれているのが目に入りました。
思わず同僚と顔を見合わせてしまいました。
まさか、天井の手形は幽霊の手形?!

晩秋だというのに二人とも背中は汗びっしょりになっていました。
「おい、どうする?」
「どうするって言ったって、俺達じゃどうにもならんだろう。」
確かに我々ではどうにもなりません。
ここはひとまず会社に引き上げる事にしました。

会社に戻ると、
丁度取引先の工務店の社長さんが来ていました。
この工務店の社長さんとは気心が知れているので、
昨日からの事の顛末を工務店の社長さんが居る前で、
上司に報告をしました。

するとその話を聞いた工務店の社長さんは
「はは~ん。やっちまったな。」
というのです。
私は
「何をですか?」
と尋ねると
「やるべき事をちゃんとやらないからそういう事になるんだよ。
俺が行って解決してやるから、
お客さんと連絡を取って段取り取っておいてくれ。」
と言われました。

やはりキチンとお払いをしないで家を建ててしまったのがまずかったのでしょうか?
あのお墓が何か影響しているのでしょうか?
それにしても工務店の社長さんはお払いができるのでしょうか?
もしかして霊能者?


悪霊退散!?

後日お客さまの在宅時に現地で工務店の社長さんと待ち合わせをしました。
我々が先に現地に到着して、程なくして社長さんが到着しました。

トラックから社長さんが降りると、石碑には目もくれず
脚立と薬品の様な物を持って
「この家かい?」
と言って、件の家の中へさっさと入って行ってしまいました。

工務店の社長さんは、さっそく天井の手形を見て、
「はいはい、これね。」
と言って、脚立を組上げると、
持って居た薬品を布に湿らせ、手形の所を拭き始めました。
すると手形の跡がきれいに取れて無くなりました。

「これね、お化けじゃないから。この天井板は檜板なんですよ。
檜板を素手で触ってしばらくすると、
人の手の脂が酸化して、こういう跡になって出てくるんだね。
もちろん足で踏んずければ足の跡が出てくるんですよ。
だから、大工はこの手の板を扱う時には必ず手袋をはめて作業するんですが、
きっと何かの拍子に素手で触っちゃったんでしょうね。」

なぁ~んだ、そう言う事だったのか、この間変な汗かいちゃったよな。
私と同僚は帰りの車の中で大笑いしてしまいました。

こんな事を繰り返しながら、建築の知識をひとつひとつ覚えていったのでした。

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2018年04月22日