『スクービー・ドゥー』    
Scooby-Doo

 ミステリー社の4人と1匹が再会。島ごとテーマパークのスプーキー・アイランドに招待されて若者を洗脳する邪教の謎に迫る。…今回はアンデッドは出てきません。
 ラジャ・ゴズネル監督。実写とCGでアニメ『弱虫クルッパー』を再現。70sな衣装とゴシックなセット美術が楽しめるほか、豪華キャストの集結が見所。シャギー(ボロピン)役にマシュー・リラード、ダフネ(ファンタ)役にサラ・ミシェル・ゲラー、フレッド(ハンサム)役にフレディ・プリンゼJr、ヴェルマ(メガコ)役にリンダ・カーデリーニ。おおスゴイ!
 アニメのキャラを忠実に再現、とか言ってますが、見た目はともかく性格は随分違う気がします(メガコ以外)。墓守は子供の頃からアニメのキャラがどれも好きじゃないので(メガコ以外)、映画版の方が気に入りました。ですが一番感動したのはサラ・ミシェル・ゲラーとサム・グレコの格闘シーン。バッフィに比べると隔世の感有りです。
 続編もやるそうです。

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ステーシー    
stacy

 ステーシーは大槻ケンヂの創造したアンデッドモンスターで、ゾンビの一種とされています。作品が社会現象化しているわけでもなく、言葉も一般化しておらず、大槻ケンヂの作家性の範囲内にしか存在しないモンスターですが、いろいろ作品は出ているのでジャンルとしてまとめました。
 近未来、ステーシーと呼ばれるモンスターが地上に蔓延します。15歳から17歳の少女が、突然ニアデスハピネスと呼ばれる意味のない笑いの表情を見せ、人肉を食らう生ける屍と化すのです。彼女たちを「再殺」するためには、身体を165以上のパーツに分断しなければなりません。最初は恋人や親、兄弟が再殺していましたが、後に「再殺部隊」という軍隊が結成されます。ステーシー化現象の原因は「神の気まぐれ」としか説明されません。少女たちは不意にやってくる死の運命を受け入れ、再殺する男たちを許し、むしろ感謝の言葉さえもらします。
 この作品群は一般に、「諦観」「運命の受容」を描いたものだとされているようです。死んでいく当の少女は一人も怖れていないし、再殺する男たちも、恋人や家族を殺さなくてはいけない悲しみこそあれ、襲われる恐怖などは全く感じていません。たしかに「悲哀」を「諦観」で超越しているかのように見えます。しかしながら、ステーシーというモンスターが本当に表現しているのは、現実の少女たちを待ちうけているのが「死」よりもはるかに恐ろしい「老い」の運命だ、ということだと思います。自殺する勇気がないならば、じわじわと老い、醜いオバサンとして何十年も生き続けなければなりません。「神の気まぐれ」が全員の老化を止めてくれ、恋人に悲しまれながら殺されていくのであれば、たしかに「それは楽なことだから」と思いました。
 「ステーシー」という言葉の由来はわかりません。夢野久作『死後の恋』かなとも思いましたが。

 ステーシーの登場する作品:
 『ステーシー』(小説)
 『ステーシー』(マンガ)
 『ステーシー』(映画)
 『ステーシーの美術』

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『ステーシー』    
Stacy

 大槻ケンヂの書いた小説。というより詩に近いでしょう。擬音などが多くてかなり読みづらいです。
 「ステーシー」という世界観を描いたもので、プロット自体はごちゃごちゃして、ほとんど小説の体をなしていません。メインになるのは再殺部隊の科学者有田約使が、言葉を話すステーシー「モモ」に遭遇する話。それに作家渋川が時代の変遷を徐々に受け入れていく話と、超能力少女ドリューの死を描いたエピソードが絡みます。
 ステーシーというモンスターはまだ一般化しておらず、大槻ケンヂの掌中にあります。そのためステーシーについて知りたければ、この本を読めば必要にして十分な情報を得ることができます。

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『ステーシー』    
Stacy

 大槻ケンヂ原作の小説を長田ノオトがマンガ化。
 原作の挿絵イラストも長田ノオトが描いていたので、違和感は全くなし。話は、ロメロ再殺部隊の科学者、有田約使のエピソードを中心にダイジェストされたもの。
 カラーが良かったのに、と思います。小説を読んだ時に「色に対する欠乏感」を感じたので、マンガやイラストにはやっぱりそれを表現してほしかったです。でもそのためには、違う人が描かなくてはいけないかもしれません。長田ノオトの絵は色彩感に欠けている気がします。中にはモノクロでも色彩を感じさせる絵が描ける人がいますけれども、長田ノオトは逆で、カラーで描いてもモノトーンなシャープさ、淫靡さがあります。長田ノオトの本領は設定のトボケ具合にあると思うので、併載されているオリジナル作品の方が面白いなあと思いました。
 あと、ゾンビの真骨頂はその動きにあると思います。映画版に期待。

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『ステーシー』    
Stacy

 友松直之監督。希代のバカ映画。
 よくもまあここまでと思えるほど下らない映画に仕上げてくれました。いや、映画というより芝居のリハーサルをビデオ撮りしたかのようでもあります。色彩感がどうとか動きがどうとかマンガ版のときに言っておりましたが、そんなことは最早どうでもよいのであります。何しろこの映画、「愛」がどうとか本気で言っているのです。おそらく伝説のカルト映画として永く語り継がれるでしょう。
 いろいろな人が出演しておりますが、一番おいしいのは筒井康隆でしょう。ファンのために申し添えておけば、佐伯日菜子も大活躍しています。

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『ステーシーの美術』    
Art of Stacy

 筋肉少女帯のアルバム。収録曲中、『トゥルー・ロマンス』『再殺部隊』の2作品がアンデッドと関係ある曲です。
 『トゥルー・ロマンス』は、死んだはずの男が恋人に会うために「ラブ・ゾンビ」となって故郷の村に帰ってくる、という内容の歌です。本城聡章作曲。昼下がりの牧歌的な雰囲気とゾンビのミスマッチが面白いです。アルバム全体に映画のモチーフが使われ、「タランティーノ」という言葉も他の曲の歌詞に出てくるので、この曲のタイトルは映画『トゥルー・ロマンス』から採ったんだと思います。
 『再殺部隊』は「ステーシー」の世界観を歌にした本アルバムのタイトル曲。橘高文彦作曲。正直なところ、この曲さえ聴いてしまえばステーシーの何たるかはわかるので、小説やマンガは蛇足かという気もします。でも歌詞には「ステーシー」という言葉は出てこないので、アルバムのタイトルを見ても「ステーシーってなんだ?」としか思いませんでした。

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『スペース・バンパイア』    
Lifeforce

 とんでもない映画。
 ハレー彗星に潜む宇宙人の難破宇宙船から冬眠状態の地球人男女(実は吸血鬼)が発見されるという『2001年宇宙の旅』のような冒頭。以後2時間ヘンリー・マンシーニの荘厳な音楽が流れ続け、マチルダ・メイは全裸ヘアヌードのまま徘徊し、3体の吸血鬼は『ヒドゥン』よろしく肉体を移り変わりながらゾンビ風の眷属を増やしていく。第二次大戦の大空襲時代にしか見えないロンドン(物語は86年)には死者が跋扈し、地下大本営の首相までが吸血鬼に。英国大ピンチ。
 この国難に立ち向かうのがSASケイン大佐と彗星調査船唯一の生き残りカールセン船長(米国人)。原作が似非科学の巨匠コリン・ウィルソンということもあり、吸血鬼が吸うのは人血ではなく「生命力」だったり、カールセンが突如テレパシー能力を得たりする。最後はセントポール寺院の地下で女吸血鬼と宇宙に青い光(生命力)を放ちながらセックスする最中、カールセンは吸血鬼を鉄の杭で(自分ごと)貫いて倒す。過去に地球に来たこのスペース吸血鬼こそ世の吸血鬼伝説の起源ではないかという着想から、昔ながらの倒し方を踏襲したのである。
 トビー・フーパー監督。軽妙な脚本はダン・オバノンなど。全く面白くないこと以外にはケチのつけようがない大傑作。

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『スリーピー・ホロウ』    
Sleepy Hollow

 ティム・バートン監督。ワシントン・アーヴィングの小説『スリーピー・ホロウの伝説』を映画化したもの。
 18世紀末、アメリカの寒村スリーピー・ホロウで連続首狩り殺人事件が起こります。主人公イカボッド(ニューヨークから来た警官)が捜査を始め、村人たちが首無し騎士の幽霊の仕業と信じていることを知ります。自分の目で見てそれが迷信ではないと知ったイカボッドは、首無し騎士を操る黒幕を探すことにしました。
 独立戦争時代の殺人狂の傭兵が戦死し、村の近くに埋められました。魔女が死体を掘り起こして頭蓋骨を隠したので、この傭兵は自分の首を探す幽霊となりました。魔女はこの首無し騎士を操り、邪魔者を次々に殺していたのでした。「首無し騎士」とは元来アーサー王伝説などに登場し、主人公を試すために挑戦してくるキャラクターで、アンデッドではありません。この作品のモンスターはむしろ、死を告げる首無し御者デュラハン(一種の死神)に近いかもしれませんが、デュラハンもアンデッドではありません。
 ハマープロ映画などのゴシックホラーを真似たにしては、モンスターの悲哀が描けていません。かといって主人公の内面の変容が描けているわけでもなく(母親の夢の中途半端なことといったら)、犯人探しもつけたりにしか見えません。どれかに絞り込めば少しは面白い作品になったと思うのですが。良くも悪くも子供向けの、現実生活に無関係なハイ・ファンタジー作品だと思います。

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『THREE/臨死』    
Three

 韓国、タイ、香港の3監督が競作するホラーオムニバス。
 第1話「memories」はキム・ジウン監督。妻の失踪を機に精神に失調をきたし始める。一方突如路上で目を覚ました妻は記憶を失っていた。持っていたクリーニングの伝票を頼りに家に帰ろうとするが、実は彼女は夫に殺され、幽霊となっていたのだ。…話は要するに『シックス・センス』なのですが、映像的に結構凝っていて面白いです。
 第2話「the wheel」はノンスィー・ニミブット監督。老人形使いが死の間際、人形を川に捨てようとした。その人形を奪って一座を乗っ取った男の身に次々と不幸な出来事が起こる。人形は呪われていたのだ。…人形使いと舞踏家の確執だのタイの田舎の葬式だの珍しいものがいろいろ見られますが、話は普通の怪談です。
 第3話「going home」は陳可辛(ピーター・チャン)監督。取り壊し直前の老朽マンションに住む漢方医は、死んだ妻を甦らせるため、死体を3年間薬湯に漬けていた。息子と共に越してきた警官がその秘密を知ってしまい、監禁される。結局警官は仲間に救出され、漢方医は逃げようとして事故死したが、押収したビデオを調べたところ、かつて漢方医は一度死に、妻が薬湯で復活させていたことがわかった。…こういうのは中田秀夫スタイルと呼ぶんでしょうか。漢方医学で復活するゾンビというのは新しい発想だと思いました。ラブストーリーと呼ぶには趣味が悪すぎます。

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