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テキスト: カニグズバーグ作品集4 『誇り高き王妃』 岩波書店 (2002.07)
"A Proud Taste for Scarlet and Miniver" Simon & Schuster (1973/2001)
* 参考文献

* * *
「誇り高き王妃」 アキテーヌのエレアノール 3
― Eleanor of Aquitaine ・ Alienor d'Aquitaine―




 *表紙の絵 王妃エレアノール


  十字軍遠征の往路。エレアノールは、東西文化の交わるコンスタンティノープルの街のすべてが気に入ります。ヨーロッパでは見られないふかふかの絨毯(じゅうたん)が欲しくてなりません。
  以下、逗留先の宮殿の一室。 ルイとの会話です。

* 「カーペットを一、二枚おみやげとして持って出たら、マヌエル皇帝は気を悪くなさいますかしら。・・・」
「エレアノール! 盗みは、許さん。」
「魂は盗みによって傷つくでしょうが、このたくましい足は、それとひきかえにどんなにか癒されることかしら。」
「いくら癒されようとも、盗んだカーペットを歩いたその足では天国には行けますまい。」
「王が、冗談を覚えることもありますまい。」 (P. 63)  
                                             ('魂'に、たましいと振り仮名。'たくましい'に傍点

"Do you think Manuel will mind if I take a few of his carpets as souvenirs? ・・・"
"Eleanor! Thou shalt not steal."
"But whatever harm I do my soul by stealing, I shall make up for by the help and comfort I shall do my feet. Feet have soles, too."
"You will hardly enter Heaven on feet that have walked on stolen carpets."
"And you will hardly learn to take a joke." (P. 55)


  いくら修辞のためでも、「たくましい足」は困ります。エレアノールは、ほっそりとした人ですから。それに、たくましかったら「癒される」必要もそうは無いような. . . ?
  十戒の中の Thou shalt not steal. は、やはり「なんじ、盗むなかれ」がいいなぁ。
  そして、コンスタンティノープルのcarpetsは、カーペットではなく、絨毯(じゅうたん)の方が雰囲気が. . . 。トルコの絨毯、ペルシャの絨毯、アラジンの魔法のじゅうたん. . . 。

  「たましい」の語呂合わせで、文脈としても通じるのは、「やましい盗み」「いたましい足」あたりでしょうか?   うーん、でも上手く決めるのは至難の業です。一歩間違うと、駄洒落になっちゃう。
  言葉遊びやレトリックの翻訳には、卓越した日本語の力が必要だと思います。中途半端だと、何もしない方がいいことになって. . . 。  とにかく、「たくましい足」を創作するくらいなら、そのまま素直に訳し、「たましい」と「足の裏」にソウルと振り仮名をする方が、まだ、ましみたい。(soul and soles

* 「ここのじゅうたんを一枚か二枚、おみやげに持って出たら、マヌエルは気を悪くなさるかしら。・・・」
「エレアノール! 汝、盗むなかれ。聖書のことばをお忘れか? 」
「盗みによって、どんなに 'たましい' が傷つくとしても、この足の痛みが癒せたら、罪滅ぼしはできてよ。だって、'足の裏' は満足するでしょ。」
「盗んだじゅうたんの上を歩いた足では、天国へは行けますまい。」
「ルイに冗談の通じることは、天国へ行ってもなさそうね。」
                                           

 
  敬虔でまじめ過ぎるルイと、まだ若く、遊び心いっぱいのエレアノール。これでは、いずれ離婚に至るのも仕方がないなぁ、と納得するシーンです。


* * *



  ヘンリー2世によってソールズベリーの牢に幽閉されていたときのこと。
  ストーンヘンジ(Stonehenge : ソールズベリー平原にある巨石群)を眺めながら、エレアノールは物思いに耽ります。

* 「この石はどうしてここに来たのだろうか、・・・・ 平べったいパンケーキのようなこの巨大岩石が、この土地原産のものであるはずがありませんもの。」(P. 164)

  "I wonder how these stones got here. ・・・ Surely these giants are not native to this flat pancake of land." (P. 152)


  パンケーキのようなのは、石ではなく、土地 (land) です! →  *表紙の絵 ストーンヘンジの写真・イラスト
  それに、詩人のエレアノール。「巨大岩石」という言葉は、まず使わないと思うのですが。せめて「巨大な」かな?  でも、ここはgiants (ジャイアンツ)。 ストーンヘンジの石柱を、巨人になぞらえています。

* 「この石はどうやってここへ来たのかしら。・・・ 石の巨人たちが、薄いホットケーキみたいなこの草原の生まれでないことは確かですもの。」



* * *



  エレアノールとヘンリー2世は、息子たちの誰にどの領土を継がせるかで争っています。ヘンリーが、後継者のリチャードをないがしろにし、大切なポワトゥとアキテーヌを、末子のジョンに譲るという理不尽なことを言い出したのです。エレアノールは、猛然と反対します。

* 「恥を知ってください。見せかけの王になるなど、リチャードが承知するわけがありません。・・・形ばかりの王が欲しいなら、ジェフリーを選ばれたらいいのです。ジェフリーはりっぱな人材です。能力はあっても想像力に欠けてはいますが。」(P. 181)

  "Shame on you. Richard will never consent to being a phantom king. ・・・You would do better to choose Geoffrey to be your paper king. Yes, Geoffrey is excellent material. He is competent but unimaginative." (P. 167)

  形ばかりの王に推される四男坊のジェフリーには気の毒ですが、competent but unimaginative 「有能ではあるが、想像力がない」は、推薦理由なので、補うのであれば「・・・から」や「・・・ので」。

* 「・・・形ばかりの王をお望みなら、ジェフリーを選ばれたらよろしいのです。そう、ジェフリーは打ってつけ人材ですわ。有能であって、想像力に欠けていますから。」



  次は、のちに欠地王と呼ばれるジョンについて。

* 「・・・王があの子に関して人並みの成果をあげられたとは思えません。うっとりするような音楽とは無縁なくらしをこころがけられてきたことはわかりますが。あの子にはねっとりした粘液とむっちりした筋肉しかありませんもの。ジョンときたら、欲しいものがあれば、泣き叫び殴りかかる。鼻水だして筋肉つかうだけ! 王冠を持ちこたえる骨など、ありはしません。アキテーヌをジョンにやるなど、認められるわけがありません。」(P. 181)
                                            (うっとり、ねっとり、むっちり、に傍点。)

  " ・・・and I cannot see that you have done even an average job. You have seen to it that he has been raised without music; you have formed him of mucus and muscle. He either cries for what he wants, or he punches for it. Snot and sinew! There is no bone there to hang a crown on. I will never, never consent to giving the Aquitaine to John." (P. 167)


  まず、音楽と無縁のくらしをすると骨がなくなるのか?  という疑問がわきます。
  また、music・・・mucus and muscle (音楽・・・粘液と筋肉)を、言葉遊びと考えての訳だと思いますが、それぞれに、うっとり、ねっとり、むっちりを付け、その上に傍点では、暑苦しく冗漫。ヘンリーの横暴をなんとしても阻止しようという緊迫感が薄れてしまう気がします。「たくましい足」のくだりでも触れましたが、この種の親切心は、ありがた迷惑とも . . . 。

* 「・・・人並みの躾さえなされたとは思えません。音楽とは無縁なくらしを心がけていらした。そして粘液と筋肉であの子を作られたのでしょう。 欲しいものがあれば、泣き叫ぶか殴りつけるかですもの。鼻水と筋肉だけ! あの子に王冠を支える骨などありはしません。アキテーヌをジョンにやるなど、断じて、断じて認めるわけにはいきません。」


  form him of mucus and muscle ― 粘液と筋肉で形成する
  この言い方、とても面白く感じました。粘土のお人形を作るみたいで、それでいて、「ヘンリーの粘液と筋肉で作った子ども」とも読めます。
  ヘンリーは、末っ子のジョンをベタベタに溺愛していました; エレアノールは、ジョンがまだ幼い時に幽閉され、会うことさえ許されませんでした。
  いろいろを思って、私は「音楽 =エレアノール」説をとりたいです。^^

* * *



  『歴史をさわがせた女たち・外国編』に、「このしたたかな王妃は年下の夫や息子が死んでからも生きつづけ・・・」とあったように、エレアノールは、息子たちにも次々に先立たれてしまいます。
  以下は、獅子心王・リチャード1世の死について、辛そうに、けれど淡々と語るシーンの冒頭です。


* リチャードの死は、残忍で痛々しいものでした。しかも無意味な。そうは言っても、息子が獅子心王という名を得たのがどうしてなのか示すためには、このことのいきさつをお話ししないわけにはいかないでしょう。(P.200)

  Richard's death was brutal and painful. And meaningless. But I must tell of it to show that  my son Richard earned his name, Lion Heart. (P. 186)
* リチャードの死は、耐えがたいほどむごく、悲痛なものでした。しかも無意味な。それでも、お話しなければ。息子のリチャードが、自らの手で「獅子心王」の名を勝ち取ったことを、知っていただきたいのです。


  to show that・・・は、 証明するために、明らかにするために、という強い気持ちだと思うけれど、それでは少し硬いかな? と、「知ってほしい」にしてみました。
  この部分の邦訳は、間違いとは言えないかもしれないけれど……。でも. . .
  brutal and painful は、事実としてもですが、エレアノールにとっても、残酷で痛ましいことだったはず。  
  my son Richard といった言い方には、愛情があふれているので、その感じが伝わると嬉しい. . . 。
  そして、何度か出てくる獅子心王(しししんおう)という称号には、一つでいいので「ライオン・ハート*1 」と振り仮名がほしいです。

  . . .  このページは、読む度に、涙があふれそうになります。


* * *



  最後に、エレアノールの回想の終わりの部分を。いつもながら見事なエンディングです。


* わたしの人生には、よいできごと、悪いできごと、そして悲しいできごとがありました。悪いことと悲しいことで打ちひしがれた時もありました。しかし、よいことしかない人生を味わっても、人生の半分しか味わっていないことになります。わたしが一二〇四年にほほえみながら亡くなることができたのは、両方の香りをじゅうぶんに飲み干したと思っていたからです。何一つ無駄にすることはなかったと思っていたからです。 (P. 207)

  My life was marked by good happenings, bad happenings and sad ones, too. There were times when the bad and the sad could have weighed me down. But to drink life from only the good is to taste only half of it. When I died in that year 1204, I smiled, knowing that I had drunk fully of both flavors. I had wasted nothing. (P. 193)


  「よいことしかない人生」も、一つの人生です。一つを味わったら「半分しか味わっていないことに」はなりません。
  from only the good ― 思うに、エレアノールが言うのは、たとえば、苺のショートケーキの苺だけ食べても、苺のショートケーキを知ったことにはならない、みたいなこと。
  それと、「香りを飲み干す」という表現は、不自然なような. . . 。


* わたしの人生には、数々の良いできごと、悪いできごと、悲しいできごとが記されています。不運や悲しみに打ちひしがれることもありました。けれど、良いことばかりを味わおうとしては、人生は半分しか経験できません。1204年、死の床にあって、わたしは微笑んでいました。どちらの味わいも満喫しきったと感じていたのです。そう、何一つ無駄にはしませんでした。




"I had wasted nothing."
誇り高き王妃、アキテーヌのエレアノール. . .
好きにならずにいられません。



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* * *





* 注1. ライオン・ハート Richard Lionheart,  The Lion Heart,  The Lionhearted

  勇敢で寛容と誉れの高い伝説的騎士、リチャード1世(1157-99)の異称です。
  岩波版では、「獅子心王」が「ライオンの心を持った王」だということが解りにくいので、振り仮名か、注釈ででも、「ライオン」という言葉がほしい. . . 。
  獅子=ライオンと知っている読者は少なくないとしても、日頃からlionhearted (勇敢な)という形容詞を使い、ライオン=勇猛果敢と了解している英語圏の子どもたちとは違います。日本語では、獅子=勇敢ではないし、ライオンが古くから王家の象徴として紋章などに使われてきたというような背景もありません。

  キャサリン・ペップバーンがエレアノールを演じた、映画 『冬のライオン』(The Lion in Winter)のライオンも王家の象徴だと思います。そして、ヘンリー2世も Lion なら、エレアノールも Lion というような家族劇でもあり. . . 。

  「獅子心」が「ライオン・ハート」だとわかれば、SMAPの 2001年のヒット曲 「らいおんハート」 (詞:野島伸司)を聴いて、騎士の鏡ウィリアム・マーシャルや、リチャード1世の勇姿を連想する子もいるかな?   なんてことも、ふと思ったり。^^



君を守るため  そのために生まれてきたんだ 〜♪
あきれるほどに  そうさ  そばにいてあげる. . .

Lion Heart
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