HOME > ELK をめぐる冒険 > 誇り高き王妃 1 > 2 > 3 > TalkTalk

テキスト: カニグズバーグ作品集4 『誇り高き王妃』 岩波書店 (2002.07)
"A Proud Taste for Scarlet and Miniver" Simon & Schuster (1973 / 2001)
* 参考文献

KONIGSBURG

* * *
「誇り高き王妃」 アキテーヌのエレアノール
― Eleanor of Aquitaine ・ Alienor d'Aquitaine―

好きにならずにいられない
2004. 6. 19
* * *



*表紙の絵 四重奏 ― Quartet


  主人公は、アキテーヌのエレアノール(アリエノール・ダキテーヌ 〈*1 〉)。
  アキテーヌ公女として生まれ、15歳でフランス王ルイ7世と結婚。ルイと離婚後、のちのイングランド王ヘンリー2世と結婚し、二つの国の王妃として、勇敢に、華麗に生きた女性. . . 。
  「誇り高き王妃」では、エレアノールの生涯が、800年後の「天国」から、本人を含めた四人の人物によって回想されています。

 「わぁ. . . 。」
  エレアノールについて調べながら、感嘆の連続. . . 。 魅力的な王妃と中世ヨーロッパの人たちに、そして、E.L. カニグズバーグという作家の創造性に、感じ入っては息をのみました。

  実は、長いあいだ「誇り高き王妃」をファンタジーだと思っていました。あまりに楽しいので。^^   けれど、カニグズバーグは、綿密な考証を行っていました。天国で関係者が一同に会すという設定を除けば、その内容は、エレアノールの伝記や外伝とほとんど違っていなかったのです。
  背景には、混沌とした時代の様子が細やかに描かれています。― 政略結婚の空しさ、王位継承権をめぐる骨肉の争い、十字軍遠征、聖職者の特権、王権と教権の対立、ベケットの殺害、東西文化の融合、etc. ―

  「限られた語彙の、子ども向けの短い文章の中で、なぜ、これほど解りやすく、おもしろくできるんだろう?  それも、歴史を現代風にアレンジしたり、今どきの子どもをその時代に放り込んだりもせずに。す、すごい。鳥肌がたっちゃう. . . 。」
  作家の手腕にうっとり、というよりは、なにやら怖いような気さえします。


  現在、エレアノールの人気は非常に高く、とくに英語・フランス語圏では、この5年間に20冊以上の関連書が出版されているほどです。 けれど、カニグズバーグが「誇り高き王妃」を書いた1970年代のはじめには、エレアノールは、「愛欲と権力欲の権化」などと呼ばれていました。「ヘンリー2世の可憐な愛人ロザモンドを、嫉妬にかられて死に追いやった」「十字軍敗戦の元凶」 etc. . .  伝説的な悪評にも事欠きませんでした。
  たとえば、日本でも、

* 「このしたたかな王妃は年下の夫や息子が死んでからも生きつづけ、十三世紀に入ってやっと死ぬ。・・・なんと精力絶倫な美女であることか。恋をし、子供を生みつづけ、その上、夫を相手に陰謀をたくらみ・・・ 日本の悪女、北条政子などの及ぶところではない。」

― 『歴史をさわがせた女たち・外国編』 永井路子著 1972年 〈新装版文庫 2004年 P.24 〉


  「女が力を持つのは災いの元」という考えの人々によって書かれたのだろう、嘘ではないけどフェアでもない文献が幅をきかせていた時代です。なので、永井さんだけを責めることはできないし、「悪女」は妖しげな魅力をも暗示し、必ずしも否定の言葉ではないということも知っていて. . . 。
  でもね、エレアノールが男だったら、「年下の妻や娘が死んでからも生きつづけ・・・」と言われたかしら?  とは思います。


  同じ頃、海の向こうで、カニグズバーグは研究を重ねていました。そして、1973年7月、エレアノールを、自由奔放で意志的で、美しいものや楽しいことが大好きな人として、子どもたちに差し出したのです。作家は、エレアノールと近しくもほどよい距離にいた三人の人物と、王妃自身に思い出を語らせることによって、何世紀にも渡って色のつけられた肖像を、見事に描き直しました。

「誇り高き王妃」の語り手は、

* 1.  サン・ドニ修道院長シュジェール(スジェ):  フランス王ルイ7世の教師・相談役。
* 2.  マティルダ皇后 :  女帝モード。イングランド王ヘンリー2世の母親。
* 3.  ウィリアム・マーシャル:  プランタジネット家に忠誠を尽くした騎士。
* 4.  エレアノール:  本人。


  絶妙な人選と配役です。
  エレアノールは紛うことのない「華」ですが、他の三人の語り手もまた、歴史の大舞台で主役をはってきた人たちです。しかも、それぞれがまったく違う論理とスタイルを持っていて. . . 。
  天国での四人の様子は、まるで、粋で頑固な名優たちが、久しぶりに集って、雲の上で好き勝手なことを言い合っているみたい。^^

  「うーん?  矛盾してるはずなのに、なんだか、みんなして、やたらに説得力があるぞ. . . 。」
  四人の人としての存在感が、中世という時代の矛盾や混沌さえも、ありのままに受け止めさせ、物語に綾と深みを与えているのでした。

  王妃エレアノールの功績は、彼女が移動するたびに、音楽やワインや香水なども移動して、あちこちで文化の交流が起こった (!) ことをはじめ、イングランド全土に通じる度量衡単位を打ち立て、共通の貨幣を作り、いくつもの病院を建て. . . と、枚挙にいとまがありません。
  が、カニグズバーグが、とりわけ丁寧に光をあてているのは、つねに自分の気持ちに正直な、詩や音楽をこよなく愛した人の姿です。
  たとえば、

* フランス王妃でありながら、一人の若者と恋に落ち、夫との離婚に踏み切ったこと。
* 終生、トルバドゥール(南仏の詩人音楽家 * 2)など芸術家のよき友人にして庇護者であったこと。
* 歴史書の中に埋もれていた『アーサー王伝説』を、ロマンあふれる物語としてリライトさせ広めたこと。
* 娘のマリー・ド・シャンパーニュとともに、愛の法廷(Court of Love )というゲームを考案し、宮廷風恋愛のルールを作ったこと ― 女性がモノ扱いされ、お城の中でさえ乱暴が横行していたときに、「彼女は、あなたの野心や性の道具ではなく、愛し守り敬うべき"人"である」という考え方を、騎士道精神やトルバドゥールの歌や文学に巧みに絡ませ「作法」として確立し. . . (約830年後の現代に続く♪)

などが、やさしく書かれています。


  カニグズバーグは、講演集『トーク・トーク』で、中世(the Middle Ages)という時代と、ミドルエイジ(middle-aged:8-12歳)の子どもたちには、いくつかの共通点があって、その一つは、矛盾した価値観が平気で共存していること、と言っています。そして、成熟への過渡期にある子どもたちは、中世という混沌とした時代を果敢に生き抜いたエレアノールのことを、きっと好きになるだろうと。

  カニグズバーグの読者に対する信頼が大き過ぎなかったことは、「誇り高き王妃」に共感する多くの子どもたちによって、今なお証明され続けています。  cf. Amazon.com Review



*表紙の絵 絵がない、字がない、もったいない


  岩波書店の『誇り高き王妃』のことも、改訳を望む以上は、少しは書かなくてはなりませんね。
  日本語版を手にしたとき、その邦訳以外にも、とてもショックなことがあったので、まず、そちらから. . . 。


  フランス王妃になって6年ほど、まだ二十歳そこそこのエレアノールに、クレルヴォー修道院長のベルナールがお説教をするシーンがあります。

*  (ベルナールは)・・・エレアノールの手首をつかみ、いすに腰を下ろさせました。自分の目線のより低い位置に王妃を動かしてから、魂が許す限りの大声で話しかけました。王国の平和を守る、従順な妻となるように、教会の仕事に口をはさまぬようにと諭しました。金や宝石、音楽や詩、色彩や贅沢 ―緋色や白い毛皮―への欲望は抑えるように、と。 (P. 51)

  He grabbed Eleanor's wrist and led her to a chair where he sat her down. Thus, with Queen Eleanor at an elevation lower than his, he spoke to her in a voice that was as loud as the Abbot's soul. He told her to work for peace within the kingdom, to learn to be an obedient wife, to quit meddling in the business of the Church, to curb her appetites for gold and jewels, for music and poetry, for color and luxury --for scarlet and miniver. (P. 43)


  ここで、ベルナールは、grab=ひっつかむ、鷲づかみにする、という感じでエレアノールの手首を押さえ、led her to a chair where he sat,  自分の椅子まで連れていき、座らせています。そうして、「王妃が自分を仰ぎ見るように」して、話し始めます。50歳を過ぎた聖職者としてはかなり強硬な態度ですが、教会にとって、自由奔放な若きフランス王妃は、それほどに困った存在だったのでしょう。
  as loud as the Abbot's soul.  「魂が許す限りの大声で」というよりは、「Abbot(修道院長)にふさわしい、自信と威厳に満ちた声で」というニュアンスかと思います。

  さて、「色彩や贅沢 ―緋色や白い毛皮―への欲望」ですが、この「緋色や白い毛皮」が、『誇り高き王妃』の原題、"A Proud Taste for Scarlet and Miniver" のfor 以下。 スカーレット& ミニヴァー : 白い毛皮のついた緋の衣 ― 王位や王権の象徴です。


  カニグズバーグは、「誇り高き王妃」の表紙に、スカーレット& ミニヴァーをまとったエレアノールを描きました。裏地の毛皮は、白にグレーの斑点のあるアーミン(ermine )です。


  こちらで、「表紙の絵」をご覧ください。 → *表紙の絵Eleanor 1


  エレアノールが、ルイ7世、ヘンリー2世と手を繋いでいます。
  (敬虔で質素なルイの王衣に、ミニヴァーはありません。 美しいモザイクのタイルは十字軍遠征のおみやげでしょうか。ゴシック体で書かれたタイトルの下には、カペー朝の百合の紋章と、プランタジネット朝のライオンの紋章が並び、上方の冠の中には、オコジョもいます。^^)

  この緋色の衣装が、物語の中で実際に登場するのは、一度だけ。
  エレアノールは、二人目の夫・イングランド王ヘンリー2世によって、ソールズベリーの牢に15年間幽閉されます。幽閉の開始から10年、息子の若ヘンリーの死により、領地譲渡の取引が必要になった王は、エレアノールに面談を求めます。その時に、 scarlet and miniver が重要な意味を持って出てきます。

*  この次にわたしが王妃にお届けしたのは、かばんいっぱいにつまった王の贈り物でした。荷をほどきながら、王妃の顔がほころんでいきました。金の縁取りがついた鞍、刺繍入りの二つのクッション、白い毛皮の裏地がついた緋色のガウンでした。「一日だけの王妃ということね。」 (P. 179)

  The next message I brought to Queen Eleanor was a trunk of gifts from the king. She smiled as she unpacked them: a saddle trimmed with gold, two embroidered pillows, and a gown of scarlet, lined with miniver. "Oh, I see that I am to be queen for a day." (P. 165)


  せめて、「そして」を入れるなり、"正装用の緋の衣" を強調してほしいなぁ。で、三つめの文は主語もほしいなぁ. . . 。

  えっと. . . この時、エレアノールは、62歳です。


 *  "長い監禁生活で多少やつれてはいたが、国王から贈られた栗鼠の毛皮のついた真紅の衣装を着けたその威厳ある姿は、周囲の者を圧倒した。・・・ウィンチェスターの僧侶がこのときのアリエノールを、「美しく堂々としていて、同時に控え目で謙虚な女性」と諸手をあげて賛美している・・・"
― 『王妃アリエノール・ダキテーヌ』 桐生操著 1988年  (P. 198)



  牢獄の日々を、内省や瞑想によって過ごしたエレアノールは、より聡明でフェアな王妃になっていました。長期に渡る孤独の中で、内なる輝きを高めていたのです。そして、このエレアノールの在り方こそが、 "A Proud Taste for Scarlet and Miniver"  まさに、「誇り高き王妃」なのでした。

  日本語版の『誇り高き王妃』には、表紙の絵も、「緋色や白い毛皮」の説明も何もなくて. . .  とても残念です。


  ここで、中世の絵物語ような「挿し絵」も、ぜひご覧ください。→ *挿し絵Eleanor 2


  ぜんぶで20点ほどの作品の中から3点を選びました。絵に添えられた手書き文字(カリグラフィー)も、すべてカニグズバーグ自身によるものです。

  私は、この濃淡のある美しい文字は、アートの一部だと思うので、日本語版でその文字が消され、小さな活字にされていることが悲しくてなりません。キャプションをつけるか、巻末の注釈を少し増やすかして、残してほしい。(そしたら、同じ作品集の8巻『ティーパーティーの謎』で、ソウルズの子どもたちが書くカリグラフィーのことも、もっとよく解ります。 )
  百歩、いえ千歩譲って、日本語に置き換えるにしても、手書き風の文字を使うなどして、作品のバランスを壊さないようにする工夫はできないでしょうか?

  なーんて、絵を一枚追加したり、文字を手書きにすることで、どれ程のお金が掛かるのか分からないけれど。でも、もし、2,800 円の本が、2,900 円になる程度で済むのなら、私は作者の絵とカリグラフィーがほしい. . . 。

  もちろん原作においては、文章だけで十分であり、表紙や挿し絵は、パーフェクトな物語につけられた、とてもリッチなおまけです。
  ただ、「誇り高き王妃」の挿し絵は、ニードルで線描したようないつもの絵(cf.)とはずいぶん趣が異なります。それで、カニグズバーグは、小さい読者に、視覚的にも「中世」の雰囲気を届けたかったのかな、と思ったりします。



  次のページでは、翻訳のことも少し. . . 。

Next: 誇り高き王妃 2


* * *





* 注1.  エレアノールの名の表記は、アリエノールダキテーヌ、エレオノール、エレノア、エレナー、など多数。

  歴史書などでは、アリエノール・ダキテーヌというフランス語的な表記が多く見られ、次がアキテーヌのエレアノールのようです。
  私がエレアノール表記を選んだのは、岩波訳ですでに使われていることに加え、作者カニグズバーグの名前、エレインと似ているから。^^
  ともに、ギリシャ神話のヘレネー(ヘレナ・ヘレン)に由来する名前だと考えられてきたそう。( 語源は別という説が最近では有力だそうですが)


  ほかの登場人物の名前にも、複数の表記がありますので、ご参考まで。
   サン・ドニ修道院長 シュジェール: スジェ、スュジェ、シュジュ、シュジュール。
   皇后マティルダ: マチルダ、モード。
   騎士 ウィリアム・マーシャル: ウイリアム・マレシャル、ギョーム・ル・マレシャル。

* 注2. トルバドゥール: Troubadour.  トルバドール、トロバドール : 詩人音楽家、恋愛歌人、宮廷詩人、吟遊詩人

  11世紀末から13世紀末、南フランスで栄えた叙情歌曲のシンガーソングライター(詩人・作曲家・歌手)。
  トルバドゥールの音楽は、中世の世俗音楽に大きな影響を与えました。
  吟遊詩人と訳されることが多いのですが、トルバドゥールは主として騎士ないしは貴族階級の人々であり、ジョングルール(Jongleur: 作詩・作曲はせず、歌や楽器の演奏で各地をまわる、旅芸人のような吟遊詩人) とは、分けて考えた方が良さそうです。

  最初(最古)のトルバドゥールは、エレアノールの祖父、アキテーヌ公ギヨーム9世 (1071〜1127) だと言われています。

  北フランスの宮廷につかえた詩人兼音楽家はトルベールと呼ばれました。
  トルベールの歌曲は、エレアノールが、ルイ7世と結婚してパリへ行ったときに、一緒につれていったトルバドゥールの強い影響を受けてはじまりました。こんなところにも、エレアノール効果 . . . 。^^

次のページへ


Yummy's Attic
* * *



HOME > ELK をめぐる冒険 > 誇り高き王妃 1 > 2 > 3 > TalkTalk