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E.L. カニグズバーグ作品を透して
続 ・愛しのタルーラ ― Yes, Darlings!
舞台で活躍していた頃のタルーラが、熱烈なファンからの求婚を断った理由を、お読みください。きっと共感される方も多いと思います.
. . 。
・・・ その人の言葉の使い方は、どうにもできなかったの。「君は、魅力的であでやかで、謎めいて人の心を奪う」と言うかわりに、「ぼくの陽気で素直な女の子」と呼ぶのをやめようとしなかったんですもの。四つのうちのどれでもないと言ったわ。私は、'彼のもの'でも、'陽気'でも、'素直'でも、それに、もちろん'女の子'でもなかった。言葉は大切ね。人は言葉によって、生きもするし、死にもするの。パトリック・ヘンリーに聞いてごらんなさい。 (Y)
" ・・・I could do nothing to improve that man's vocabulary. Instead of telling me that I was alluring and glamourous, mysterious and enchanting, he insisted upon referring to me as his jolly good girl. I told him I was none of those four things. I was not his, not jolly, not good, and I certainly was no girl. Words do count. People live and die by them. Ask Patrick Henry." (P. 137)
けれど、岩波版タルーラは、次のように、言います。
「・・・あの男の言葉づかいは、直そうにも直せなかったよ。色っぽくてセクシーとか、君の魔法にかかってみたいとか、そんなことは言えないのさ。なにしろ、ぼくのかわいくて上品なお嬢さん、なんて言い方をやめようとしないんだから。四つのうちの一つもあてはまってないって言ってやったよ。『ぼくの』じゃないし、『かわいく』ないし、『上品』じゃないし、絶対に『お嬢さん』じゃないんだって。言葉というのは、大事だよ。人は、言葉によって、生きることも死ぬこともあるんだよ。パトリック・ヘンリーにきいてみな。」(P. 215)
ほんとうに。言葉というのは大事です。
タルーラは、言葉によって別人にされてしまいました。
『かわいく』ないし、『上品』じゃないし、絶対に『お嬢さん』じゃないんだって。
なぜ、こんなことを. . . ?
his jolly good girl の jollyは、楽しい、陽気な、愉快な、という意味で、「かわいい」とは違うような.
. . 。 good を「上品」、girlを「お嬢さん」と訳すのも、ひどく不自然です。
この文脈では、タルーラは、身勝手な「夢」 ― 社交的で従順で '女の子'のような、良妻というもの
― を押しつけてくる求婚者に対して、「ノー」と言っていたはずですが. . .
。 だからこそ、「人は、言葉によって、生きることも死ぬこともある」と続けるのではありませんか?
それにしても、このように、訳語に無理をし、文章をあちこち支離滅裂にしてまで、タルーラのことを「上品」でないことにする理由は、いったい何なのでしょう.
. . 。
これでは、カニグズバーグが創り出したすべてが、台無しです。
主人公の少女ジーンマリーが、タルーラに憧れる理由も、彼女を真似する様子も、読者には分かりません。
ええと、少しだけ筋を書かせてくださいね。
ジーンマリーは学校に馴染めない孤独な少女です。級友たちから無視されても、一人で腹をたてることしかできません。が、やがて、韓国人の少年マルコムと友だちになり、往年の大女優タルーラとも親しくなって、たくさんの不思議な体験をしながら成長していきます。
その際、ジーンマリーは、タルーラから多くのことを学ぶのですが、言葉もその一つ。臆病だった子が、次第に自己主張をするようになります。
物語の後半では、嫌な相手にも当意即妙に答えます。その言い方は:
「私のチケットは、弟さんにでも差し上げてね、ダーリン。 ・・・ それに、私、ロケッツがするようなことってダンスだと思ったことないの。わざわざ誘ってくださって、ダーリン、ほんとうにありがとう。スパーリング先生とあなたのお母様に、行けなくてごめんなさいって伝えてね。」 (Y)
"I would like you to give him my ticket, darling. ・・・and I have never thought what the Rockettes do can be called dancing. I thank you very much for asking me, darling, but please tell Mrs. Spurling and your dear Mama that I couldn't possibly attend." (P.116)
思わず吹き出しちゃいました。普通ならThanks. とかThank you. と言うべき場面で、11歳の子がクラスメートに対して、I
thank you very much. だなんて。とても丁寧で、香辛料が効いていて、しかも、ダーリンつきです。^^
このように、ジーンマリーは、タルーラから大きな影響を受けています(将来は、タルーラの再来、と評されるだろう気配まで漂わせています)
が、その感じも、岩波訳では一切伝わりません。
タルーラは、翻訳の最初から、よほど嫌われてしまったようです。
本人の言葉遣いや話し方だけでなく、ジーンマリーが語る地の文章までが、アンフェアです。タルーラのまつげや灰皿まで、バイアスのかかった描かれ方をしていて。(と思います。)
以下は、初めて出会ったときのタルーラについて、ジーンマリーが語ったものです。
・・・ つめは、指の半分ぐらいの長さで、くちびると同じ、爆竹の火のような赤い色に塗ってある。青いサテンのパジャマを着て、長くて黒いパイプでたばこを吸っていた。やわらかな光があふれる部屋のなかで、ただひとつ黒い光を放っているのは、このパイプと、例のまつげだけだった。(P.40)
―― バ、バ、爆竹の火? 爆竹は主に音用の花火で、その中に、赤い包み紙が飛び散ってきれいな種類があるのだと思いますけれど。それに、例の、まつげって. . . ?
ひじのそばにある真珠母でできたテーブルの上には、銀の灰皿がのっていたけれど、鳥用水桶ぐらいの大きさしかない。タルーラは、慎重に吸いさしのたばこをそこに置いた。(P.42)
―― 大きさ、しか、ない ? 慎重に ?
同じ箇所を、試訳しました。タルーラの印象を比べてみてください。
・・・ つめは、指の長さの半分くらいで、口もとと同じ、濃い赤だった。青いサテンのパジャマを着て、長くて黒いホルダーで、紙巻き煙草を吸っていた。そのホルダーと、まつげだけが、ふんわりきらめく部屋の中で、すじのように浮かぶ、唯一の黒だった。
タルーラは、煙草の吸いさしを、ひじの先の真珠貝のテーブルに置かれた、小鳥の水浴び皿ほどの銀の灰皿に、優しくそっと入れた。 (Y)
Her fingernails were half the length of her fingers and were the same firecracker red as her mouth. She was wearing blue satin pajamas and was smoking a cigarette that she held in a long, black cigarette holder. That and her eyelashes were the only streaks of black in the soft glitter of the room. (P.24)
She delicately put the butt into a silver ashtray, as large as a birdbath, that rested on a mother-of-pearl table near her elbow. (P.25)
タルーラの部屋は、薔薇色と琥珀の混ざったような、淡いパステルの色や、やさしい光であふれています。カニグズバーグは、やわらかな色合いの背景を見せてから、タルーラ自身の、また彼女の傍の、赤、青、黒、白(真珠貝)、銀といった色を順に描いていきます。
見事な色づかい. . . そして、ほんとうに見事な「女優」の登場のさせ方だと思います。
さて、気掛かりを一つずつ。
firecracker red:
ファイアークラッカー・レッドは色のイメージ名なので、私には、「爆竹の火のような赤い色」というような変な言い方以外なら、「炎のような赤」でも、「深紅」でも、「真っ赤」でも構いません。でも、ここでは化粧品の色として考える方がより自然でしょうか。メーカーによって多少の違いはありますが、色見本↓では、各社とも、落ち着いた色です。
(注: 車やバイクの色名として使われるときには、もっと鮮やかな赤を意味するようです。)
A社 | B社 | |
爆竹 | リップスティック firecracker red |
ジーンマリーが出逢ったときのタルーラは、たぶん、こんな色の口紅をつけ、お揃いのマニキュアをしていたのでした♪
her eyelashes:
「例のまつげ」という表現は、恣意的すぎます。
ジーンマリーは、少し前に、タルーラの「つけまつげ」が大きくて重そうだと表現していますが、それがいいとも悪いとも言っていません。(全体的には、少し圧倒されつつも、その美しさに魅了されている様子です。)
けれど、岩波訳では、彼女がタルーラを「化粧の濃いケバい人」だと否定的に受けとめているとしか読めません。この「例の」も、良い例だと思います。
とうか、ジーンマリーやカニグズバーグは、「年配の女性が華やかな化粧をするのは変だ」などとは、思ってもいないことを知っていてください。^^
a silver ashtray, as large as a birdbath:
そのまま訳すと、「小鳥の水浴び用の器と同じくらいの大きさの、銀の灰皿」です。
それを、わざわざ「・・・けれど、鳥用水桶ぐらいの大きさしかない」とするのはなぜ?
「銀だけれど小さい」ってか? (銀製の灰皿の小さいのって、粋で素敵だと思いますけど.
. . 。)
この件について、ライターの瀧 清子 さんが、以下のようなメールをくれました。
バードバスは庭に置く大きいものだから(たいてい石製で、脚つき)、 birdbath と 同じくらいの銀の灰皿といえば、大きさを誇張した表現なのではないだろうか。 しかも銀!それほどタルーラはゴージャスだということ。 とにかく、岩波訳の「・・・の大きさしかない」というのは、じつにばかげた訳ざます。 |
そうかぁ. . . 。 私は、鳥かごの中に置く水盤のことかと思ったのですが、庭にしつらえるものだったら大きいですよね。
確かに birdbath で検索してみたら、ネコでも入れそうなくらいに大きなものがほとんどでした。そのような銀の灰皿が載せられるということは、真珠貝のテーブルもかなりの大きさなんだなぁ.
. . 。
瀧さん、ご指摘、ありがとう!!
delicately :
デリケートリィは、優美に、繊細に、上品に、優雅に、精巧に、かれんに、というような美しさを意味する副詞です。delicately
をわざわざ「慎重に」と訳してまで、タルーラを「優美」や「上品」から遠ざけるのは、どうして?
日本の子どもたちには、洗練された美しさなど解らない、とでも考えられているのでしょうか。 (泣)
タルーラが、なぜ、ここまで違った人物として描かれたのか、原文をどうひっくり返しても、思いあたることが見つかりません。
タルーラの英語には、気品があって、日本語だったら誰の話し方になるのかな?
しゃんと襟を正したくなるような感じ. . . 。
流行語や言葉の短縮はもちろん、私がよく使う、「すごく嬉しい」や「〜しちゃった」や、「なんか」や「とか」の乱用さえも、なんか少し控えなくちゃ(おっと、また使ってしまった^^)、と思わせてくれる「凛」とした雰囲気があります。
もう一つ、接続詞が少ないことも、特徴の一つでしょうか。
「なぜなら」「〜なので」「〜のために」といった理由や目的を説明する言葉が少ないので、試訳をするときには、とても困りました。(ついつい補いたくなってしまって。)
タルーラは、相手が子どもだからといって、わかりやすく説明したり、ご機嫌をとったりはしません。不親切とも映ることかもしれない。けれど、彼女の「人を説得することを思いつかない」というような雰囲気は、やはり「きれい」としか言いようのないものだと思います。
ジーンマリーとマルコムは、タルーラの言うことに、「なぜ?」「どうしたらいいの?」を連発し、その様子がほんとうに可愛らしいのですが、その質問に対するタルーラの答えが、これまた、「なんだかなぁ?
」だったりします。^^
けれど、そこには、「あとは、あなたがた次第. . . 」という、子どもたちに対する愛情と信頼があふれています。
カニグズバーグは、The Children's Book Council (後半部分)で、読者に向けて語っています。
" きちんとした言葉づかいをということでは、タルーラが、(すべての作中人物の中で)おそらく私の最高の代弁者でしょう。タルーラは、「私は英語が大好きなの」と、きっぱりと宣言してくれています。"
― Tallulah is quite possibly my best mouthpiece for proper use of the English language. It is she who boldly states, "I
adore the English language." *1
*proper: 適切な、ちゃんとした、上品な、礼儀正しい、厳密な、本来の、
*adore: 崇拝する、敬慕する、 熱愛する、 非常に好む
どうか、E.L. カニグズバーグの想いが、タルーラの言葉を通して、日本の子どもたちにも、真っ直ぐに伝わりますように.
. . 。
She said, "Take it back? But, of course, I do, darling. I had no idea computers wrote English. I adore the English language." (P. 89)
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