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『ぼくには数字が風景に見える』
ダニエル・タメット(Daniel Tammet) 著 
古屋 美登里 訳  講談社

― 2007. 6. 24

*  ダニエルの声が聴こえる / Daniel 


 ビッグバンみたいな本にめぐりあった。素敵 !

ぼくには数字が風景に見える』  by ダニエル・タメット 講談社
── サヴァン症候群 + アスペルガー症候群のイギリスの青年の手記。*1

 どこからどうやって話せばいいのか、何日もずっと考えているのだけれど、わからない。
 いろんな魅力でいっぱいで、かつ、とても大きな「可能性」を持った本だと思うから. . . 。
 I don't know what to say and where to start, but I do. I have a lot to say.

 結論: とにかく一度手にとってみてください!

 ほんとうに、ひとりでも多くの人に、この本が届くといいな、と思う。──とくに、自分はヘンなんだろうか? とか、逆に平凡すぎるだろうか? と気に病んでいるような中学生ぐらいの人たちに。そして、同性を好きらしいということで思い悩んでいる子どもたちにも。

 以下、理由を思いつくままに. . . 。





 最初、帯に書かれたサヴァンとアスペルガーの文字の組合せにとまどった。
 わたしにとって、サヴァン症候群といえば、だんぜん「レインマン」。そう、あのダスティン・ホフマンが演じた、"天才的な" 計算力・記憶力と知的障害とをあわせ持つお兄ちゃんだ。
 一方、アスペルガー症候群は、ビル・ゲイツ。そして何人かの友人たち。──知的には問題のない"自閉症"だ。

(レインマンと ビル・ゲイツの合体. . . って!?)

 著者のダニエル・タメットは、計算と語学に驚異的な記憶力と才能を発揮するタイプのサヴァンだ。円周率22,500桁を暗唱、10ヶ国語をごく短期間で話せるようになった。
 そして、アスペルガーで、「てんかん」の持病もある。さらに、数字や文字に色や形・質感を覚える「共感覚」も持っている……。
 もしもこの本がSFだったら、「作りすぎ」って言われちゃうかもしれない。でも、ダニエルの脳内ではほんとに奇跡みたいなことが起きていて. . . 彼には、たとえばπ(円周率)が次の絵のように見える。




 ──すごく、すごくきれい!

 ダニエルが、おおかたのサヴァンの人たちと大きく違うのは、彼には自分の計算方法や思考のプロセスを、みずから言葉や図像にして説明できることだ。
 だからいまダニエルは、脳科学解明の手掛かりになる存在として、世界中から注目されている。
「わかるかい? きみは科学者にとって一生に一度あるかないかのチャンスなんだ」
 なんて言われるほどに……。


 ここまでで、もう十分に読みごたえ(観ごたえ)があると思うけど……

 さらに続く "素敵" は、「アスペルガー症候群」という発達障害について、とても自然に理解できることだろう。
 最近は日本でもずいぶん知られてはきたけれど. . . イギリスと比較するとまだまだじゃん、ってこともよくわかる。

 そういえば、日本自閉症協会の「アスペルガー症候群を知っていますか」というウェブページ。
http://www.autism.jp/asp/index.shtml

 おしまいのほうに、Q & Aがあって. . . その四つめ。
4. アスペルガー症候群を治す薬はありますか?
 残念ながらアスペルガー症候群そのものを治す薬はありません。こだわりが非常に強いとかイライラが強い、夜よく眠れないといった症状には薬物療法が一定の効果を示すことがあります。

 残念ながら!? ──自閉症についての理解をうながすことが仕事の専門家たちさえも、障害をネガティヴなものとしてとらえているみたい。
 どうして、「いいえ、アスペルガー症候群そのものを治す薬はありません」ってストンと言わないんだろう?  
 だのに、障害も個性だとか、バリアフリーだとか. . . 不思議だ。

 でも、この本を読んだ人は、アスペルガー症候群の人たちに特徴的な思考パターンが、わたしたちの暮らしを豊かにする「資源」だと気がつくに違いない。





 ダニエルの天才的な部分と、人間関係にすごく不器用な(≒人の感情を読む能力にハンディがある)ところをのぞくと、彼とわたしはかなり似ている。
 わたしは掛け算九九も言えなくて、一桁の足し算さえあぶなっかしいぐらいだから、ダニエルが何を計算しているのかチンプンカンプンだ。でも、彼が「数というもの」に見ている風景は想像ができる。音になら、ときどき光や色がついているような気がするから。

 そして、わたしにはダニエルのような記憶力はない(これは「忘れることが上手」とも言える)けれど、日常的に困っちゃうことのいくつかも共通だ。
 たとえば、
・ 右と左の区別が苦手。空間の把握能力に問題があって、車の運転免許が取れない。
・ 音の選択性(カクテル・パーティ効果)がうまく機能しない。
・ ものごとの細部に意識が集中してしまう。(>誤植などを見つけやすい)

 あと、子どものころ木の実やテントウ虫をわんさか集めちゃった感じや、書き取りが苦手なところ、そして、ネコ(動物)と仲良くできたり、思っていないことは絶対に言えないところなんかも、そっくり。

 だから、わたしがダニエルに親近感をいだくのは当然かもしれない。でも、似ているところが一つもない人だって、彼のことは好きにならずにいられないと思う。ダニエルは、悲しいほどやさしくて一所懸命で. . . ほんとうに素敵だから。

 とくに、わたしが見倣いたいと思うのは、ダニエル自身の考えかたや暮らしかただ♪
 彼は、自分にできることとできないことをちゃんと見きわめて、「じゃあ、どうする?」をつねに考えている。人に相談したり助けを求めることをいとわない。自分に有効だと思えるアイディアやコンセプトは適用してみる。どうしたら、まわりの人たちと共生ができるか、自分のネイチャが保てるか、彼専用の「傾向と対策」を作り続けている。
 彼の宗教観も大好き。だって、とってもpractical(現実的・実用的)だから。
 器用じゃないけど. . . ほんとうに「聡明な人」だと思う。


 この本に対しては、ちょっとステロタイプな書評が──「純粋で心やさしい自閉症者が、人一倍の努力をして、数々の困難を克服し、家族や友人たちに支えられながら自立していく感動のドキュメント」的なものが──並ぶかもしれない。
 事実、その通りだもの。
 それに、ダニエルは、
「弱者や少数者の側に、一方的に適応をせまる世の中ってどうなの?」
「不可侵条約だけでも結んでくれよ」
 なんてこと、言わないし。

 だけど、読む側としては、手記であれ伝記であれ、本(や映画)に出てくる障害者は、なぜ、いつも、純粋で心やさしくて、人一倍の努力をしなくちゃいけないのか. . . とか、それくらいのことは考えなくちゃね、と思う。

.




 古屋美登里さんの日本語訳には、びっくりした。
望楼館追想』とも『ONE DAY』とも『観光』とも、まったく違う。古屋さんは、いったい何人の人になれるんだろう!? 
 もちろん素晴らしい翻訳家だって知ってたし、だからこそこの本だって読むことにしたのだけれど……Phew!

 いまも活字と活字のあいだから、ダニエルの声が聴こえてくる。──とても穏やかでやさしい話しかただ。それは、たぶんきっと、実際のダニエルの声や話しかたとよく似ている. . . 。

  Daniel. . .
  Daniel you're a star in the face of the sky. . . as sweet as "81"♪

  ほんとうに、ひとりでも多くの人に、この本が届くといいな、と思う。





ぼくには数字が風景に見える』 の
原書: Born on a Blue Day
Inside the Extraordinary Mind of an Autistic Savant





*  * 注1  偶然ですが、E.L. カニグズバーグの最新作にも、"idiot savant(うすのろ学者)"という言葉が出てきます。
 それに対して、主人公の少年が 「今はそうは呼ばないんだよ。彼らのことは"autistic savant (自閉症の賢者)っていうんだ」とか。^^
 じつは、わたしはそれまで、サヴァンを誰かの名前だと思っていました。川崎病やアスペルガー症候群みたいな。
 でも、savantは、フランス語のsavoir(知る)から派生した普通名詞なのでした。

*  * 注2  そして、またしてもThe Rosa Winkel(ピンク・トライアングル)的な一冊で、そんな偶然も、とてもうれしく思えます。



* * *
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