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小枝

アルコール依存症のこと、少し Vol. 5
Vol.4 * Vol.6



played by モーラ・ティアニー(Maura Tierney)

アビー・ロックハート(Abby Lockhart)


 アビーへの手紙 1 (AAのこと etc. )



・ 2006年 8月 X日──

 Gee... まいった. . .
 バイト先で出されたチョコレートケーキに、お酒が入っていた。
 うかつにも、一口のみこんでしまった。
 かすかな(でも、強烈な)アルコールの香り……。

(どうしよう. . . トイレ借りて、吐く?)
 迷っているうちに、スイッチが入った。いったん脳が「飲みたい、飲みたい」と言いはじめたら、もう理性の居場所はない。
 どうしたら飲めるか、わたしはそれだけを考えはじめた。

「ライチのお酒、一杯だけなら. . . ?」
「酔うまえに、やめられるかもしれないよ」
「きょうは頸椎も痛くないんだし、"麻酔" に使うのとは全然違う. . . 」
「何事も──スリップ(再飲酒)だって、"経験" のうちでしょう?」
「このまま死ぬんで、構わないんだし. . . 」

 飲むための、ありとあらゆる言い訳を、二時間かもっと考え続けた。そして、この九ヶ月に学んだはずのすべてを否定していった。

 ドラッグ仕様になっているわたしの神経回路は、ケーキひとかけで、瞬時に「間違った記憶」を再生していく。
 これが、"アルコール依存症" という病気. . . 。
 もちろん、いままでも、お酒が欲しくなるたびにしんどい思いはしてきたのだけれど。だからこそ、疲れすぎないように、首や背中の痛みが悪化しないように、気をつけてもきたのだけれど。
 でも、やっぱり、ただ "想像" するのと、微量でも、アルコールという薬物が、実際に体内に入るのとでは違うのらしい。

 すさまじい「渇望」だった。
 ──嘘みたいだけれど、わたしはかつて、これほど何かを「ほしい」と思ったことがない。もしも何でもこんなふうに欲しがれたら、手に入れられないものは、すごく少ない気がする。
 同じアクシデントが、もうちょっとでも体調が悪いか、悲しすぎることのあったような日に起きていたら、きっと飲んでいた. . . そんな気が、実感としてしている。

 レッスン1: 「洋菓子、要注意♪」

 半日かけて、"アルコール入りのわたし" が考え出した、無数の言い訳やらこじつけやらを、一つずつ打ち消しながら、わたしは、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)の仲間のことを思い(* 1)、スティーヴン・キングや、アビー・ロックハートのことを思った。
 そして、そんな「巡りあわせ」を、なかったことにはしたくない、と深く. . . 強く、思ったのだった。





 アビー・ロックハートは、TVドラマ『ER─緊急救命室』のキャラクター。
 シカゴの総合病院で、看護師として働きながら医師をめざし、第11シーズンでは、レジデント(インターンを終了した研修医)をしている。

 『ER』は、放映当初(NHK-BS '95年末)からお気に入りの番組。
 俳優さんたちの医療手技(注射や切開や挿管)が上手なのがうれしいし、診療部長など、ステレオタイプになりがちな「かたき役」たちに、ちゃんと説得力があるようなところも楽しくて。
 でも、たぶん、ワキの役者さんたちにいたるまで、出てくる人の顔や雰囲気が、ことごとく「好き〜♪」というのが、十年もあかずに見ている一番の理由だと思う。

 アビーは、その中でもとりわけ魅力的に思える人の一人で、彼女が第6シーズン(01年)でER入りして以来、わたしはずっと、アビーに胸キュンだ。

 第7シーズン(02年)では、アビーは「アルコール依存症」で、すでに五年近くお酒をやめていることがわかる。どうやら元夫との離婚にいたるときに問題飲酒におちいったらしく、彼女はAAのミーティングに通っている……。

 日本語の吹き替えでは、"AA" は、「断酒会」になっていることが多いみたい。
(アビーって、どんな声なんだろう?)
 好奇心から、たまたま、二カ国語放送の英語のほうも聴いて、
(断酒会の原語は、"AA meeting" ? そういえば、『酒とバラの日々』でもAAって……?)
 そう思ったおぼろげな記憶があるから. . . 。

 それはまだ、わたしがお酒を飲みはじめる以前のことで、だから、「アメリカでは、薬物やアルコール依存症の人たちは、AAに行くのらしい」程度の、やはりおぼろげな理解でしかなかった。

 じつは、翌年の第8シーズン「暗い誕生日(Beyond Repair)」の最後のシーンで、彼女がアパートのお隣さんから差し出されたビールを飲んでしまったときにも、

「あっ、アビー、飲んじゃうの? けど、仕方ないよね、きょうは疲れる一日だったものね」
 なんて、つぶやく始末。
 ──事態の深刻さに、わたしはほんとうには気づいていなかった。
 彼女は、その一缶をきっかけに再び飲みはじめ、その後、もう一度「断酒」を決意するまでには、かなりの期間を要してしまう……。
 いま、昔の『ER』を見直したら、また別の感慨があるのかもしれない。

 いずれにせよ、わたしは偶然にも、アビーを通して、「アル症になったらAAや断酒会へ」ということを知っていた。それも、とても良いイメージをともなうものとして。

 そういえば、昨秋(05年)、わたしが自分の病状に気がつくきっかけになった、スティーヴン・キングの一冊も、思いがけず読んだのだった。

「キングの『小説作法』をぜひ。池央耿の翻訳、それは酷いですよ」

 カニグズバーグ作品の改訳問題にかかわってからというもの、わたしは、この手のメールを幾つも受け取っていた。
(あーあ、また? まったく次元の違う話だと思うけどなぁ. . . )
 そうは思って、でも、読んでみないことには何も言えないので、『小説作法』とその原書を取り寄せてみた。
(結果: 『小説作法』の池央耿さんの日本語は、すごーく素敵です!)

 そして、そう。その本に、キング自身が薬物・アルコール依存から抜け出していく壮絶な過程が描かれていたのだった。(cf. 依存症 2





 アビー・ロックハートとスティーヴン・キング. . . ただの偶然が二つ。
 映画、『酒とバラの日々』を数に入れたとしても、三つ。

 わたしはロマンチックなほうじゃないから、「偶然」たちに意味を持たせることはできないけど、それでも、「ステキな巡りあわせ」ぐらいには、呼んでみたい。"いい感じ" のアル症の仲間や精神科医との出逢いも含めて. . 。
 ──だって、そうした「巡りあわせ」を無にしたくない、という気持ちが、実際に、現実に、わたしのストッパーになってくれているのだもの。


「乳がんのことはともかく、"お酒の問題" まで、サイトで公言しなくても……」

 知人のうちの何人かは、そんなふうに心配(?)してくれるのだけれど、「公言」とか、大げさなことじゃないんだな。
 困ったとき、誰に相談したらいいか、どこへ行けばいいか. . . 何かを「知っている」ということのメリットについて、ほんの少し載せておきたいだけ。

 もしかしたら、
(アビー・ロックハートが大好きだけど、お礼状は書けないな. . . なにしろ架空の人だし. . . )
 どこか、そんな気持ちの現れだったりもするのかもしれない。

 とにかく、わたしは、多くの人たちに、そして、すてきな巡りあわせに支えられて、今年もまた、夏の終わりを迎えている。



 「アビーへの手紙」 ── 次回に続きます。 (^-^*)



Pay it forward. . .
Vol.4 * Vol.6

Maybe. . . Abby says, "Pay it forward. . ."



 
 

* * 注 * *

1. アルコホーリクス・アノニマス: アルコール依存症者のための自助グループの一つ。略してAA。日本では「無名のアルコール依存症者たち」とも呼ばれています。

 わたしは、AAや断酒会(全日本断酒連盟)の活動に共感していますが、まだ、いずれの会の成員でもありません。
 ここで、「成員ではない」とわざわざお断りするのは、とくにAAが、メンバーのアノニミティ(無名性・匿名性)を大切にしているから。──患者のプライバシーを保護するために、また、彼や彼女が無名でなくなることによって「名声や注目という報酬を受け取る」のをさけるために、とても大事なことだと思います。
 ですから、もしもわたしがAAのメンバーになり、その上で「アルコール依存症」やAAの活動について、くわしく書くような場合には、匿名でサイトを作るべきだろうと考えています。
 アノニミティについては、ひいらぎさんの考え方が好きです。↓
http://www.ieji.org/opinion/nickname.html


 また、AAの在りようについては、いろいろ批判的な意見も見受けられます。
 たとえば、macska さんのブログなど。(ウェブ魚拓によるキャッシュはこちら)

 そうしたことも知ったうえで、──有効な治療法が確立されるまで、患者の一人として(+みんなで)、いろいろ考えていきたいなぁ. . . と思っています。

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Life isn't a support-system for art. It's the other way around.  
〜Stephen King 〜

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