雑録 / 『量子論理の限界』について ( I ) ( II ) ( III ) ( IV ) ( V )
古典論理「かくかくである」と「しかじかである」を、それぞれ何らかのことがら――いかめしく云えば命題――を表わす文とすれば、それらの連言とは、「かくかくであり、しかじかである」のような文のことであり、選言とは「かくかくであるか、またはしかじかである」、条件法とは「かくかくであるならばしかじかである」、双条件法とは「かくかくであるならばしかじかであり、しかじかであるならばかくかくである」のような文のことだ。また、「かくかくである」の否定とは「かくかくであるということはない」のような文のことだ。現代論理学では、文 A と B の連言は、例えば、「A ∧ B 」と表わされ、選言は「A ∨ B 」 、条件法は「A ⇒ B 」、双条件法は「A ⇔ B 」と表わされ、A の否定は「¬A 」と表わされる。「∧」、「∨」、「⇒」、「⇔」、「¬」は論理結合子と呼ばれる。(論理結合子として用いられる記号は一定しておらず、色々なヴァリエーションが在る。)
現代論理学は、今日ではコンピュータ科学と結びつきが深いようだが、もともとは数学の基礎付けというコンテクストで発展したものだ。通常の数学においては、数学的ことがらを表わす文は真か偽のどちらかであることが前提となっており、文 A と B の連言等々の真偽は、A と B の真偽に応じて下の表のように定まるものとされる。(数学的真理とはそもそも何なのかというような哲学的問題には、ここでは関わらないことにする。)
A B A ∧ B A B A ∨ B A B A ⇒ B A B A ⇔ B A ¬A 真 真 真 真 真 真 真 真 真 真 真 真 真 偽 真 偽 偽 真 偽 真 真 偽 偽 真 偽 偽 偽 真 偽 真 偽 偽 真 真 偽 真 真 偽 真 偽 偽 偽 偽 偽 偽 偽 偽 偽 真 偽 偽 真 これらの真理値表は、それぞれの論理結合子のはたらきを規定するものだとも云える。
ところで、ここでは、「A 」や「B 」は、特定の文を表わしている訳ではなく、文のダミーとして用いられているだけだから、「A ∧ B 」等もまた文のダミーに過ぎない。そこで、そうした文のダミーを式と呼び、「A 」等を文記号と呼ぶことにする。少し形式的に云えば、まず、適当な記号の集合を考え、その要素を「文記号」と呼ぶものとし、文記号は式であると定める。さらに、式に「¬」を接頭したものは式であり、その他の論理結合子で式と式を接続して括弧でくくったものも式であると定める。(式に論理結合子を適用して得られるものも式なのだから、それもまた論理結合子が適用される対象であるとする訳で、こうした定義は帰納的定義と呼ばれる。)それに応じて、上の真理値表の「A 」や「B 」は、どんな式によっても置き換え得るものとする。なお、以下では、論理結合子の表記上の結合の強さを、慣例に従って、「⇔」が最も弱く、「⇒」がそれに次ぎ、さらに「∧」と「∨」がそれに次ぐものとし、括弧は適宜省くことにする。
すると、φ を式として、φ に含まれる凡ての文記号に形式的に真か偽どちらかの真理値を割り当てれば、真理値表によって φ の真理値が定まることになる。式に対するそうした真理値の割り当てを解釈と呼ぶことにすれば、例えば、式「A ⇒ A 」には文記号「A 」に真を割り当てるか偽を割り当てるかの二通りの解釈が考えられる訳だが、どちらをとっても「A ⇒ A 」は真になる。このような、解釈の如何に関わらず真になる式は、恒真(あるいは妥当)であると云われる。恒真式は論理法則を具現するものだと考えられる。
以上のようにして捕捉できる論理は古典命題論理と呼ばれる。なお、恒真式には論理法則の名を冠されているものがある。いくつか挙げてみれば以下の通り。
二重否定の法則 ¬¬A ⇔ A 排中律 A ∨ ¬A 矛盾律 ¬(A ∧¬A ) 対偶律 A ⇒ B ⇔ ¬B ⇒ ¬A 分配律 A ∧ (B ∨ C ) ⇔ (A ∧ B ) ∨ (A ∧ C ) A ∨ (B ∧ C ) ⇔ (A ∨ B ) ∧ (A ∨ C ) ド・モーガンの法則 ¬(A ∧ B ) ⇔ ¬A ∨ ¬B ¬(A ∨ B ) ⇔ ¬A ∧ ¬B ここまでは文が単位だった。次に、その内部にまで立ち入ってみることにして、例として、
(a) どんな自然数にもそれより大きい自然数が在る という文を考える。これを数学で普通に使われるような変数を含んだ形にパラフレーズするならば、
(b) どんな自然数 x についても自然数 y が存在して x < y とでもなるだろうが、現代論理学では、これらの文は、例えば、次のようにパラフレーズされる。
(c) ∀x ((x は自然数である)⇒∃y ((y は自然数である)∧(x < y ))) これを論理記号を使わない形に書きなおしてみれば、次のようになる。
(c') どんな x についても、x が自然数であるならば y が存在して y は自然数であり x < y 現代論理学においては、(a) や (b) は、(c) に見てとれるような論理的構造をもつものとされる。(c) を構成する「x は自然数である」や「x < y 」は、そのままでは文とは云えないが、「x 」や「y 」を何らかのものの名前で置き換えれば、文になる。そうした表現は、一般に、述語と呼ばれ、「x 」等は(それを含む述語が数に関わるものであろうがなかろうが)変数と呼ばれる。また、「∀」は普遍量化子、「∃」は存在量化子と呼ばれ、量化子に伴なわれた変数は束縛変数、そうでない変数は自由変数と呼ばれる。なお、(c) は、あらかじめ話が自然数に限られていれば、「∀x ∃y (x < y )」と簡略化できる。そうした話の範囲は領域とか世界とかと呼ばれる。
(c) を「∀x (P (x ) ⇒ (∃y (P (y ) ∧ R (x, y )))」と図式化すれば、新たな式の一例が得られる。ここでは、「P 」や「R 」を述語記号と呼び、自由変数を含む「∃y (P (y ) ∧ R (x, y ))」のような式を開式、自由変数を含まない式を閉式と呼ぶことにする。再びやや形式的に云えば、まず、前と同様に文記号の集合を考え、文記号は式であると定め、さらに、適当な記号の集合を別に二通り考えて、それらの要素をそれぞれ「述語記号」および「変数」と呼ぶものとし、変数の有限列を伴なった述語記号は式であると定める。また、式に「¬」を接頭したものも式であり、その他の論理結合子で式と式を接続して括弧でくくったものも式であると定め、加えて、式に適宜量化を施して得られるものも式であると定める。それに応じて、上の真理値表の「A 」や「B 」は、そうして拡張された意味でのどんな式によっても置き換え得るものとする。
量化子のはたらきを規定するにはテクニカルな考慮が必要なので、そこは端折るとして、φ を閉式とすれば、φ は、それを真にする解釈が在るとき、充足可能であると云われ、どんな解釈のもとでも真なとき、恒真(あるいは妥当)であると云われる。ただし、この場合の解釈とは、φ に含まれるそれぞれの文記号に対する真理値の割り当ておよびそれぞれの n 変数述語記号に対する何らかの領域上の n 変数述語(のいわゆる外延)の割り当てのことであり、それによって(あとは量化子のはたらきさえ規定されれば)φ の真理値を形式的に求めることが可能になる訳だ。(なお、解釈は具体的なものには限定されない。領域は空集合でなければどんな集合でもよく、その集合の n 重の直積集合のあらゆる部分集合が n 変数述語記号の外延になり得るものとされる。)このようにして捕捉できる論理は古典述語論理と呼ばれる。(したがって、古典述語論理は古典命題論理を含む。)以下に恒真な閉式をいくつか挙げてみる。
分配律 ∀x P (x ) ∨ A ⇔ ∀x (P (x ) ∨ A ) ∃x P (x ) ∧ A ⇔ ∃x (P (x ) ∧ A ) ド・モーガンの法則 ¬∀x P (x ) ⇔ ∃x ¬P (x ) ¬∃x P (x ) ⇔ ∀x ¬P (x ) なお、ここでは、論理に対して、もっぱら意味論的アプローチをとったことを付け加えておく。
関係 写像 濃度以下では、慣例通り、対象 a が集合 M の要素であることを「a ∈ M 」、集合 M が集合 N の部分集合であること(つまり ∀x (x ∈ M ⇒ x ∈ N ) ということ)を「M ⊆ N 」と表わし、M と N の積集合(つまり共通部分 { x | x ∈ M ∧ x ∈ N } )を「M ∩ N 」、和集合(つまり合併 { x | x ∈ M ∨ x ∈ N } )を「M ∪ N 」、空集合を「Ø」で表わす。また、「a ∈ M かつ b ∈ M 」のような表現は「a, b ∈ M 」のように略記し、「集合 M の要素 a について」のような表現は「a ∈ M について」のように略す。
対象 a と b の順序対 (a, b ) とは、その同一性が、(a, b ) = (c, d ) ⇔ a = c ∧ b = d として規定される複合的対象のことだ。集合論においては、a と b の順序対は、例えば、(a, b ) = {a, {a, b }} として定義される。集合 M の要素と集合 N の要素の順序対全体の集合 { (x, y ) | x ∈ M ∧ y ∈ N } は M と N の直積と呼ばれ、「M × N 」と表わされる。
集合論においては、集合 M の要素と集合 N の要素の間の関係 R は、M × N の部分集合として定式化される。以下では、(a, b ) ∈ R ということを「a R b 」と表わすことにする。
集合 M 上の関係 R (つまり R ⊆ M × M )は、次を充たすとき、同値関係と呼ばれる。
反射律 x ∈ M ⇒ x R x 対称律 x R y ⇒ y R x 推移律 x R y ∧ y R z ⇒ x R z R が M 上の同値関係ならば、それに対応して次のような集合 P がひとつだけ在る。
- X ∈ P ⇒ X ⊆ M ∧ X ≠ Ø (つまり P の要素は何れも M の空でない部分集合)。
- X, Y ∈ P ∧ X ≠ Y ⇒ X ∩ Y = Ø (つまり P の要素である集合は互いに共通部分をもたない)。
- ∪P (= { x | ∃X ( x ∈ X ∧ X ∈ P })= M (つまり P の要素である集合凡ての和集合は M に等しい)。
- x R y ⇔ ∃X (X ∈ P ∧ x, y ∈ X ) (つまり、x R y ならば、X ∈ P が在って x, y ∈ X 、一方、どんな X ∈ P についても、x, y ∈ X ならば x R y )。
P を R による M の分割と云い、a ∈ M に対して a R y となる y 全体の集合 { y ∈ M | a R y } を a の同値クラスと云う。
集合 M 上の関係 R は、次を充たすとき、順序関係(あるいは半順序関係)と呼ばれる。
反射律 x ∈ M ⇒ x R x 反対称律 x R y ∧ y R x ⇒ x = y 推移律 x R y ∧ y R z ⇒ x R z 例えば、M を何らかの集合族(つまり集合を要素とする集合)とすれば、M の要素である集合の間の包含関係 ⊆ は順序関係だ。
順序関係を伴なう集合を順序集合と云う。M を順序集合、≦ をそれに伴なう順序関係とすれば、M の部分集合 N は、≦ を N 上に制限した順序関係 ≦ ∩ N × N を伴なう順序集合となる。以下では、順序関係 ≦ を伴なう集合 M の部分集合 N には恒に順序関係 ≦ ∩ N × N が伴なっているものとする。
順序関係 ≦ を伴なう集合 M について、a ∈ M が M の最大要素であるとは、どんな x ∈ M についても x ≦ a となることを云い、a ∈ M が M の最小要素であるとは、どんな x ∈ M についても a ≦ x となることを云う。また、a ∈ M が M の極大要素であるとは、どんな x ∈ M についても、a ≠ x ならば、a ≦ x とはならないことを云い、a ∈ M が M の極小要素であるとは、どんな x ∈ M についても、a ≠ x ならば、x ≦ a とはならないことを云う。
順序関係 ≦ を伴なう集合 M の部分集合N について、a ∈ M が N の上界であるとは、どんな x ∈ N についても x ≦ a となることを云い、a ∈ M が N の下界であるとは、どんな x ∈ N についても a ≦ x となることを云う。N の上界全体の集合に最小要素が在る場合、それを N の上限と呼び「supN 」と表わし、N の下界全体の集合に最大要素が在る場合、それを N の下限と呼び「infN 」と表わす。
順序関係 ≦ を伴なう集合 M は、どんな x, y ∈ M についても、x ≦ y ∨ y ≦ x となるとき、線形順序集合と呼ばれる。
順序集合 M は、その空でないどんな部分集合にも最小要素が在るとき、整列集合と呼ばれる。M が整列集合ならば M は線形順序集合だが、逆は一般に成り立たない。例えば、実数全体の集合 R は通常の大小関係に関して線形順序集合だが整列集合ではない
順序関係 ≦ を伴なう集合 M は、それが最小要素をもち、また、どんな x ∈ M についても、y ≦ x となる y 全体の集合 { y ∈ M | y ≦ x } が整列集合であるとき、ツリーと呼ばれる。ツリーの要素を節と云い、特にその最小要素を根、極大要素を葉と云う。N を何らかの集合として、ツリー M のそれぞれの要素 x に N の要素がひとつ対応づけられているとき、M をラベル付きツリーと云い、x に対応する N の要素を x のラベルと云う。(次に採りあげる概念を先取りして云えば、ラベル付きツリー M とは、何らかの写像 f :M → N を伴なったツリーのことだ。)集合 M から N への写像とは、簡単に云えば、M の要素に N の要素を対応づけるもののことだ。M のどんな要素にも N の要素がひとつだけ対応していなければならないが、M の相異なる要素に N の同一の要素が対応していてもよく、N には対応に与からない要素が在ってもかまわない。(集合論においては、集合 M から N への写像は、M と N の上の関係 R で、∀x∃y (x ∈ M ⇒ x R y ) ∧ ∀x ∀y ∀z (x R y ∧ x R z ⇒ y = z ) となるものとして定式化される。)
集合 M から N への写像 f によって M の要素 a に対応づけられる N の要素は「f (a )」とか「fa 」とかと表わされ、その対応は「a f (a )」と表わされる。また、f が M から N への写像であることは「f :M → N 」と表わされる。M は f の定義域と呼ばれ、対応に与かる N の要素全体の集合 { f (x ) | x ∈ M } は値域と呼ばれる。ここでは、f の定義域を「domf 」と表わし、値域を「ranf 」と表わすことにする。
f を M から N への写像、g を K から L への写像として、ranf ⊆ K とすれば、M の要素 a に L の要素 g (f (a )) を対応づける(M から L への)写像がひとつだけ在ることになる。それを f と g の合成写像と云い、「gf 」と表わす。
写像 f :M → N は、ranf = N となるとき、全射と呼ばれ、どんな x, y ∈ M についても x ≠ y ⇒ f (x ) ≠ f (y ) となるとき、単射と呼ばれる。全射であり単射でもある写像は全単射あるいは双射と呼ばれる。
写像 f :M → N が全単射ならば、どんな y ∈ N についても x ∈ M がひとつだけ在って y = f (x ) となるから、逆向きの対応 f (x ) x を考えれば、g (y ) = gf (x ) = x となる全単射 g :N → M がひとつだけ在ることになる。この g を f の逆写像と云い、「f -1」と表わす。写像 a :J → M は、コンテクストによっては、M の要素の族と呼ばれ、「{ai }i ∈J 」等と表わされ、適宜「{ai }i 」とか「{ai }」とかと略記される。ただし、普通、「{ai }i ∈J 」は二義的であり、写像としての a の値域を表わすのにも用いられる。なお、定義域 J は、この場合、添数集合と呼ばれる。特に、添数集合が自然数(つまり非負整数)全体の集合 N (かまたはそれに順序同型な集合)のとき、{ai }i は M の要素の列(あるいは無限列)と呼ばれ、また、添数集合が何らかの自然数 n より小さい自然数すべての集合 { x ∈ N | x < n } (かまたはそれに順序同型な集合)のとき、{ai }i は M の要素の有限列と呼ばれる。(順序集合 M と N が順序同型であるとは、全単射 f :M → N が在って、≦M と ≦N をそれぞれの順序関係とすれば、どんな x, y ∈ M についても x ≦M y ⇔ f (x ) ≦N f (y ) となることを云う。)
集合 M と N は、全単射 f :M → N が在るとき、同等であると云われる。(要するに、M と N が同等であるとは、それらの要素の間に一対一の過不足のない対応が在ることを意味する。)何らかの自然数より小さい自然数すべての集合と同等な集合は有限であると云われ、有限でない集合は無限であると云われる。また、自然数全体の集合 N と同等な集合は可算であると云われ、有限でも可算でもない集合は非可算であると云われる。実数全体の集合 R は非可算だ。なお、高々可算とは有限か可算のどちらかということを意味する。
集合 M と N が同等であるとき、それらは同じ濃度をもつとも云われる。濃度とは、直観的に云えば、集合の大きさのことだ。有限集合の濃度は自然数によって計られるが、無限集合の濃度の尺度としては、アレフ数と呼ばれる特殊な集合の系列が(公理論的集合論においては)考案されている。集合 M の濃度がアレフ数 β であるとは M が β と同等であることを云う。(この添字「β 」はいわゆる超限順序数を表わす。超限順序数は特殊な整列集合の系列だ。アレフ数が基数としての自然数の拡張なのに対して、超限順序数は順序数としての自然数の拡張だと云える。) 可算集合の濃度は最小のアレフ数 0 だ。
ところで、どんな集合 M についても、M とその冪集合――つまり M の部分集合全体の集合――は同等ではない。したがって、例えば、集合としての 0 の冪集合の濃度は 0 ではない。0 の冪集合は R と同等であり、その濃度は連続濃度と呼ばれるが、では、その連続濃度のアレフ数は何か?
連続濃度は 1 であるとする命題は連続体仮説と呼ばれ、それを一般化して、どんな超限順序数 β についても β の冪集合の濃度は β +1 であるとする命題は一般連続体仮説と呼ばれる。どちらの仮説も通常の公理論的集合論においては(その公理系が無矛盾ならば)決定不能である――つまり当の仮説もその否定も定理ではあり得ない――ことが証明されている。
ヴェクトル空間ヴェクトル空間の定義には、体の概念が欠かせないが、ここでは、体とは加減乗除に類する演算を伴なった集合のことだとしてお茶を濁すことにして、以下では、体 F は、実数体 R か複素数体 C のどちらかだとする。
体 F 上のヴェクトル空間(あるいは線形空間)V とは、特定の要素 0V をもち、次の(1)から(7)を充たすようなふたつの写像 ・V : F × V → V および +V : V × V → V を伴なった集合 V のことだ。
(1) v, w ∈ V ⇒ v +Vw = w +Vv (2) u, v, w ∈ V ⇒ (u +Vv ) +Vw = u +V(v +Vw ) (3) λ ∈ F ∧ v, w ∈ V ⇒ λ ・V(v +Vw ) = (λ ・Vv ) +V(λ ・Vw ) (4) λ, μ ∈ F ∧ v ∈ V ⇒ (λ + μ ) ・Vv = (λ ・Vv ) +V(μ ・Vv ) (5) λ, μ ∈ F ∧ v ∈ V ⇒ (λμ ) ・Vv = λ ・V(μ ・Vv ) (6) v ∈ V ⇒ 0 ・Vv = 0V (7) v ∈ V ⇒ 1 ・Vv = v V の要素はヴェクトル、特に 0V はゼロヴェクトルと呼ばれる。また、F は V の係数体と呼ばれ、その要素はスカラーと呼ばれる。係数体が R の場合、V は実ヴェクトル空間と呼ばれ、C の場合には複素ヴェクトル空間と呼ばれる。
写像 ・V はスカラー倍、+V は和と呼ばれる。これらの表記上の結合の強さは、慣例通り、スカラー倍の方が強いものとする。なお、以下では、「・V 」は省略し、「+V 」と「0V 」の添字「V 」も省く。
内積空間体 F 上の内積空間(あるいは前ヒルベルト空間)とは、次の(8)から(11)を充たすような写像 < , > : V × V → F を伴なった F 上のヴェクトル空間 V のことだ。
(8) λ, μ ∈ F ∧ u, v, w ∈ V ⇒ <u, λv + μw > = λ<u, v > + μ<u, w > (9) v, w ∈ V ⇒ <v, w > = <w, v >* (10) v ∈ V ⇒ <v, v > ≧ 0 (11) <v, v > = 0 ⇒ v = 0 ただし、「 *」は複素共役をとる演算を表わし、係数体が R の場合はもちろん無用だ。< , > は V の内積と呼ばれる。
内積については次が成り立つ。
- λ, μ ∈ F ∧ u, v, w ∈ V ⇒ <λv + μw, u > = λ*<v, u > + μ*<w, u >
- v ∈ V ⇒ <v, 0 > = 0
V のヴェクトル v と w は、<v, w > = 0 となるとき、直交すると云われ、「v ⊥ w 」と表わされる。また、V の部分集合 M と N は、どんな v ∈ M と w ∈ N についても v ⊥ w となるとき、直交すると云われ、同じ記号を使って「M ⊥ N 」と表わされる。
写像 || || : V → R を、v ∈ V ⇒ ||v || = <v, v > として定義すれば次が成り立つ。
ピュタゴラスの定理 v, w ∈ V ∧ v ⊥ w ⇒ ||v + w ||2 = ||v ||2 + ||w ||2 シュヴァルツの不等式 v, w ∈ V ⇒ | <v, w > | ≦ ||v || ||w || 三角不等式 v, w ∈ V ⇒ ||v + w || ≦ ||v || + ||w || 中線定理 v, w ∈ V ⇒ ||v + w ||2 + ||v - w ||2 = 2( ||v ||2 + ||w ||2 ) || || は内積空間 V のノルムと呼ばれる。また、||v || = 1 となるヴェクトル v ∈ V は単位ヴェクトルと呼ばれる。
ヴェクトル列 {vi }i ∈N ⊆ V が v ∈ V に収束するとは、どんな正数(つまり正の実数) ε についても n ∈ N が在って、どんな i ∈ N についても i > n ⇒ ||vi - v || < ε となることを云う。その場合、v は {vi }i ∈N の極限と呼ばれる。以下では、{vi }i ∈N が v に収束することを「limi vi = v 」と表わす。
{vi }i ∈N ⊆ V に対して、{Σi ≦n vi }n ∈N が v ∈ V に収束するとき、級数 Σi vi は v に収束すると云われ、「Σi vi = v 」と表わされる。(ただし、「Σi ≦n vi 」は {vi }i ∈N の第 0 項から第 n 項までの総和を表す。)
{vi }i ∈N ⊆ V が基本列であるとは、どんな正数 ε についても n ∈ N が在って、どんな i, k ∈ N についても i, k > n ⇒ ||vi - vk || < ε となることを云う。
V の部分集合 M が稠密であるとは、どんな v ∈ V についても {vi }i ∈N ⊆ M が在って limi vi = v となることを云う。
内積空間 V が完備であるとは、どんな基本列 {vi }i ∈N ⊆ V についても v ∈ V が在って limi vi = v となることを云う。{vi }i ∈N , {wi }i ∈N ⊆ V、v, w ∈ V 、limi vi = v 、limi wi = w とすれば次が成り立つ。
- limi ||vi || = ||v ||
- limi <vi , wi > = <v, w >
ヒルベルト空間ヒルベルト空間とは、完備な内積空間のことだ。係数体が R の場合、それは実ヒルベルト空間と呼ばれ、C の場合には複素ヒルベルト空間と呼ばれる。
ヒルベルト空間 H のヴェクトルの族 {vi }i ∈J は、どんな i, k ∈ J についても、i = k ⇒ <vi , vk > = 1、i ≠ k ⇒ <vi , vk > = 0 となるとき、正規直交系と呼ばれ、さらに、H のどんなヴェクトル v についても、v ≠ 0 ならば少なくともひとつの項 vj について <vj , v > ≠ 0 となるとき、完全正規直交系(あるいは正規直交基底)と呼ばれる。
どんなヒルベルト空間 H も、それがゼロヴェクトルだけから成るのでければ、完全正規直交系をもつ。{vi }i ∈J と {wi }i ∈M が共に H の完全正規直交系ならば、それらの添数集合 J と M の濃度は同じなので、その濃度によって H の次元を定義することが出来る。ヒルベルト空間 H の空でない部分集合 M は、どんな v, w ∈ M および λ, μ ∈ F についても λv + μw ∈ M となるとき、H の線形部分集合と呼ばれる。
H の線形部分集合 L は、どんな基本列 {vi }i ⊆ L についても v ∈ L が在って limi vi = v となるとき、H の部分空間と呼ばれる。
Σ を H の冪集合(つまり H の部分集合全体の集合)の空でない部分集合として、Σ に属す集合を凡て包含する H の部分空間のうちで包含関係の順序において最小のもの――云い換えれば、Σ に属す集合を凡て包含する部分空間すべての共通部分――を、それらの集合によってスパンされる部分空間と云う。特に、部分空間 L と M によってスパンされる部分空間を L と M のスパンと云い、「 L M 」と表わす。H 上の線形作用素とは、H の線形部分集合 L から H への写像 A で、どんな v, w ∈ L および λ, μ ∈ F についても、A(λv + μw ) = λAv + μAw となるもののことだ。(したがって、線形作用素の値域は H の線形部分集合をなす。)以下では、線形作用素を単に「作用素」と呼ぶことにする。
H の凡てのヴェクトルをゼロヴェクトルに対応づける写像 0 : H → H はゼロ作用素と呼ばれ、各ヴェクトルをそれ自身に対応づける写像 I : H → H は恒等作用素と呼ばれる。
H 上の作用素 A と B の和 A + B : domA ∩ domB → H および積 AB : { v ∈ domB | Bv ∈ domA } → H は次のように定義される。v ∈ domA ∩ domB ⇒ (A + B )v = Av + Bv
v ∈ { v ∈ domB | Bv ∈ domA } ⇒ ABv = A(Bv )H 上の作用素 A が写像として単射ならば、どんな v ∈ ranA についても w ∈ domA がひとつだけ在って v = Aw となるから、逆向きの対応 Aw w を考えれば、Bv = BAw = w となる全単射写像 B :ranA → domA がひとつだけ在ることになる。この B を A の逆作用素と云い、「A -1」と表わす。
H 上の作用素 A について、λ ∈ F およびゼロヴェクトルでない v ∈ domA が等式 Av = λv を充たすとき、λ は A の固有値、v は固有値 λ に対応する固有ヴェクトルと呼ばれる。λ が A の固有値ならば、w に関する方程式 Aw = λw の解全体の集合 { w ∈ domA | Aw = λw } は(A の線形性により) H の線形部分集合だ。
H 上の稠密な定義域をもつどんな作用素 A についても、その随伴作用素と呼ばれる作用素 A†がひとつだけ在って、次が成り立つ。
- v ∈ domA ∧ w ∈ domA† ⇒ <w, Av > = <A†w, v >
- domA† = { w ∈ H | ∃u (u ∈ H ∧ ∀v (v ∈ domA ⇒ <w, Av > = <u, v >)) }
H 上の稠密な定義域をもつ作用素 A は、domA が domA†の部分集合で、v ∈ domA ⇒ Av = A†v となるとき、対称であると云われ、さらに、domA = domA†となるとき(つまり A = A†となるとき)、自己随伴であると云われる。
H 上の作用素 A は、その定義域が H 全体で、或る実数 c が在ってどんな v ∈ H についても ||Av || ≦ c ||v || となるとき、有界作用素と呼ばれる。
M が H の空でない部分集合ならば、M に属す凡てのヴェクトルと直交するヴェクトル全体の集合 { v ∈ H | ∀w (w ∈ M ⇒ v ⊥ w ) } は H の部分空間だ。この部分空間を M の直交補空間と云い、「M ⊥」と表わす。
L と M を H の部分空間とすれば、次が成り立つ。
- L⊥⊥= L
- L L⊥= H
- L ∩ L⊥= { 0 }
- L ⊆ M ⇔ M⊥⊆ L⊥
- ( L ∩ M )⊥= L⊥ M⊥
- ( L M )⊥= L⊥∩ M⊥
L を H の部分空間とすれば、どんな v ∈ H についても、v の L への射影と呼ばれる u ∈ L とそれに直交する w ∈ L⊥が唯ひとつづつ在って、v = u + w となる。そこで、それぞれの v ∈ H にその L への射影を対応づけることで写像 PL : H → H を定義すれば、PL は H 上の自己随伴で冪等な有界作用素だ。(ただし、H 上の作用素 A が 冪等であるとは A2 (= AA ) = A となることを云う。)逆に、H 上の有界作用素 P が自己随伴で冪等ならば、ranP は H の部分空間であり、どんな v ∈ H についても Pv は v の ranP への射影だ。
H 上の自己随伴で冪等な有界作用素を射影作用素と云う。(したがって、ゼロ作用素 0 は射影作用素であり、恒等作用素 I もまたそうだ。)P が射影作用素ならば次が成り立つ。
- v ∈ H ⇒ <v, Pv > ≧ 0
- v ∈ H ⇒ ||Pv || ≦ ||v ||
- v ∈ H ⇒ (Pv = v ⇔ v ∈ ranP )
- v ∈ H ⇒ (Pv = 0 ⇔ v ∈ (ranP )⊥)
- I - P は射影作用素で ran(I - P ) = (ranP )⊥
また、P と Q が射影作用素ならば次が成り立つ。
- PQ = QP ⇒ PQ は射影作用素で ran(PQ ) = ranP ∩ ranQ
- PQ = QP ⇒ P + Q - PQ は射影作用素で ran(P + Q - PQ ) = ranP ranQ
- PQ = QP = 0 ⇔ P + Q は射影作用素 ⇔ ranP ⊥ ranQ
- PQ = QP = P ⇔ (v ∈ H ⇒ ||Pv || ≦ ||Qv || ) ⇔ ranP ⊆ ranQ
H 上の射影作用素の族 { P (λ ) }λ∈R は、次を充たすとき、スペクトル族と呼ばれる。
- v ∈ H ⇒ ||(P (λ ) - 0 )v || → 0 ( λ → -∞ )
- v ∈ H ⇒ ||(P (λ ) - I )v || → 0 ( λ → ∞ )
- λ ∈ R ∧ v ∈ H ⇒ ||(P (λ + ε ) - P (λ ))v || → 0 ( 0 < ε → 0 )
- λ, μ ∈ R ∧ λ < μ ⇒ P (λ )P (μ ) = P (μ )P (λ ) = P (λ )
スペクトル族 { P (λ ) }λ∈R については次が成り立つ。
- どんな λ∈R についても射影作用素 Q が在って、どんな v ∈ H についても
||(P (λ - ε ) - Q )v || → 0 ( 0 < ε → 0 )
Rn 上のボレル集合体 Bn を添数集合とする H 上の射影作用素の族 { P (Δ ) }Δ∈Bn は、次を充たすとき、スペクトル測度と呼ばれる。
- P (Rn ) = I
- { Δi }i ∈N ⊆ Bn、i ≠ k ⇒ Δi ∩ Δk = Ø とすれば、
v ∈ H ⇒ P (∪i Δi )v = Σi P (Δi )v
スペクトル測度 { P (Δ ) }Δ∈Bn については次が成り立つ。
- P (Ø) = 0
- Δ, Γ ∈ Bn ⇒ P (Δ∩Γ ) = P (Δ )P (Γ ) = P (Γ )P (Δ )
H 上の有界作用素 U は U †U = UU † = I となるとき、ユニタリ作用素と呼ばれる。ユニタリ作用素 U については次が成り立つ。
- U は全単射写像であり U † = U -1
- v, w ∈ H ⇒ <Uv, Uw > = <v, w >
H 上のユニタリ作用素の族 { Ut }t ∈R は、次を充たすとき、連続1パラメタユニタリ群と呼ばれる。
連続1パラメタユニタリ群 { Ut }t ∈R については次が成り立つ。
- v ∈ H ∧ t ∈ R ⇒ ||Ut +εv - Utv || → 0 ( ε → 0 )
- t, s ∈ R ⇒ Ut +s = UtUs
- U0 = I
- t, s ∈ R ⇒ UtUs = UsUt
2003年夏(2004年10月増補) 大熊康彦
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