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参考文献: 『13歳の沈黙』 (岩波書店 2002年9月 第3刷) 原作:"Silent to the Bone " 2000年
"The Outcasts of 19 Schuyler Place" 2004年 2月初版 ペーパーバック版


* * *
薔薇の窓から、沈黙の向こうへ 2




A:  『13歳の沈黙』で、コナーとブランウェルが、「一文要約」っていう言葉遊びをするでしょ。映画の『タイタニック』の筋を言ったりして。これって、どこが面白いのよ?

* ブランはこう言った。「巨大船で、バンドが音楽を演奏しているあいだ乗組員がデッキのいすをならべかえていたら、巨大船が氷山の一角しか見ないで、そして沈んでしまうけれど、貧乏絵描きはおぼれて金持ち令嬢は助かるという話。」ブランは、この一文要約で最高得点の四つ星をとった。「そして」を使うとマイナスになる ― ここでは、一度使われている ― けれど、きまり文句を使ったときには追加点をあげることになっていたからで、ブランウェルは一つの一文要約に三つもきまり文句を入れていた。(P.32〜33)

  この、三つの「きまり文句」って、何?


Y: ええと、この「きまり文句」の原語は、クリーシェ(cliches)で、常套句・紋切り型表現のこと。
  日本語だと、「案ずるより生むが易し」とか「芋の子を洗うような」かな。使い方を間違えると、陳腐で月並みな印象になるようなものだけど . . . 下手なアナウンサーとか。でも、子どもたちが使っていたら愉快、それだけで笑っちゃう。
  でね、この「一文に要約せよ」ゲームでは、文中にクリーシェを入れると、ボーナスポイントが付くの。「そして」、接続詞の and  を使ったら減点。


A: 多くの制約をクリアして、本質を突けたら「決まり」なのね。古着でお洒落する感じかしら。 で、どれが?  あ、「氷山の一角」は日本語にもなってる。


Y: うん。ブランは、映画『タイタニック』のことを

*  "Rich girl escapes while poor artist drowns when mega-ship sees only the tip of the iceberg and sinks as the crew rearranges the deck chairs while the band plays on."

と言ってて、まず、氷山の一角 (the tip of the iceberg )でしょ。それから、タイタニック号の船上で、デッキチェアを並べ直す (rearranging the deck chairs on the Titanic)。これは、「まったく無意味な仕事、むなしい試み」のたとえとして使われる表現なんだって。
  三つめは、裕福な娘と貧しい青年の組み合わせ、かな?  The rich girl - poor boy love story というフレーズがあるくらい、恋愛ものの常套だから。こんど、誰かに訊いてみるね。*

 (* 後日、the band plays on が、「なにか事件が起きても、それまで通りの暮らしを続ける、何もなかったように日々が続く、それでも人生は続く」という意の慣用句だと、松永太郎さんが教えてくれました。多謝。^^)


A: そう考えると、よくできた「一文要約」なのね。


Y: 令嬢と絵描きのところは、escape (逃れる) と drown (溺れ死ぬ)という言葉を使っているから、もしかしたら、ブランは、『タイタニック』の恋人たちの、「家から逃亡する」「恋に溺れて. . . 」というストーリーも思い描いていたのかもしれない。


A: かもしれない。ジャック(レオナルド・ディカプリオ)は、たしか凍死だったし。
  コナーが作る方は?  ブランの"俗っぽいエリート白人"の祖父母のこと、批判するじゃない?  あった、58ページ。

*  ぼくは、すごくいっしょうけんめい考えないと答えられなかった。ぼくの一文要約の答は、こう。「二人は斜めに構えて物事を見るので、あいつら東洋人がこいつら東洋人になることは決してありえないだろう。」
  ブランは四つ星をくれ、(巧みな出来だ、ということで)五つ星を出したがったけれど、ぼくは、一文要約では点の暴騰を起こしちゃだめだよ、と言った。(P. 58)

  あいつら東洋人が、こいつら東洋人になったところで、嬉しくないけど。 それに、点の暴騰ってなんぞや?  採点を甘くして「星」の価値を下げるのはやめとこうよ、って意味?


Y: そう。 えっと、ここの「こいつら」は、our で、斜体になってる。They とWe の対比だと思う。
  "Those Orientals will never be our Orientals because they have the wrong slant on things." (P. 55)
 そのまま訳すと、「彼らの物の見方は偏っているので、'あの人たち東洋人' が ' 私たちの東洋人' になることは決してないだろう。」 つまり、この老夫妻には偏見があるから、二人が東洋人を仲間や隣人と見なすことはないって . . . 。


A: それなら、ブランが星を五つにしたいっていうのも肯ける。


Y: うん。 Those Orientals は、「あいつら東洋人」でもいいのかな?  その方が差別意識は伝わるかとも思う。だけど、この二人って、お体裁が大事で、表面的には「差別などもってのほか」という感じでしょう。悪気はなくて、ティナのことも「あいつ」じゃなくて、「あの人」とか「あのかた」って呼んで、だけど、「でも、ベトナム人だから」とか「東洋の人は」って、必ず付け足すような. . . 。


A: お為ごかし。ブランに対する愛情のかけ方も、ゆがんでいるものね。 そういえば、ティナが意地悪な感じの箇所があったけど. . . 。

*  ブランウェルがつまずきかかったことを思うと、ティナはとてもニッキをすすんでブランウェルに差し出そうという気にはなれなかった。差し出すどころか、ニッキをきつく抱きよせてから、ブランにもよく見えるように顔にかかったかわいい毛布をさげたのだった。(P.81)

  どういうの?  この若い継母は、ブランに敵意を抱いていて、でも、ニッキの顔だけは見せてあげた、ってこと?


Y: 違う、違う。 デリカシーは少し足りないかもだけど、ティナは、意地悪なんかしないよ。
  ブランって、ひどく不器用でしょう。いつも物を落としたりして。だから、ティナは、生まれたばかりのニッキを、ブランに抱かせる気にはならなかった。その代わりに、ニッキを抱き寄せ、顔を被っていたおくるみを下げて、彼に妹の顔がよく見えるようにしたの。
  片手を離すときは、誰だって赤ちゃんをしっかり抱くでしょう?   ここは、ただそれだけ。(cf: 原文1


A: よかった。 じゃないと辻褄が合わない。それぞれ理解し合いたいって、気持ちはあるのに、なぜかすれ違ってしまう人々の話だものね。
  コナーの語りが、こんなのばかりで、いったい何を言いたいの? って箇所が多かった。
  彼が、1961年のフリーダム・ライダース(人種差別の撤廃を検証する学生運動)のことを書いて、作文コンテストで入賞したとか、とても聡明な子だっていう「設定」の方が説得力を失ってる。
  最後の最後だって、ブランが帰る場面で、

* <一文要約> ブランウェル・ザンボルスカは赤ん坊の妹をかかえたまま、庭をこえ、階段をくだり、ミニバンに乗りこみ、そして第二の人生を再出発させた。 (P. 291)

  「第二」の「再出発」。都合三度目か? ってツッコミたくなった。 13歳なのに引退でもするみたいだし。にもかかわらず、コナーは、 自分のこの作品に「四つ星」をつけたりして、勘弁してよ。


Y: あん。コナーは、・・・and began the first day of the rest of his life. って言ってるの。ディードリッチの言葉、 「今日は、これからの人生の最初の一日 (Today is the first day of the rest of your life.) 」の引用で、クリーシェだけど素敵だよ。
  この場面、きれいで泣けちゃう。映画だったら、玄関、ポーチ、階段、と、ブランの姿を追っていたカメラが、最後に夕暮れの町の遠景を映すような感じ。流れるように続いて広がっていく。「コナー、星四つなんて言わないで、七つでも八つでも、好きなだけつけていいよ。」って思うよ。読む度に涙が出ちゃう。


A: 絶妙なエンディングなのね。それを、「第二の人生を再出発させた」だなんて. . . 。
   あ、この "the first day" が、最終章のタイトルなんだ。各章のタイトル、ずっと日にちでしょ。「1日目以前の日々」とか「8日目」「20日目」って、で、最終章で「1日目」に戻る。オシャレだとは思ってたけど、そうか、そうだったのね!  . . .  ゲームの中のクリーシェも、この日のための . . . 。


The ship is ready to sail.
ブルー・ピーター!



Y: 解説の、『13歳の沈黙』と作者カニグズバーグについて、も読んだ?


A: ううん、途中でやめた。児童書なのに解説文はずいぶんと難しげだなって。

*  そして二つの家族の歴史と再生の物語が、一本の時間軸のなかで有機的に関連づけて語られていく。(P. 294)

  どうも、自動詞と他動詞の違いが分かってない気がする。訳文の中にも頻繁に見受けられるでしょ、この手の不自然さ。日本語が母語ではないのかしら。それに、時間軸って、たいてい ・・・(略)・・・。 あら、そういうことじゃないの?


Y: うん、そういうのもだけど . . .  。
  あのね、終わりの方に、『13歳の沈黙』と『ティーパーティーの謎』は、同じ「エピファニー」という町が舞台で、みたいにあるの。ブランとコナーの教室には、『ティーパーティーの謎』のソウルズの4人がいるのかも、って。
  そんなの、あり得ない. . . 。たとえ時間や場所が完全に一致したとしても。
  だって、もしも、イーサンやナディアが同じクラスにいたら、コナーたちとは絶対に気が合うはずだもの。事件に巻き込まれたブランのために、彼らだって走りまわってる。


A: あら、ほんと。やーね、それなら、プロットは完全に変わってるわ。イーサンなんか、『スタンド・バイ・ミー』のクリス(リヴァー・フェニックス)みたいだもの。前作を読んでる子は、逆に、「4人がいてくれたらいいのに」と願うようなものでしょ。
  ねえ、ここの叙述、二重に違ってる。三重か?

*  ブランウェルとコナーの教室には、ひょっとしたら八年生になったこの四人が潜んでいるのかもしれない。なにしろこの教室では、ブランウェルの突出した個性が、「たくさんのいい点がある」と受け入れられているのだから。(P.298-299 )

  これって、風変わりなブランを受け入れてる、教室の構成メンバーは偉い、って意味よね。で、そんな変な個性を受け入れるなんて、イーサンたちかもしれない、という。でも、コナーは、そんなこと言ってない。

*  ブランウェルは特別変わっているけれど、ブランウェルをいじめる人がいないのは、・・・ ブランウェルにはたくさんのいい点があることを、みんなわかっているからだ。わざわざともだちになろうとはしないだけなんだ。(本文P. 23)


  つまり、ブランは、すごく変だけれど、頭もいいし、風格がある。だから皆、いじめることはしない。一目置いている子もいる。が、友だちになろうとはしない、よね?  「たくさんのいい点」がなかったらどうなるの? って感じよ。
  現に、彼が悲惨な目に遭ってる時だって、「あの子、何をやったの?」「気が狂ったの?」(P. 146) って、ほとんどの子が野次馬じゃない。よくて、傍観者でしょ。
  まず第一に、ブランのこの状態を「受け入れられている」と定義することが違うし、次に、彼を「いじめずにいてあげる」ことが、偉いだか優しいと考えるなんて、大間違いだと思うけど。で、そんなことを、ソウルズの4人にもさせようとは . . . 。

  * なにしろこの教室では、ブランウェルの突出した個性が、「たくさんのいい点がある」と受け入れられているのだから。 


  どう考えても、これは、多数派の中でもとりわけ無自覚でおめでたい人たちの感性。
  カニグズバーグの世界の対極にあるものだと思う。


Y: うん . . . 。 とにかく、読んだ子が不安になるようなことは載せないでほしい。「こういう風に読みなさい」っていうリードは、たとえ的外れじゃなくても、無い方がいいと思うし。


A: お説教くさい解説も勘弁してよだけど、ミスリードだったら、それはもう、ね。
  カニグズバーグはお説教はしないわね。いや、「内なる良心に従いなさい」という教えを説いているか? (笑)  
  主人公たちもハチャメチャで、いわゆる道徳的とは言えない。マーガレットは平気でハッキングしているし、クローディアも家出。『ジョコンダ夫人の肖像』のサライは泥棒で、『800番への旅』のサブリナも、相当よね。他にも、子どもたちが、車の運転しちゃうわ、ドラッグ作ちゃうわ。「法律って、なーに?」ってなものでしょ。


Y: ほんとうに。「外のルールより、内なるルール」 。
  もしかして、ゴージャスな「履歴詐称・詐欺のすすめ」なの? というお話もあるしね。(笑)
  時々、本がウィンクしているような気がする。「目的のためには手段を選ばない」という考え方は、行き過ぎると危険だけれど、でも、その辺りのバランスも、あなたは考えられるわね、って。
  アメリカでも、ひどく保守的な人たちからは敬遠されてるんだって。カニグズバーグを国語の教科書にという人がいる一方で、物語や英語の美しさは認めるけれど「教育的ではない部分が」って反対する人もいて. . . 。新作についても、マーガレットのいじめられ方が、残酷すぎるとかなんとか。― 私、この部分は「弱い者いじめ」っていうより、群れになびかない子に対するリンチだと思うけど。「いじめ」と同様、日常的にあるよね。


A: カニグズバーグ作品には、親の露出が少ないでしょ。いわゆる理想的な親はあまり出てこない。「孤児もの」のバリエーションって気がするな。片親だったり、両親がいても(にもかかわらず)、主人公に寄り添うのは、まったくの他人か、血縁でも祖父母とか、少し離れた関係の大人たちで。そういう感じも、アンチな人々には、面白くないのかもしれないわね。一部の子どもたちにとっては、親にとっても、それこそ希望だと思うけれど。



* * *
Tomorrow never knows.



A: この半年くらい、ずいぶん頑張ったでしょ。振り返って、どう?  息切れしてない?


Y: 無理は、してた、と思う。 始めてすぐに、批判みたいなことができないってよーく解った。痛みをともなう作業は、苦手だとは知ってて、でも、つくづく難しいことなんだなって。
  リクエストを公にすることの緊張感も、予想以上だったかな。去年の4月頃から、心の準備はしてきたつもりだったんだけど。たとえば、「控えめすぎる」「妥協するな」「もっと戦略的に」という声にも、「僭越だ」「細かすぎる」「普通じゃない」というようなメールにも、どう応えたらいいのか、その度に戸惑っちゃって . . . 。
  どこにいても、少しズレるか浮くかしてきたから、「不足/過剰」と言われることには慣れてて、でもか、だからか、じゃあ「適切」ってどれくらい? っていうのは、身に染みてないでしょう。
  自分の物差しが一般的だとは到底思えないのに、それをもとに、何かを断言したり、一般論みたいなものを書くということ自体、無理があると思う。


A: だからこそ、カニグズバーグ的なものが大切だし、読めるんじゃない。私は断言するわ、僭越ながら。(笑)  それに、ゴリアテに立ち向かったのよ。


Y: ありがと。(笑)  すごーく似合わないことするのに、英語の力も日本語の力も全然足りないんだもの、無茶苦茶よね。英文の手紙なんか、たった数行に何時間も掛かって、それでもできなくて. . . 。
  だから、自分でも、無理の上に無茶を載せてる感じはしてたの。でも、言葉=気持ちの通じ合う人たちのおかげで、続けることができて。それに、カニグズバーグの文章が素敵だから、原文を読んでいるときは、嬉しくてしょうがないし . . . 。


A: その「嬉しくてしょうがない」って感じが、すべてを好転させているんだと思うわ。
  で、これからは、どうするの?


Y: うーん、まだ、わからないけど、まず、『誇り高き王妃』、エレアノールに会いに行って。
  あと、さっき「孤児もの」って言ってたでしょ。カニグズバーグは、『秘密の花園』と『小公女』(ともに F.H. バーネット)の新しい版に、「はしがき」を書いているの。そういうのも読んで、いろいろ考えてみたいなって思う。
  それから、美しい言葉を集めて並べたい。なーんて、キザね。実は、きれいな小石やビーズの指輪を集めたいっていうのと、まったく同じ。(笑) 
  物語に出てくるハンガリーのお菓子とか、レシピをみつけて作ってみようと思う。すごく美味しそうに書いてあるんだもん。
  あと、カニグズバーグ作品は、数カ国語に翻訳されてるのね。 ― スペイン、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー . . . 中国語は二種類あるみたい―  それぞれの言語圏で、どんな風に受け止められているのか聞いてみたい。資料を手に入れるの、難しいかもだけど. . .  タイトルだけ比較しても、楽しそうだし. . . 。


A: わからないって言いながら、あること、あること。(笑)
  いよいよ「冒険」らしくなって来たんじゃない?  これからは「宝探し」だものね。
  ねえ、お菓子の作り方、WEBにも載せて。子どもたちも喜ぶと思う。特に上の子。最近、卵を割りたくてしょうがないの。将来はケーキ職人になるんですって♪


Y: ケセネム セーペン♪


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Time wasted is often time well spent.
Today is the first day of the rest of your life.




*  Considering the way that Branwell had practically fallen over himself, Tina didn't volunteer to hand Nikki over to Branwell. Instead, she clutched her closer before pulling the little blanket back from her face so that Bran could get a better look. (P.76)

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ブルー・ピーター: Blue Peter  [海] 出帆旗、国際信号旗の一つ。P字旗、青地に白の方形。
― "本船まさに出港せんとす、総員帰船せよ。"
『13歳の沈黙』では、コナーとブランウェルが、「準備完了」という意味の暗号・合い言葉として使っています。


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