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四月に思う、知らないからできたこと ― The Bumblebee Flies Anyway
日本語のことは日本語で言う、とか思っていた私は、このコーナーに "原文"
を載せることを思いつきませんでした。
「いくら邦訳の問題だからって、英文がないと読む側が検証できないじゃない。説得力に欠けるでしょ。それに、あなたの訳だって少しは必要だってば。」
友人たちの説得により、「冒険」は現在のような形になったのですが.
. . 、さあ大変。
英文和訳なんて、高校生のときの英語のテストや宿題以来だったんです。
「こうかな? それとも、こっち?」
かつて、これほどに、辞書を引いたり、あれこれ考えたことはありません。4年前に病気が見つかったとき、「こんなに深く考えたのは生まれて初めて」というくらい、ものを考えた(と思う)のですが、今回は、すでにその経験を上回っています。
・ どのテキストを選べばいいかしら? やっぱり、置いてる本屋さんが多い、文庫になってる作品から?
・ どの部分を例にしたらいいのかな、ええと. . . 。 あがー。 ここは、プロットが見えちゃうから、引用できないや。
(カニグズバーグ作品には、さりげない伏線がいっぱいで、意外な結末が用意されていることが多いので、例文を選ぶのも一苦労です。)
などなど、実際、技術的、物理的にもギリギリ、というくらい大変だったのですが、(反論や批判に限らず)様々な感想を受け取る度に、ひどくゴチャゴチャになる私自身のことは、もっと手に負えませんでした。
たとえば、
「たしかに、現行訳はひどいですね。しかし、瀬田貞二さんの作品だって、今や古めかしいし、原文と照らし合わせると、いい加減な箇所が多い. . . 」
といったお便りには、ビックリを通り越して、狼狽しました。
同じような内容で、石井桃子、堀口大学、田村隆一、矢川澄子さんの作品を例にあげる人もいました。
そして、
「柴田元幸、村上春樹、両氏の訳文にしても、このように差があるのです」 というメールも。
どうしよう? まったく違う話なんだけどな. . . 。
アイディア自体が受けてないんだろうか、それとも、私の表現が下手なせいで、きちんと伝わらないんだろうか。
考えあぐね、途方に暮れました。
昨年末、岩波書店の高村さんと若月さんが改訂を約束してくれてからは、出版の実情に詳しい人たちからのメールが多くなり、
業界の危機的状況、権威主義、世襲・縁故採用、談合体質、翻訳権、買い切り制度、取り次ぎ書店の問題
etc. を丁寧に解説してくれます。でも、結論は、たいていが、
「・・・よって、十全な改訂版の実現は難しいと思われ、」
そうかぁ、そういう事情があったのね、と一旦は納得し、さもありなん. .
? だけど、そんな悲しいこと。ほんとうに?
私は「約束」を信じていて. . . 。 それでも、やるせないような気持ちになります。
「この一件、そろそろ別宮貞徳氏あたりに、お出ましいただきたいですね。」
別宮さんのほかにも、翻訳について問題提起を続けている、ロビン・ギルさんの本を教わり、大急ぎで探しに行きました。(読み終えたのはつい先日ですけれど。^^)
それぞれの誠実で合理的な論説に嬉しく圧倒され. . . そして、ショックでした。
これほどのプロフェッショナルが、これほど見事に批判を続けていても、翻訳出版された本が、全面的に直されることは、ごく稀である.
. . 。
知らなくてよかった、と思います。
もしも、あらかじめ、出版業界や翻訳書について巷で語られてきたことを知っていたら、.
. . それでも改訂のリクエストはして、でも、もっともっと気が重かっただろうし、どこかに「あきらめ色」が混じったかもしれません。
― 既成の制度や慣行は、ちっとやそっとじゃ動かない。―
医療の問題などでも、しばらく関わっていると、そのことが身に染みます。実情を知れば知るほど、ニヒルになっちゃう。もちろん、思いっきり虚しくなって、それから、「じゃあ、どうする?」
が大切だと思っています。
でも、良くなると信じて疑わないことと、あきらめないことは、似ていて違う。「あきらめない」と言うときには、心の動きはすでにして複雑で.
. . 。
モチーフはできるだけ単純な方がいいもん。最初は知らない方がいいことや、中にはずっと知らない方がいいことだってあるもん、なんて思います。
The Bumblebee Flies Anyway. (*1)
マルハナバチは、飛べないことを知らないから飛べちゃうのでした。^^
いぬいとみこさんと松永ふみ子さんのことも、今ごろでよかった、と、別の理由で思います。
実は先ごろ、『ムーシカ文庫の伝言板』 という本を読み、お二人の経歴や素敵な人柄を知ったのです。とても幸せで、でも、もし、去年のうちにわかっていたら、やっぱり意気に感じ、共感しすぎて、私はできない無理をしていたかもしれない.
. . と思いました。
カニグズバーグ的な素敵さは、飛翔を要求します。
そんな素敵に一遍にいくつも遭ってしまったら、私は、もうぶっ飛ぶしかなくて、仮に蝋の羽根があったとしても、すぐに溶けちゃう.
. . 。 適当な時間をおいて、順に、大きな素敵に遭えるとしたら、それこそ「嬉しい+助かった」だよなぁと思い、ふっと、「神様のおかげ」ということばが心をよぎります。
航空力学の先生から、「理論上、君が飛ぶことなど不可能なはずだ (*2)」と言われたら、マルハナバチはどうするでしょう? たぶんホバリングなんかしながら、「でも、飛んでるよ〜♪」とだけ答えて、花の蜜や花粉を探しに行くんだろうな.
. . 。
飛行機とは違って、うーんと小さいから飛べる、というマルハナバチの楽しさは、もしかしたら、人にも応用できるかもしれません。
「小さき人は幸いなり理論」 ? なんてことも、ゴチャゴチャ思ったりする、4月かな。
注1. "The Bumblebee Flies Anyway" (それでもマルハナバチは飛ぶ)
ロバート・コーミア(Robert Cormier)の1983年作品。透明な哀しい物語。未邦訳ですが、2000年にイライジャ・ウッド主演で映画化されています。映画の邦題は『記憶の旅人』。
タイトルは、メアリー・ケイ・アッシュ(Mary Kay Ash)の言葉に由来している、かな.
. . ?
"Aerodynamically the bumblebee shouldn't be able to fly, but the
bumblebee doesn't know it, so it goes on flying anyway."
注2. 現在では、昆虫の飛行についても、ちゃんと説明ができるそうです。マルハナバチと航空力学の伝説的関係については、A3 (A-Cubed) 航空工学を巡る冒険 の「飛行の理論−翼による揚力の発生について」、3章の 3.2 昆虫の世界―微小サイズ・極低速の場合に、大変詳しく書かれています。
追伸 :
上記、「航空工学を巡る冒険」のA-Cubed さんに、リンクのご報告をしたところ、次のような素敵なお返事を戴きました♪
" 科学というのは,結局,自然界の諸現象について人間が理解出来るような解釈を与えることに過ぎないんですよね.解釈出来ようが出来まいが,自然現象は起きる.
マルハナバチも,進化の過程で体得した,彼女ら彼らに取って最適な飛行をしていると言えるでしょう."
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