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テキスト: 「カニグズバーグ作品集 全9巻(+別巻1)」 2001-02 岩波書店


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スロー・スロー・クイック
音読 と 黙読 のあいだで


  岩波書店のカニグズバーグ愛蔵版ともいうべきカニグズバーグ作品集」(注1)では、河合隼雄今江祥智野上暁大平健鶴見俊輔藤本和子. . . といった錚々たる人たちが「解説」を書いています。
  (この作品集は、三人の訳者による邦訳が集められたものですが、こちらでおもに取り上げるのは、松永ふみ子さん(1924-87)以外によるものとお考えください。)
 
  出版案内に並んだ解説者の名前を、私は不思議な気持ちで眺めました。

  これほど優秀な人たちが、なぜ、新しい訳のバタバタした日本語をよしとしているんだろう?
  もしかしたら、時間的な制約か何かの理由で、訳ができあがる前に、オリジナルを読んで解説を書いたのかもしれない。きっとそう. . . 。 じゃなかったら、こんなことあり得ないものね?


  町の図書館で、その「作品集」を借りてきました。(10巻揃えたら、27,930円もしちゃうので。 ^^)
  「解説は英語版を頼りに書かれたもの」という私の予想は外れていました。
  どの解説文にも、ほんの一部だとしても邦訳が引用されているのです。
  ― もちろん、解説者は原文を引いただけで、後で誰かが相当する邦文と差し換えたという可能性も考えられるけれど、「どの解説者も少なくとも一度は日本語版に目を通した」と考える方が(文末の日付けを見ても)、素直な取り方だろうと思います。―


  皆さんのカニグズバーグ評は、次のようです♪

* カニグズバーグは私の好きな作家である。どの作品も素晴らしい。人間にとってもっとも不可解な時期とも言える「思春期」の男女を主人公として、思春期がどんな時代なのか、それを乗り越えるのはどんなに難しいことか、などを巧みに物語ってくれる。(河合隼雄)

* 作者のこのような潔さは、自我に目覚め、自分だけがこの社会からはみ出しているのではないかと疎外感を感じている子どもたちを、安心させ生きやすくもしてくれる。それはまた、今日の困惑する子どもたちに対する、カニグズバーグという成熟した大人からの、大胆で力強い応援歌ともなっているのだ。(野上暁)

* ジーンマリー、エピジーン、エマジーン。あれ? っておもいませんか? そうなんです。ジーンという音が共通して出てくる。これは偶然とは思えません。・・・ ・・・「才能を出し惜しみする」って言ったって、ふつうは具体的には説明できませんよね。それを、筆者は、こんなふうに数字で表しちゃった。そのユーモアが. . . (大平健)

* ・・・ 自分の底に住みついた記憶のかけらと言っていい。・・・カニグズバーグの小説は、・・・少年少女の心の中に、そういうかけらがあらわれるときの情景を見事にうつしている。
  作品の主人公たちにとって、かけらは一生のものになる。読者にとっても、これは一生ものだなと感じられるとき、作者の創作の目的は達せられる。
  時代にひきまわされない力を、そのときカニグズバーグは、読者に手わたす。(鶴見俊輔)

* カニグズバーグは物語の登場人物だけでなく、読者に対しても深い信頼を抱いている。だから、いつも題材の選択においても妥協しない。作者の勇気と物語のしくみの巧みさに導かれて、少年少女の読者も、それより年上の読者も、登場人物たちのさまざまな旅の道連れになる。 (藤本和子)


  それぞれの専門の(臨床心理学者、評論家、精神科医、哲学者、作家、翻訳家などの)立場で、さらにそれぞれの視点から. . . ほんとうに素敵に書かれた解説文が並んでいます。

   ―  とくに、* 野上さんの『擬態と脱皮と変身と』は、そういう" 変化" を必要とする子どもたちにしっかりと寄り添って、いい感じ、* 大平さんの『「エリコの丘」に埋まっているもの』は、登場人物たちの名前や、地名、物の名前などに込められた意味をわかりやすく解説しながら、物語の奥に埋まっているものを発掘する楽しさを教えて、楽しく、 * 鶴見さんの『米国史の洗いなおし』は、「こんな読み方もできるよ」ということをさらりと提示していて興味深く、 * 藤本さんの『お茶と奇蹟、もしくは旅と魂』は、子どもたちの通過儀礼や大人たちの無力について、他人事でなく語る姿勢が、そして文章自体も、とても美しい. . .   と思います。 ―

  私は以前から、"本に「解説」があることがあまり好きではない" と言ってきて……。でも、こうした「解説」だったらぜひ読みたいし、ずっと好感を抱いてきた人たちが、カニグズバーグ作品を好きらしいと知り、とても嬉しい。でも、だからこそ、「なぜ?」という気持ちも強まります。

  彼らほどの権威でも、解説を引き受けた以上、難をいうことはできないんだろうか? 出版の世界の一員として、やっぱり差し障りがあるのかな?
  それとも、「今どきの日本語は、こんなもの」とでも思っている、とか?
* * *



  第4巻の解説で、今江祥智さんは、『誇り高き王妃』について、「訳の第一稿が届くのを待ちかねるようにして読み始め、その面白さに惹きつけられてしまいました。」と書いています。そして、「本巻でカニグズバーグさんの歴史物を、いい訳で読めたいま、・・・」とも。本気で、そう考えていらっしゃるのかな?
  同じ巻に納められた、松永訳の『ジョコンダ夫人の肖像』と比較すると、その日本語の解りにくさは一目瞭然で、今江さんが二つを同等に扱う理由がわかりません。

  ここで、それぞれの作品について、『800番への旅』のように具体例を引くと、煩雑になりそうなので、いずれ別のページで紹介します。

  あ、でも一つだけ. . . 。
  実は、第5巻の『なぞの娘キャロライン』は、タイトルからしてしっくり来ないんです。
  もちろんキャロライン・カーマイケルは「謎の娘」なのですが、もう一人の娘のヒラリー・カーマイケルだって十分に「謎」です。(プロットの種明かしになるので詳しくは書けないけれど、そういうお話なの^^。) 原題は、"Father's Arcane Daughter" (父の秘密の娘)で、どちらの娘を指しているのか解らないように付けられている(と思います)。「謎の娘」がキャロラインだと決めちゃうような題って、子どもたちの理解を邪魔しそう. . . 。
  邦題は、原題を直訳するか、「カーマイケル家の謎の娘」とか「K氏の秘密の令嬢」とかだったらいいのになぁ、と思うのですが、第5巻の解説者の野上暁さんは、このタイトルのことはどう感じたのか. . . 。いつかお伺いしてみたい、です。


  とにかく、私には、こんなに素晴らしい解説を書く皆さんが、なぜ「変テコな本文」を許しているのか、それこそが「謎」で、ほんとうに「一体全体、何がどうなっているの? 」なのでした。
  裏返せば、そうした文章のプロフェッショナルたちでさえ、日本語のエラーなどすっ飛ばして読み進みたくなるほどに、カニグズバーグの物語が面白い、とも言えるのでしょうが . . . 。

  なんてことを、あーだこーだと考えているところへ、この「冒険」に対する感想が、屋根裏の友人たちから届き始めました。

* " 『800番への旅』をテキストにして" は大作ね。ふつうは見逃しちゃうようなことを、ここまで詳細に抜き出して。大変だったでしょう。 Good job!
* 優しい言葉づかいとは裏腹に、コワイ人でもあるよね、やみぃさんは。
* あなたが「子どもっぽい」ことは知っていたけど、こんなに「子どもそのもの」だとは思わなかったわ。(笑)

  ―   詳細?  コワイ?  子どもそのもの?  . . .  そ、そうかなぁ?
 
  それぞれの優しさのこもったメールを何度も読み返しているうちに、「あ! 」 . . .   思いあたることが見つかりました。^^

  このコーナーを作るのは、私には大仕事です。英語辞典も国語辞典も、もう何百回も引いていますし。(笑)  でも、「なんか変だなぁ」という日本語を見つけるのは少しも大変ではない。敢えてという感じは全くありません。そして、それは、本を読む速度が「やたらに遅い」、私の「文字の読み方」と関係していました。

  そう. . . 「音読」なんです。
  声を出さずに文字を読むことはできるので、厳密には「音読みたいな黙読」と言うべきでしょうか。発音はしないけれど、喉や舌が常に動いているような読み方です。 気をつけていないと唇も動いてしまう。(笑)
  ごく短い単語でさえ、まず一音一音に分解して、それからもう一度一つにします。たとえば、「花」は、私にとっては「は・な」なのであって、その音の持つ音色というか色彩と、「花」という文字の持つ視覚的な印象と、その言葉の意味というかイメージを一致させるのに、一連の手続きが必要で. . . 。

  とにかく、私は文字を読むことがすごく遅い。これは英語でも同じで、発音できない単語は呑み込めない。それが文章になると、いよいよダメです。音として繋がらないものは、パレットの上のたくさんの絵の具が一度に混じるような感じで、わからない. . . 。なので、

* 「レイモンは、エレアノールより九歳しか年がはなれていませんでした。」 (『誇り高き王妃』 P.53)
       He was only nine years older than Eleanor.

  このような文を読むと、イメージや色が不協和音みたいになって、ひどく混乱します。



  というわけで、 『800番への旅』をテキストにして も、決して「ふつうは見逃しちゃうようなことを、詳細に抜き出した」のではなく、正直に言うと、「子どもの視点」を想像したのでもなく、ただ自分が困った箇所を並べただけなのでした。

  私のどこかは、きっと子どもよりも子どもっぽく、そして、そんなものはどこかコワイ のに違いありません。^^


  きっと、解説をされた方々は、大人としての、視覚からダイレクトに意味を取るような「読み方」がすごく上手にできるのだと思います。一度目を通しただけでは、ところどころに現れる変な日本語に気づかなくて当然なのかも知れません。
  もしかしたら、翻訳者も、校正や編集を担当した人たちも、「子どもの読み方」はしていない. . . ?
  それを放ったままで、作品集の解説者にまでその責任を問うようなことを言うのは、筋違いかとも考えました。

  でも、たくさんの幼い読者の中には、まだ「読むこと」に慣れていない子がいるかもしれません。音読から黙読への「過渡期」にいる子も、整合性のないものを受け入れるだけの許容力を持たない子も、いるかもしれません。
  そして、「本なんか嫌いだ」と言っていても、たった一冊お気に入りの本に出逢えさえすれば、生涯本好きになれるような子たちも. . . 。

  解説者の中の何人かは確かに、そうした子どもたちのことも大切に考えている「ほんとうの知識人」だと思います。だからこそ、一緒に見直していただきたいのです. . . 。


  皆さんも、「子どもの本」を読むときには、時々声に出してみてくださいね。
  美しい詩や散文ほど、音にすると気持ちがいいのはなぜでしょう. . . 。
 
  あ、また新たな「謎」が生まれちゃっいました。^^


  Neither of us pretends to be a witch any more. Now we mostly enjoy being what we really are . . . just Jennifer and just me . . . just good friends.

  もう、ふたりとも魔女のふりなんかしません。いまでは、ありのままのわたしたちで、たのしいのです。― ほんとうのジェニファと、ほんとうのわたしで―  仲よしなのです、わたしたち。

(「魔女ジェニファとわたし」より)


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カニグズバーグ作品集 全巻の構成
*** 翻訳者 解説者
1 クローディアの秘密 * 松永ふみ子 斎藤次郎
ほんとうはひとつの話 松永ふみ子
2 魔女ジェニファとわたし 松永ふみ子 母袋夏生
ベーグル・チームの作戦 松永ふみ子
3 ぼくと〈ジョージ〉 松永ふみ子 河合隼雄
ドラゴンをさがせ *  小島希里
4 誇り高き王妃 小島希里 今江祥智
ジョコンダ夫人の肖像 松永ふみ子
5 なぞの娘キャロライン 小島希里 野上暁
800番への旅 * 小島希里
6 エリコの丘から * 小島希里 大平健
7 Tバック戦争 * 小島希里 鶴見俊輔
影−小さな5つの話 小島希里
8 ティーパーティーの謎 * 小島希里 藤本和子
9 13歳の沈黙 小島希里 小島希里
別巻 トーク・トーク 清水真砂子 清水真砂子

*装丁: 廣瀬 都・水橋真奈美
一冊ごと色違いの表紙がとても素敵. . . 。ぜんぶ並ぶと
10色入りの、パステルの箱みたい。印刷も製本もきれいです。
*本文:法令印刷 *表紙・カバー:精興社 *製本:牧製本


** 印は、岩波少年文庫にも収録されている作品。
* 『800番への旅』と『エリコの丘から』は、'87、'88年に、佑学社から岡本浜江さんの訳で出版されている。(2冊とも現在絶版。)
* 各カニグズバーグ作品の原題はこちら

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E. L. Konigsburg  オリジナルタイトル
1.  From the Mixed-Up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler
    Altogether, One at a Time
2. Jennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth
    About the B'Nai Bagels
3. (George) ― 再版未定
    The Dragon in the Ghetto Caper
4.  A Proud Taste for Scarlet and Miniver
    The Second Mrs. Giaconda
5.  Father's Arcane Daughter
    Journey to an 800 Number
6.  Up from Jericho Tel
7.  T-Backs, T-Shirts, Coat and Suit
    Throwing Shadows
8.  The View from Saturday
9.  Silent to the Bone
別. TalkTalk: A Children's Book Author Speaks to Grown-Ups
新: "The Outcasts of 19 Schuyler Place"  2004年 2月初版
(邦題 『スカイラー通り19番地』 ― 2004年11月25日 発売予定)

1〜9 :(George)以外の14作品は、すべてペーパーバックが出ています。
「TalkTalk」と 「The Outcasts of 19 Schuyler Place」は、ハードカバーのみ。

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