Tallulah says, "If you must complain in public, either be amusing
or outrageous."
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9. 恋を知るとき
サブリナが言った。「それは、おもしろい話ね。」
― 「何が、おもしろいんだい?」
― 「相手にあわせようとしているってところ。」 (P.156)
― Sabrina said, "I find that interesting."
― "What do you find interesting?"
― "What you choose to try to fit into." (P.102)
この部分も、少しだけ気に掛かったので、ついでに。^^
「何が、おもしろいのか?」という質問には、「もの」や「こと」で対応する方が自然だと思います。私が10歳だったら、間違いなくここでつまずいていたことでしょう。
" あれ? サブリナは、どうして「ところ」なんて言ったんだろう? 「どこが? 」って訊かれたんじゃないのに。マジメに答えたくなかったのかなぁ? でも、話を始めたのはサブリナの方でしょう?
それに、サブリナは、たった今「おもしろいこと」を見つけたんで、ずっと前から、マックスの「そういうところ」がおもしろかったんじゃないよね?
変だなぁ. . . 。 ところ. . . こころ. . . 石ころ、ころころ. . . 。"
案の定、ひっかかって道草喰って、本の中へ戻るのはいつのことやら、です。(笑)
ちなみに、サブリナはここで、"interesting" という言葉を使っていますが、前後を読むと、ふだんは協調性のないマックスが、ある女の子を喜ばせようと、サブリナさえ知らなかった情報をその子に提供したことに、少し憤慨し、「ふうん、彼でも適応しようとしたりするんだ」と驚きつつ、ちょっぴりヤキモチも焼いている様子.
. . 。なので、
"What you choose to try to fit into." の 主語は抜かずに、
「それって、おもしろい」
「何が、おもしろいのさ ?」
「あなたが何かに合わせようとしてるってこと」
としたら、サブリナの「かわいさ」が伝わるかな、なんて思ったりします。
カニグズバーグは、思春期の子どもたちの気持ちを、ほんとうに鮮やかに描いていきます。児童向けという限られた語彙の世界で、主人公たちの小さな動きや、言葉のはしはしに、「恋を知る心」の揺らぎのようなものまでを織り込んでいます。もしかしたら「周到すぎる」とそしりを受けかねないくらいに見事で、その文章には一切の無駄がありません。
翻訳者ご自身も、『月刊児童文学翻訳』のインタビューで、カニグズバーグの印象を、「文章が完成されている・・・シンプルで、まったく無駄がない」とお話になっています。
主人公のマックスが、「恋」に気づくのは、4章の終わりです。
その晩は、長い時間サブリナのことを考えた。その時間は十分あった。お父さんは、ルーシー・ブリテンのところに行っていた。ギターを持って。
オークス観光牧場には十日間いたので、考える時間はたっぷりあった。ラスベガスにむかうころには、二つのことがはっきりしていた。今でも、ラクダは好きじゃないということ。そして、サブリナは好きだということ、だ。どっちの場合も、みためでそういってるわけじゃない。と、思うけど。(P.157)
ここの部分の訳は、原文より少し軽くなっています。無用な重複をさけて、オシャレな雰囲気にという意図からだと思うけれど、「無駄がない」ものから何かを削るのは、少し勿体ない気がします。この部分は、ほんとうに無用な重複でしょうか。
・・・ I thought about Sabrina a lot that night. I had a lot of time to think about her. Father was at Ruthie Britten's again. He had taken his guitar.
We stayed at Oakes' Duke Ranch for ten days, and I had a lot of time to think. When we were ready to move on to Las Vegas, I knew two things: I still did not like camels, and I liked Sabrina. And looks had nothing to do with either. Maybe looks had nothing to do with either. (P.103)
「その時間」とは、サブリナのことを考える時間であり、お父さんはルーシーのところへ「また」行っているのであり、「ギターを持って」は完結した文です。そして、作者はマックスに、a
lot を三回、looks had nothing to do with either を二回言わせています。
以下、逐語的に日本語にしてみます。
その夜は、サブリナのことをたくさん考えた。ぼくには、サブリナのことを考える時間がたくさんあった。父さんは、またルーシー・ブリテンのところに行っていた。ギターを持って出かけたんだ。
オークス観光牧場には十日間いて、だから考える時間はたくさんあった。ラスベガスへ移るというときになって、二つのことがわかった。一つは、ぼくはラクダという動物が好きになれない、だけど、サブリナは好きだってこと。 もう一つは、どっちも見た目は関係ないってこと。そう、たぶんどっちも、見た目じゃないんだ。
原文を、繰り返し読んでいると、なんだか楽しくなってきます。「マックスに考える時間を与えるために、そして、サブリナへの想いに気づかせるために、お父さんは恋人のルーシーのところへ通っています。」なーんてわけは勿論ないのですが、そんな気さえしてきて。(笑)
なんたってギターを持って行くんだもの、お父さんが恋人とスイートな時間を過ごしていることは一目瞭然で、マックスは、「あーあ、今夜もぼくは二の次か」「父さんたら、デレデレして、しょうもないよなぁ」などとも思っているでしょうか。ひとりキャンピングカーに残されて、とくに寂しがっている様子もありません。
子どもにとって、その心の内側を見つめ、いろんな想いを受け入れていくのに、これほど打ってつけの環境はないように思います。まだ、love
という言葉は使えないようですが。
I like Sabrina.
サブリナは見た目も可愛い、だけど、サブリナを好きな理由はそのことじゃない。
マックスは毎晩考えて、そして、「見た目で決めてるわけじゃない」と結論します。
And looks had nothing to do with either.
でも、実際には、ラクダはやっぱり見てくれが悪いし、サブリナの外見はどう見たって素敵なわけで、だからもう一度、今度は Maybe をつけて言ってみます。たぶん、少し照れながら。
I like Sabrina.
そう、見た目は関係ないのかもしれない. . . 。
I like Sabrina.
草原の輝きしとき 花美しく咲きしとき. . . ♪
リフレインが、見せてくれる夢もあるように思います。
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