Tallulah says, "If you must complain in public, either be amusing or outrageous."
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10. 心のある場所

* ぼくは二度電話をかけたんだけれど、そのたびごとにいちいちブースにもどった。ふたりを部屋でつかまえられる可能性がいちばん高いのは、夕飯の始まる直前、パーティーに出るための着替えに帰ってくるときのような気がした。(P.81)
  I tried once, then twice and returned to our booth each time. I thought that my best chance of finding them in their room would be just before suppertime when they were getting dressed for their banquet. (p.53)


  マックスは、サブリナに会いたい。だから諦めません。彼にとって、サブリナに電話をするのが、"そのたびごとにいちいち" と、くどくど言うほど面倒だった、はずはない、ですよね?  ですから、

*  ぼくは一度、そしてもう一度電話を掛けに行って、そのたびにブースへ引き返した。ホテルの部屋でふたりをつかまえるとしたら、一番いいのは夕食の直前、パーティーのために着がえをするときだと思った。(Y)


  二度電話をしてダメだったら、次は工夫する。愚痴は言わない。その方が、「考えることが好き」なマックスらしい。^^





「今後は、そうする。マヌエーロには、ぼく、どうしたらいいんだと思う?」(P.125)

  これは、マヌエロ少年に悪いことをしたと後悔するマックスが、そのいきさつを話した時に、「この次は気をつけるように」と答えた父親に対して返した言葉で、原文は、
  ―  "That's next time. What can I do about Manuelo?"

  少ない言葉で、「それはこれからの話だよ、もちろん気をつける。だけど、ぼくが知りたいのは、"今" 、マヌエロに対して、どうしたらいいかってことなんだ」というマックスの切実な気持ちを端的に表していると思います。
  佑学社版、岡本浜江さんの訳では、

*  「この次はそうするよ。でもマヌエロのことは、どうしたらいい?」(P.101)

  「でも」一つで、想いが伝わってきます。「重心」が後ろに移動して. . . 。

   たった二文字. . .  ひらがな二つ。
  日本語って、ほんとうに素敵だと思います。





11. 音楽のように

  カニグズバーグの物語は、その発想の楽しさ、論理的で精緻なプロット、鮮やかな心理描写、洒脱で軽快な語り口、などが魅力だと言われています。その一方で、彼女の作品は、即物的だとか、情緒不足だと見なす人々もいるようです。

  カニグズバーグが理性的でお洒落でウィットに富んでいるという評には、もちろん大賛成。でも、同時に、私は、この作家が大変ロマンチックな人なのではないかと感じています。
  詩情は十分に持っていて、でも、幼い読者のために、あいまいな言葉や表現は使わない。何よりもわかりやすさを選ぶ。誤解の生まれる余地のない言葉だけを紡いで、すてきな物語を織り上げている。── そんな気がします。

  そして、「『800番への旅』をテキストにして」 に、ここまでおつき合いくださった皆さんも、きっとそのことは感じ取ってくださっているのではないかしら、と思います。^^



  この章の終わりに、大好きな、読むたびに声に出したくなる文章を二つ. . . 。

  I woke up because I sensed a strange light coming into the trailer.  It was only the afternoon slant of the southern summer sun.  It didn't look like ordinary light.  It looked as though if you touched it, it would punch back.  (P.13)

  不思議な光が射し込んでいるのを感じて、目が覚めた。南部の夏の陽射しが、午後になって斜めに入ってきただけ。でも、ふつうの光には思えなかったんだ。触ったら、なぐり返してきそうな気がした。 (Y)

  まぶしい陽射しに、くらくらしそう. . . 。@@; )
  情景としてもとても美しいのですが、声に出すと気持ちがいいのは、S や L の音がたくさんあるからでしょうか。 the afternoon slant of the southern summer sun  だなんて. . . 。
  でも、こうした箇所を訳すのって、至難のワザですね。無理を承知で試してみましたが、ここでは、英文を眺めていただきたいだけなので、試訳は青色で。

岩波版はこちら




*  もう一つは、トリーナが寝床から起き上がるシーン. . . 。

  ラスベガスのホテルでは、毎朝(実際には昼)、デブっちょの大歌手、トリーナ・ローズを起こすことが、マックスの日課になっています。
  ・・・She moved wondrously slow. First she set all the bedsheets to rippling. A lot of things about Trina Rose rippled. Her laughter, her stomach, and most especially her singing.
・・・ Slowly, slowly, one eye, one shoulder, one arm showed itself above the covers, and finally Trina Rose rose. It was like she gave birth to a new self every day. (P.113)

  ・・・トリーナは驚くほどゆっくり動く。はじめにシーツ全体に小さな波を起こす。トリーナ・ローズって、いろんなことを波立たせるんだ。笑い声も、おなかも。なかでも歌は際立ってた。
・・・ 片っぽの目、片っぽの肩、片っぽの腕を、ゆっくり、ゆっくり、掛け布から外に出し、トリーナ・ローズはついに起きあがる。まるで毎日、新しく生まれ出てくるみたいだ。 (Y)

  同じ単語やごく近い音の繰り返しが、さざめく「波」のように、心地よいリズムを刻んでいます。ほんとうに、のどにも耳にも心にも、なんて愉快に響くのだろうかと思います。
  Trina Rose rose. は、私にはどうにも訳せなくて残念ですが. . . 。( Rose is a rose is a rose . . . .  by ガートルード・スタイン^^)

  この少し前には、very day があったり、オーという音が繰り返されたり、fifteen、indeed、seeと、イーという音が続いていたり. . . と素敵なので、少し長いですが、省略なしでページの終わりに載せておきます。
  皆さんも、もしお時間があったら、声に出して読んでみてくださいね。 →  トリーナ


"Journey to an 800 Number" には、ほかにも. . .

"Though, Bo, though." (P.114)
 I wouldn't say freakish.  Maybe I would say freakish. (P.118)
"Yeah," I said. "I think she thinks she does." (P.137)

など、早口言葉にもなりそうな、楽しい英語がいっぱい。


  カニグズバーグの文章は、ときどき、音楽のように聴こえて来ます. . . ♪



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* the slant of the southern summer sun

  I woke up because I sensed a strange light coming into the trailer. It was only the afternoon slant of the southern summer sun. It didn't look like ordinary light. It looked as though if you touched it, it would punch back. (P.13)

*  トレーラーのなかに変な光がさしこんでいるのを感じて、目がさめた。南部の夏の太陽が午後になって低くさしこんでいるだけか。でも、なんの変哲もない光のようにはみえない。触ったらたたき返されそうだ。(岩波少年文庫 P.20)

*  不思議な光が射し込んでいるのを感じて、目が覚めた。南部の夏の陽射しが、午後になって斜めに入ってきただけ。でも、ふつうの光には思えなかったんだ。触ったら、なぐり返してきそうな気がした。 (Y)

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*  トリーナ・ローズの朝

  First there came a ring on the telephone from Mordred, her manager. I would answer the phone and assure Mordred a basic fifteen times that I would indeed see to it that Trina Rose would get up that very day. I would then go into her bedroom and call her name and gently poke her until she began to move. She moved wondrously slow. First she set all the bedsheets to rippling. A lot of things about Trina Rose rippled. Her laughter, her stomach, and most especially her singing. When the rhythms of her getting-up movements broadened from ripples to waves, I called room service and ordered a large glass of orange juice and a pot of coffee to be delivered. Slowly, slowly, one eye, one shoulder, one arm showed itself above the covers, and finally Trina Rose rose. It was like she gave birth to a new self every day. (P.113)


* まず、マネージャーのモードレッドから電話がかかってくる。ぼくは電話に出ると、まあいつも十五回はこう言ってモードレッドを安心させてあげる。今日もかならず、トリーナ・ローズが起きたかどうかちゃんと確かめますから。それから寝室に行くと、トリーナ・ローズが身動きするまで名前を呼びながら体をやさしくゆすぶる。トリーナの動きかたは、不思議なほどゆっくり。まず、シーツ全体に小さな波が起こる。トリーナ・ローズは、いろんなものを波立たせる。笑い、おなか、それに歌はとくにそう。起きあがる動きのリズムが、小波(さざなみ)からふつうの波にたかまると、ぼくはルームサービスに電話をして大きなコップ一杯分のオレンジジュース、ポット入りのコーヒーを注文する。目一つ、肩一つ、腕一本が、ゆっくりゆっくりとふとんのなかから顔を出し、やっとトリーナ・ローズが起きあがる。毎日毎日、新しいトリーナ・ローズを産みおとしているみたいだ。(岩波少年文庫 P.172)


* 部屋に戻ると、まず、マネージャーのモードレッドから電話が掛かってくる。ぼくはそれに答えて、たいてい十五回くらい、だいじょうぶ、今日もトリーナ・ローズが起きるのをちゃんと確かめるよ、とモードレッドに請けあう。それから、寝室へ行き、トリーナが動き始めるまで、名前を呼んだり、そっとつっついたりする。 トリーナは驚くほどゆっくり動く。はじめにシーツ全体に小さな波を起こす。トリーナ・ローズって、いろんなことを波立たせるんだ。笑い声も、おなかも。なかでも歌は際立ってた。
  トリーナの起床の儀式のリズムが、さざ波から中くらいの波にまで高まると、ぼくはルームサービスに電話して、大きなグラスのオレンジジュースと、ポットのコーヒーを注文する。
  片っぽの目、片っぽの肩、片っぽの腕を、ゆっくり、ゆっくり、掛け布から外に出し、トリーナ・ローズはついに起きあがる。まるで毎日、新しく生まれ出てくるみたいだ。

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やみぃの屋根裏部屋
Yummy's Attic




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