Tallulah says, "If you must complain in public, either be amusing
or outrageous."
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3. 二つの翻訳
『800番への旅』は、2000年に岩波少年文庫に登場する13年ほど前に、佑学社という出版社からも刊行されています(岡本浜江訳:現在は絶版)。
二つの『800番への旅』は、共通点を見つけることが難しいほどに違います。
佑学社版にも気に掛かる点がいくつかあって、不満がないとは言えません。
でも、岩波書店のものと比較すると、翻訳の精度は高く、登場人物のイメージも一定ですし、物語として「辻褄は合っている」と感じます。
二冊を何度か読み比べているうちに、考えるようになりました。
もしかしたら、岩波の新しい訳は、佑学社の翻訳で使われた構文や言葉を、意図的に避けているために、一層適切を欠き、分かりにくいものになっているのかもしれない、と。
真相は、関係者に訊いてみないと知れませんが、その当てずっぽうの根拠として、以下、同じ部分が訳された二つの文章を。
(引用部分は、主人公マックスによるナレーションです)
キャンピングカーの前の窓からのぞいてみると、そこにはアーマドのおしりがあって、ぼくの目の前でしっぽがぶらんぶらんしていた。ラクダのおしりなんて、ラクダの異性、それもさかりのついた異性だけが、興奮するしろものだ。ラクダほど、どこからどこまできたならしい動物はほかにいない。恐竜だって、まるで役に立たないけれど、多少の品位がある。ばかでかくて、まぬけなのかもしれないけど、まぬけな顔はしていない。アーマドのおしりは― そのうえというべきか― はげて毛がなかった。
ぼくは服を着て、後ろの窓から外を見た。こちらの景色は後ろ足の境じゃなくて、州の境だった。
(佑学社、岡本訳: P.29)
I looked out the front window of the camper and there I saw Ahmed's behind, his tail swinging before my eyes. The rear end of a camel is a sight only a camel of the opposite sex, only a camel of the opposite sex in heat, could find exciting. A camel has got to be the ugliest beast ever assembled. Even dinosaurs, which didn't work out at all, had a certain dignity. They may have been bulky, and they may have been dumb, but they weren't dumb looking. Ahmed's behind was--among other things--bald.
I got dressed and sat looking out the back window where the view was all interstate instead of inter-hind-legs. (P.23)
キャンピングカーのフロントウインドーの外をみたら、アーメッドの後ろ姿がみえた。目の前にしっぽがゆれている。ラクダの最後部をみてドキドキするのなんて、異性のラクダだけ、発情期の異性のラクダだけだよ。ラクダっていうのは、これまでこの世に創りだされた獣のなかで、いちばんみためが悪い。恐竜だって、かっこいいとはいえないけれど、まあ堂々としてるよ。意味もなくかさばってたんだろうし、やっぱりまぬけだったんだろうけど、でも、みためはまがぬけてなかったはずだよ。とにかくアーメッドの後ろ姿ときたら、これがいちばん問題なんだけど、はげてるんだ。
ぼくは着替えると、すわって後ろの窓から外をながめた。そこからだと、みえるのは州間道路だけだったけれど、後ろ足の股間はみえなかった。
(岩波書店、小島訳: P.36)
アーメッドの「後ろ姿」? 子ども向けの本の中で、名詞のbehind が「おしり」と訳されないなんてビックリです。
フロントウインドーって日本語でしょうか。では「後ろの窓」もバックウィンドーと揃えては?
しっぽが揺れているのは、目の前で? 目の前に? ラクダの「最後部」という表現もちょっと.
. . 。
「恐竜だって、かっこいいとはいえない」はどこから来たのでしょう? didn't
work out は、絶滅したことを言っているんだと思います。
「後ろ姿ときたら、・・・ はげてる」って、どういうの?
それに、「後ろ足の股間」では、「頭痛が痛い」みたい. . . 。
あ、細かいことは脇に置いて。
二つの訳文を比べると、岩波少年文庫の文章は、言葉づかい自体が変だし、イメージが濁っていて、構文も分かりにくい(と思います)。
たとえば、The view was A instead of B は、「眺めはBではなくAだった」で、Aに重みが掛かります。それをあえて「みえるのはAだったけれど、Bはみえなかった。」とするなら、「みえるのはAだったよ、Bの代わりにね」など、もう少しスッキリさせたいな。
とにかく、二つの文には、重なる部分がほとんどありません。単語も組み立ても解釈も。これは二冊の『800番への旅』全体を通して言えることです。あまりにかけ離れているので、「新訳では、佑学社のものとの一致を意図的に避けた」という憶測をしました。もしもそうだとしたら、なぜ前訳の美点を受け継ぐ工夫ができなかったのか、表紙の絵は同じ(ただし左右反転)なんだもの、文章だって良いところは真似てもいいのに.
. . と残念です。出版社の意向なのでしょうか。
. . . where the view was all interstate instead of inter-hind-legs.
1. こちらの景色は後ろ足の境じゃなくて、州の境だった。
2. そこからだと、みえるのは州間道路だけだったけれど、後ろ足の股間はみえなかった。
1. (佑学社) 2. (岩波書店)
* interstate と inter-hind-legs . . . 二つの inter を、それぞれ「境(さかい)」と「間(カン)」にしていますが、前者の「境」の方がずっと美しいと思います。
ついでに。
マックスが、ラクダのことを has got to (〜に違いない、〜でないとならない)と言ってる感じや、恐竜を'過去'のものと考え、きちんと仮定のもとで話していることは伝えたい。なので、
・・・ ラクダは、かつてこの世に創りだされた動物の中で、一等醜いに違いないよね。恐竜でさえ、うまくはいかなかったけど、いくらかの威厳はあった。かさばりすぎてたのかもしれないし、まぬけだったのかもしれないけど、まぬけには見えなかったよ。
そして、最後の部分は、interstate(州間道路)を訳出するとしたら、
ぼくは服を着て、後ろの窓から外を見た。見えたのは、後ろ脚のあいだじゃなくて、州と州のあいだを走る高速道路だけだった。
という感じかな? . . . と思います。
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