泣くための部屋 3 −男−
女の言葉に、男の心臓はトクン、と音を立てて跳ね上がった。
こんな場面に慣れていないわけではなかった。こんな風に唐突に求められたことはこれまでにも幾度かあった。けれど男は、その度にそれを拒絶してきた。
男の身体は「普通」ではない。殺戮のために徹底的に改造された、重く冷たい鋼の身体なのだ。指先に至るまで、全身が…。その能力が残されていることは、思い出と共に時折どうしようもなく兆す欲望によって否応なく思い知らされてはいたが、そんな身体で、容易く女を抱くことなど出切る筈はなかった。
「それは…」拒絶の言葉を言いかけた時、女の目のふちが赤くなっているのに気付いた。今にも泣き出しそうな強張った表情。ただでさえ白い顔が一層蒼ざめて、口紅の剥げかけた唇が震えていた。細い肩は、今にも折れてしまいそうだった。
……肌を合わせることはしなくてもいい。ただ抱いてやろう。
男は突っ立っている女の元へゆっくりと近づくと、女が手に持っていたスーパーの袋を受け取り、テーブルに置いた。それから女の頭を胸元に抱え込んで身体を密に合わせると、両腕で包んだ。そして震える首筋にそっと口づけた。
女は男の肩にぐったりと凭れたまま、静かに涙を流し始めた。それはいつまでも止まることがなく、時々嗚咽が漏れるたびに、男は背に回す腕に力を込め、女の髪に手をやると縺れた髪を梳いてやった。
ふいに女は顔を上げると、口づけをねだった。濡れた瞳に吸い寄せられるように、男は唇を重ねた。女の唇は乾いていた。それを濡らしてやりたくなって、そっと舌でなぞると、女がおずおずと応えてきた。二人の舌は絡み合い、口づけは深いものになっていった。
交し合う舌と、身体に押し付けられる豊かな乳房の感触と細い身体の線とが、男が自分に禁じているものをほどきかけた。男は部屋の隅のベッドに女の身体を横たえ、靴も脱がないままに側に寄り添い、更に深く口づけた。女は泣き声の代わりに溜め息を漏らし始め、男の首に細い腕を回した。女は男を欲しがっている。それでも男は、一線を禁じたままでいた。
「どうしたの?」
胸のボタンに女がかけた手を制したとき、彼女は不思議そうに訊いてきた。男は口ごもった。気の弱った女を自らその身の下に沈めておきながら、ここで突き放すのは余りに身勝手だ。何より自身の欲望が、禁じているものを解き、このまま溺れてしまえと急かしていた。
思いに逆らい、やっと身を起こすと、男は女にわざと醒めた口調で「説明」を始めた。
自分は大きな事故に遭った。自分の手足は、運び込まれた病院でたまたま研究途上にあった高度な義肢に置き換えられ、潰れかけた胸も金属によって補強された。今の自分の身体は、その上に人工の皮膚を被せた物で、一見普通に見えても冷たく硬く、きっと君を傷つけてしまうだろうから…。
「だから、これ以上は出来ない。すまない。」
一息に言い終えてしまうと、男は女の表情を伺った。そして驚いた。女はまるで無頓着な様子で今の話を聞き流し、こう言ったのだ。
「あんたはすごく気にしているみたいだけど…」
世の中には色んな人がいるのよ。色んな秘密を抱えている人が。そのために、あたしみたいな女を求めてきたりするんだわ。
「あんただけじゃない。あんただけが特別だなんて思わなくていいのよ。」
言い終わらないうちに、女は男の胸元のボタンをはずし、胸をはだけさせた。そして男の人工的な、つるりとした肌に指を這わせると、口づけながらシャツを引き下ろし、剥き出しになった肩に腕を回した。
男は、自分が泣くのではないかと思った。こらえ続けていた何かが、解けてゆくような気がした。
男は決意すると、女の服を脱がせ始めた。白く艶やかな両の乳房が露に、男の目の前にさらけ出された。
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