泣くための部屋 4 −女−


 男に乳房を晒したとき、羞恥心があたしをおそった。いつも商売のために男たちに弄ばれているあたしの乳房。彼の身体は確かに異形のものだ。けれど、こんなに歪んでいるあたしに比べれば、それが何だというのだ。滑らかな手触りのその膚を、あたしはきれいだとさえ思った。何より、こんなあたしを慰めようとしてくれる彼の優しさに対して、あたしは恥じているのだろう。

 その乳房に口づけられる。優しい口づけ。羞恥心と快感とがあたしの中でない交ぜになる。男は、あたしの身体のそこかしこに口づけを散らす。けれど、決してその手を触れようとはしなかった。

 彼は、自分の硬く冷たい身体があたしを傷つけるだろう、と言った。でも、本当は傷つくのはあたしではなくて、彼自身なのだ。あたしはそれに気がついて、両手で彼の右手を取ると、そっと乳房にあてがった。男の手は、まだ強張って動かない。あたしは彼の指を取り、そっと乳首を撫でさせてやった。そのひんやりとした感触に、あたしの乳首はするどく立ち上がる。それを見て、彼の指はやっと、動くことを自らに許す。あたしは甘い溜息で、男の指先に応える。男の表情からこわばりが徐々に消えてゆくのを、あたしは見届けようとする。

 男の冷たい手は、この上ない細心さをもってあたしの身体を愛撫してゆく。その細心さは、半分は優しさから、そしてもう半分は恐れから生じているものなのだろう。こんなに恐れている男を求め自らの中に絡め取ろうとする自分を、あたしは罪深いと思った。あたしは男の頭を抱え込み、吐息を落としてその恐れを溶かそうとする。それでも、彼の手はあたしの中心に達すると、怯えたように動きを止めた。あたしは促すように身体を開き、その手を求めると、やがて冷たい指がするりと差し込まれ、身体の中で動き始めた。一瞬、あたしは今日の客のあの異物の感触を思い出して身を硬くする。男が驚いて止める。あたしは彼を傷つけてしまったかもしれないと気づいて後悔し、また柔らかい姿勢を取る。男は安心したように、再びあたしの中を優しく探り、なぞってゆく。

 前にこんな風にされたのはいつだったか、あたしはもう思い出せない。あたしに金を払った男たちはいつも無遠慮にあたしの身体を開き、ただ満足を求めて蹂躙していった。それでもあたしは、今夜選び取られているのは自分なのだ、というわずかな誇りを拠り所にして生きてきた。金のためだ、暮らしのためだと言い聞かせ、平気な振りをして男たちに身体を投げ出してきた。でも本当は辛かった。どうしようもないほど悲しかったのだ。

 こんな風に抱かれていると、自分の本当の気持ちに気づいてしまう。ふと目を開けて見つめた天井が曇って歪み、あたしの頬をまた涙が伝って落ちる。この涙を掬い取って止め、凍えた心と身体を塞がれたい。早く、早く。

 欲しい。あたしは口づけで伝える。男は息を止めると、両腕で身体を起こし、あたしの上で身を反らしながらゆっくりと入って来た。その後のくるおしさ。男は荒い波のように動き、苦しい息を吐く。あたしはゆっくり動いて、久しぶりに女に包まれる男の性急さを宥める。

 あたしは男と深い吐息を絡ませながら思う。この男はあたしを抱きながら、身体全部で泣いているかのようだ。あたしの頬にあたるその首筋を流れる汗は、まるで彼の涙にひとしい。一体これまでどれだけの思いを、この男はこの身体で堪えてきたのだろうか。

 男の硬く冷たい身体とあたしの柔らかく暖かい身体はひとつになって溶け合い、絡まり合って泣き続けた。昂ぶりのままに、男はあたしの脚を曲げさせて両腕でしっかり押さえ、抱え込むような姿勢を取ると、あたしの一番深いところまで入ってきた。ぎりぎりまで抜き去り、また深く穿たれて、あたしは悲鳴の混じった声を上げる。その激しい繰り返しに息が詰まり、頭が真っ白になってもう何も見えない。
 あたしが思い切り身体を反らしたとき、男はあたしの上に身を伏せると、全てを解き放った。

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(続く)

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