―賞琴一杯清茗― 第九回
 
『醉古堂劍掃』と文人 其の八    伏見 无家


全日本煎茶道連盟『煎茶道』二〇〇五年二月号第五七〇号掲載

「清閑之人、其の四肢[しし]を惰[おこた]る可[べ]からず。又、須[すべか]らく閒人[かんじん]を以て閒事[かんじ]を做[な]すべし。古人の帖[でふ]を臨[りん]し 昔年[せきねん]の書を温[たづ]ね、几[き]の微塵[びじん]を拂[はら]ひ、硯の宿墨[しゅくぼく]を洗ひ、園中の花に灌[そそ]ぎ、林中の葉を掃[はら]ひ、體[たい]少しく倦[うむ]を覺えば、身を匡牀[きょうしゃう]の上に放[お]き、暫[しばら]く息[いこ]ふ、半񏨬[はんきゃう]にして可なり」

この身は清閑にあっても、何もすることなく暇にまかせ怠惰にすることは忌むべきことである。閒人は閒人の事を為すべきである。すなわち、古人の法帖を繙いて臨書をしたり、古典の書物を読みふけったり、机の上の埃[ほこり]を微塵もとどめることなく掃き清め、硯にこびりついた墨を洗ったり、庭の花々に水をあげたり、林中の重なった枝葉を払いのけたり、そこで少しばかり疲労をおぼえたら、暫く身を匡牀、すなわち榻[とう]に横たえて、つかの間の時間まどろんでもよいのである。

文人というあり方において「閑」というのは最も大切なことです。「閑」とは文人のあるべき時間と言ってよいものです。それをあえて「清閑」といいます。
「清閑」というのはすべてを為し終えた時に至る境地で、何もすることなく何も求めることもなく無為に時間を過ごすことではありません。ただ暇を持て余すというだけではいわゆる「小人閑居」という態のもので、貴重な時間を捨ててしまう惰性で生きる人です。「清閑」とは、衣食足りてこそ至るべき境地であり、すべてのものが充足したあとに来る時間の謂です。良い服を着たい、良い家に住みたい、美味しい食事をしたいというように人間の欲望には限りがないものですが、さらにその上を目差した境地が「清閑」というものです。衣食住を得るために人生の大半を費やしてしまうことは、生き物として当然のことかもしれませんが、人が生きるということは生命を維持するだけでなくもっと別な目的、意味があるはずです。それがこの「清閑」を得ることだと思います。何ものにも束縛されず、何ものにも煩わされない自由を得ること。世間の俗事雑事さえ耳に入らず、眠るも覚めるも心のままに、意にしたがって好きなことをする。文人を希求するなら、法帖を繙いたり、古人の言葉を温ねたり、気分が赴くにまかせて琴を弾じたりする。庭に下り立ち、花々に水をやり、一杯の清茗をすすりながら、窓外の自然の風景を茫然として眺める。
「清閑」によって心はようやく本来の場所に戻って来ます。「忙しい」という言葉は、「心を亡[うしな]う」ことだと言います。現代社会は便利さと共に速さも追求しているようです。なるべく早く目的の場所へ到達しようと人々は急かされ、忙しさに追われています。理詰めで生きる人々は、「清閑」など無駄で必要ないもの、かえって害悪をもたらすものだと言うでしょう。しかし目的とは何でしょう。どこにあるのでしょうか。無駄な時間、生きる上で必要の無い時間であるこの「清閑」を得てはじめて目的に到達し、人生は完ったきものとなるに違いありません。

硯というのは琴と共に文人にとって必須の具です。机上の片隅には必ず一面の硯がなくてはなりません。机上を清浄に保って硯の宿墨を洗うというのは、いつでも創作活動ができる用意をしておくということです。硯には、端渓硯[たんけいけん]、歙州硯[きゅうじゅうけん]、洮河緑石硯[とうかりょくせきけん]、羅紋硯[らもんけん]、澄泥硯[ちょうでいけん]などがありますが、特に端渓硯は古来、文人に愛されてきたものです。端渓硯の優れているところは、石面の鋒鋩[ほうぼう](鑢[やすり]のような石の目)が際立っており、墨の下りもよく、ただ早く墨が磨れるだけではなく、その墨汁は発墨が鮮やかだということです。そしてまた実用的な面もさることながら、その石の美しさもまた鑑賞すべきものがあります。
「洗硯」という言葉は、唐代ころまでは単に硯を洗って、鋒鋩の目につまった宿墨を洗うことでしたが、宋代以後、「洗硯」は硯を清水を張った盥[たらい]の中に入れ、日光のもとで石色や石紋を鑑賞するようになってきました。端渓硯はもともと水岩といって水の中で生成された岩石ですので、水に浸してやるとあたかも水を得た魚のように生き生きとして、本来の姿によみがえるのです。水を通して現われる石色や石紋は筆舌につくし雖いほど美しいものです。古人はその模様に琴の断紋と同じくそれぞれ名称を付けております。代表的なものを列挙してみます。
石色として、猪肝色[ちょかんしょく]、馬肝色「ばかんしょく]、蕉葉白[しょうようはく]、天青色[てんせいしょく]。斑紋として、青花[せいか]、魚脳凍[ぎょのうとう]、冰紋[ひょうもん]、火捺[かなつ]、翡翠[ひすい]、黄龍[こうりゅう]、玉帯[ぎょくたい]、玉点[ぎょくてん]、金線[きんせん]、銀線[ぎんせん]、水線[すいせん]、麻雀斑[まじゃくはん]、猪鬃痕[ちょそうこん]、油涎光[ゆえんこう]、采釘[さいてい]、硃砂釘[しゅしゃてい]、古斑[こはん]、虫蛀[ちゅうしゅ]などです。名称を並べただけではそれがどのような模様であるかなかなか理解できませんが、変化きわまりない端渓硯の紋様が文人の繊細な感覚を通して詩的に表現されているのがわかると思います。
また端渓硯には「眼[がん]」というものが現われ、その形は卵形楕円をしており、変わり玉飴の断面のように幾重にも色が重なって端渓硯の紫石に玉を嵌めたように美しく映えます。これは海に棲息していた生物の化石で、希にあらわれるものですから非常に尊ばれます。これにも名前がつけられ、鳥や動物の眼に喩えられています。鴝鵒眼[くよくがん]、鸚哥眼[おうかがん]、珊瑚鳥眼[さんごちょうがん]、猫眼[びょうがん]などです。
石への偏愛は端渓硯において極まるかもしれません。優れた実用性と鑑賞が一つになっており、同じ石でも宝石を寵愛する心とは遥かに隔たった文雅な世界があります。他にも文人愛石には「奇石」がありますが、これは回を改めて述べたいと思います。
現在、文雅な人士たちの集まりで「洗硯会」なるものが行われております。それぞれ所蔵の端渓硯を持ち寄り、お互いに鑑賞するのですが、盥に入れて日光のもとにあらわれる石面は、あたかも宇宙の深淵を覗き込むような、人を幻想の世界に誘います。日がな一日眺めていても飽きるということはありません。
洗い清められた硯がいつも机上に置かれてあります。水滴から水を墨堂(墨を磨る面)へ五、六滴ほど垂らし、「の」の字を書くようにゆったりと力を入れずに磨ります。『醉古堂劍掃』には「墨を磨るには病児の如く」とあります。それは病める子を介抱するように大切に扱うということです。そしてある程度の濃さになったらその墨汁を墨池(墨を溜めるところ)へ送ります。これを何度か繰り返します。出来上がった墨汁で字を書くことは決して求めません。ただ墨を磨る行為だけでも十分、心は満たされ文人閑雅の時を過ごすことが出来るのです。







清儀閣所藏古器物文(清代) 紫薇内史鳳池硯(乾拓)



笹川臨風校訂注訳『醉古堂劔掃』画像 国会図書館近代デジタルライブラリー



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