―賞琴一杯清茗― 第四回
 
『醉古堂劍掃』と文人 其の三      伏見 无家 


全日本煎茶道連盟『煎茶道』二〇〇四年九月号第五六五号掲載

「茅齋(ぼうさい)に獨坐し、茶頻(しき)りに煮、七椀の後、氣(き)爽(さはや)かに神(しん)清し、竹榻(ちくとう)に斜眠(しゃみん)し、書漫(みだ)りに抛(なげう)つ、一枕の餘(よ)、心間(かん)に夢隱かなり。」

 茅(かや)で葺(ふ)いた鄙(ひな)びた住まいに独り坐して、茶をしきりに煮て心のままに喫し、七椀の茶に身も心も沾(うるお)せば、気分はさわやかに精神は澄み亘(わた)るのをおぼえる。読み耽って疲れた書物をなげやって、竹で作った寝椅子に横たわりひとときの午睡をとる。一眠りして目を醒ませば、心持ちは静安なるものがあって、結べる夢もすこぶる穏やかなるものがある。


 抹茶の茶道は一期一会の緊張感ある茶で、一服した後、死地に赴(おもむ)く武人の心境に似たものがありますが、煎茶は文人の茶であって、書斎において読書や執筆にあけくれ、その疲れを癒すために茶を喫した後、午睡(ひるね)におもむくという心境の茶だと思います。まことに安閑とした平和なる茶と言えましょう。武人の精神というのは派手やかで刺激的でいつでも人々にもてはやされますが、どんな時代、社会でも平和に徹していた文人の精神を、今だからこそ大切にしなければならないと思います。武人とは「如何に死ぬるか」にありますが、文人は「如何に生きるか」にあります。武人は常に切先鋭い剣を帯びていますが、文人の傍らには常に琴(きん)がありました。琴の形は両刃の剣に似ています。これは決して偶然ではないでしょう。琴心剣膽(きんしんけんたん)、琴のような繊細な心と剣のように大胆な膽(たん)(はらわた)というのは人の理想とするところです。この『醉古堂劍掃』の「劍掃」というのは「剣をもって俗塵を掃き清める」という意味があります。文人は文を以て世の中を清め、人を生かします。琴にもまた「琴洗塵喧」(琴は世の中の塵や喧騒を洗う)という言葉があり、「琴正人心」(琴は人の心を正しくする)とも言われます。 「七碗」の茶というのは唐代の詩人、玉川子廬同(ぎょくせんしろどう)の「茶歌」にある句です。廬同は「茶仙」というべき茶をこよなく愛した詩人でした。全編の詩を引用したく思いますが、長いので「七碗」の部分だけ拠出します。
「一碗にして喉吻(こうふん)潤ひ 二碗にして弧悶(こもん)を破る 三碗にして枯腸(こちょう)を捜(さぐ)るに 惟(ただ)文字五千巻有るのみ 四碗にして輕汗(けいかん)發し 平生不平の事 盡(ことごと)く毛孔に向って散ず 五碗にして肌骨(きこつ)清く 六碗にして仙靈(せんれい)に通じ 七碗にして喫するを得ず 唯覺(おぼ)ゆ兩脇習々(しゅうしゅう)として清風生ずるを 蓬莱山は何(いづ)れの處(ところ)にか在る 玉川子此の清風に乘りて歸り去らんとす」
 はじめの茶の一杯は喉(のど)や唇を潤し、二杯目はひとり悶々(もんもん)としたつれづれを解消し、三杯、なにもの無き腹の内を探れば、ただ五千巻の書物のみあり、四杯、軽い汗が出て日頃の不平不満が毛穴を通って吐き出し散っていく。五杯、肌も骨も清らかになってゆき、六杯目で神仙世界へ通ずる。七杯目はもはや喫(の)むことはしない。ただ両の脇の下をそよそよと清らかな風が通り過ぎるのを感じるだけである。仙人が住む蓬莱山(ほうらいさん)はどこにあるのだろう。私はこの清風を御(ぎょ)して乗り、そこへ帰ることにしよう。  この詩は、茶を以て「悟り」に至ることを詠いあげたものだと思います。抹茶は禅道に通じ、煎茶は仙道に通ずると言います。茶の効能とはこのように果てしのないものなのでしょう。
 榻(とう)とは長椅子兼寝台(ベッド)のこと。別名羅漢床。明の文人文震亨(ぶんしんこう)の『長物志』に「座面の高さ一尺二寸(一尺=約30cm)、屏(かこい)の高さ一尺三寸、長さ七尺有余、横幅三尺 五寸、周囲に木の枠を設け、中に湘竹を張り、下座は空けておかず、三面に背もたれをつけ、後側は両脇と等高にする、これが榻の定式である。」とあります。榻は書斎にあることもありますし、庭先の芭蕉林の下などで夏期の午睡をとるために出されることがあります。この榻の上で、文人たちは茶を喫し書を読み琴を弾じ、骨董や画を鑑賞したり、そして午睡をとり、清閑なる一日の大半を過ごしたのでした。わずか一畳あまりの狭い空間でありながら、否、だからこそ手を伸ばせば欲しいものに届き、文人の自娯に適(かな)った広大な小宇宙というわけです。

「煎茶は漫浪(まんらん)に非ず、要するに須(すべか)らく人品(じんぴん)と茶と相得べし。故に其(その)法往々にして、高流の隱逸、烟霞泉石、磊嵬(らいかい)たる胸次(きょうじ)有る者に傳(つた)はる。」

煎茶はとりとめもなく放恣に流れるものではない。必ずその人の品位と茶は一致するものである。それ故に煎茶作法にはそれぞれ流儀があって、高き風流を持した隠逸の士、すなわち世を逃れ脱俗的な生活をする人、心の中に美しい自然の山水の風景があり高く大なる人に伝わるものである。

 煎茶は自由をたいへん重んじる藝道と言われます。自由とは、一歩間違えれば規則もなく放恣に流れ散漫になりかねませんが、「自(みずか)らに由(よ)る」という意味でとらえるなら必ずその人の人品に基づく法則に支配されていきます。人品が高ければ高いほどその自由の深さが増していき、たとえ勝手気ままに振舞っているように見えても自ずと規矩に則り格調は高くなるはずです。「烟霞泉石」が胸次にあるというのは、『論語』雍也篇に「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」とあるように、風流にして高雅な君子の心の中(うち)を言ったものです。これは南画を描く画家の心境と同じものです。山水画は単に実風景の写生画ではありません。画家の胸中にある「山水」を描くことにあります。「胸中元(も)と自ずから丘壑(きうがく)有り、故に作(ゑが)く」(黄山谷)とも言われます。すなわち美なる自然を胸奥に秘め、詩心を抱き、美に最善の価値をおいて生きるというのが文人の有り様でしょう。茶道においては「無一物」という胸中に一切何も無い心境に基づき茶を喫するものですが、煎茶は胸中に「山水」という自然があって茶を喫する者に伝わるというのです。

「我が齋(さい)の中は、虚禮(きょれい)を尚(たっと)ばず。凡(およ)そ此(この)齋に入れば、均(ひと)しく知己(ちき)と爲(な)し、分に隨ひて欸留(くわんりう)し形(けい)を忘れ笑語し、是非を言はず、榮利(えいり)に侈(うつ)らず。間に古今を談じ、靜かに山水を玩(もてあそ)び、清茶好香、以て幽趣(ゆうしゅ)に適す。臭味(しうみ)の交(かう)、斯(かく)の如きのみ。」

 わが書斎では形式だけの誠意の無い礼儀は尚ばない。ゆえに、およそわが書斎に入る者は、ひとしく友人知己だけに限り、その朋友が訪ねて来たならば己れの分限を守りできるだけの接待をしてこれをもてなす。その談話は、決して形にこだわることはなく、人の是非や営利のためにはしない。もの静かに古今の清事を談じ、又は静かに山水の雅趣について語り合い、清茶を啜り好き香を薫じて、おもむろに交友が醸し出す奥床しい趣にふさわしい雰囲気を作る。臭味、すなわち同じ趣味嗜好の同好の者の交遊はすべてこのようにありたいと思う。

 とかく上下関係ばかりを気にした礼儀というのは虚礼になりやすいものです。お互いを認め合うならすでに知己となり友人となり親しい関係を成り立たせます。それが同じ主義思想の持ち主ならこの上無き楽しい時を過ごすことが出来るでしょう。心地よい薫香が満ちる中、形式や習慣さえもこだわらず、人生の深遠な哲理について老荘思想をもって笑いながら談じる。またしみじみと故事を語り合い、今の時流のことであっても真摯な態度をもって批判し、書画の掛け軸を展べひろげ無言のうちに鑑賞し、ここに一杯の清茶を供し、傍らの琴を援(ひ)きよせ古曲を弾じるなら書斎はたちまち別天地、無可有の郷になります。このような清閑の時を得ること、知音なる友を得ることは人生における至宝と言うべきでしょう。たとえ半日、一時でもそういう時を過ごしたいものです。





幽琴窟琴學陋室書斎



笹川臨風校訂注訳『醉古堂劔掃』画像● 国会図書館近代デジタルライブラリー



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