◆みんなと別れて宿探し◆1991年3月5日(その2)

ハングルだらけの街 坂道・階段の多い住宅街



 13時、こんな時間にチェックインできるのだろうか。すこし暇つぶしに本屋寄ったり、国際市場(注13)うろついたりする。昼飯として、ロッテリア(本場?)でリブサンド食べる。950ウォン、約190円。味は日本と同じ。英語が通じた。
 15時、ウロウロ探して、目的のヨインスクを見つける。身振り手振りと筆談で、値段を聞いたり、チェック・アウトの時間を聞いたりする。『歩き方』では5000ウォンと書いてあったが、1人7000ウォンに値上げしていた。韓国は物価の上昇がすごいと聞いていたが、この場合、一年か二年で1・4倍!お金のことが急に心配になってくる。




  みんなと別れて一人になり、急に心細くなりました。まず韓国では、新聞の見出しや、看板以外に漢字がほとんど使われていません。ほとんどがハングル、従って漢字で書かれた日本のガイドブックや地図は、無用の長物と化してしまうのです。しかも何丁目何番地、といった住所番号が、地図にも道にも表示されてないので、目的地に着くのに悪戦苦闘しなければなりませんでした。 それと言葉、韓国語のわからない自分にとって、買い物や宿の部屋交渉は、苦痛以外のものではありません。会話集を見ながら、見せながらの意思表示や、絵を描いてみせたり、身振り手振りを使ったり・・・、とにかく一方通行な意思表示ではありますが、伝えなければ始まりません。ただし、英語や日本語が通じる場合もあります。釜山やソウルの市場では日本語が通じたり、観光案内所(インフォメーション)では英語や日本語が使えたりします。また、あまりいい方法ではないのですが、お年を召した方だと日本の統治下でたたき込まれた日本語を知っていたりするので、どうしても、日本語が必要な時に、丁寧に断って使うという手もあります。もちろん相手の方から日本語で話しかけてこられた場合は別ですが・・。それと、日本語を「将来有益な言葉」として勉強している学生が多くいます。そういう人達だと、こちらが日本人と知ると、向こうから積極的に日本語で話しかけてきます。そのような時は、向こうも話したがっているので、存分に日本語をしゃべっていいでしょう。 もっと、根本的な戸惑いは、韓国人の性格と言いましょうか、しゃべり方が怒ったような口ぶりなので、始めはこっちもおっかなびっくりでした。なにせ市場だろうが、バスターミナルだろうが、所かまわず怒鳴りあっている光景を見かけたものですから・・・。「韓国人はお酒と歌が大好きでとても陽気な民族だ。そして、なによりもユーモアがある。」(『フリーダム』より)・・・という先入観で韓国に来たものですから、そのギャップが大でした。(参考)

注13・国際市場(クッチェ・シジャン)
光復路の北西一帯の商店街の中心が国際市場で ある。衣料品、靴、鞄、帽子、登山用品などさまざまな物が売られている。

参考1・[韓国語は対立的、日本語は妥協的]
“韓国人は対立的態度をとる。”こういった話をよく耳にしますが、韓国人自身がとっていると言うより、言葉の中にそういった要素が含まれているが故に、話しているうちに自然に、とらざるを得なくなる、と私は思います。過去外国から多数にわたり国を侵略された経緯から、自分を守るため言葉の中に知らないうちに対立的要素が取り入れられていったのかも知れません。つまり相手の言うなりに、妥協してしまえば、いつ又、侵されてしまうか分からないからなのです。日本語には 「どうも、どうも」という意味不明瞭で、あいまいで、妥協的要素を含んだ言葉がありますが、韓国語にはありません。できることはできる!できないことはできない!と白黒を明確にする言語だと言えます。例えば、良く言えば男性的、悪く言えば声を張り上げ、相手に負けじと対向する韓国人も、いざ日本語を話す時には(話す必要が生じ た時)、なぜかしら借りてきた猫のような小さな声になってしまうのも、日本語の中に妥協的要素が含まれているからなのです。
(『ハングルで手紙を』南雲堂−姜 求栄 著より)
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参考2・ 国際労働機構(ILO)の報告によると、韓国人は世界でもっとも勤勉な国民とされ、それでいて性格はおおらかで人情にあつく、ユーモアに富み、歌と踊りをこのうえなく愛する民族である。
(『韓国 新しい出会いの旅』韓国観光公社 より)


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