地球防衛軍4SSシリーズ・エピローグストーリー
ストーリー5.それぞれの終戦
2026年、ストームチームの活躍により、アースイーター旗艦ブレイン撃墜。
残っていたマザーシップは撤退、アースイーターの各ブロックは爆発四散し、地上に降り注いだ。
『空が墜ちた。』
かつて報道が使用した比喩的な意味ではなく、文字通りの光景を目の当たりにして、もはや誰もその言葉を使うことはなかった。
―――――― * * * ――――――
ブレイン撃墜作戦・作戦領域近傍。
砂津谷地区川べりの土手。
ここもまた、戦場だった。
EDFが設定した作戦領域外からブレインの援護に送り込まれようとする飛行ビークルやディロイの戦闘マシン軍団を撃破し、次々と降下してくるアースイーターを迎撃し続けた戦場の一つ。
前回の戦いでも人知れず戦っていた、大多数の戦士達の舞台。
支援部隊がストームチームの援護に回ったため、支援なしで戦ったEDF陸戦歩兵部隊はその大半が壊滅した。
しかし、その代償として一機たりともブレイン撃墜作戦の作戦領域には侵入させなかった。
――その結果もまた、前回と同じ。
エアレイダー42は今回もそこにいた。
今回は、愛する者と共に。
―――――― * * * ――――――
「……空が、見えるよ」
ヘルメットを脱いだフェンサー15は、うっすら微笑みながら目の前に広がる空を見つめていた。
その下半身は失われ、上半身もフェンサースーツと共に右肩から右胸に渡って破損し、断面からは機械が露出している。
「ああ、蒼いね」
ヘルメットを脱いだエアレイダー42は彼女の頭部を膝枕に乗せ、同じ空を見上げていた。
戦闘中は銀色の六角亀甲文様だった空は、今や見慣れたグラデーションのかかった蒼に染まっている。
「……終わったんだね」
「そうらしいね」
エアレイダー42の手が、フェンサー15の髪を優しくくしけずる。
フェンサー15が嬉しそうに左目を細めるのは、その手の心地よさか、それとも土手を吹く風を頬に感じてか。
「――じゃあ、幸せにならないとね」
その言葉に、男の手が一瞬止まる。
「……僕は、今、幸せだよ」
「あたしも」
唯一自由になる左手を伸ばし、男の手を自らの頬に寄せる。
「君とこんな風に一緒にいられるのが、幸せすぎて怖いくらい」
「戦いは終わったんだ。これからは、一緒に生きてゆこう」
「……うん。あたしは、君と、生きてゆくよ」
女の右頬、機械のマスクにぽたりと滴が落ちる。
女の左目にも、輝く滴が膨れ上がる。
「死ぬまで、一緒に……いるよ……」
「ああ、一緒にいよう」
男は女の顔に覆いかぶさるように体を屈めた。
二人の会話は、途切れた。
―――――― * * * ――――――
「すっげー! みてみてアックス! キスしてるキス!」
エアレイダー42とフェンサー15がいる土手とは反対岸の土手に、ウィングダイバーが二人、腹ばいになっていた。
「戦いが終わった途端キスとかwww! どんだけ飢えてたのよwww!」
目を輝かせて、隣の戦友の背中をばしばし叩くのはウィングダイバー71。かつての摩周湖訓練施設の訓練生・第五期クレイ。
その隣で叩かれているのは、ウィングダイバー68。かつての摩周湖訓練施設の訓練生・第五期アックス。彼女はウィングダイバー71から、いまだに訓練生時代の名前で呼ばれ続けていた。
「だめですよ、71。覗いちゃ悪いです」
「こんな人目に付くとこでする方が悪いんだって。……つか、長いなぁ。やっぱあれ? 大人のキスは長いのかな? かな?」
「知らないですよ。私だってしたことないもの。……71はあるんですか?」
「……ない」
そう呟いたクレイの目が、何かを思いついたように半目になる。
「そういやあたし、恋とかしたことないや。……う〜ん。なんか、人生損してる?」
「さあ……」
答えようのない問いに、ウィングダイバー68は愛想笑いじみた苦笑いしか浮かべられない。
しばらく唸りながら頭を抱えて考え込んでいたウィングダイバー71は、やがて顔を上げると宣言した。
「あたし、ウィングダイバー辞める」
「は?」
また素っ頓狂なことを言い出した、と呆れ顔のウィングダイバー68。
「いや、だってさぁ。せっかくここにさいきょーの天才様がいるってのにさ、ストームチームにも入れてくれないし、結局ラスボス倒すのもストームに取られちゃうし。EDFの上の連中は何もわかってないんだもん。もうやめた」
まるで遊びに飽きた子供の言い分。
「だいたいさぁ、戦い終わっちゃったんだし、もうやることないじゃん」
「えと、あの、でもまだ巨大生物の掃討とか……」
「敗戦処理の勝った版なんか、かったるくてやってらんない。他の奴に任せる。フェンサーとかレンジャーとか、雄叫びあげて突撃するのが好きな連中ばっかなんだから、言われなくてもやるでしょ」
「はぁ……」
「じゃあさ、じゃあさ、辞めたあと何する?」
「………………」
絶句。
きらきらきらめくウィングダイバー71の瞳をしばらく見返した後、ウィングダイバー68は思わず天を仰いだ。
先ほどの男女の存在を忘れてくれたのはいいが――なぜ自分まで辞める前提になっているのだろうか。
自分は……この先も彼女に引きずられてゆくのだろうか。
抜ける青空はそんな疑問に答えてはくれない。流れ行く雲も知らんぷりだ。
……勝ったはずなのに、勝った気分じゃない。
―――――― * * * ――――――
「ああ? 人類が勝った? バカじゃないの?」
かかってきた通信に対して辛らつな口調で返したのは、東海・中部地区で知らぬ者のないウィングダイバーチーム『ダブルカラーチーム』のリーダー、ウィングダイバー35。白と紅に塗り分けたウィングダイバースーツは、かなり遠目からでもわかる。
通信相手の作戦指揮官が鼻白んだ調子で何か言ってるのを、うるさいの一言で黙らせたウィングダイバー35は、振り返って正面に聳え立つ巨塔を睨んだ。
高さ100mはゆうにある、土で作られた不恰好な巨大造形物。
「こちとらこれから飛行生物の巣に突撃かますところだってのに、なにが勝ったって? 上はお気楽でいいわよね。前線に出ないから危機感がないのかしらね? あ? ……アリゾナの最後の一匹が最後の一匹じゃなかったってこと、忘れてんじゃないの? 見落としたのは誰のせい? 勝利してなかったのに、勝利宣言出したのどちら様でしたっけ?」
通信機相手に小首をかしげ、グラスバイザーの奥のジト目を虚空に投げかける。
「あーはいはい。グダグダ言ってると、作戦放棄して帰るわよ? あん? ……人類勝ったんだから、いいじゃない。……よくない? だったら、作戦開始前に士気を緩めさせるような報告すんな! 情報の取捨選択も出来ないなら、せめて黙ってなさいよ!」
そう叫んで一方的に通信を切る。
「ったく、フォーリナーが逃げたくらいで浮かれちゃってさぁ」
彼女のチームメイトは、それぞれに肩をすくめた。
「相変わらず無茶苦茶言ってんなー」
とは、白と黒のウィングダイバースーツを身にまとうウィングダイバー51。その台詞とは裏腹に、表情はニヤニヤしている。
ウィングダイバー35は鼻先で笑い飛ばした。
「人類の勝利って、落し蓋ひっくり返すだけじゃないでしょ。巨大生物の巣を全て見つけ出し、その隅々まで探索し、最後の一匹まで全て殲滅してから、初めて勝利宣言できるのよ。……さあ、ここからエクストラミッション! これが終わるまでゲームクリアーしたことにはならないわよ!」
「ゲームって……」
そう呟いて、げんなりした顔になったのは摩周湖施設でウィングダイバー35、51に直接鍛えられた第五期ブレード。現ウィングダイバー70(セブンゼロ)。そのスーツは白と桜色。
「まぁまぁ」
その肩に手を置いて慰めるのは、白と緑のツートンカラーのウィングダイバー37(スリーセブン)。
「いいじゃないですか。どちらにせよ、やらなきゃいけないことには変わりないんですし。……まあ、戦いも終わったことだし、そのうち35は左遷されるかもしれませんけどね〜。こんな対応してると。うふふ」
「うるさいわよ、2Pカラー」
「ちょ……人のラッキーカラーを! なんてこと言うんですか!」
「赤に対して緑は2Pカラーと前世紀から決まってるのよ。そのラッキーも、いつまで続くか見ものだわね。……せっかく頭上の憂いが消えたんだから、戦後処理ごときで命を落とすんじゃないわよ、37」
言われた本人は、あっかんべーと舌を出す。
「余計なお世話です。今日の私の星座占いは運気最高、全く問題ありません!」
「……あれ? 一昨日のミッションは、四柱推命で運気最高とか言ってませんでした?」
ウィングダイバー70の疑問に、ウィングダイバー37はドヤ顔で指を立てる。
「ふふふ、なんと明日は十二支占いが最高潮で、明後日は九星占いが最高な上に大安吉日なんですよ!」
「ああ……そういうことですか」
「どうでもいいわよ」
そう口を挟んだのは、一同の中で一番目立つ紅と銀のスーツのウィングダイバー39(スリーナイン)。腕組みをしたまま、くいっと顎でミッション目的を示す。
「さっさと仕事を片付けましょう。35の言い振りだと、当分戦いは終わらないのでしょう? ……全部終わらせて早く帰りたいわ。駒関市に」
「そうね」
頷いて、改めて飛蟲の塔を睨むウィングダイバー35。
「まずは、あれをぶっ倒す。それから中に入って、全生物を殲滅。一匹たりとも逃すんじゃないわよ。――巣の破壊は、51とブレードでよろしく」
「あいよー。まかせとけ」
RZRプラズマ・ランチャーを抱え上げるウィングダイバー51。
「ブレードじゃありません! 70です!」
文句言いながらも、マスターレイピア・スラストを構えるウィングダイバー70。
「うっさい。だったら結果出せ結果。あたし以上の撃墜数、一回でも出してみなさいよ。――巣の内部に入ったら、あたしが囮やるから37、39殲滅よろしく」
「目の前ちょろちょろされると当てたくなるんですけどー」
イズナ−FFを肩に担ぎ上げつつ、ぺろっと舌を出すウィングダイバー37。
「やってみなさいよ。当てられるだけの腕があるんならね」
「……ああもう。もっと静かな環境の職場に移りたいわ」
やるせなく首を振るウィングダイバー39が右手に下げているのは、サンダースナイパー40。
そんな愚痴を無視して、ウィングダイバー35の号令が降りる。
「さあ、いくわよ! あたしたちの戦いはこれからだ!」
「――うはwww、打ち切りフラグゆんゆんだなwww」
ウィングダイバー35に続いて、含み笑いを漏らしたウィングダイバー51以下四名が、一斉にプラズマブースターを噴かして飛び立つ。
巨塔の周囲にてもぞもぞ蠢く非行型巨大生物の群れに襲い掛かる様は――どちらが蜂だかわからない。
―――――― * * * ――――――
ブレイン撃墜作戦・作戦領域近傍。
「……さて、ここからだな」
ここは、エアレイダー42とはまた別の戦場。
あらゆる建物が瓦礫と化した廃墟の荒野で、擱坐したベガルタを背に呟くレンジャー71。
少し離れたところでは、チームの仲間が人類の勝利と生存を喜ぶハイタッチを繰り返している。
ブレインのいる領域へと押し寄せようとする巨大生物の群れを迎え撃ち、これを殲滅したこの作戦領域においても、他の作戦領域に劣らず数多くの戦士がその命を散らした。
今生き残っているのは、自分の率いるチームを含めたレンジャーチーム2隊とウィングダイバー1隊のみ。
この戦力で、いかにこの地を守り抜くか。
戻って来る戦士たちのために。
先ほどの戦闘の最中、ある精鋭部隊がこの領域を通過した。
絶望的なまでに圧倒的な巨大生物の数に圧し潰され、もはやこれまでと観念しかかっていたところへ颯爽と現れたそのチームは、瞬く間にその群れを蹴散らすと、レンジャー71も噂でしか聞いたことのなかったチーム名を名乗った。
そのチームのリーダーが、言ったのだ。
ストームチームと自分たちの退路を確保しておいてくれ、と。
その時点で生き残っていた隊員は皆、彼らとの約束を守るために新たに押し寄せてきた巨大生物の群れと戦い続け、残った者に後を託して逝った。
そして、今。
またしても地平の彼方がざわめいている。
レーダーの縁が赤く染まる。
新しい群れが接近している。
レンジャー71は大きく息を吐いた。
「――ここから先は、守る戦いだな。……なんだ、得意領域じゃないか」
わざとらしく笑いながら呟いて、通信回線を開く。
「この作戦領域に生き残っている隊員に通達。こちらレンジャー71。敵の接近を確認した。……退くぞ」
たちまち通信回線に怒りと蔑みを含んだ返答が満ちる。
君は実にバカだなとか、臆病者めとか、俺は従わんぞとか。
しかし、レンジャー71は怯まない。飄々と答えた。
「さすがに意気が高いな。なに、諸君のその意気の高さを見込んでの『退き戦』だ。このまま、ストームチームと彼らを迎えに行ったあの部隊を迎えに行く。逃げるんじゃない。俺たちを囮にして、英雄たちに花を持たせるだけさ。……誰も残ってない荒野で英雄たちを迎えたいなら、残ってくれ。生きて連中に手痛い祝福をしたい奴だけついて来い。――ああ、そうだ。英雄たちと一緒に戦える最後の機会かもしれないぞ」
それだけ告げると、踵を返してブレインが落下した作戦領域へと走り始める。
もう、彼を責める通信はなかった。
結局、その荒野に残った者は誰もいなかった。
―――――― * * * ――――――
こうして、宇宙からの侵略に対する地球防衛の日々は再び幕を閉じた。
巨大生物との戦いはまだ残っているが、天を塞いでいた蓋を押しのけ、再び人類が手を取り合って戦うことができる状況が蘇った今、不利な戦況を覆すことも難しい話ではない。
地球は、再び人類の手に戻る。
地球防衛軍4SSシリーズ・エピローグストーリー 「ストーリー5.それぞれの終戦」 おわり