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地球防衛軍4SSシリーズ・エンディングストーリー


 ストーリーファイナル.影に沈む

 西暦2027年、年末。
 世界中で復興の槌の音が響いていた。
 日本でもそれは変わらず、EDF極東本部・日本支部司令本部基地近辺には商店街が復興していた。
 その裏通り――空元気も元気のうちとばかりにクリスマスの曲が流れる、人気(ひとけ)のない喫茶店のさらに片隅。
 一組の男女が向かい合わせに座っていた。

 コーヒーをちびりちびりと飲む男の外見を一言で表わせば、『陰気』。
 そして、存在感が奇妙に薄い。
 痩せた体躯に削げた頬、細い目。年の頃は……多分、40ぐらいだろうか。いや、30代かもしれない。
 黒いタートルネックのセーターに、安物のジーンズ。安物の腕時計。
 こうして特徴を挙げれば印象は定まるのに、意識していてもすぐにそれがぼやけてしまう。
 街中で肩がぶつかっても、一言詫びた後瞬時にぶつかったことすら忘れてしまう、そんな人物。

 テーブルを挟んでその前の席に座るスーツ姿の(似合わない)若い女は、ショートカットの後頭部をリボンで飾っている。その外見からうかがえる年齢は、男からすれば娘くらい。20代にさえ届いていないかもしれない。
 こちらは、気の強そうな面持ちで、じっと男の顔を見つめていた。前に置かれたアイスティーには手をつけないままだ。
「しかし、よく俺のことを見つけられたな。人に見つからない自信だけはあったんだが」
 男の呟きめいた言葉に、女はにんまり笑みをたたえた。
「街角でちらっと見かけてさ。どっかで見た顔だと思ったんで、あと尾けてるうちに思い出したの。……あれでしょ、摩周湖の山の上で会ったレンジャーの人」
 男はカップをテーブルに戻し、自嘲気味に笑った。
「くく……まさか、あの時の小娘に街中で捕捉されるとはな……。クレイ、とか言ってたか?」
「うん。実は今もその名前でやってるよ」
 そう言うと、一枚の名刺を差し出す。
 男は怪訝そうに顔をしかめて、その名刺を受け取った。
「今も? ……確か、ウィングダイバーじゃなかったか?」
「辞めたよ」
「辞めた? ……そうか」
 男が目を落とした名刺には、EDF広報の文字がある。なにかの企画のディレクター職をもらっているらしい。
「……ふぅん。広報部に移ったのか。ストームになるんじゃなかったのか?」
 女――クレイはへらっと笑った。
「だってさぁ、ラスボスは結局ストームが墜としちゃったし、もうフォーリナーも撤退しちゃったんだよ? 今さらそんなのになってどうすんの? あたしが最強だ天才だって言ったって、もう証明する方法がないじゃん。……いくらあたしでも、ストームチームにケンカ売ってまで証明するのは違うってわかってるよ」
「それはそうだが……なぜ広報なんだ?」
「今の理由言って辞めるっつったら、斡旋つうの? 配属の人がしてくれたの」
「……意味がわからん。お前みたいなのを、何の目的で……」
 名刺を見つめながら首をかしげる男に、クレイはぽんと手槌を打った。
「ああ、それとやりたいことも聞かれたっけ。そっちのせいかも」
「やりたいこと? ストームチームを諦めて、すぐにやりたいことが見つかったのか」
 名刺をテーブルに戻し、カップを取り上げる。
「うん。まあ、辞める原因の一つでもあるしね」
 嬉しそうに頷いたクレイは、少し照れくさそうに頬を染める。
「あたしさ、確かに最強で天才だけどさ、それって言われたことが120%で出来るだけってことなんだよね」
「………………」
 自慢話か、と男は興味なさそうにコーヒーをすする。
「でもさ、あたしがウィングダイバー辞める時に誘った子がさ、辞めないでウィングダイバー続けるって言ったんだ。訓練時代からずっと一緒だったから、今回もあたしについてくるかな、と思ってたんだけど、そうじゃなかった」
「………………」
「それから……」
 ふと、クレイの表情に曇りが兆す。少しうつむき加減になり、組んだ指を所在なげに遊ばせる。
「訓練時代の仲間が、あの戦いで死んだんだ。真面目すぎて気に食わないところはあったけど、からかい甲斐のあるやつでさ。結構好きだったんだ。そこそこ頭もよかったし、気立てもよかったしね。……怒りんぼうだったけど」
「………………フォーリナーとの戦いで死んだ奴は数え切れん。俺は、2017年の戦いで全てのチームメイトを失った。それ以降は一人だ」
「そうだね。おっちゃんは、歴戦の勇士だもんね。あたしの通ってきた道ぐらいは、もう知ってるか」
「いや」
 首を振って、カップをテーブルに戻す。腕を組んで、背をソファにもたせ掛け、じっとクレイを見据える。
「話を続けろ。……話したいんだろう? 聞いてやるよ。俺を見つけ出したご褒美だ」
「相変わらず上から目線だね。むかつくわー」
 そう言いながらも、クレイは嬉しそうに眼を細めて笑っている。
「でも、そうなんだよね。……最強で天才なんて言ってても、あたしは知らないことだらけ。ずっと一緒だった戦友の気持ちも、死んじゃったあいつの本名も知らなかった」
 からり、とアイスティーの中で氷が揺れた。
「そもそもさ、あたしにとってはゲームだったんだよ。フォーリナーと戦うってのはさ。だから、他の人なんかどうでもよかったし、誰かに自分を理解してもらおうとも思ってなかった。最終的にあたしがラスボスを倒してこのゲームをクリアしたら、エンディングテロップが流れて、感動的なエンディングテーマの中でみんなに賞賛されながら、こうして地球は平和になりました、THE ENDみたいな。……でも、結局あたしはゲームの主人公じゃなかった」
 天井を見上げて、ため息をつく。その目が細くすがめられる――過去を見つめているように。
「この世界はゲームじゃなかった。戦友は便利なオプションじゃなかったし、死んじゃった仲間を思うと泣きたくなる。だから……それで、思ったんだ。あたしは色んなものを見落としてたんだって。大事にすべきもの、憶えておくべきこと、聞いておくべきこと、話しておくべきこと、伝えておくべきこと……全部ほっぽり出してたんだって。この戦いでも、その前の戦いでも、あたしの知らないところで――ううん、あたしが知ろうともしなかったところで、あたしが考えもしないようなことを考えて、それを知られないままいなくなった、そんな人がたくさんいる。そういう人たちのことを、知りたいと思った。死んで伝えられなくなった人たちの代わりに、その人たちが伝えたいと思っていたことを知っている人がいるなら、その話を聞きたいと思ったの。もちろん、その人たちの話も」
「それで、広報か」
 はにかみながらクレイは頷く。
「そればっかりは、最強で天才でも、一人ではどうにもならないからね。そんなわけでウィングダイバー辞めますって言ったら、配属の人がじゃあこっち手伝ってって。なんでも、あの戦いを生き抜いた人の証言を集めて? EDFの記録? とかに残すんだって。アルカイダだか、アーケロンだか。人の選定は自由にしていいって話だったんで、最初は知り合いから始めようと思ってたら、おっちゃんを見かけたもんでさ」
「そいつは実に運命的な話だな」
 くくく、と自嘲めいた笑みを浮かべ、コーヒーカップを取り上げ、すする。
「そうだね。……でも、おっちゃんなら色んな話を知ってそう。教えてよ。ほら、なにか誰かに伝えたいことがあるんじゃない?」
 再び最初の強気な表情に戻り、きらきら輝く瞳で男を見つめるクレイ。
「生憎だが」
 空になったコーヒーカップがテーブルの上に戻り、男の細い目がギラリと威圧的な光を放つ。
 それを見たクレイの背筋が、思わず伸びた。
「俺の言葉は、誰かに伝えるわけにはいかない。後世に残すわけにはいかない。……おそらく、EDFでは俺が何を言おうとも知らぬ存ぜぬで通すだろうし、お前さんがそれを伝えたところで、闇から闇に葬り去られるだろう。だから、伝えるわけにはいかんのだよ」
「………………どういうこと?」
「それを聞けば、お前さんも消されかねんぞ」
 くくく、と思わせぶりに笑って、腰を上げようとする。
 その腕を、クレイはつかんで引き止めた。
「いいよ。聞く」
「……おいおい」
 苦笑する男に、クレイは腕をつかんだまま首を横に振る。真剣な表情で。
「あたしは別にEDFのためにこの仕事をやるわけじゃない。あたしのやりたいことがしやすいから、EDFの手伝いをしてるだけ。だから、一生黙ってろって言うなら、一生誰にも言わない。おっちゃんの名前も聞かない。……あたしはただ、聞きたいんだ。あたしの知らないところで、あの戦いの最中におっちゃんが何を考えてたのか」
「………………」
 男は頬に貼り付けていた苦笑を削ぎ落とし、じっとクレイを見据える。
 クレイもその視線をじっと見返す。
 そうして、しばしの時間が過ぎた。
「いいだろう。元々俺がお前さんの心配をしてやる義理もないしな」
 男は腕に絡むクレイの手を解き、再びソファに背を預けた。その頬には、ひどく歪な笑みが浮かんでいる。
「俺の存在は、公に出来ないEDFの闇。知られてはならない暗部。お前さんがEDF広報だというならなおさら、俺の話を公表することは絶対に出来ない。だから、聞くだけ無駄だし、話すだけ無駄だ。しかし……お前さんの新たな門出に選んだのが俺だというのなら、このありえない再会に免じて、一度だけ口を開こう。……引くぞ」
「いいよ。引くぐらいの話、聞かせてよ」
 そういって不敵な笑みを浮かべる。まるで、ウィングダイバー71の時代、敵を前にした時のように。
 男はその表情を鼻で嗤い、告げた。
「いい度胸だ。――俺はな、巨大生物より人間の方が多いのさ。殺した数がな」
 クレイが目をぱちくりさせる。
 男は続けた。
「巨大生物に食われた市民や隊員に余計な恐怖や苦痛を味わわせないため、作戦領域外からスナイパーライフルで頭部を吹っ飛ばしてやる。それが俺に与えられた裏の仕事だった。……二度の大戦の間、俺が殺り損ねたのはただ一人だけだ」
「………………」
「お前さんと出会った時もそうさ。レンジャー部隊が間に合わない、現場にいるのは訓練中のひよっこと教官役のウィングダイバー二人のみ。やばそうなら、片っ端から死なせてやるつもりだった」
「でも、あの時は……」
「ああ。お前さんの仲間も教官も優秀だったからな。おまけにお前さんまでが変な風に優秀だったんで、俺の出番はなかったわけだ。……お前さん、あの時あそこにいた連中を救ったのかもしれんな」
「そうだったのか……」
「じゃあ、俺が殺した連中の中で色々印象に残ってる時の話をしようか。そうだな、最初は……2018年のマザーシップ撃墜の時の話か。人類の勝利を叫んでる連中の通信を聞きながら、射殺した隊員がいるんだが……」

 ――男の話は延々と続き、クレイは延々とその話を聞き続けた。

 ―――――― * * * ――――――

 とっぷりと暮れた夜。
 二人は看板となった喫茶店から出て来た。
「……ごちそうさま」
「いいよ、経費で落とすし」 
「ちゃっかりしてるな」
「最強で天才ですから」
 そんなやり取りをしている背後で、喫茶店のマスターが看板を取り込み、店内の照明を落としてゆく。
 それをちらりと見やった男は、妙に上機嫌なクレイに手を差し出した。
「俺の話は……興味深かったか?」
「誰にも話せない、秘密の話だからね」
 にっこり笑って手を握り返すクレイ。その表情は、最初に見せた強気で陽気なままだ。
 かなりえぐい話や、EDF内での歪なやり取りなどの話もあったはずなのに、彼女は何の痛痒も感じていないように見える。
「ショックを受けるかと思ってたんだがな。……俺のやってきたことは、それほど大層なものでもなかったということか」
「さあね。大層かどうか、あたしが言うことじゃないと思うからそれについては何も言わない。でも、おっちゃんの話が聞けてよかった。それはほんと。あの戦いの裏で、おっちゃんみたいな人がいたってこと、誰にも言えなくてもあたし、忘れない。多分、もう二度と会うことはないと思うけど……元気でね」
「それは俺の台詞のはずなんだが」
 握手の手を振りながら、男は苦笑する。
「ま、お前さんらしいな。……お前さんの新しい道が、お前さんを満足させるものであることを祈っているよ」
「ありがと。じゃあね」
 握手の手を解いたクレイは、胸の前で軽く手を振ると、そのまま駆け出した。
 その背中を見送りながら、男も手を振り――呟く。
「……ありがとう、クレイ」
 彼女が夜闇の向こうに消え、振っていた手をポケットに突っ込みながら踵を返す。


(終わった)


 男は胸の内でふと漏らす。
 フォーリナーとの長い永い戦いが、今日、ここで。ようやく。


(もはや、俺が必要とされることはない)


 その実感が、押し寄せてきている。


 夜影の中へと沈み行く男の頬には、これまで浮かべたことのない笑みが刻まれていた。



地球防衛軍4SSシリーズ・エンディングストーリー 「ストーリーファイナル.影に沈む」 おわり

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