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地球防衛軍4SSシリーズ・エアレイダーストーリー


 ストーリー4.望月の君よ 前編

 EDF極東支部総司令本部。
 待機隊員たちが使う食堂で、男は独りレーション食を摂っていた。
 周囲は行きかう隊員たちでごった返しているが、どの顔も疲れ切っている。
 無理もない。
 マザーシップは撃墜し、以前までの地球人類ではないという矜持こそ見せたものの、新型の戦闘機械・飛行ビークルやディロイ、ジャンプシップ、強化型ヘクトル、蜂型飛行巨大生物、その女王、ドラゴン、超巨大ドラゴン、超巨大変型戦艦アルゴ、そしてアースイーターと、敵は弱体化するどころか強大化する一方。
 対するこちらは往時に三十万いたEDF隊員も、今やその全数を把握することすら難しくなっている。
 EDF極東本部日本支部にしても、把握しているのは現在この基地に滞在している隊員のみ。関西、北海道、東北、北陸、四国、中国、九州……アースイーターによる電波妨害とインフラ破壊により、日本各地だけでもほとんど状況の把握ができなくなっている。
 まして大陸の情勢となると、もはや想像するより他にない。

 人類の黄昏。

 前回の戦いでも人類は追い詰められはしたが、ここまでではなかった。
 巨大生物が、殺戮マシーンどもが、攻め寄せてこられない場所に篭り、息を潜めて解放の時を待っていた人類が多数いた。
 だが、今はそれさえ許されない。アースイーターに覆われた地域は、太陽光の恩恵を失って気候が激変し、大気の循環さえ行われなくなりつつあるのだから。今回、命からがら巨大生物どもが来られない場所に退避した人々の中で、どれほどの人間が寒冷化する気候を予想し、どれほどの備えをできたものか。
 そして、世界各地のEDF本部も次々とアースイーターの旗艦・ブレインによって陥落している。
 時間が経てば経つほど不利に、追い詰められてゆくのはわかりきっているのに、打開する策がない。
 だから、最前線で戦うEDF陸戦部隊の隊員たちの間にさえ、『伝説の陸戦兵』への憧れと渇望が蔓延している。
 前大戦を勝利に導いた、あの男なら――

「……ストーム1(ワン)、か」
 レーション食を食べる手を止めて、男はぼんやり呟く。
「――よう。久しぶりだな」
 かけられた声に、視線だけを動かして相手を見やる。
 陰気な顔つきの痩せた男が、トレーに配給食を載せて立っていた。
 陰気な顔つき、とはいうもののどこという特徴のない顔。街中ですれ違っても、一秒後にはその事実すら忘れてしまうような、どこにでもある顔。
 陰気な男は許可も取らずに、レーション食を食べている男の前の席に座った。
「流石に、俺のことは忘れたか。エアレイダー42(フォーツー)……いや、レンジャー42」
「いや、覚えてる。昔の戦いで一回だけ一緒になったスナイパー部隊の……確か、レンジャー――」
 途端に男は緩やかな動作で、自分の唇に人差し指を当てた。そして、しーっと声とも息ともつかない音を出す。
 エアレイダー42が怪訝な顔をすると、男はにんまり笑った。
「俺は今も裏稼業なんでね。名前は知らないことにしてくれ。お前のためだ」
「……呼ばれたくないなら、声をかけなければいい。なぜ声を?」
「………………こんな俺でも、懐かしむことはあるさ。ま、とりあえずは命冥加なお互いに乾杯しよう」
 水の入ったマグカップを、エアレイダー42の置いたままのマグカップに合わせ、独りで掲げる。
 エアレイダー42は黙って、レーションをフォークでつつきながら男の表情を見据えている。
 マグカップを空けた男は、それを置いて配給食を食べ始めた。
「あれからどうしていた? 一度は軍を辞めたと聞いたが?」
「辞めたわけじゃない。用事があったんで現場を離れただけだ。その後は、摩周湖の訓練施設でウィングダイバーの養成をしてた」
 男の手が止まる。
「摩周湖の? ……あそこにいたのか、お前」
「? 知ってるのか?」
 エアレイダー42の表情が少し険しくなる。
「ああ、仕事で行ったんだが……ああ、心配するな。優秀な奴らでな。俺の『救い』も助けもいらなかったよ」
「それは……何よりだ」
 ほっと息をつくエアレイダー42に、男はふっと頬をほころばせた。
「……そういや、面白い奴がいたな。俺の戦場で他のチームの奴と顔を合わせたのは、後にも先にもあれきりだった」
「摩周湖の話か?」
「ああ。ん〜……だいぶ前の話なんで名前は忘れたが、自分のことをしきりに最強だの天才だのと言っていたな。確かに、素質だけで言えば凄いものを持っていた。残念ながら、性格といい、物の考え方といい、才能の使い方といい、ことごとく明後日の方向にずれていたが」
 話を聞きながら、口元に手を当ててじっと考えていたエアレイダーの口から、一人の名前が転がり出る。
「………………五期のクレイ、かな」
「クレイか。そういえば、そんな名前だった気がするな」
 レーションをフォークでつつくエアレイダー42の頬にも、笑みが浮かぶ。
「懐かしいな。僕もあの娘には見所があると思ってたんだが……なにしろはねっ返りというか、お転婆でなぁ。教えたことを斜め上に解釈して実行するんで、手を焼いた。さて、今も元気だといいが」
「ストームチームに入りたいとか言ってたな」
「……ストームに? あの娘にしてはえらく具体的な目標だな」
「俺が薦めた。最強になりたいなら、最強の男に認めてもらえ、とな」
「………………ストーム1か」
 万感を込めて呟くエアレイダー42の目が細まる。
 男も黙って頷き、周囲を見回す。疲れきった表情で配給食やレーション食を黙々と口に運んでいる仲間達を。
「ここにいる連中のどれくらいがあいつの存在にすがり、同時にあいつの存在を信じていないものなのか……」
「少なくとも、僕と君はすがっていない。そうだろ?」
 かつん、とフォークが器の底を突く。
 それは、食堂の中では雑音雑踏に紛れて隣のテーブルの者にすら届かぬ微かな音だったが、二人の間の空気が一気に張り詰めさせる音でもあった。
「そろそろ本題に入れよ。君ほどの男が噂話や昔話をしに、僕に声をかけたわけじゃあるまい?」
 トーンを落としたエアレイダー42の台詞に、男は一旦目を逸らし――大きくため息をついた。
 空になった配給食の器にフォークを置き、腕組みをして少し身を乗り出す。
「……お前の妻を殺したのは、俺だ」
「あ?」
 エアレイダー42の顔つきが怪訝そうに歪んだ。
 男は淡々とした表情のまま続ける。
「ディロイ3機に囲まれてズダボロにされてたんで、俺が『救って』やった。いつもなら頭を狙うんだが、あの状況では流石に無理でな。スーツが破損した瞬間に心臓を撃ち抜かせてもらった」
「………………。……なぜ、それを僕に?」
 感情を乗せずに放ったその問い掛けに対し、男は束の間、怪訝な顔をして――肩をすくめた。
「お前の妻への溺愛ぶりはあちこちで聞いたからな。知らん間柄でもないし、この戦ももうすぐ終わる。真実は知っておきたいだろう? お前の妻は、無駄に恐怖せず、痛みも覚えずに逝けたんだよ。……まぁ、もうこれで会うことも――」
 男は立ち上がり、トレーを持ち上げて背を向け――
「今の話が本当なら、僕は君に奇跡のお礼と、それを起こした憎しみをぶつけるべきなんだろうな」
「……奇跡?」
 男の動きが止まった。振り向き直し、怪訝そうにエアレイダー42を見やる。
 エアレイダー42は、してやったりとばかりににんまりほくそ笑む。
「彼女はその体の大部分が機械でね。君の銃弾は彼女の体の機能を止めた。……最低限の生命維持に必要なものを除いてね。おかげで、フォーリナーは彼女をガラクタと認識し、それ以上の攻撃をしなかった。彼女は生きてるよ。君が撃ち抜いた機械も、ねじ切れた四肢も、すっかり新しいものに取り替えて、今も元気に戦場を飛び回ってる」
 男の手からトレーが落ち、その上に載っていた食器が床に転がった。
「……生きて……いたのか」
「全部偶然なんだろうけどね。あの乱戦の中で偶然胸の装甲が外れ、偶然君が頭を狙えず、偶然胸で破壊された機械が、偶然全身機能を停止させ、偶然彼女を仮死状態に陥らせた。けど、そのどれか一つでも足りなければ、彼女は生きて戻ることはなかった。君には感謝するよ。でも……彼女を生かし、その苦痛に満ちた生を長引かせたのも君、ということだ。だから、君を憎む」
「言っていることがわからん」
 その陰気な表情をさらに歪めて困惑する男に、エアレイダー42はいたずらっぽく笑いかけてマグカップを持ち上げる。
「わからなくていいよ。これが僕らの愛情の形だ。……この先、君が、彼女か僕かを『救った』としても、僕らは君に感謝し、同時に憎む。自分勝手にね。そう、ここまで裏稼業に徹してきた君が今日、僕に『彼女を殺した』と告白したのと同じさ。自分勝手で、他人にはわからない。わかってもらおうとも思わない衝動で、僕らはそうするんだ。――この最期で最高の再会に、乾杯だ」
 そう言って、マグカップの水を一息に飲み干す。
 それを見ていた男はしゃっくりのような笑いを漏らしながら、落とした食器を拾い始めた。
「わかってもらおうとも思わない衝動、か。……くくっ、実に人間らしい会話を交わした気がするな」
「僕らは人間だ」
 立ち上がり、レーション食の器を載せたトレイを持ち上げるエアレイダー42。
「……これまでも、これからも。どこまで行こうとも。人間として愛し、人間として憎み、人間として悲しみ……人間として喜ぶ。それ以上にもそれ以下にもなれはしないさ。なる必要もない。……おそらくは、彼も……な」
 歩き去るその背中は、すぐに雑踏の中にまぎれて消えてゆく。
 男は落とした食器の全てをトレーに戻して立ち上がり、エアレイダー42が消えた方向を見やって呟いた。
「こんなことを言うのは、これっきりだぜ。……お前達のわけわからん愛に、最高のわけわからん幸多からんことを、な」

 ―――――― * * * ――――――

 ――最悪の結末だった。

 その日のミッションの概要は、それほど難しいものではなかった。
 日々空を覆ってゆくアースイーターの侵攻を遅らせるために出撃し、一つでも多くアースイーターを撃破すること。
 そもそも、連絡不通となった地球各地に出没するブレインを能動的に捕捉できない以上、EDFが取りうる作戦は、アースイーターによる空の侵食防止と、連絡が取れる地域からの救援要請に応える、そして敵部隊・群れの大規模侵攻に抵抗する、その三つしかない。
 もはや今のEDFには、戦略的見地からの段階的作戦を展開できる兵力も、それを選択できるいかなる面においての優位性も、持ちえていないのだから。
 今日はたまたまアースイーターの迎撃だった。それだけの話だ。
 だが、その結果は惨憺たるものだった。
 アースイーター自体の砲台からの攻撃に加え、飛行ビークルとディロイによる蹂躙、そして今回はドラゴンの襲撃も追加された。
 戦場は大混乱に陥り、どこかの誰かが超音速ミサイル・テンペストS1Aによる攻撃を要請。
 着弾したミサイルは、味方もろとも全てを吹き飛ばした。ディロイも、飛行ビークルも、ドラゴンも、町も人も全て。
 そして、戦場には何もなくなったのだった。

 ―――――― * * * ――――――

 比喩ではなく光量的に暗い戦場に、冷たい風が吹く。
 空を覆い尽くしたアースイーターは、それ以上の殲滅活動を不要と判断したのか、全て銀一枚の板。砲台も、コアも、ハッチもなく、ただ空を覆い尽くしているだけ。
 遥か彼方にぼんやりと見える光は、そこから先がまだアースイーターには覆われていない場所なのだろう。地球の先行きを暗示するかのように弱々しい輝きは、今にも山の端に沈み行く日輪だ。
 男は――エアレイダー42は、瓦礫しか存在しない廃墟の中に、独り立ち尽くしていた。
 ドラゴンに食われて混乱したエアレイダーが、制止を振り切って呼んだ超音速ミサイル・テンペストS1Aのおかげで、味方も敵も戦力という戦力は全て消し飛んだらしい。
 エアレイダー42はその時、イプシロン装甲ブラストレールガンEに乗り込んでいたため、何かが幸いして生き残れた――のだろう。真実は不明だ。少なくとも、妻の時のように『あの男』が何かしたから助かったということだけは、ありえないだろうが。
「……本部、こちらエアレイダー42。聞こえるか」
 帰ってくるのは砂嵐のような音だけ。
 電波は完全に遮断されている。つまり、爆撃や砲撃などの攻撃要請どころか兵器輸送部隊ポーターズを呼んで、ビークルを届けてもらうことさえ不可能ということだ。
 移動手段は徒歩しかない。そして、手持ちの武器も一つだけ。
 男はため息を一つ漏らし、改めて周囲を見回した。
「――誰か! 生存者はいるか!?」
 風の音だけが吹き抜ける廃墟に、エアレイダー42の声が空しく吸い込まれて消えてゆく。
 どうせ他にすることもないのだ。声を上げながら、光の方に歩き出す。
「誰かいないか!? いたら、音を出せ!」
「……〜す」
 不自然な音が聞こえた気がして立ち止まる。
 聞き耳を立てると――確かに、弱々しいというか、やや兵士のあげる声としては気の抜けた声が聞こえてくる。
「……にいま〜す。助けて〜」
 繰り返す声を頼りに瓦礫の中へ踏み込む。元気付ける声を出しながら、その位置を探り――ついに、下半身だけが瓦礫の中から生えている現場を発見した。
「……発見した。もう声をあげなくていいよ」
「あー、そいつは助かります。この態勢、結構声を出すのがつらいもんで」
 エアレイダー42は、その瓦礫の脇に片膝をついた。
「瓦礫を取り除く前に確認するが、体のどこかが強く圧迫されてるということはないか」
 体が強く圧迫されていると、そこで血流が止まる。それをいきなり開放すると、血流が一気に流れたり、あるいはそこで発生した血の固着した塊が重要な臓器に流れ込んで、後々に後遺症を起こすことがある。
「ん〜……圧迫されてるっつーか、微妙に力の出せない態勢に固定されてるだけっすわ。身体のあちこちに痛みはありますけど、やばそうな痛みとか痺れは感じてないっす」
「わかった。これから、瓦礫を撤去してゆく。……痛かったら言えよ」
「へい、お願いしやす」
 エアレイダー42は、足元の下半身を閉じ込めているコンクリート片を一つ一つ、丁寧に引き剥がし始めた。

 ―――――― * * * ――――――

「いや〜、助かりました。結構心細かったんで、あなたの声が聞こえたときは泣きそうになりましたよ」
 助け出したのは、レンジャー92(ナインツー)。
「なんかぶわーっと白いのが爆発したと思ったら、気がついたらあの有様で。俺にも一体なにがどうしたらあんなに上手くはまっちまうのか、わけがわからないですよ」
 そう言って笑うレンジャー92の表情に、悲壮さの影はない。
 そのことに少しほっとしつつ、エアレイダー42は瓦礫を抜けて道路に戻る。
 後をついてきたレンジャー92は、辺りを見回して感嘆とも悲嘆ともつかない声を漏らした。
「うへぇ〜……こりゃまた、えらいことですねぇ。――これから、どうします?」
「どうもこうもないさ。迎えはないんだ。歩いて本部まで帰るよ。……君みたいに埋まってる奴が他にいないとも限らない。耳をそばだてておいてくれ」
 返事を聞かず、光差す方角に向けて歩き始めるエアレイダー42。
 レンジャー92はおどけたように了解、と答えてその後に続いた。

 ―――――― * * * ――――――

 しばらく呼びかけと聞き耳を繰り返しながら進んでゆくと、不意にエアレイダー42が足を止めた。
 足元に転がるいくつかのカラーコーン。
 レンジャー92も足を止めたものの、その背中を不思議そうに見やる。
「――作戦領域の端だ」
 そう言って振り返ったエアレイダー42は、ヘルメットのバイザーを指で押し上げて、その目で直に戦場を見渡した。
 日が沈んだ直後のような暗がりに支配された荒野に、動くものはない。聞こえるのも冷たい風の唸りだけ。
「……生存者はなし、か」
「戻って探しますか?」
「……いや」
 力なく首を振る。
「悪いが、僕はそこまで博愛主義者じゃないんだ。体力にも時間にも限りがあるし、ここは……敵の占領下だ。……もし万が一生きている奴がいたとしても……運が悪かったと思ってもらうしかない」
「……いないと思いますよ。多分」
「だといいがな。――さあ、行こう」
 踵を返し、カラーコーンを跨ぎ越える。
 ふと、背後からついてくるレンジャー92に告げた。
「ああ、そうだ。ここから先はもう聞き耳の必要はないよ」
「らじゃーであります」
 心なしか嬉しそうな口調だった。

 ―――――― * * * ――――――

「このまま逃げようとか思わないんスか?」
 またしばらく歩いたところで、不意にレンジャー92が聞いてきた。
「逃げるつもりはないよ」
 おかしなことを聞く奴だ、と思いつつぶっきらぼうに答えた。
「おお、EDFの鑑っスね」
 能天気におどけたその口調に、少し苛つく。
 逃げる? どこへ? ……今の地球に身を潜めるところはない。そして、戦いたくないと言っても、相手は遠慮なく仕掛けてくるのだ。EDFにいれば、少なくとも抵抗する手段は手にできる。飯も食える。
 それに……約束と誓いがある。
「そんなんじゃない。……ああ、君が逃げたいなら好きにするといい。止めないよ」
「はぁ」
 再び、無言行が続く。
 今度は、エアレイダー42の方からポツリと口を開いた。
「……待っている奴がいるんだよ」
「お! ひょっとして、女っスか!?」
 沈黙が重かったのか、たちまち食いつくレンジャー92。
 その一直線な食いつき方に、思わずエアレイダー42の頬も緩んだ。
「ああ、本人は否定してるが、どうしようもなく女だな。あいつは」
「……本人が……? あ、いや、よくわかんないっスけど、守ってやらなきゃってやつですね」
「いや。そいつ、フェンサーでね。多分、ガチでやったら僕より強い」
「は? ……EDF隊員ですか? 女のフェンサー?」
「珍しくは――あるか。少なくとも一人二人じゃないとは聞いているが」
「確かに俺も一人知ってますけど……まぁ、珍しい部類じゃないですか?」
 彼女の身体の状態を考えれば、珍しいなんてものではないのだが。まあ、敢えて話すことでもなかろう。
「ともかく、僕は彼女の死に顔を確認するまで、戦場から逃げるつもりはない。彼女が死んでなきゃ、彼女も僕の死に顔を確認するまで逃げ――あ、いや。あいつはどっちに転んでも最期まで逃げないか」
「……死に顔を確認するまで…………なんか、凄ぇ関係っスね」
「ふふ、いいよ。わからなくて。他人にわかってもらおうとは思わない。……お互いに口にも出さない誓い――だからこそ、お互いがそう考えている、望んでいると信じられる。言葉じゃなくて、感覚なんだよ」
 もう応じる言葉も無く、レンジャー92は感嘆の唸りをあげるばかりだった。

 ―――――― * * * ――――――

 天に、焔(ほむら)が灯る。
 焔は分裂しながら急降下して大地を焼く。
 暗がりの空を切り裂いて、皮膜翼を持つ恐るべき獣どもが舞い降りた。
 突如として灯り一つない空から降ってきた災厄になすすべはなく、混乱の極みに落とされる人々。
 獣どもは長い首を振りかざし、鋭い牙の並ぶ口を開き、逃げ惑う人々を追い回しては、その牙にかけて咀嚼する。振り回す。叩きつける。空に連れ出し、叩き落とす。
 何者もその強大な暴虐に抗う術はなく、唯一抗う術を持つ者たちもその場にはいなかった――ただ二人を除いては。

 ―――――― * * * ――――――

「なんでこんなとこに市民がいるんだ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないっスよ!」
 ドラゴンたちの狩場と化している市民の列に対し、二人は全速力で駆けつけた。
「……レンジャー92! 援護はないんだ! うまく立ち回れ!」
「了解っス! そっちこそ、噛まれないように気をつけて!」
 こんな時に人数がいれば、ドラゴンを倒す者と市民の誘導に分けられるのだが、いかんせん二人きりではどうにもならない。市民たちがうまく逃げてくれることを祈って、ドラゴンの殲滅を優先するしかない。
 飛び交う悲鳴とドラゴンの咆哮の渦の中、AF−17アサルトライフルを乱射して突撃してゆくレンジャー92。エアレイダー42はスカイトラップワイヤー16Wを射ち出す。
 蜘蛛型巨大生物の放射する強酸性の糸に似た、超高電圧通電スチールワイヤーの束が16本、投網のように広がり飛ぶ。
 ワイヤーは当たるを幸いにドラゴンを捉え、継続的に電撃によるダメージを与え続ける。最大射程が数百mに至ることもあり、その際は『スカイトラップ』の名に違わず、天井であるアースイーターからぶら下がったワイヤーにドラゴンや飛行ビークル、飛行ドローンなどが自ら突っ込んで自爆する光景が見られる代物だ。
 このワイヤーは敵と味方を識別する機能を備えており、触れたのが味方ならば先端部分以外で通電しない仕様になっている。(技術的なことは秘匿事項に指定されている)
 今の状況では、何より頼りになる武装であり、機能である。
 市民を餌として舞い降りてくるドラゴンに、投網をかける要領でワイヤーを浴びせ、動きが止まったところをAF−17アサルトライフルが処分する――それを思い描いていたのだが……いつの間にか、AF−17アサルトライフルの銃声は聞こえなくなっていた。
「……レンジャー92!? どうした!?」
 返事はない。声でも、通信でも。
 市民の悲鳴とドラゴンの咆哮、地面を叩く火炎、空を裂く翼の羽ばたき、着地音、スカイトラップワイヤー16Wの射出音……その中からレンジャー92の悲鳴を聞き分けることは不可能であり、その混乱と混沌の中で彼の姿を確認するのも不可能だった。
 そして、さらに重大なことに気づいた。レーダーが機能していない。
 今しも目の前にドラゴンが舞い降り、周囲を市民がてんでに駆け回っているのにレーダーには何も映っていない。味方であるレンジャー92も青い点として表示されているはずだが、レーダーには映っていない。
「……くそ、いつからだ!? ――くあっ!?」
 ワイヤーの罠を潜り抜けたドラゴンが舞い上がり、炎を吐いて急降下してくる。
 それに対してリロードを終えたワイヤーをぶっ放す。
 ワイヤーまみれになって瞬時に絶命し、吹っ飛んでゆくドラゴン。
 背後に落ちたドラゴンにも、頭上を通り過ぎるドラゴンにも、着地に失敗してひっくり返っているドラゴンにも、大口を開けて噛み付こうとにじり寄ってくるドラゴンにも、ワイヤーの洗礼を浴びせる。
 しかし、限度というものがある。アサルトライフルなどより数倍長いリロードタイムは、ドラゴンにとっては絶好の好機。こちらは絶対の死期。
 背後に気配を感じて振り返る――リロードがまだ終わっていない――鋭い牙に縁取られた巨大な口が迫って――

 射出音と打撃音と穿ち抉る音をほぼ同時に奏でたような太く、鈍く、短い音が響いた。

 同時に、目の前に迫っていたドラゴンの口が真横に吹っ飛んだ。
 入れ替わるように横合いから飛び込んできたのは、やたら露出の激しい甲冑を身にまとった女性。
「……ウィング……ダイバー!?」
「はい! 今から指揮下に入ります! ご命令を!」
 ウィングダイバーはそう応答しながら、接近してくるドラゴンを正確なランスの射撃で射ち貫いてゆく。
 その間にスカイトラップワイヤー16Wのリロードが終了した。
 エアレイダー42は飛来するドラゴンに照準を合わせながら、叫んだ。
「ワイヤーでまとめて落とす! 落ちてきたやつにとどめを! ……無理はするな!?」
「ラジャー!! リロード入ったら教えてください! 援護します!」
「わかった!」
 ワイヤーの射出音が響き、暗がりの中に白い網が広がる。
 躱す術なく次々と網に掛かり、天より墜ちた獲物を片っ端から緑の射線が貫いてゆく。

 ――やがて、最後のドラゴンがランスによって風穴を空けられ、暗闇の彼方へ吹っ飛んで行った。

 ―――――― * * * ――――――

 戦場に立っているのは、エアレイダー42とウィングダイバーの二人だけだった。
 レンジャー92どころか、市民も誰一人いなくなっていた。
 どこへ逃げおおせたのか、もしくは元々この近辺に避難できる場所があるのか。
「ご苦労様です」
 舞い降りてきたウィングダイバーは、礼儀正しく頭を下げた。
 どこかで見たことのある顔と雰囲気だ。
「いい腕だ。助かったよ。僕はエアレイダー42。君は?」
「42……ああ、やっぱり。似てるな、とは思ってました」
 安堵したようににっこり微笑むウィングダイバー。
「?」
 噛み合わないやり取りに怪訝な顔をすると、ウィングダイバーはヘルメットを取った。
 長い黒髪が肩に広がる。怜悧な顔つきが印象的な女性――
「お久しぶりです、教官。第五期のエッジです。今はウィングダイバー73(セブンスリー)です」
 言われてようやく記憶と顔が一致した。かつて、育成施設で面倒を見た娘だ。
「……ああ。摩周湖施設の。そうか、無事だったか。こんなところで会うとは、また凄い偶然だな」
「ええ。でも……今の、嬉しかったです」
「?」
 照れ臭そうにもじもじしているエッジ改め、ウィングダイバー73。
「教官に、いい腕だって褒めてもらって……。私もようやく一人前になれた気がします」
「そうか。しかし、もう十分一人前の腕前だよ。昨日今日辿り着いたレベルじゃない。……がんばったな」
「ありがとうございます、教官。私……私、がんばりました……!」
 涙ぐんだウィングダイバー73は、ととと駆け寄ってエアレイダー42の胸に飛び込んだ。
 顔をうずめて肩を震わせるその頭を、ゆっくりと撫でてやる。
 そういえば、養成施設時代の彼女は、人一倍責任感が強く真面目なのが良い所であり、悪い所でもあった。戦場へ出てからも色々溜め込んでいたのだろう。
「僕の方こそ、君を含めた第五期のみんなを放り出して現場復帰してしまったのを、心苦しく思っていた。すまなかった。けど……いい教官やいい先輩に巡り会えたようだね。今の戦いぶりを見ればわかる。本当に何よりだ」
「いい仲間もです」
「そうか」
「はい!」
 嬉しそうに顔を上げたウィングダイバー73は、まだ少し鼻を鳴らしながらヘルメットをかぶり直した。
「それじゃ教官――」
「僕はもう教官じゃないよ」
 苦笑いで訂正する。ウィングダイバー73もぺろっと舌を出した。
「そうでした。じゃあ、隊長。これからどうしますか?」
 不意の再会に弾んでいた心を落ち着け、辺りを見回す。
 何もない野原だった。
「ふむ。……散っていった市民が気になる。戻って来るかもしれない。少し待つとしよう」
「了解しました。ウィングダイバー73、待機に入ります」
 びしっと踵を打ち合わせ、敬礼する。
 エアレイダー42もそれに応え、敬礼を返した。

 ―――――― * * * ――――――

 しばらく待ってみたが……誰も戻ってくる気配はなかった。
 できれば避難民の避難先の確認をして、後ほどEDF本部に報告、救出を依頼するつもりだったのだが……。
「隊長……」
「仕方ない。……レンジャー92が今の戦闘でやられずにいて、うまく市民と一緒に避難先に辿り着いてくれていれば、いずれ連絡があるかもしれないな」
 それが非常に低い確率だとわかっていても、今はそれを期待する他はない。
 ここにとどまっていても、自分達にできることはないのだ。先へ進み、本部へ帰還すべきだろう。

 最後にちらりとその野原を一瞥し、エアレイダー42は再び光目指して歩き始めた。
 ウィングダイバー73もその後を追って歩き始める。その歩みは、ほんの少し踊っていた。

 ―――――― * * * ――――――

 しばらくの無言行の後、ウィングダイバー73が聞いてきた。
「隊長。一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「どうして、あんな中途半端な時期に復帰を? いやあの、恨み言を言ってるんじゃなくて、あの時はあんまり急だったもので」
「……難しいな」
 エアレイダー42は当時のことを思い出しながら唸った。
「簡単に言えば、僕がそれまでにしてきたことのつけが回ってきたのかな。話が来た時、断れなかった」
「つけ、ですか」
「ああ。それまでの僕は、自分の目的のために人と絆を結び、信用させ、利用してきた。その絆と信用が積み重なって、僕を戦場へ引き戻してしまった。……とはいえ、後悔はしてない。君たちのことは残念ではあったけど」
「………………」
「うちの嫁さんがね、」
 途端に、ウィングダイバー73が吹き出した。
「あはは。それ、懐かしいフレーズですね」
「そうか?」
「教か――隊長、いつもそれ言ってましたもん。うちの嫁さんが、うちの奥さんは、って」
「そうだっけ?」
 改めて指摘されると照れ臭い。
「隊長が教官を辞めたのは、奥さんのためだったんですね」
「……今のだけでわかったのか?」
 利発にもほどのある理解力に驚いて振り返ると、ウィングダイバー73は穏やかな微笑をたたえて佇んでいた。
「隊長が何を目指して、何をどう利用してきたのかはわかりませんけど……。昔と変わらない隊長の姿を見てたら、なんとなく。全部奥さんのためにやったことで、今も相変わらず奥さんが大事で、奥さんのために生きてるんだな、って」
「………………君は……いや」
 かぶりをふって、踵を返す。再び光に向けて歩き出す。
「その通りだ。……彼女を愛しすぎて、僕は多分、気が触れているんだろう。ウィングダイバー養成所の教官になったのだって、戦場で戦う彼女を君達にサポートさせるつもりだったからだ。そういう意味では、君達も僕に利用されてたのさ」
「……利用のし甲斐はありましたか?」
「え?」
 予想外の柔らかな口調での、穏やかな問いかけにエアレイダー42は再び振り返っていた。
「私達は、あなたの、そして、奥さんのお役に立てましたか?」
「……わからないよ」
 酷い返事だと思いつつも、そう答えるしかない。
「君たちがうちの嫁さんと出会ったか、出会ってないのか、知る術がない。……フェンサー15(ワンファイブ)に会ったことは?」
 ウィングダイバー73は首を横に振る。悲しそうな微笑を浮かべて。
「残念。お役に立てませんでしたね。……でも、五期の仲間でも私以外に四人いるんです。誰かは、きっと」
「……酷い奴だと罵らないのか」
 再び首を横に振る。
「私達は……私達より以前に教官にお世話になった先輩たちも含めてですけど、自分達でこの道を選びました。この道に入ったことを後悔するなら、まず自分を責めますよ。ただ……私は教官のこと好きでしたし、そのお役に立てたら嬉しかったんですけどね」
「いや」
 今度はエアレイダー42が首を横に振った。
「他の生徒はわからないが、君はたった今僕を助けてくれたじゃないか。……役に立ったよ。でも、その嬉しさより、君が一人前になっていたことの方が嬉しかった。だから、今の今まで役に立ってくれたという意識さえ忘れていた」
「あらら。……えへへ、また褒められちゃった。よかった」
 照れ臭そうに指遊びをするウィングダイバー73。
 エアレイダー42は大きくため息をついた。
「思うに……こういう風に何も切り捨てられない辺りが僕の弱さなんだろうな」
「なんてこと仰るんですか!」
 叫んで、ウィングダイバー73は首を激しく横に振る。
「そこが奥さんにとって一番魅力を感じてるところで、私達の誇りなのに! 切り捨てられないんじゃない、切り捨てないんです! だからみんな、あなたのことを――」
 はっとして口を両手で押さえる。そのまま俯いてしまう。
 エアレイダー42は肩をすくませて、再び歩き始めた。
 先は長い。いちいち足を止めていたらいつまで経っても着かないぞ、とだけ告げて。

ストーリー4 後編へ続く


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