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■立場逆転
 実に様々な船に乗った。最長丸3日のオンボロから1分の川渡しまで。8割以上が不快そのものである。まずこの旅行のスタートが船であった。
 『蘇州号』大阪と上海[Shanghai]を2泊3日でつなぐ、時間の有り余っている旅行者には『新鑑真号』とともにポプラーな出国法である。片道2万円、閑散期の北京[Beijing]往復が飛行機で3万円程度と比べると格別安いというわけではない。が、こういった船には何かそれなりのモノを背負った似たような境遇の旅行者が乗っている。中国西部深淵ウルムチまで行く者、シベリア鉄道でロシアから帰国し再びアジア横断をめざす者、世界一周のスタートだという者、旧正月で飛行機のチケットが取れず仕方なく船でという中国勤務のおじさんもいる。
 「泊まるとこきまっとるんか?飛行機の手配してやるで」と親切ではあるが短時間で他人を信用してだまされ、出発した途端に一紋無しになっても困るので名刺だけ受けとってハイハイという返事で済ませておいた。ホントは不安で不安でたまらなく助けて欲しいという気持ちでいっぱいではあったのだけど。疑念と信用のバランスが旅行では難しい。
 絨毯?の引いてある大部屋に枕とマットレスだけの雑魚寝である。そのエコノミークラス以外の運賃の高い上級クラスに乗っているのはいったいどんな人たちか、と見渡すと日本に出稼ぎに来て旧正月絡みで帰国する中国人の団体であった。
 ココに限っていえば、食事時間も彼らが優先であったり肩身の狭い日本人とは優劣が逆転している。ココはすでに日本ではないようだ。1点1で麻雀に興じる豪遊ぶり。満貫8000点は約12万円…!
 海上から星を見ようと甲板に出るが雲行き悪し。やることもなく寝るだけの2泊3日、思えばこれが最高級の船だった…
 
■インドネシアの国営船
 陸海路で東南アジア一周をめざすボクは特にインドネシア[Indonesia]で多くの船に乗るハメになった。一度経験すればわかるのだが長距離をつなぐ国営船ペルニエコノミークラスはインドネシア[Indonesia]庶民社会の縮図である。1本逃すと次の便が来るのは2週間後。移住や出稼ぎといった重い雰囲気・ダークなイメージがつきまとう。決して安くはない長時間の船旅行がどうして満席になるほど混むのだろうか。乗れるだけ乗せるといったアジアのバスと同じ定理だからか。しかもなぜか彼らは乗り慣れていて大量の食料を持ち込み、通路にダンボールなどを敷いて寝ていたりする。そこは思い出すのもイヤな掃き溜めだ。
 No Smokingの表示は全く関係なくタバコがもうもうと漂い、壁にはゴキブリの群れ。床を見れば吸殻、食べカス、ゴミ、汚水が泥のようにたまっていたりする。泥棒に警戒しトイレに行くのも不安。トイレはもちろん汚く大はできなかった。彼らはそこでシャワーも浴びたり気楽なものだ。靴は席の下に入れないとタンの被害に遭う。一応寝るためのマットレスはあるが汚れて穴だらけ。1日寝ていたら両腕が虫に刺され数十箇所の赤い跡とかゆみ。マットレスが確保できればまだいい。何回かペルニ乗り慣れたハズだったが、需要の多い大都市をつなぐ航路にはその分あくどい奴らも発生するということは知らなかった。
 スペースを探しているボクに、
 「ヘイ、ボス席あるぞ」
 と連れて行ってくれる。マットレスに座っていると、
 「1万Rp(≒150円)よこせ!」と。
 せこい商売だ。クルーとして乗客の便宜を図っていると思いきやなんてことはない。港で誰よりも早く乗り込んで大量のマットレスを確保し、座席予約屋として小金をむさぼっているにすぎない。まあこれがこの国のルールだ。吐きそうなほどイヤ気がさすインドネシア人の一面である。もちろん金など出さず階段の踊り場を確保した。眠れないので甲板のベンチで横になると下腹部がもぞもぞする。どうせゴキブリかと判断してほっておくが目をあけると一人の若者がそばに居た。
 「そこで寝てるとあぶないぞ。あっちで寝ろ。バイバイ」って、
 お前バレバレじゃないか!ボクの腰に巻いたパスポート入れを探っていただろ?何も盗まれていなかったから良かったようなものの、全くため息しか出ない。セキュリティなどこの船では存在しないのだ。
 朝ハミガキをしようとすれば歯ブラシの先にゴキブリが這いまわっている。食事が出るとはいってもこれが監獄料理というのであろう、凹凸のあるトレーに少しのごはんと煮豆程度のおかず。スプーン・フォークはないので持参するか手で食べる。トレーに凹みが6つもあるのは1つのトレーで数人分の食事を済ませられるようにとのアイデアか。その食事に彼らは喜んでいる。初めて乗った飛行機の機内食に喜ぶボクとその辺は同じ気持ちなのだろうか。入ることの出来ない窓の隙間から見えた1等食堂の美味そうなコト!しかも大量に食べ残されてるじゃないか、それをボクに食わせてくれ〜。その食事にありつくにはエコノミーの4倍のチケットを買わなければいけない。節約旅行者には手が出ない。
 
■嘔吐と下痢
 そのペルニですら1日2日スケジュールが前後するのが茶飯事なのでそれ以外のローカル船に乗ろうとしたらもっと大変だ。船の出発まで6日待ちが2回、4日待ちが2回、かと思えば今夜出るなどということが続いて連続5日宿無し汗と埃だらけで乗り継ぎなんてこともあった。昼間航行してくれればいいものをなぜ夜出港するのか? 駅の待合室にあるようなこの固いイスで寝ろというのか? 1万Rpのチケットに対してマットレス代が3000Rpかよ! どうせ虫だらけなんだろうからレンタルするのもバカらしい。
 さらにはたいてい町から港までが遠い。歩けないような距離だ。そこに奴らの商売が発生する。深夜に着こうものなら、バイクタクシーや乗合トラックに通常の5倍以上という法外な値段をふっかけてくる。全くこの国の気質はどうなっているのか。西のスマトラ[Sumatera]島から東進を試みたものの、バリ[Bali]島で辞めておけばおけばよかったとため息とストレスの毎日である。
 それに比べフィリピン[Philippines]の船は快適そのもの。ちゃんと座席は確保されるし乗船客も「ちょっとそこまで旅行に」なんて明るい雰囲気。生活レベルの違いからなのだろうか。
 そしてボクはついに吐いた。子供の頃から乗り物酔いがひどかったがこの旅行中はどんなに揺れても不思議と無事だった。汚さ・ストレス・疲れ・いろいろなモノがないまぜになり嘔吐と下痢の同時攻撃だ。汚いトイレで一人数十分涙を流しながらうなっていた。瞬間ではあるが、こんな旅行をしているくらいなら海に飛び込んだ方が楽になりそうな気がした。その船はインドネシア[Indonesia]のビトゥン[Bitung]からフィリピン[Philippines]国境近くの島マロレ[Marore]まで行くのであったが、結果として越境は許されず丸3日かけて追い返されるハメになったのだった。
 国境越えの国際線は高級でエアコンがついていることもあるのだがそれが効きすぎて腹を壊し下痢ということもたびたびあった。
 
■3ヶ月で世界一周
 ブルネイ[Brunei]でピースボートに会った。あちこちでポスターを見かける3ヶ月で世界一周をするという船だ。約700人を乗せ船内は毎日(素人ながら手作りの)イベントで目白押し、日本を出港してまだ1周間足らずでマニラ[Manila]によって来たばかりというがめちゃくちゃ楽しくて仕方がないと口々に言う。機会があったら是非乗ってみるべきだという。
 これからシンガポール[Singapore]に向かいその次はインド[Indeia]のムンバイ[Mumbai]。お金は約150万円、その中にビザ代や食事代が含まれているとのこと。寄港した国では2〜3日ではあるが自由時間をもらい好きなことをして過せる。
 ブルネイ[Brunei]で会った若者は若干19歳でありながら英語はペロリとこなし風格もある。その10代の頃ボクも外に出ていたらどれだけ世界観が変わっていただろうかとうらやましくもある。
 でもピースボートの世界旅行は何か違う気がした。ボクの旅は楽しくないので正当だというつもりはない。でも違うような気がする。船の時間で過すことがほとんどで乗船しているのは90%以上が日本人。それぞれの国にはちょっと足跡をつけるというほどでしかない。気が向いて違う国へ足を伸ばそうかということもかなわない。悪くいえば寝ていれば次の国へ着くのだ。ビザや両替や宿探し、国境越えといった苦労は知ることもない。修学旅行の延長線上に乗っているだけだ。ボクが1年かかって東南アジアという小さい地域を周っただけなのに対してたった3ヶ月で世界を一周できるという魅力は確かにある。でも…
 わかっているこれは彼らの充実感に対するボクの嫉妬なのだ。楽しければそれが全てなのだ。
 
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