恋
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■恋をしよう
旅行の目的の１つに『恋がしたい』をいうものがある。 　女、はっぱ、銃、酒、たばこ。誰にも非難されることのないこの世界では、長期旅行者の大半が欲望のままこれらを消費する。 　たまに宿が同じであったりすると一緒に、とアルコールを多少口にすることはあったが妙な潔癖観念のあったボクはどれも経験することなく帰国した。 　女性を買うというのではなく、純粋に恋がしたかった。アジアの国の人々と、外国人バックパッカーと、長い旅行中には一度くらいそういうことがあってもいいだろう。いつでもウェルカムな気持ちだけは持っていた。が何もなかった。 　せめて英語を話すことができれば深い交流もできよう。それがだめならターゲットは同じくアジアを個人旅行する日本人女性ということになるのだが、そういうパワーあふれる子たちはたいてい日本男子に興味がない(-_-ﾒ) 　バリ[Bali]やボラカイ[Boracay]といったビーチリゾートにいる人たちとは暮らす世界が違いすぎて劣等感から声もかけられない。唯一の出来事は、完璧な英語を操るバリ人レニと踊った席でキスをしたくらいだがそれも挨拶程度のものだろう。インドネシア[Indonesia]のレオレバ[Lewoleba]では、４０過ぎのホモおやじに「君のスティックが見たい」などと付きまとわれる始末。 　結局丸１年間１人寂しくとぼとぼ移動を繰り返していただけだった。
■京都模様
船で台湾[Taiwan]から沖縄[Okinawa]へ入った。そして博多[Hakata]、大阪[Osaka]を経由して京都[Kyoto]。 　日本語に飢えていた。何でもいい誰でもいいからおしゃべりしたくてたまらなかった。バックパッカーも集まる安宿ウノハウスでは、外国人コンプレックスも忘れツタナイ英語ながらも毎夜たくさんのおしゃべりをした。３週間という長居もその楽しさを物語っている。 　普段は無口なボクもこの時はいろいろな女性と交流した。羽場さんに旅行中ためつづけていた思いをぶつけたり、北海道から船に乗って一人旅で来訪しお寺に一泊するというなな恵さんとスタバのコーヒー話で盛り上がったり（今も絵ハガキ！のやりとりが続いている）、ベルギー？へ行くヒロ子さんに英語をいっぱい教えてもらったり、スーパーキャリアウーマン富田さんとビジネスについて議論したり、京都の着物屋で働くために面接に来た静岡の子（←名前忘れたスマン）と一日京都お散歩デートしたり、これから鬼が島へ行くんだというポーランド女性がいたり、ポルトガル語を操りブラジル人と結婚し京都に暮らすことになった女性がいたり、とサマザマだ。
■キスがしたい
在学時代所属していた名大フォルクローレ同好会の定演を見に行くため京都を去ることになった最後の夜、ボクはさっちゃんに恋をした。みんなが寝静まったあとの、まだ冬の寒さが残るリビングで小指を握り続けていた。ドキドキして何もしゃべれなかった。やっと言えたひとことが 　「正直な気持ち、キスくらいしたいなっ…て思って…る」 　お互いに目を閉じて、何回も何回も長く長くくちびるを合わせていた。 　明日ここを去りたくない。でも行かなきゃ、眠ってしまえばもう会うことはないのかもしれない。いつまでもいつまでもこうしていたかった。 　３時も過ぎ、階段を上っていこうとするさっちゃんを引きとめて抱き寄せる。キスをしながら服をたくし上げ不器用な手つきでブラジャーのホックを外す。こんな所、誰かに見られたりしたらこの大好きなウノハウスにはこれなくなってしまうなとか、さっちゃんとはこれが最後の時間になるかもしれないのだからこの夜だけも一緒にとか、欲望と混迷で回転する頭はなぜかふっと冷め、ボクたちはそれ以上の関係になることなくバラバラに部屋に戻り寝ることにした。 　次の朝またさっちゃんの顔を見られてほっとした。しばらく話すコトもなくただただ座っていた。正午過ぎチェックアウトしてウノハウスをあとにした。帰る家のないボクが持っているのはメールアドレスだけ。最後の言葉は、 　「またキスしたくなったらメールしてね」 　精一杯の強がりだ。もちろん恋愛はしたい。でも旅行中の思い出はそのままでいいのだ。もしまた会うことがあればその時に考えよう。 　名古屋経由で東京へ戻り、とりあえず暮らす宿は決まった。電車に乗り疲れた人々の顔を見るたびに、またこの世界で暮らしていくことになるのかとため息がもれる。束縛されず自由に生きているさっちゃんへの想いは少しずつ高まっていた。 　同じウノハウスで過した内藤くんが、あの時の仲間を呼んで花見でもしないかと呼びかけてくれた。もちろんさっちゃんも来るという。喜び勇んで武蔵野公園まで出かけていった。
■さっちゃんは、ね
割と早かった約１ヶ月ぶりの再会。しかし現実は現実だ。目の前には、インド帰りだという修行僧のようなゴウくんと仲むつまじいさっちゃん、という構図があった。どうやらボクが京都を去ったあとにウノハウスへ来て仲良くなったらしい。 　ボクはしたたかに酔払って叫んだ、 　「さっちゃんダイスキ！」（←今思うとバカなガキだ） 　「ごめんね」というさっちゃんの一言が全て。冷静である。 　勝手に恋心をいだいて、勝手に恋した気になっていただけ。どうしても！という想いがあったのならばあの時何があろうとも京都を去るべきではなかった。残ったからといってもっとつらい現実を目の前で見ることになったのかもしれないが、とある１人に諭された。 　２度と会うことがなければ思い出は美化されたまま残ったのかもしれない。その雲に乗ったまま漂いつづけるよりも、いい加減に地面に降りて土に足をつけて歩けよというお達しなのだろう。そんな機会をくれた内藤くんには感謝している。 　ポイという達者な芸と風格のあるゴウくんを見ていたら、何かやっぱりボクにはまだまだ足りないものがいっぱいあるのだなあと納得。そしていい夢を見させてくれてありがとう、さっちゃん。またどこかで。 　こんなコトのあとでも当たり前におしゃべりできるような関係を作れる人間でありたいものだ。
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