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2005年6月20日 夢のような音 告知された時から本当に楽しみにしていた今夜。約三カ月振りに晶君&みきさんのセッションだ。始まりから二人ともこぼれんばかりの笑顔。一曲目『地下鉄・小江戸線』の軽やかなリズムに音も躍り始める。いかにも楽し気なライブの始まりに、全てがひとつの流れに吸い込まれていく。それは客席に向かって初めて手拍子を誘う晶君を生み出した。初っ端から何という可愛らしい姉殺し。 最初から最後まで、純然たる喜びに満ち溢れていたステージだった。『集中豪雨』はいつもと違う旋律でぐっと惹き付けられたし、合間のトークに対するみきさんのリアクションもそれはそれは可愛らしいものだったし、一番をピアノ伴奏だけで唄っていた『ヨダカの星』も凄く印象的で、奥深くに響いてきた。昨年のワンマンで聴いた『私と云う幸せ』を思い出した。一瞬の世界は永遠の宇宙へ繋がれていく。流れによって、広さも深さも質量までも変貌していく晶君の世界。そのしなやかな魅力の奥深さといったら喩えようもない。 これらが、目から耳からどんどんどんどん私の中へと入ってきて、そのまま鉛筆の先へ紙の上へと流れていった。もう何処かに飛んで行ってしまうかのようだった心模様。今夜も、二度とない瞬間の集合体を堪能した。思い返しても思い返し切れない濃密な時間。本当に、『夢のように過ぎる』とはこういう事か。 --------------------------------------- <傍ら日記より> ●6月20日 渋谷 7th Floor 山口晶 & 吉川みき(pf) 1. 地下鉄・小江戸線("新"未発表曲) 2. 集中豪雨(未発表曲・別アレンジ) 3. 水溜まりが乾いていく道("新"未発表曲) 4. 夜の地図 5. ヨダカの星 6. change("新"未発表曲) --------------------------------------- 『はっ、こんなところにお手紙が。』 2005年6月16日 習字の時間 先日のライブで言葉を失って、随分ぐるぐるしていた。その間、天のご気分もぐるぐるしていたようで。曇ったり晴れたり雨が降ったり、何よりである。ちょっとしたきっかけから、昨日「愛でる会心得」をしたためてみた。筆ペンで文字を書くのは久し振り。どんな文章でも改まって筆で書くという行為は何故か静かな湖畔に連れて行かれるような感じがする。雰囲気の受け取り方は心情によって違うだろう。今回は穏やかに心引き締まる感じがした。 中学1年生の時、週に一度、習字の授業があった。教えてくれたのは教頭先生。この教頭を一言で形容するなら「頑固親父」だ。かなり強烈なキャラクターで、朝礼等で話し始めたが最後、じっと聞いている体育座りの尾てい骨が痛みに耐えられなくなるまで続く・・・そして話のまとめはいつも同じネタ。そういえば一度だけ「年賀状を書く」授業で褒めてもらった事があった。が、基本的には苦手なタイプだったと記憶している。 2005年6月10日 晶君からの手紙2 向かう電車の中から妙な気分だった9日。そもそも電車に乗って都内へ繰り出す事が苦手であるから始めはその所為かと思っていたのだが、違う。底の方で何かがぐるりと蜷局を巻いている。こんな状態で出掛けていくのは危険なことだとこれまでの経験が囁く。しかし何といっても晶君のライブなのだ。行かない訳にはいかないのだ。・・・落ち着かない視点は当てなく中釣り広告を彷徨い不審者めいた様相。昨夜は迷うことなく辿り着いた恵比寿 switch。すでに演奏が始まっていた。慌てて着席。 晶君の番になった。いつものようにその世界を味わいながら、しかし始めたスケッチを途中で止めてしまいたくなった。でもやっぱり描きたかったから何とか最後まで描いてはみた。けれど描き終えても何かが咽に詰まって息苦しい感じ。それは勿論そうだろうと自覚している。何がきっかけになったのか昨日はどんどんバランスを欠いて傾いていき、それを引き戻す事はできなかった。つまり「どうしようもなく駄目な自分」だった。こんな状態で、果たしてライブを堪能したと言えるのかどうか。分からない。聴いた事のない曲もあったのに。勿体無い。・・・それでも昨夜が私にとって稀にみる貴重な時間だったことは、間違いないと思われるのだった。 今は、どうにもならない思いに言葉を失っている。 --------------------------------------- <傍ら日記より> ●6月9日 恵比寿 switch 1. キッチン苦浪巣 2. 陽ハ出ズル 3. 俺の骨(未発表曲) 4. 水溜まりが乾いていく道("新"未発表曲) 5. 白いオツキサマ("新"未発表曲) 6. ヨダカの星 7. うつろぎ12号線 なんと!「俺の骨」という曲は本当にあったのだ・・・しかも「オレノコツ」と読む。そのまま「ホネ」とは読ませない辺り、さすが晶君。してやられたり。と、いうことは「すべり台」も・・・? --------------------------------------- <晶君からの手紙2> 前回のライブ後、晶君が即興で描いてくれた人物に、イメージされる背景を足して着色した。この男に引き出されるように妙な雰囲気になっていくのが実に面白かったなあ。前回と打って変わってこの色合い。結構お気に入りである。 2005年6月8日 朧月夜の麦畑 あれはいつの夜だったか。月が朧げに浮かんでいる晩に、小さな私が路地を歩いている。大好きだった伯父に手を引かれて。あるいは肩車をしてもらっていたのだったか。伯父はご機嫌な様子で「誰かさんと誰かさんが麦畑〜♪」と唄っている。銭湯に行った帰り道だったかもしれない。辻褄の合わない朧げな記憶。だが、何故か確信があった。ずいぶん後になってから聞いた話だが、私が二歳のころ母が入院したことがあったという。父は勤務の不規則な仕事であったため、当時近くに住んでいた伯母夫婦に預けられたのだった。子供のいない伯母夫婦は我が子のように優しく厳しく世話してくれたようだ。その記憶は今でも幾つかの強烈な色として刻み込まれている。伯父と歩いた記憶もおそらくその時のものと思われる。 今月も「Kathy's Song lounge」 が更新された。今月は晶君からの出題だ。『一番古い記憶』ということで、晶君の一番古い記憶を大変興味深く拝見。読み終えた私は、自分の古い記憶を辿り始めていたのだった。古い記憶は思い出すのに時間を要する。今を生きる程、古い記憶は不要と判断されてどんどん奥へ追いやられているからだ。それは呼吸と同じように日々の営みの一つとして行なわれている。従って消えてゆくものは消えてゆくままで良いらしい。それが脳の自然な働きだから。と何処かの偉い医者だか学者だかが言っていた。今は忘れていても時が来れば走馬灯のように浮かぶらしいから心配は無用なのだ。 今見たらFLIP SIDE WEB MAGAGINEも更新されていた。今回も読めば異空間に飛ばされるその文章。つくづく晶君は面白い。 『はっ、こんなところにお手紙が。』 さて明日は恵比寿である。今度は道に迷うことなく辿り着こうぞ。 <<<目次 ▼5月の日日▼ |