現在の名称 :安国寺・観音寺
所在地 :滋賀県草津市芦浦町
宗派 :天台宗
近江安国寺は滋賀県近江八幡市金剛寺町の金剛寺であったが、現在は「廃寺」、と参考にしたリストには掲載されていた。しかし、現在もまだ名前は留めている。
現在の「安国寺」は滋賀県草津市芦浦町の「観音寺」(天台宗)の境内にお堂として残っており、6体の木造の地蔵尊が祀られている。ご住職も「観音寺」と「安国寺」を兼務されておいでである。
近江八幡市の「金剛寺跡」は市では「史跡」として発掘調査はしているが現在までのところ遺構を発見できずにいるとのこと。(文化財担当)
一方「観音寺」はやはり参考リストに「利生塔」建立の寺として掲載されている。ここは聖徳太子開基の寺とされ、現在でも5000坪の境内に大きな寺が建ち国宝をはじめ多くの文化財を伝えている。
しかし、「観音寺」ご住職の奥さんに伺ったところでは「古文書は多く伝わっているが尊氏が利生塔を建立したというものは確認されておらず、又言い伝えにも無く利生塔のあった寺とは認識していない。安国寺についてもどのような経緯で残っているのかは不明である」ということであった。
何かミステリアスであるが、こういうところが歴史の面白さであろう。「観音寺」は聖徳太子開基は伝承であったしても、皇族が建立した「定額寺」として崇拝され、それが将軍、大名に引き継がれた。足利時代には東の「金剛寺」が近江を代表する「安国寺」、西の「観音寺」が「利生塔」設置の大寺院で、「金剛寺」が廃寺となるにあったって「安国寺」を足利ゆかりの「観音寺」に残した。それが現在に残る「歴史の足跡」と考えたい。
(2001/05)