BATTLE FIELD OF RAVEN
第23話 今と昔−繋ぐは狂気−
へへ……きたぜ ぬるりと……
『アカギ』赤木しげる
加速する。
どこまでも加速する。
終わらせない。
自分の命、アイデアという加速燃料は終わらせない。
暗闇の中笑いが漏れる。
最初はこの暗闇という存在が不気味だった。
だが、今では闇の中でこそ生きているという実感が湧く。
腕が止まらない。
我が人生、溢れ果てて止まらず。
故に燃え尽きて復活する。
狂気の果ての完成であった。
一部の企業が強化人間という発想を持ち始めた当時の事。
人体脳を機械脳に直結するという発想は時代を完全に先取りし、そしてパイロットには死をもたらした。
破滅の原因は残骸からすぐに解明された。
リミッターの排除。
人体の限界という構想を端から無視した機体に、全身の骨が砕け脳が飛び散ったのだ。
そこに至り、人体の機械化という構想に行き着くのは必然であったが、彼が考えたのは衝動、魂の機械化であった。
極論すれば、戦闘に人間は必要がない。
殺すという意志さえ在れば良いのだ。
プログラミングされた機械では決して到達し得ない境地。
人間、生命という存在があって、始めて機械は完全な戦闘機械と成りうるのだ。
それを理解するまでに10の作品を作り上げた。
死刑になる寸前の優秀な犯罪者を救い、そしてその試作機で全て使い潰した、比喩ではなく使い潰したのだ。
そして11体目の試作機でようやく魂の機械化という構想が見えてくる。
使い潰し、辛うじて生き残っていた人間を殺した。
魂の機械化のためのテストヘッダーに利用した。
そして似た手法で、スラムの人間達を次々と利用していった。
笑う。
それが存在意義であるかのように。
そして彼は自ら死んだ。
己の理想のために。
「あれが……俺達の機体?」
地球政府が宣言された場所、その地下に位置するハンガーに、彼等は再び降りてきた。
一部の機体に整備員が集中している。
まだ遠さでよく見えないが、それらに乗るのだろうと考えていた。
「そうです、貴方達の適性と、使用し続けたAC、それらを考慮した上での決定です。
ネームプレートが置いてるのでそれで確認してください」
「うわぁ……凄い」
彼等の真正面、まず視界に入ったのはミリアム・ハーディーの名が刻まれたネームプレートが置かれた機体であった。
目を輝かせて目の前の機体に見入っているのはこの機体の主となる予定の女性である。
既に冗談の域に入っている、その宛われた機体は彼女が愛する軽量機ではあった。
「開発ナンバーN3、機動性ではなく最高速を重視した試作機、との事です」
「なあ、これ馬鹿と冗談で構成されたギャグって事はないのかい?」
ノアが聞き返す。
「いえ、どこまでも本気だと思います、コレを設計した博士、ノースルッカー氏は」
だがそれは馬鹿と冗談が満載である、主に後部が。
「これ……ロケット、ですよね?」
目を輝かせている親友を無視してカリナが言った。
「ええ、大気圏離脱用のスペースシャトルブースター、というよりもシャトルそのものを取り付けた機体ですね」
「こんなもんどうするんだ……点火したら宇宙まで行くんじゃないか? これ……」
「ああ、その点は大丈夫です、元々このロケットは人間や10トン程度の重量を回収する小型のスペースシャトルですから」
「そう言う問題か? 例え大気圏離脱速度に到達しないとしてもこれは危険すぎるだろう……」
「予定最高速度はマッハ3、衝撃波防御用の特製盾が必要ですがね」
根本的な問題が無視されていた。
まあ、乗る本人が目を輝かせるのは興味ある機体である証拠なのだろう、4人はそう納得した。
安全性という最重要点は敢えて無視された。
「これはまた、凄いわね……」
呆れ果てるしかないという声を挙げたのはカリナだ。
「大砲お化け?」
ジオも思わず唸る。
ハンガーには何度か出入りしているが、ここまで馬鹿げた機体は初見だった。
機体は既に人型とか戦車型とか、そう言ったカテゴライズを超越していた。
上半身は多数の火器で埋め尽くされカメラアイは見えず、下半身はそれを補うが如く多量のブースターを取り付けていた。
敢えて姿を例えるならば、足つきの円盤砲台とでも言うのだろうか。
「開発ナンバーN5、既存陸上兵器級の速度を保ちつつ、旧世紀の戦艦級の火力を目指した試作器、だそうです」
「さっきと同じNが付いてるって事は……もしかして」
「ええ、設計開発者はノースルッカー博士です」
カリナは早くも諦めモードに入った。
「お、これはまともそうだぞ」
ノアが次の機体に期待した。
「開発ナンバーE56、速射型ライフルを正確に命中させるために機体3カ所よりFCSとは別枠のロックシステムを試験採用。
またそのロックシステムを利用した近接兵器の試験機のようです、これはルシードさんの機体ですね」
そういうと、特殊システムに関するデータと運用方法についてのバインダーを手渡した。
ルシードは素直に受け取り、読み始める。
「新規システムってのは少し不安だな、暴走の危険は?」
「現在までに行われた試験はデータテストだけです、実際に動かすのは今日が始めてですね」
「うわ、不安だなぁ、システムとは別に足がポッキリとかって可能性はどうなんだい?」
「それは大丈夫だと思います、Eナンバー開発者……エラン博士はそう言った事をとても考えて作りますから……」
「えーっと、それってNナンバーの人は考えてないって事?」
カリナは聞きたくもない事を聞いた。
「彼の考えは独創的すぎて他の開発者も滅多な事を言えないんです、そう言う報告は散々来ました」
それでも開発中止でないと言う事から、それなり以上に優秀なのだろうと、彼等は自分をごまかした。
「次も……安心したよ、結構まともそうな機体じゃないか」
ノアはネームプレートを見て安堵した。
「開発ナンバーN9、入手した全データを脳へと直接フィードバック、戦場のあらゆる情報を収集する戦術偵察機、らしいです。
このシステムが良好ならばさらにそこから最適な未来予知を脳へフィードバックさせる予定だったそうで」
「脳へのフィードバックだって? どうやって?」
「刻みつけるんでしょうねぇ……コクピットの様子を見るに」
コクピット内部を覗き込むと、頭に取り付けるような電極が見えた。
「……勘弁してくれ、頭が痛くなりそうだ」
「いや、痛くなるだけならともかく、全情報だろ? 死者の痛みとか死ぬ寸前の思考とかまでやられたら廃人になるぞ」
「うわ、ますます嫌すぎる」
ノアは思わず頭を抑えた。
「やっぱりそうでしょうねぇ……ではやはりこっちにしますか。
開発ナンバーE55、対航空機を主眼とする上空制圧用装備の試作機ですね。
対地ヘリクラスの滞空性能を保有していますが、速度は航空機に遠く及ばないという状態です」
「それは良いな、まともそうで」
「ええ、アナタがコレに搭乗するのですから私も同行する事になるでしょうね、戦術偵察機には私が搭乗します」
その言葉に驚いたのはカリナとミリアム、元同僚の二人だった。
「ユキ、本気なの? こんな話を聞くだけでマッドだと分かる機体をテストするつもり?」
敢えてその狂気に乗る二人が言ってもまったく説得力がなかったが。
「勿論本気よ、というよりも、拒否したら私が乗る予定だったしね、この機体は」
「確かに貴方はGOAD時代にも偵察機に乗っていたけど……この機体はそう言う物じゃないんでしょう?」
「そうは言ってもね、貴方達の乗るNシリーズだって似たような物よ。
貴方達以前のテストパイロットの話を聞かせてあげるわ。
ミリィの機体はテスト開始直後に加速による頸椎損傷で加療状態になったし、カリンの機体も、衝撃と音で鼓膜が吹き飛んだわ。
……わかる? 運が悪ければ私たちもそうなるの、だけどね、可能性は全てテストする、それがテストパイロットってものよ」
「まして歴史の影にいる私達にとっては、ってことね」
「その通り、二度のテストで同一の、駄目という結果が出ればこの計画は潰える。
そうでないなら次の可能性を模索し、さらにテストは続けられる」
「テストパイロットについての考えは分かった。
俺の機体はどうするんだ? テストは続行ってことで、同じ機体で良いのか?」
ジオが尋ねる。
「ええ、今改装作業中だけど、機体構成は同じ、引き続いて高出力ライフルの連続稼働テストにホバー稼働のテストをお願いします」
「あともう一つ、今試作機を輸送機に積み込んでるわけだが、サイロ攻撃にはどの部隊を使うつもりだ?
まさか実験機だけでサイロ潰してこいとは言えないだろ?」
「ええ、ヴァーノア財団・ダマスカス基地の部隊と、旧パキスタン領内に伏せておいたテロ部隊を現場へ向かわせました。
この戦力だけでも十分とは思えるのですが、輸送機による高速移動での攪乱は各隊の損害を著しく抑えるはずです」
「攪乱だけで良いのか? 撃墜戦果とか、実際のサイロの破壊とかは?」
「可能ならば行う、程度の物で十分です、私も含めてですが、システム、機体兵装の実戦テストを主眼に置いて行動してください」
「了解、攪乱と、確実な帰還、俺達に求められているのはその二つか」
「ええ、その通りです……積み込みはあと数分で終了するでしょう、総員搭乗、作戦開始!」
『Roger,Wilco!』
その場の三名は陸式敬礼で、残りの三名は海式敬礼で応えた。
『踊るスナイパー』、ヘルマン・ラッセルは想起する。
再装填の度に想起する。
スラムの時代、そこから成り上った、自らの『伝説』を想起する。
伝説の始まり、ただの殺しを想起する。
最初に殺したのは、ただの旅行者。
言葉は全てハッタリで、そこに賭けるのは己の命。
「夢の実現までもう少しだな、ラルフ」
そう言って、本名かどうかも分からぬ己の親友を想起する。
遙かなる戦場で、己の未来を想起する。
天才、ロイ・ノースフォッカーは突如爆笑する。
彼にとっては全てが歓喜。
それ以外の感情はとうに失せている。
彼にとって、この世の中には楽しい事が多すぎる。
特にこの数時間は楽しい事だらけで幸福の絶頂にある。
もし一秒でも幸福でなくなったとしたらその一秒で狂死する。
それほどこの幸福は強烈な麻薬。
否、とうに狂っているからこの麻薬が必要なのだ。
幸福とは、周囲に存在する現象ではなく、その人間の脳が認識する抽象だ。
いくら恵まれた環境を与えたからといって、本人がそれを幸せだと感じなければ全く意味が無い。
故に彼は幸福だ。
何故なら、彼の理想を体現出来る時が来たのだから。
第23話 完
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