BATTLE FIELD OF RAVEN



第22話 欧州大攻勢−時代を作る者、時代に殉ずる者−
『君は一体何を考えているのかね? ラルフ・マイヤー』 電話の向こうから怒号が響いている。 「そりゃあ当然勝つための方法をですよ、サー・アーサー」 怒号などどこ吹く風と、ライバル企業の友人へと返答する。 『ふざけろラルフ、お前が如何に欧州の3割を占有していたとしても、7割の我々が敵となるんだぞ、勝てるはずがない』 「だったらここ数時間の戦績はどう説明するね?  既に欧州5大企業のうちストラブールのイアソンは我々に降伏、オルレアンのヴァルケンも風前の灯火だ。  この調子ではレイヴンに東部の防衛戦を任せずとも良かったのではないかというのが我々の本音だ」 『ああ、それについては素直にオメデトウと言っておこう、だがな、そんな総攻撃が通じるのもあと数時間だろう。  本社防衛の総軍まで投入しているとしか思えない数も、容赦のない砲撃もある、それだけの補給が続くはずがない』 「とはいえ、その弾薬がいつ尽きるか分からない、そうでしょう?」 息を飲む音が電話を通じて耳にはいるのを感じた。 「我々はあなた方をダンケルクの悲劇よろしく海へ叩き出す予定です、  その時にはあなた方ライズが彼等に保険金を支払ってやる事ですな」 『フン、その言葉、後悔するぞ』 電話は切れた。 「さて、アーサーにああ言ってしまった以上後戻りは不可能だからな、やる以上は勝つ」 元より戻る気のない彼は、デスクの上の書類に再度目を通す。 現代戦とは即ち総力戦だ。 テロによる行動は別として、戦争となれば必要なのは戦力だけではない。 それを効率的に運用する人材、それを支える補給物資と、それを調達するための資金も必要だ。 「さて、と」 もう既に書類に目を通すのは四度目だ。 各部隊への通達は3度目の確認時、この段階ならばまだまだ修正は可能な領域だ。 「8時間後の作戦なんだが、予想被害の見積もりが甘いか? どうだろうね、コレ」 傍で西部方面の資料に目を通しているスタッフに話しかける。 「いや、この損害ならば十分成功でしょう、3割超えれば失敗として、失敗した際の方策は既に端末に、番号C-42です」 紙資料を除け、端末を取り出す。 「ああ、うん、で、現地からの報告データは?」 「西部戦線からの報告は溢れそうなのでとりあえず未整理のフォルダに、東部は現在スーデントールにて集結を完了とのことです」 「分かりやすくて助かるよ、じゃ、西部の報告整理は三課に任せよう、この作戦はそのまま結構という事で頼む」 デスクから立ち上がる。 「社長、休憩ですか?」 「ああ、御免よ、そこのソファーで1時間だけ休むから、何かあったら起こしてくれ」 ソファーに倒れ込むとすぐに寝息が聞こえてきた。 「社長も、さすがにお疲れだな」 社員は24時間三交代制だったが、社長自身は48時間以上ぶっ続けでデータと書類の整理に追われていたのだ。 「ま、仕方ないさ、なんたって伊達と酔狂で欧州全土で戦争やる、なーんて言ってんだもんよ、あ、これは大丈夫かな?」 「明日の事を考えるとこの部隊の弾薬が足りないんじゃないか? 予備機は後回しにしてガンシップで輸送させようか」 「そっちの方がいいか……いや、だとすると東部戦線よりもセヴァス攻略隊に予備機を送った方が良いな」 「そうだろうな……ま、俺達みんなスラム時代からここまで苦楽を共にしてきたんだ、最後までやってやろうじゃないか」 「成り上がるのも落ちぶれるのも最大スケールで、だな……よし、輸送隊に予定表を送った」 「苦楽を共にしてきた、か……あいつらは無事かねぇ」 口を動かしながらも腕と脳は止まらなかった。 『1時半の方向、敵小隊撤退』 『よし、工兵及び突撃隊をここまで前進させる、ダンサー隊は中距離を保ちつつ追撃、マカブル隊は敵兵を警戒しつつ現状を維持』 「ダンサー1了解、ダンサー隊各員へ、トラップを考慮しつつ突撃、間隔取って行けよ」 そう言いながらダンサー1、この部隊の名付け親は何の警戒もなく突撃していく。 高機動、かつ高火力という歪みは装甲面の弱体化で為されている。 それこそ、ACに装備されたミサイル迎撃用のガトリングでさえ装甲を半ばまで貫くだろうというような装甲である。 そのような装甲で、最前線で、長年戦ってきたのが彼である。 だが、彼自身撃墜された経験は数える程しかない。 それこそが、TACネーム『ダンサー』の所以である。 また、彼の所属するフーマンティンと、彼に敵対する勢力からは『踊るスナイパー』と呼ばれている。 踊るスナイパーの装備は、名の通りの狙撃銃−連射が可能なようにショートバレルに切り詰められた連射の効くタイプ−である。 そう、最前線にスナイパー、しかも部隊の長が居るのである。 それは異常だ。 ゲリラ戦ならばそれもあり得るだろう。 ゲリラ戦とは戦線を作らぬ事だから、期せずして最前列に列されてしまう場合もあろう。 だが、そう言った意味では異常。 「反応っ……!」 『踊るスナイパー』が敵を捉えた。 反応は前後左右に18機。 奇襲であり、先制攻撃。 正面5機がバズーカ、右方に展開した6機がガトリングガン、そして残された左方の7機がライフル。 その全弾を回避する。 捕捉した敵位置から己の位置までの直線を脳内に引き、最も安全であると予測される方向へ2歩を踏み出す。 踏み込んだ左足が瞬時に回転する。 通常はこのような回転はあり得ない。 バランスを崩して転倒するからだ。 だが高度なバランサーと彼自身の技術故に転倒はせず、機体は瞬時に回転する。 足底部、脚部関節、下腿部、大腿部、腰部、コアが一気に回転し、僅か半秒で回転を終わらせる。 精密な連射。 秒間10連射。 1弾倉を僅か1秒で使い切る異常なスナイパーライフルを精密に扱い、右腕の方角の敵を撃破する。 残弾の四発を残して弾倉を交換、同時に次の危険度最小地点へ跳び上がり一瞬で捩れたした脚部を戻す。 着地と同時に再び回転、精度を高めるためか、僅かに間を置いて発射する。 それでも10発を撃ち尽くすまでに1秒半、再び回避運動と弾倉交換を行い、次弾を回避する。 残されたのは正面の僅か3機。 その上装填速度の遅いバズーカは再装填を終えていない。 その様子を見ることなく、踊るスナイパーは再びステップを踏み、その三機は後方の味方機が撃破する。 同時に味方が投げた二つの弾倉をキャッチし、己のハンガーに仕舞い込む。 「ナイスキル、ダンサー1」 「前進する、敵の背中をブチ抜くまで気を抜くなよ」 双方の放った空対空ミサイルが空中に火花を散らせた。 艦対艦と違い、航空機にミサイルを迎撃する能力はない。 故に回避するしかない、だが、それは極めて運に左右される。 「ハルク2よりハルクリーダー、生きてるか?」 「こちらハルク4、ハルク1、3の被弾、及び脱出を確認」 「ハルク2了解、ハルク4、俺が指揮を執る、付いてこい」 『空中管制機よりハルク2、残存するハルク隊を率いて地上の戦車隊を叩け』 −ソーコム小隊壊滅、左翼空軍が突破される可能性あり。 「ハルク2了解−コルドリーダー! 空中は任せたぜ!」 ハルク2が愛機を急降下させた。 「こちらアルファ5、敵航空機の急降下だ、APCは迎撃を頼む」 上部機銃座から通信が飛び、直後に流れ弾に被弾する。 ジュラ・ウーレイは激痛に耐えつつハッチを閉める。 「車長、無事か?」 500キロ航空用爆弾が至近で炸裂する。 「こっちは大丈夫だ、ウーノ、右13度、敵APCが突っ込んでくる! 撃破しろ!」 砲長が戦車砲を撃ち出し、APCが火を噴き、同時に大爆発し、煙が視界を覆った。 「無人車両に煙幕弾を……さがれ、ライエン、敵部隊が飛び込んでくる、この煙から抜けねば砲撃が難しい」 「了解」 ギアをバックに入れ、後ろも見ずに全速で下がりだす。 「……よし、5分経過、右翼の突破作戦はどうか?」 「現在無人車両による煙幕展開を完了し、突撃を命令しました、同時にジャミングを開始して敵を攪乱中」 「航空支援はどうなっている、航空支援が無ければ突破は水泡だぞ」 「爆装した航空機の3割が初接触の敵対空ミサイルで撃破されました、残りの機体は空戦中です」 「対空ミサイルによる援護は? 旧型の対空車両ガスギンが500ほどあったはずだぞ」 「撃ってはおりますが、効果は芳しくありません、やはり虎の子を投入するべきかと」 「旧市街地から敵の後方を突く作戦は続行させる事は最低限必要だ、その為のダンサー隊だろう」 ジーン・ラミーノ作戦司令は苛立たしげに呟く。 「その見え見えの作戦の御陰で敵の機動歩兵を釘付けにできてるんだろうが、コレを中止したら敵も虎の子を投入してくるぞ」 「空中管制機から損害報告です、先の通信に続き、シェリンド中隊、ハルク、コルド両小隊の全光点消失、またコルネリウス中隊」 「細かい報告はあとだ、戦力喪失のパーセンテージを」 「はっ、現在航空部隊の戦力喪失……20%です」 「大損害だな……敵部隊はどうなのだ?」 「はっ……それは……予想の域ですが……5%から8%ほどかと」 「と言う事は、敵はあの大隊もいるか」 「はい、ロイヤルエアフォース、親衛隊の参戦を確認しました」 親衛隊、ロイヤルガードの名称で知られる、未だ英国本土で権力を誇る英国王室直属部隊である。 欧州圏でどの勢力も敵対する事を恐れるほどの精鋭部隊である。 「……これでは地上部隊への航空支援は難しいな、と、なればやはり頼りは踊るスナイパー……ヘルマンのヤツか。  よし、空中管制機に連絡、地上部隊への航空支援は打ち切り、上空制圧のみに焦点を絞るように」 「了解しました」 「予備戦力を右翼に投入、突破を支援させろ」 『地上への航空支援を打ち切るのですね? 了解しました、爆装機を収容しろ、航空装備に切り替える!』 空中管制機という役割が割り振られている物の、元よりこの巨大航空機、ギガラスは空中空母である。 戦闘中の発着艦作業を行う事すら可能な巨大空母である。 そして、水上の空母と違い、高い火力誇り、数発のミサイル被弾にも耐えうるだけの多重装甲を有していた。 「頼むぞ、艦長、敵空軍を制圧してくれ」 『そいつはウチの奴らに頼んでください、我々は我々のベストを尽くすだけです』 「アーサー」 『なんだ、お前の方から電話をくれるとは以外だな、ラルフ、降伏か?』 「そうじゃない、さっき前線から連絡があった、お前、親衛隊をこっちに回したな?」 『ああ、ばれてしまっては仕方がないな、確かに送ったよ、空戦一個小隊、ガラハッドをな』 「一小隊、だと?」 『ああ、この際だからバラしてしまうとね、ラルフ、英国としてはこの戦争に傍観を決め込みたいんだ。  というのも、これは王室からの指示でね、政府と協調しても良いと言っているよ、父上、我が王はね』 「それは助かるな……何が望みだ?」 『分かるだろう? 英国の安堵と、その保証さ……かつて成立した政府にも要求した事だよ』 「そいつはまた……日和見な事だな、それやってオルレアンが落ちたら残ってるのはパリのラシェッティーだけになるんだぞ?」 『日和見というのは闘争に直接参加しない事をいうのかね? だったらスイスはどうだ?  かつてのEU、そして地球歴零年からの地球政府参加の時代を『屈辱』と称して国家の体を保っているぞ?』 「そうだな、国家の体を保っているのは自主独立のスイスと王を長とする英国、そして変化を嫌い続けた日本だけだ。  ドイツもフランスもイタリアも他の国も……大破壊に前後して跋扈した企業とマフィアと宗教の波には勝てなかった。  俺の居るドイツは企業の波に飲み込まれたがまだマシさ……イタリアは悲惨だぜ? 宗教とマフィアの総本山だ……  本質的にはなんの変わりもない……選択の自由なんて無い……  だが、選択肢は他にもあったと思える、少なくともそのチャンスは与えられると信じている。  だから俺達は、再び国を作るのさ、国なんて滅びてもまた作り直せる、人の意志がある限りな」 『だから俺達英国から国を奪う、と?』 「ああ、それでお前も新たな国……政府造りに参加してみないか? きっと楽しいぜ?」 『やれやれ、私は英国人だぞ……国を裏切る、なんて出来るものか』 「アーサー……スラム上がりの俺達を信じて自腹で取引してくれたお前だ、これがどれだけでかい仕事ヤマかは分かるだろう?  ……優秀な人間は、幾ら居ても足りないんだ」 電話口の向こうで、笑い声を聞いた気がした。 「アーサー?」 『ああ、楽しそうだ、楽しそうだが……俺はお前とは一緒に行けないよ、どこまでも俺は王室の……英国の人間さ』 「アーサー……」 『……お前は俺達の屍を超えてその新しい時代を作ってくれよ、俺はこの古い、古き良き時代と共に逝くよ、最後までな』 ぐっと、噛み締める。 「……楽しみにしてろよ、牢獄からでもあの世からでも、街外れからでも良い……すぐに作ってやるぜ……じゃあな」 『ああ、楽しみにしている』 電話は切れ、少しだけ二人は泣いた。
第22話 完

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