BATTLE FIELD OF RAVEN
第24話 幻想を継ぐ者−故に血の通わぬ者−
「ふん、戦争なんて国のトップが殴り合いして結果を決めればいいのさ」
「共産主義者ですかあなたは」
ムライユ・ヘルトロイダ『トスカとマタ・ハリ』
ブン・ラム伍長は政府の宣言を病院のベッドで聞いていた。
全身を貫く痛みをもってしても、その怒りを止める事はできず、掌には新たな傷が一つ増えていた。
政府という−彼にとって−訳の分からないものの為に、仲間達は殺されたのか。
怒りを糧にしようと己の傷が治るはずもない、ただ歯噛みするだけの数日が過ぎた頃。
「伍長、生きているかね?」
数人が共に横たわる部屋に、一人の男が訪れた。
「……司令」
思わず起きあがり、痛みで苦悶の表情を作ってしまった。
「いや、無理せず横になりたまえ」
「司令……申し訳ありません、私一人が生き残ってしまって」
男の名は、ホアン・ハークといい、南平強襲の際に死亡したハーク兄弟の父親であり、南平基地の司令官だ。
「気にする事はない、子供ならまた作ればいい、子は親を産めない、そういうではないか」
声は沈み、それが強がりである事が彼にさえ分かってしまった。
「それで、司令、失礼ですが本日は……あの政府とやらの事ですか?」
「……そうだ、伍長、その事でな、話がある」
「単独で死にに行けと言われても躊躇無く」
「ああ……そう言ってくれるか、では行こう、死地へ」
全身の骨が軋む音、それすらも無視して、伍長は死地へと歩き出す。
そのほぼ同時刻、地球政府地下格納庫、超音速輸送機格納庫。
「ノア、ちょっとコレを見てくれ」
モニタを見ていたジオは手近にいたノアを呼んだ。
「ん? これは……例の戦術偵察機の運用記録か?」
「そうらしい、無人機に改装された状態での試験運用の記録だからそれほど正確ではないだろうが……どう思う、コレ」
「玉林とかって所の戦闘記録だな……これはまた、凄いな」
「ああ、これだけ膨大な記録を解析されたら例え未知の新型でも性能は丸裸にされたも同然だ」
「だが俺はやっぱりこいつに乗るのは御免被りたいね」
「分かっている、だから次はお前の機体の運用記録なんだが……」
ウォン・チィションは絶望という感情の直中にいた。
否、彼だけでなく、この北京基地の兵士達全てが絶望の直中にいた。
彼は南平への強襲によって基地機能が低下した事で北京へ集められた兵士であった。
己が悪夢のような南平への強襲にも生き残ったという自負もある。
数多い南平出身の兵士の中でも彼は通常の迷彩服とは違う黒い迷彩服を授与された精兵である。
実際南平強襲戦での未帰還者が7割を数えた中で、黒服の兵士はその9割が生還しているのだ。
ほぼ全員が最前線で戦っていた事を考えれば恐ろしい程の生存率であった。
その彼が恐怖している。
敵が余りにも狂っているから。
死を恐れない、被弾を恐れない狂信か。
決して降伏も撤退もせぬその強さは異常だ。
南平でも、彼等は強襲部隊の内の一機を破壊したが、その際に敵は撤退したという。
それと同じ勢力が放ったであろう敵機。
余りにも人間的な−サイレントラインの人外を思わせぬ戦闘力とは似ても似つかぬ−戦闘力と、その死を恐れぬ勇猛ぶりのギャップ。
明らかに−政府を名乗った勢力のモノであろう−人間が搭乗しているだろうに、その違いはなんだというのだ。
「あああああ!」
機体が握るガトリングガンを手当たり次第に乱射する。
真正面で他の機体に狙いをつけていたであろうバズーカ装備の機体に次々と命中し、数秒後には崩れ落ちる。
呼吸が荒い。
不気味すぎる。
機械的な−それ故に人間には不可能な−動きの機体でも、超人的な−それ故に人間を感じさせる−機体でもない、お前はなんなのだ。
誰もその疑問に応える事はない。
両腕を失い、なおも体当たりで戦いを続けようとする機体を正面から叩き伏せる。
見ればその機体は旧式の機体、錆さえ浮き出た、整備すらまともにされていないような機体だった。
「理由はどうであろうと……敵は弱い、弱いんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
それだけで、あとは笑い声が響く。
とうに精神の平衡は喪われていた。
「ロイ博士、無人部隊への損害15%です」
「その程度ならば何も問題はあるまいて、どうせ廃棄された機体の再利用だ、使い潰してしまえば良いだろう」
話している間も笑いは止まっていない、戦闘の状況はモニタリングしている。
機体が戻ろうと戻るまいとデータは取れているという寸法だ。
「そう言う話ならば指揮官殿に報告した方が良いだろうね、私に出来る事は笑うことくらいさ、滅びを見てな」
そう言うと手元の携帯用モニタに目を落とす。
バーグラー・ロブステイン、スラム出身、連合都市内(タングラ)にて殺人、現行犯逮捕、死刑判決。
ナバキ・シラーム、市民、連合都市内(ギャンツェ)での連続強盗主犯、死刑判決。
オンベ・タカミヤ、市民、日本、メガフロート(オオサカ)にてMTでの破壊行為、即日死刑。
ロフ・ジャグ、準市民、ヨーロッパ、ベルリンにてライフラインへの破壊工作、死刑判決。
笑う。
今現在旧型機で戦っているのは彼等の精神だ。
精神の量子化に成功した彼は、それを無人機の行動プログラムに分割して投入した。
一定時間前進後、戦わなければ殺されるという強迫観念を精神に注入する。
誰か分からなくなる程にまで分割された精神は、強迫観念から恐怖の為に暴れ出す。
ハードウェア的に同士討ちは行えぬようにしてあるが、無秩序にただ暴れているだけだ。
だが、それで十分なのだ。
「無人機への被害、現在15%、及び予定時刻まで三分です」
『一分毎にカウント知らせ、ラスト一分は十秒毎に』
「了解、無人部隊の被害17%まで拡大」
声を聞き笑う、あと五分で戦果と戦火は北京基地全域を包むだろう。
「カウント、残り一分です」
『各隊時間合わせ良し』
さすれば、死ぬ予定だった人間の精神は、肉体に追い付き、死ぬ。
「カウント、30秒」
『砲兵部隊、装填完了』
それは幸福だ、少なくとも煉獄の中、己が誰とも知れぬ中で味わう恐怖よりは。
「カウント、3、2、1、作戦開始」
68センチもの巨大な砲が24門、一斉に火を噴いた。
衝撃は疾く強烈。
鈍重、大型な指揮車が数秒の間浮き上がる。
そして、衝撃以上に着弾の衝撃は強烈であった。
着弾地点は全て基地の重要部。
自らの味方であった物をも吹き飛ばしながら、砲弾は基地を薙ぎ払った。
そこに。
「突撃隊、工作隊、状況開始」
『突撃隊状況開始、基地外部駐機場内、残存航空機破壊、敵歩兵隊と交戦開始』
『工作隊状況開始、天津、及び唐山への輸送線路爆破、滄州、保定への路線爆破準備開始』
「作戦継続、制圧隊状況開始」
『制圧隊状況開始、突撃する』
作戦本隊が襲いかかった。
駐機場に残されていた輸送機に対戦車ミサイルが撃ち込まれ、爆炎を上げた。
「ちっ……こうも用意周到にされては」
AUGzweiの弾倉を交換しながら防衛主任のグノ・パオが愚痴る。
駐機場の通信機を耳に当てるがなんの反応もない。
「総力戦だ、そこの弾薬庫の弾薬を全員に分配、滑走路を連中に渡すな」
伝令兵が銃撃に倒れこむ。
「傷は浅い、衛生兵、パックを寄越せ」
土嚢に据え置かれたM2で制圧射撃を行いながら衛生兵は正確に救急パックを投げつける。
「よし、応急手当は自分で出来るな、そこの、伝令役を代われ、先の砲撃で大混乱だろうが司令部に連絡を入れねばならん」
土嚢の影から顔を出して乱射する。
効果は無いだろうが怯ませる程度は出来ただろう。
「敵の人数、誰か分かるか?」
同時にひときわ高い射撃音がして、衛生兵の頭部が吹き飛ぶ。
「バーレットか? くそっ、なんて物を……」
匍匐でM2に近付き、狙いをつけず、顔も出さずに乱射する、それだけ効果があるかは怪しい物だ。
「通信兵、通信機は生き残っているか?」
「生きては居ますが……先の砲撃で無線交信は不可能かと思われますが」
「司令部が生きている可能性もある、呼び続けろ、通信兵用の拳銃はあるか?」
「ここにありますが、通信中の射撃は不可能です」
「馬鹿、俺に貸せ、特攻してでも止めてやる、火器は多い方が」
そしてもう一発の銃弾がグノの右腕を吹き飛ばした。
「……こうなっては最早特攻などしても無駄か……後退する、後退地点は戦車駐機場」
苦悶の声と共に感情を絞り出す。
「第一小隊、ここに残り、時間を稼げ」
彼は部下に死ねと命令した。
「連中頑張りますね、まだやる気です」
狙撃兵の男が報告する。
「そうならそうでやるだけだ、曹長、ミサイルはまだ残っているか?」
「いえ、輸送機に撃ったヤツで打ち止めです、第二陣ならたっぷり弾薬はあるでしょうが、今はもう近接装備しかありません」
「わかった、第二陣に伝令、敵歩兵部隊と接触、戦車等の増援要請を」
「了解しました、では私が伝令に向かいます」
「頼んだぞ、残りは私に続け、突撃するぞ、スタン、スモークの両グレネード用意」
混乱に陥った状況でさらに混乱する要素が加われば状況は収集不能だ。
味方同士で激突し双方倒れる者、味方への発砲に至り、結局敵によって倒される者など様々だ。
この状況では無人機の方が遙かに働く、実際浮遊型、地上型問わず、無人機だけは味方を射線上に入れることなく敵機を狙っていた。
だが、旧式の無人機数機では動きに幅もなく、射撃精度も悪い。
それ故に、交戦開始から真っ先に狙われたのは混乱に陥った有人機群であった。
カメラアイを撃ち抜かれ、さらに混乱した有人機を尻目に後ろを向いたままのMTが近接用のブレードで切り裂かれ、倒れ込む。
ACが存在していないとはいえ、まともに一撃も与えることなく有人機群は全滅し、残る無人機も次々と倒されていく。
最後の浮遊型のガードロボットが銃弾に曝され落ちた。
「隊長、周辺敵機反応なし、地点制圧完了しました」
「わかった……こちら制圧隊第二分隊、発電施設周辺制圧完了、現在被害機数ゼロ、指示を請う」
『こちら戦闘指揮車両、2キロ南に駐機場らしきものあり、攻撃に迎え』
「了解ヘッドセクション、聞いたな? ジェレミーは弾倉セットを対甲弾へ変更、行くぞ」
彼等の機体が装備するアサルトライフルには三つの弾倉が装備されている。
一度に発射するのは当然一つだけだが、この装備には勿論意味がある、無ければ殆ど重りにしかならない。
弾倉は二種、一種は小目標への制圧力を重視する炸裂弾、もう一種は巨大目標への貫徹を目的とする対甲弾である。
今回の作戦では小目標は砲撃により制圧したとして対甲弾を二つ装備している。
「了解です、ようやく現代戦の華ってやつですかな」
切り替え、四機は一列縦隊で目標へと突撃する。
「阿呆、そんな事ばかりやってたらいくら戦力があっても足らないだろうが、それにな、戦争に華なんてない方が良いに決まってる」
「すいません隊長、調子に乗りすぎました」
「分かればいい……目標確認、敵機の起動を確認した、バーベット!」
見ると、ハンガーからMTの一機が管制兵の誘導灯に従いハンガー入り口から出撃しようとしていた。
だが、それをそうそう許すわけにはいかない、部隊最後列に控えた一機−バズーカを担いでいる−が隊列を抜け、横へ飛び出す。
「目標確認、発砲」
AC用のバズーカは、名の通りの携帯式ロケットランチャーである。
安価で、かつ強力な武器であるが、弾丸その物は無誘導だ。
勿論、それを扱う機動兵器は無誘導で弾丸を発砲しようとしない。
発射までに目標までの距離、方向を測定し、かつ目標の予測移動地点までを計算して無誘導団が発射される。
機体その物を誘導装置にする事で、武装その物を簡略化し武装へのコストを抑える事を目的としているためだ。
「命中、敵機撃破、残骸によりハンガー入り口封鎖」
「確認、続いて設置火器その他を殲滅する、サンドラは右へ、ジェレミー、バーベットは周辺警戒」
「了解」
「敵火力、濃密さを増しています、援護砲撃は?」
ウー・イェン伍長は匍匐状態のままそう問うた。
「そいつは無理だろうな、全戦域は混乱中、独力でどうにかせにゃならん」
イァン・ホワン曹長はそう返すとビルの上から固定銃座で周辺に銃弾を撒き散らす。
「煙幕弾が来るぞ、対化学戦用の装備はあるか?」
「ここにあります、どうぞ」
そんな会話の間にも、置き去りにされた無線機からは救援要請が届き続けていた。
「ったく……援護が欲しいのはこっちも同じだってのに……仕方ない、このビルは放棄、駐機場の援護に向かうぞ」
「了解しました、無線機は?」
「回収されないように破壊しろ、持ち運ぶ通信兵は既に居ないんだからな」
そう言って駆け出す二人の背後には、沢山の死があった。
「バーベッド、ハンガー内で幾つかの熱源がある、まとめて吹き飛ばせ」
「了解、残酷ながらソレで良し、と」
直撃。
ハンガー内の燃料が誘爆を起こし、人間も機械もまとめてスクラップにした。
同時刻、福州、地下駐機場
「どうだ、伍長」
『同調完了しました、出撃できます』
「よろしい、ならば出撃せよ、南平への攻撃も始まったらしい、まずは南平の敵を殲滅せよ」
『了解、ブン・ラム行きます』
赤い機体が動き出した。
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