BATTLE FIELD OF RAVEN



第20話 宣言−世界を二分する総力戦−
お前の命が先につきるか……それともコイツが先に息絶えるか 北見淳『湾岸ミッドナイト』
彼等四人が招かれた部屋は、彼等が住む家、その部屋よりも小さい部屋だった。 再開から数時間後、彼等を招いた部家の主が戻ってきたのはそれほど後の事だ。 「あの戦いがあった日を覚えているだろう? ノア」 彼等の、特に親友であったノア・ヴァーノアの尋問と言っていいような苛烈な言葉に狼狽えることなく、彼は応えた。 「その日にな、俺の親父が死んだんだ」 椅子に座り、ジオ・ハーディーは語り始めた。 語り始めで、少しだけ体を震わせたのは彼の妹で、軽く肩に手を掛けて落ち着かせたのはその親友だった。 サイレントラインまで来た経緯まで話し終えた時、部屋には静寂が流れていた。 「……だったら」 最初に沈黙を破ったのは、やはり彼の親友。 「だったら何故直接俺達に言わない? 何故あのメール一文だけだ? 俺達の仲はそんなもんか? おー」 胸ぐらを掴んで怒りを露わにするノア。 「……違うよ、できればな、知らないでいて欲しかったんだ、全ては終わってからって思ってた」 「方針を変えたのは、やはり今回の『選定』を知ってからか?」 今まで沈黙を保ってきた奇妙な同居人は言った。 「ああ、そうだ、知らないままに仲間になればと思ったけどさ、ならないで、戦いになるのは嫌だったからな。  親父の遺志と、今の俺は別物だ、敵は潰す、それは変わりないが、敵になって欲しくなかった」 「それは直接言わない理由にはならないぜ?」 まだ怒りが静まらないのか、ノアはまだ胸ぐらを掴んだままだ。 「それは、俺が言う資格がなかったからだ、俺はここでは一兵士に過ぎないし、ここは機密情報の塊だ。  だから、二日だけあったダマスカス基地護衛の任務の際に、基地の公共ライン……フリーサービスを使ったんだ」 「そうまでして隠す理由はなんだ? お前の親父さんの遺志ってのは?」 「ああ……それはすぐに分かるが、その前にミリィ、お前に言っておかなければならない事がある」 ジオを掴んでいた手が離れる。 「これはお前のこれまでの人生、半生ってのをを否定する事だ、辛い事実だが受け入れてくれ」 彼の妹は怯えていた。 だがそれを包んだのは、やはり妹の親友だった。 「大丈夫、辛い事実でも、受け入れられるよ、ミリィなら」 手を握る。 妹、ミリアムが息を飲み込むのを見て、妹の親友、カリナはジオに頷いて見せた。 「俺がいなくなった後、親父は女にのめり込んで、そして家庭が崩壊したと言っていただろう?  それは嘘だ、親父は、そいつにのめり込んでなんかいなかった」 飲み込んだ息が逆流する。 詳細を聞いていないのに、吐きそうな気分だった。 「親父は、このサイレントラインを守るために、近隣を根城にしていた武装組織との交渉を行っていた。  そして中枢の機密に近付きすぎた、その武装組織のリーダーを急襲し暗殺した……家を出て行ったその日にな」 「つまり、そのリーダーというのが、ミリィの見た、女だったっていうんだな……」 崩れる体を、二人で抱きかかえた。 「頭が一杯になるのも当然だ、なんといっても暗殺だぞ? それも組織を急襲し逃げる暇なく殺さなければならない。  確実に殺さなければならない、影武者に騙されては駄目、頭から片時も放せないのは当然だろうさ。  親父は俺達を無関係にしておきたかったんだろうが……それが逆に家庭崩壊を生んだわけだ」 「私は……無邪気に崩壊のスイッチを押したんだね?」 「そうだ……」 「父さんは、私達を、母さんを愛してくれてたんだね?」 「そうだ……」 抱きかかえられた妹の肩に軽く手を添える。 「そう……そっか、スッキリしちゃった、ちょっと、廊下で風に当たってくるわ……一人にしてね」 部屋から出て行く音だけが聞こえ、足音は聞こえなかった。 代わりに聞こえたのは、崩れ落ちる音。 泣いている姿は見られたくないのだろう、部屋の四人はそう考えた。 「……何故ミリィにあんな話をしたんだ? もっと後でも良かったはずだ」 「あいつは、根は優しいからさ、何かの弾みで知ったら、きっと、戦場にいても戦えなくなる。  そうしたら妹は死ぬ、不安要素は取り除いておきたい……それにできればな、もう戦って欲しくないんだよ、みんなにな」 「戦わない? 俺達が?」 ノアが再び怒りを露わにする。 「じゃあお前はなんだ? 何故戦おうとする? 戦い続ける事がお前の親父の遺志か?  それとも何か? 戦いを終わらせるために、なんて言う使い古された詭弁の為か?」 「そう、その詭弁のためだよ、ノア」 動きが止まる。 ちらりと、腕時計を見る。 「そろそろか、面白い物が見られるぞ」 部屋に備え付けられた−彼の住んでいた部屋には無かった−テレビを付けた。 連合都市共通のテレビニュースチャンネル。 中東の伝統的信教法を伝える衛星放送。 台湾の武道大会の様子を伝える衛星放送。 欧州情勢を伝えるニュース番組。 「普通の番組じゃないか……これのどこが?」 ジオはその言葉を無視して腕時計を見続ける。 「5秒前……3、2、1」 突如ノイズがテレビに走った。 他のチャンネルを回しても、全てのチャンネルが沈黙した。 「あと3秒」 果たして3秒後には、全てのチャンネルで同じ人物が映し出された。 そこに映されたのは、中央アジアの最大勢力、ヴァーノア財団会長、クレス・ヴァーノア。 「……父さん?」 その声はノアの物だった。 『この放送をお聞きの皆様、私はヴァーノア財団のクレス・ヴァーノアと申します、突然のご無礼をお許しいただきたい』 演説はそんな風に始まった。 『かつての悲劇、所謂大破壊によって、世界は混乱に陥り、政府は弱体化しました。  それ以来、我々企業という存在が人々を統治して来た事は皆様も知っての通り、私もその企業という存在の主であります。  そこで私は皆様に問いたい……大破壊が人類に与えた意味とは何か?  私はこの問いにこう答える。  それは地球を休ませるためであったと。  企業の統治と同じく皆様知っての通り、大破壊により多くの都市は壊滅した。  その結果我々人類は地下、そして地上のシェルター都市へと追いやられた。  だがそれでも、人類は機動兵器を用い、地球を汚し続けようとしている。  故に我々は決起する。  地球の自然を回復させ、かつて偉大な宇宙飛行士ガガーリンが言ったという『地球は青かった』という言葉を復活させる。  これがその為の最後の機会であると私は断言したい。  今、全地球規模での環境回復を行わねば地球は永遠に、水の惑星ではなく死の星となるでしょう。  そのために、地球全域を統一する政府の設立をここに宣言致します。  それに伴い、この活動に反対する企業の殲滅を宣言し、私の宣言を終わらせて頂きます』 情勢は一変した。 この宣言の数分後、既に準備していたであろう各勢力がその宣言に続けとばかりに政府支援の演説を行ったのだ。 この段階で既に世界勢力は純粋に戦力、経済力の面で五分、急を告げるその宣言による混乱によって政府側が有利となるであろう。 ならば残る懸念は一つだけだ。 「この情勢、分かるだろう? 直接指揮下の勢力とそれに従う小勢力、統一への懸念は一つだけだ」 「俺達レイヴンの存在か」 「その通り、企業部隊に組み込まれている連中はともかく、フリーのレイヴンが敵に参加しなければ勝機はある……十分にな。  おっと、次はどうやら、憂国和僑の演説のようだな」 『私は世界に数少ない現存国家、日本国の首相、佐藤一馬です。  先程宣言された政府再建計画を現存国家として大変嬉しく思い、その行動を支援することを緊急閣議にて決定しました。  またこの行動について皇室、今上天皇陛下も戦争開始の御聖断を……』 「この首相、見え透いた嘘をつくね……たった10分で会議が終わるかよ」 「ま、普通に考えたら閣僚が集まりすらしないだろうがね……ま、それは高速回線が解決するさ」 『そして賛同するにあたり、これより我々日本国は戦争状態に入ります。  我々が認めた友好企業、国家への領海の通行権は現時点をもって白紙撤回。  航行プランを提出し受理されぬ船舶、航空機等には警告無しの攻撃を加える事を全世界に通告する』 口笛が響く。 「やるね、日本海を分断されたら大陸の有効な海路は台湾海峡だけだ、日本側の花蓮、台東の両大港は大損害だな」 「ま、元々戦争をやるつもりだったんだろ、元々あの華連公司と憂国和僑は仲悪いからな」 部屋に備え付けられた電話が鳴る。 受話器は取るまでもない、音声が流れる。 『ジオさん、まだ部屋にいるんでしょう? 指令が下っています、ご一緒のレイヴンの方々も御一緒したければどうぞおいで下さい』 そこで受話器を取る。 「こちらジオ、了解した……さ、行こうか、行く気があればな」 「お前一人じゃ心配だ、俺は行くぜ」 ノアは笑う、怒りはとっくに収まっていた。 他の二人も笑っていた、気持ちは同じようだった。 「私も行くわよ……みんな一緒、でしょ?」 ミリアムが部屋に入ってきた、少しだけ目元が腫れていたが、既に顔は笑っていた。 みんな笑っていた。 恐らく世界中が笑っていた。 様々な理由で笑っていた。
第20話 完

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