BATTLE FIELD OF RAVEN
第19話 有能者は笑う−集められた烏達−
一人殺せば人殺しで、百万人殺せば英雄だと巷では言われているが、それは違う。
殺す相手による。
例えば敵兵とか。
旧『Ocean Ring Organization』日本出身、鹿沢亮二(最終階級少将)
「それでは英雄諸君、諸君らには追って任務を与える、それまでは……見て貰いたい物がある」
そう言うと豊田があらぬ方向に向かって歩き出す。
ついてこいと、その背中だけで語った。
彼等と殆ど同じ年齢、否、明らかにそれ以下の年齢の、青年とさえ言って良いその背中だけで、レイヴン達は圧倒されていた。
「幾つか質問があるのだが、よろしいか、豊田社長」
流暢な日本語だった。
だが僅かに声は震えていた。
緊張の極みにあるレイヴン達はともかく、あくまで飄々とした豊田社長は間違いなく気付いた。
「おや、日本語が話せる人間が居るとは思わなかったな……何かね、レイヴン・ノア」
「貴方はサイレントライン攻略戦での指揮を執り、そのままここに我々を連れてきた。
もし戦死していたらこの行動は不可能だったわけだが、その事についてどう考えているのか問いたい。
失敗をまったく考えもない人間、または考えを理解できない人間の事を信じる事はできない」
「明確な質問だが、それは簡単だ、この機体を撃破しないように機体は制御行動されていたからな。
万一の事故で私が死んでいた場合でも、先程の五大企業の社長達直々に輸送機から通信が入ったのなら、君達は従うだろう?
作戦を指揮したのは我々『極東の小勢力』なのだからな」
確かにその通りだ、レイヴンは基本的に独立し行動しているが、求めて敵を作る行動を取る人間は殆ど居ない。
作戦中に結果として虐殺行為にまで発展してしまう事はあるが、それとて本来は不本意な行動だ。
そして逆転不可能な程戦力差がある状況ならば、劣勢な方に立つレイヴンは殆ど存在しないだろう。
極東の小勢力と、世界経済の過半を手にする大勢力。
局地戦での敗北があろうとも、最終的に勝利するのは間違いなく大勢力側だ。
レイヴン達とて基本的に命は惜しい。
故に彼等は間違いなくここに来ただろう。
また、輸送機強制着陸による人質作戦もこの場合は不可能だ。
場所はサイレントライン内であり、身の安全さえ確保できない場所で取引などできるはずがない。
仮に場所が違ったとしても、テロリストに対して現代の企業は冷淡で、冷静だ。
社長代理の選出と、テロリストの殲滅戦はほぼ同時に行われる。
その段階で社長の命は二の次となり、死亡した場合は代理が正式に社長となる。
故に人質という物は、この時代において有効でないからだ。
「なるほど、我々レイヴンの心理まで考えているとは、参りました」
「気にする事はありません、そうでなければ小勢力とはいえ企業の社長などやっていけません、甘い考えでは淘汰される。
それが現代という時代でしょう、違いますか?」
貫禄負けであった。
「あなた方にお見せしたい物とは、コレです」
無闇に広い空間だった。
その空間に敷き詰められた巨体は、紛れもない兵器。
「AC……?」
あまりにも見慣れ、そして見慣れぬ機体達であった。
「そう、ACだ、もっとも今は、ACと言うよりMTに近い存在でしかない。
パーツは共有不可能な上、性能も不安定だ。
ただその分、パーツ性能と各パーツ相性が高次元になった場合の戦闘能力は圧巻だがね」
その未知数の性能、それへの興味か、レイヴン達の視線はどこまでも熱かった。
「良かったら見てきたまえ、君達が戦った白い機体も、元はこれら試作品から生まれた物だ、参考にするのは良い事だ」
声のした方向への視線と、巨大な駐機場への階段に向かう足音がそれぞれ続いた。
そして視線の向いた先、そこにいた博士を彼はよく知っていた。
「……エラン博士?」
「その顔は……ルシードですね? 久しぶりです」
「なんだ、キュービス博士を知っているのかね? 表舞台に出ていたのは10年以上昔のはずですが」
「知っていて当然ですよ、なんと言っても彼は私の秘蔵っ子……表舞台で最後に仕事をした相手ですからね」
「なるほど、彼が貴方の言う『天才』ですか」
「エラン・キュービス博士……開発したパーツの完成度の高さなどから所属したプログテック社は市場上位に進出。
しかし謎の失踪後は社は業績悪化、9年前に巨大企業レンドラに攻撃され滅びている……まさに繁栄と滅びの象徴というわけね」
「滅びの象徴とは心外ですが、それを知っている貴方は?」
「私をお忘れですか博士、貴方の業績に少しは貢献しているはずですが」
「君か、アリス・ノーマン……ああ覚えている、テストパイロットとしてよく開発パーツの不備を指摘してくれたな」
「本名で呼ばれるのは久しぶりですわ……今はレイヴンとしてディリジェントと名乗っております」
握手する。
「君程時間にうるさい人間は珍しかったが、今もその癖は直っていないようだな」
「もうこれは不治の事ですから、博士もお元気そうで……」
左手で懐中時計を弄んだまま握手を離すと、彼女はルシードの方に歩み寄る。
「直接話すのは初めてかしら、ルシードさん、思った以上にお若いのね」
「ええ、貴方も」
握手をする。
「パーツについてのレポートは読んだ事がありますが、神経質な書き方でしたのでもっと年上の人物を想像していました」
「あら酷い、年寄りみたいな言い方されるなんて心外だわ」
「成熟したと捕らえて頂ければ幸いです、アリス・ノーマン」
「そう言う事にしておくわ、ルシード……貴方ファミリーネームは?」
「自分は孤児なので……無いんですよ、ファミリーネーム」
「そう、悪い事を聞いてしまったわね、家族が無いのは一緒でも、ファミリーの名前さえないのでは……ね」
握手が離れる。
そのまま彼女は階段に降りていく。
「また今度話しましょう、ルシードさん、博士、今度は紅茶でも飲みながら」
懐中時計の作動音と、彼女は足音はまったく同一のリズムだった。
だがそれに気付くことなく、ルシードは博士となにやら話しているようだ。
それを残念と思う気持ちもあれば、どうでも良い事だと思い気持ちもあった。
今現在のミリアム・ハーディーは、かつての彼女が見たら嘆く程に不注意であった。
それは、背中を任せられる親友や兄の御陰でもあり、またそのせいでもあった。
だから彼女はガレージの階段を真っ先に降り、目につく物全てに目を輝かせて走り出す。
それはある意味で失った時間を取り戻す行為であった。
彼女が幼女であった時、彼女は幼女である事を許されず、彼女は侍従のように扱われた。
彼女が少女であった時、彼女は少女である事を許されず、彼女は戦士として、その隊長として扱われた。
そして今、彼女は少女のように目を輝かせ、戦闘兵器を見ている。
それは凄く悲しい事ではないかと、彼女の後ろでその親友、カリナ・ヴァーノアは思う。
そして彼女は気付いていない。
かつての自分もそうだったのだと。
少女として存在できた時代は極僅か。
戦士として扱われた場所で、彼女は敢えて明るく、少女のように振る舞っていた事に。
そして今、かつて隊長と呼ばれ、今は少女のように目を輝かせる親友の保護者のような位置に立っている事に。
それは成長なのだろうか、彼女は気付かない。
『駐機場内各員へ、機体収容を開始する、危険防止の為作業員以外はハンガーを出るように、繰り返す……』
「おや、ようやく帰投か」
「博士、なにか作戦があったのですか? この領域の目的のためには長期の潜伏が必要不可欠なはずですが」
ルシードが聞く。
『アサルト全機の駐機を確認……スカウトの収容準備完了、開始せよ』
放送を聞いていた博士は胸元の通信機のスイッチを入れた。
「オペレータルーム、エンジニア機の収容がないようだが、何かあったのか?」
『エンジニア機は大破しました、自走して作戦領域を離脱しましたがその後機能を停止しました。
現在輸送機にて回収作業を終えたところです、パイロットは軽傷のみ、別作戦への参加は可能とのことです』
「そうか、ご苦労」
スイッチを切った。
「すまないね、もう少し話をしたいところですが、私も行かなければなりません」
「いえ、それよりも、整備まで博士が? それとも何かデータのチェックでしょうか?」
「機体の実戦データの収集と統合、それに基づく機体損耗の確認とパーツ新規開発、それが私の現在の仕事です」
それだけ言うと走っていってしまった。
その姿はとても楽しそうで、それがルシードには羨ましかった。
「さて……自分も機体の見学に……」
そう呟いて収容された機体の右肩を見た時。
あの言葉−この場所へと誘われた一文−の意味をようやく理解した。
レイヴン達が収容されたという機体に視線を集中させる。
「思ったより整備員の数が多いわね」
アリス、ディリジェントが一人呟く。
「そりゃそうだろうな、こいつらは試作機だろ? 整備手順も一定じゃないんだろうな」
その独り言を返したのはノアだった。
「なるほど、そうですわね、もう見物はしないのかしら、ジュピターのナイトさん?」
「ああ、今はもういいさ、それよりも俺は、今収容された機体、アレに興味があってな」
そう言って指さす機体にははっきりと、木星のエンブレムが描かれていた。
「なるほど、ジュピターね……リーダーが一ヶ月程前から行方不明という情報も嘘じゃなかったというところかしら?」
「どこで流れてるのかは知らないが、その情報屋は優秀だな」
「そう優秀という物でもないでしょう? ここ最近幾つかのミッションを受けたようだけど?」
「ああ、そう言う事か」
彼女の言う情報とはゴシップの類だったらしい。
通常単機か2機、あるいは5機で任務を遂行する彼等が4機で戦場に出現したという情報なら簡単に手にはいるだろう。
つまり、一人は死亡か行方不明だろうという噂−その情報はそこから推測された物だろう。
『ああ、丁度良い機会だから紹介しておきましょう』
視線が集中した場所のすぐ近くから、小柄な女性が立ち上がる。
機体から降り立ち、レイヴンに背を向けた人間達が、その小柄な女性に敬礼をした。
どうやら彼女はこの中で最上位に位置する人間らしい。
「彼等は第二世代AC実験小隊、実戦部隊の一翼を担う精鋭です」
「なるほど、私達を収集したのはこのためか」
そんな声はやや離れた位置、中量級ACの足下から聞こえてきた。
「ミューア……彼女もこの作戦に?」
カリナが思わず声を出した。
ジオの行方不明以来会っていなかったために、彼女達はその情報を知らなかった。
「なるほど、この一言だけで我々の実情まで理解する、我々が考えた程度には頭の回転は良さそうですね」
そう言って、その小柄な女性は数名に視線を向ける。
「そりゃあ、テストパイロットを実戦部隊に編入、それも緊急措置でなく常備して、なんて歪だわ。
そんな事をする理由なんて人材不足か、その集団が全員図抜けて優秀か、元々軍全体が実験しかしてないかのどれかよ。
でも、さっきまでの戦闘を体験して、その上さっきの会話を聞いた限りじゃ答えは見えているけどね」
そういって、その手近なACを興味深げに眺めていた。
彼女は、どうでも良いと言うように、話は終わりだというように視線をその一機に定めていた。
「確かに、彼等はレイヴンや特殊戦部隊出身の精鋭です、故に彼等程の人材はどの部署でも払底しています。
故に、彼等と同等の実力を持つ戦闘巧者、貴方達レイヴンを招集しました」
多くのレイヴンは動揺した。
彼等に逆らう事は得策ではないのだろう。
それは既に頭から離れる事のない事実だ。
だが、それに従う事、それがどうしてできようか。
大きな翼を持つ烏が、籠の中に飼われろと言うのか。
その為に、『自由である』という究極のワガママのためにこの道を選んだ人間も少なくはない。
だが、それしか進むべき道を見いだせず、それしか存在しなかった人間には、魅力的な提案に思えた。
「勿論、貴方達を完全に掌握しようとは考えては居ません、当然そちらがベストである事は言うまでもありませんが。
故に、自由を、戦場を駆ける烏でありたいという人物は自由を続けて結構です」
少女と言っても良いほどに小柄な女性が続ける。
「ここにいる全てのレイヴンに高額の報酬を約束しましょう、我々に敵対する事が愚かしく思える程の報酬を。
そして我々と敵対する事を選択したレイヴンにも多額の報酬を、賞金首という形で約束しましょう」
同年代の青年に圧倒されたレイヴン達は、ここでも少女に貫禄負けした。
「つまり、味方になれば多額の報酬、敵対しなければ何も無し、そう言う事で良いのね?」
数少ない、『負けぬ』人間は、ここでもまた負けていなかった。
「そう言う事です、物わかりが良くて大変結構」
軽い合図、それで少女は退場し、代わりにパイロット達が正面に立つ。
正面に立った人間は五名。
有名ではない、だが、知るものには忘れ得ぬ存在達。
アサルト1、特殊部隊『GOAD』前衛出身、ゼン・トガワ。
アサルト2、アイザックシティーの機械烏、ヨーゼフ・エルンスト。
アサルト3、アイザックシティーの破壊烏、テオドール・ベルナー。
アサルト4、チーム『ジュピター』、ジオ・ハーディー。
スカウト、特殊部隊『GOAD』後衛出身、雪村楓。
これに欧州企業連合体『ネーベルン』出身のクリフ・ベレンジャーを加えた六名が第二世代AC実験小隊、通称『SAC-P』である。
「仲間になる奴も、敵になる奴も、これからよろしく頼むぜ」
そういったのはアサルト1、ゼン・トガワだった。
「見事な物だよ、アンナ・ドレヴィン、君の弁舌と彼等の威圧感ならば少なくとも彼等は我々に敵対することはあるまい」
「お褒めにあずかり光栄です、豊田栄信。
しかしそれを言うならば僅か一日であの作戦に参加したレイヴンの素性を洗った貴方の功績です」
「ああ、味方になりそうでかつ有能な連中を洗ったアレか、別にアレは一日じゃないさ。
一週間もあれば君だってできるだろう、要するに、あの五大企業の御大に言われる前から洗っていたのさ」
「なるほど、小勢力の人間が生き残る知恵ですか」
「ああ、少なくとも有能で裏切らないのならば切られる事はないからね……
さて、そろそろ時間だな、空手形を切る準備はいいかい?」
「ええ、世界をもう一度地獄に叩き込む用意はできていますわ」
「ならばよし、予定を変えずに、いっちょう派手に戦争を開始しようか」
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