BATTLE FIELD OF RAVEN
第18話 陰謀−英雄烏−
かの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテはこう言った。
「作者が彼の読者に払い得る最大の敬意は、
彼らが期待するようなものは一切書かないということである」
そう言った意味で私は作者失格である。
何故なら、彼等は期待し、私はそれに応える事しかできぬ人間だからである。
だが彼等が期待するならば、私は木星にだって行ってみせるし、別の銀河にだって行ってやる。
実際火星までは行けたのだから。
ラジニ・テジャース『終わらぬ共感』
『バビロンよりギルガメッシュ、フンババは死亡した、繰り返す、フンババは死亡した』
『ギルガメッシュよりバビロン、フンババの死亡を確認、我らの元にエンキドゥを送られたし』
『了解、英雄は凱旋する、森林侵略の準備をされたし』
僅か数語のやりとり、だが、これを聞く者達は固唾を飲んだ、いよいよ始まりの時が近付いたと、そう思った。
そして一人は唇をかみしめた。
作戦発動2ヶ月前、東アジア、東京南部メガフロート、中央会議室
「我々の要求する条件さえ飲んで頂けるならば、日本は貴公らと行動を共にする事を受諾しましょう」
男は、手渡された資料を読みながら、男達と正対していた。
「この第三項について詳しく説明をして頂きたいのですが」
「要するに我々は協力する名目が欲しいのです」
中央の男が応える。
「知っての通り、我々はあの大破壊後も国家機構を保ち、かつての地球政府連合の条約を批准し続けた『現存国家』なのです。
当然、経済に関しては企業が中心ではありますが、それも憂国和僑社長である彼が経済担当の閣僚となる事で形は保っています。
そして国民の大半が憂国和僑社の社員ですからな、ま、言ってしまえば国営企業ですよ」
「故に我々には従えないと?」
「そうではありません、あなた方の仰る政府再建計画、それが事実実行されたのならば我々はそれに従いましょう。
しかし現在のままの形では国民は納得しません、私の首など簡単にすげ替えられ、政策は転換を余儀なくされるでしょう」
「確かに、貴国の野党はパワフルでいらっしゃる、なにしろ自前の戦力を保持してさえいる」
「その通りです、彼等が静かなのは現在私の政策が国家機構を保ち、なおかつ経済関係が滞りなく行われているからです。
私が失策を侵せば彼等は戦端を開くでしょうな、事実上の内戦です」
「つまり、我々が行動を起こすまでは一企業同士の経済協力であり、事を起こすのは得策ではないと言う事ですね?」
「その通りです、仮にあなた方が内戦を望む野党過激派の回し者であったなら……おっと失礼、仮定の話ですので。
この嘘は確実に内戦に繋がります、である以上、我々は国土が侵される危険を冒すわけは参りません」
「確かに国土が侵されては危険ですね、国土の50%以上が森林である日本では」
「ですから我々はかつて地球政府から保護を強制され、そしてそれを実行したのです。
国土に比してこれほど地上都市が多い理由を今更説明するまでも無いとは思いますが?」
「ええ、ありませんので結構です、これほど地上都市が多いのはオーストラリアと日本、そしてアメリカだけですので」
「かつての環太平洋連合というわけですから、自然派同盟とでも名を変えて締結し直しますかな?」
会議室に笑いが木霊した。
「では第三項の条件も含めて受諾して頂けますかな?」
「ええ、わかりました、来るべき日が来るまで、我々は企業としての友情を誓い合いましょう」
「では我々はその『来るべき日』をお待ちしております」
両者は互いに握手をした。
お互いアウトレンジから砲撃を加えつつ接近する。
互いに火力は減らない、百戦錬磨と、それに対抗する為に作られた自動機械。
故にその戦いは極めて長期、あるいは短期。
命中弾は緑の機体、ドラゴンキラー、屠竜と書かれた機体から放たれた至近距離からの砲弾。
その一撃は直撃し、無様に吹き飛ぶ。
直撃でなくとも、爆風による衝撃と飛び散る破片は機体へダメージを与える。
そしてそのダメージで蹌踉めく間に次弾が命中し、とどめが刺されるだろう。
だが、屠竜が先頭の一機を撃墜するまでの間に、他の三機が左右に回り込み、人間側の一機を撃墜した。
サブマシンガンを連射しながら爆炎を上げて地面に炎の花を咲かせる。
白い無人機械がグレネードランチャーに弾丸を装填していた。
それを見た黒い機体が直線機動で接近、白い無人機の頭部と胸部を切り裂く。
「さすがに強い……だが、所詮無人機械、一本調子だ!」
切り裂いた箇所を狙ったロケット弾が命中し完全に破壊する。
そして破壊を確認する前に跳び上がり、後方からの攻撃を回避、弾丸は破壊されたスクラップを粉砕した。
「さすがは無人機、味方の残骸は無視する……」
屠竜がサブウェポンのライトマシンガンを乱射しつつ後退する。
それを回避しながら無人機が屠竜に射撃を加える、だが、それをカリナはひらりひらりと、機体の重量を無視するかのように回避する。
プロ故の信頼だった。
これまでの戦いで、仲間の技量とクセは掴んでいる。
己の技量と経験を信じることなく、この過酷な世界では生き残れない。
「ナイスプレイ、ドラゴンキラー」
白銀の機体が着地する。
雪原を意識したであろうその機体は、この荒野にあっては完全な異質だった。
着地点は完全に真上。
その動きは人間であろうと分かるはずがない。
分かった時には既に機体は破壊されている。
頭部からコクピットまでブレードで貫通したのだ、機械的にもダメージは深刻で、人間が乗っていれば確実に死ぬ一撃だった。
だが、その一撃を加えると白銀の機体は離脱する。
マシンガンによる乱射の間にリロードを終えたグレネードランチャーがトドメを刺す事が分かったからだ。
だが白い機体はあくまでも戦う腹づもりのようだ。
後退というプログラムが行われていないのか、それとも勝てるという確信か。
もしかしたら、それは地獄への道連れを求める亡者の意志か。
ファルコンは施設最深部へと向かっていた。
否、最深部という意味でならば多くの人間が到達した。
だが中枢の存在する最深部は、どうやらこの奥らしい。
確認のしようがないが通信から判断するに、誰かが衛星への攻撃中止命令を出す事には成功したらしい。
残っているのは、この施設の防衛システムだ。
真正面の大型機をアサルトライフルで撃ち抜いた。
残弾ゼロ。
ただの棒切れと化したアサルトライフルを真横から狙っていた小型機へ投げつける。
命中し、小型機は壁に叩き付けられ、スパークしていた。
そのまま打ち捨てようと思ったが、思い直して回収する。
残ったオートライフルの弾丸を牽制に数発使う、少々勿体ないがその程度はペイできるはずだ。
こんな物でも、近距離で振り回せばそれなりの武器になると思い至ったからだ。
威力ならばブレードには遠く及ばないが、展開そのものへのエネルギーを節約できるという移転が大きいと判断した。
アサルトライフルを拾い上げ、奥へ進むと、すぐに最深部へ到達した。
扉を開ける、警報が鳴るか鳴らないかの同時、砲弾回避のために前方へ跳ぶ。
顔を開けると巨大な機械と白い機械。
後方の部隊はまだまだ掃討戦らしい、本当に運が無いと思う。
こんな狭い場所で、白い奴と戦う羽目になるとは。
「厄日だな」
背後の扉はすぐに閉まってしまった、どうやら確実に殺すつもりらしい。
白い機体が大砲を構える。
応じて再び身を屈めて全速前進。
砲の内側に回り込むべく接近する。
だがそれでも照準を合わせる方が早かったのか、集束する光を見た。
即座に砲の死角、左に飛ぶ。
威力を伴う光をかろうじて回避する。
無理矢理変更したベクトルを再び元に戻す。
脚部への損耗警告を報告してくるが、それを全て無視する。
生きるか死ぬかという領域で、後の事や体、機体のパーツの事など心配するような余裕などあるはずがない。
全速で全力で全開で走り抜ける。
砲の内側に到達。
食いしばった歯を解放、思い切り叫ぶ。
「おおおおおおっ!」
アサルトライフルの銃身を両手で握り、真下からグリップを腕部に叩き付ける。
グリップが折れるのが見て取れる、弾のない銃器に関係はなく、そして繊細なマニピュレーターは砕け、その能力を失うはずだ。
叩き上げたアサルトライフルを、今度は頭部に叩き付ける。
並の銃弾など跳ね返す装甲だろうと、こういった単純な打突には対応しきれない。
だが、それでも白い機体は動きを止めない。
何度も打撃を喰らおうと頓着せず、体当たりで間合いを話すと、片腕で砲を拾い上げ、構える。
照準も何もない一撃だったが、至近弾になり、背後の壁が崩れる。
「施設への損害お構いなしかよ!」
なりふり構わず、既に使い物にならなくなったアサルトライフルを投げつける。
オートライフルを背後から取り出し、乱射しながら再び接近する。
だが、学習機能が余程優秀なのか、それともそうした行為を予め組み込まれたいたのか、砲を振り回して牽制する。
振り回す大砲に弾かれてアサルトライフルは地面に転がる。
「チィッ……」
直撃を喰らえば無防備な姿をさらす事になる。
無防備な姿に余裕を持って砲撃を与えてくるだろうという事を考えれば、うかつには踏み込めない。
かといってライフルをこのまま何発も撃ち込んだところで無駄だ。
砲ならば可能だろうが、この装甲相手に銃は無駄なのだ。
その上、間合いを離しすぎれば今度は砲を撃ってくるだろう。
「どっちにしろ、接近戦しか道はないって事か……」
一瞬だけ、後方部隊をアテにしたが、それも分かったものではない、扉が開かず立ち往生する可能性も十分にある。
オートライフルを背面に戻した。
ゆらりと、機体から力を抜く、酔拳のリズムだ。
間合いに入る。
砲身が迫る。
思い切り頭を屈める。
砲身が真上を通過する。
屈んだ体を思い切り伸ばし、その勢いを砲身に叩き付けた。
片手で握っていただけの砲が飛び、機体から離れていく。
叩き付けた勢いで僅かにファルコンの機体は後退する。
だが、再び前に出る。
再び叫ぶ。
これで終わりだと言わんばかりに全力を込める。
左ストレート。
ブレードを噴出しての左ストレート。
腕が伸びきったところで拳が命中する。
切り裂かれていた装甲表面に、情けも容赦も加減も、およそ威力が弱体化するであろう感情を全て排除した拳が命中した。
機体から左腕マニピュレーター完全破損、それに伴っての左腕への電力供給量低下が報告される。
だが、それとて些末な物だ。
オートライフルを再び取り出し、思い切り叩き付けた拳、それによってできあがった装甲表面の破口。
その破口にぴたりと銃先を突きつけた。
弾倉内に残った残弾全てを撃ち尽くし、それでも安心できず、出来上がった大破口に爆薬を仕掛ける。
施設中枢、常に白い機体の背後にあった巨大なコンピュータの陰に隠れ、爆破した。
爆炎が収まった場所には、白い無人機が、残骸となって倒れていた。
「ファルコンよりオペレータ、施設中枢へ到着、護衛機と思しき敵機を撃破、しかし武器弾薬が底を尽きた、応援を」
『現在後方部隊が敵を掃討しつつ向かっています、それまでお待ちを』
「了解した」
戦闘モードを解除し、警戒モードに入る。
センサの警告音だけをオンにし、シートにもたれ掛かる。
一度の深呼吸の後、眠りについた。
5分後、工兵部隊が開かない扉を破壊し、ガードシステムを停止させた。
ガードシステム、要するに周辺の無人機を司る機能が停止した。
故に戦闘は停止した。
巨大すぎる、あの巨大戦艦も、満身創痍とはいえ戦闘可能だったが、それすらも停止した。
『全機へ、敵部隊の停止を確認、警戒態勢に移行し現状を維持』
通信が入る、ウナスからだ。
「調査隊の派遣要請と、一部部隊の後送を提案します」
豊田機からの通信が聞こえる。
近距離指揮用の通信を入れたまま司令官と更新しているらしい。
『要請しよう、では君が残存部隊の指揮を執るという事で?』
「それで構いません、滑走路は……一本無事な物が残っているようですので、順次着陸願います」
彼はさらに輸送機の整備作業用地も無事残っている事を付け加えた。
『わかった、編成を頼む』
数分後、一機目のワイルドホーセスが着陸する、それと同じ頃、幾つかの機体に通信が入る。
「この通信が聞こえている者は残ってくれ、君達はこの戦いで高い戦果を収め、かつ機体への損害が少なかった優秀なレイヴンだ」
多少不満そうなマイクの向こう側の雰囲気をくみ取ったのか、補給を無償で行い、そして報酬を上乗せする事で決着した。
15分後には編成が終了し、さらにその30分後には機体は離陸する。
その輸送機が地平線の無効に消える頃になり、豊田は口を開く。
「君達は高い戦果を収めた、同時に機体への損害は少ない、故に来て頂きたい場所がある」
最初は一人を除いて何だろうと思った。
レーダーに映し出された大量の光点は、全て敵機の反応だった。
「慌てる事はない、あれらは全て味方だ、英雄諸君をサイレントラインの奥地へ案内しよう」
光点反応のない、巨大な輸送機が数機、彼の機体上空を通過した。
誰も動かない。
「信じるも信じぬも君達の自由だが、この輸送機が全機離陸後、ここは核兵器で吹き飛ばされる」
平然と滑走路へ向け歩き出す。
「生き残る、と言う目的のためだけでもここは従っておくべきじゃないか?」
レイヴンという存在は生き残る事に掛けては一級だ。
まして彼等は実力の面でも一流だ。
だから彼等は従わざるを得なかった。
南平基地の壊滅、それに伴う混乱の中、調査隊の編成は大きく遅れ、結局彼等は核攻撃すら見ることなく臨川強襲は終了する。
そして、その臨川からサイレントライン奥地へと向かった彼等は、ウランバートル、かつてそう呼ばれた都市の地下に居た。
囚人のような気分で数時間を過ごした彼等はようやく口を開いた。
「英雄諸君って、俺達に何をさせるつもりなんだ?」
下手をすれば殺されるという事を、彼等は肌で察知していた。
「英雄さ」
豊田は振り返る事すらせずついてくるように促す。
彼が機体を降りた事で、降りろと言うメッセージも伝わった。
長い、長い通路を過ぎ、広い空間が広がった。
「君達には選択肢が与えられた」
振り返る。
「一つは、我々に従って世界戦争に参戦し英雄への階段を進む道」
振り返った顔は邪悪な笑み。
「一つは、我々に逆らい、我々と限りない戦闘に至る道」
腕は組まれ、足は肩幅。
「さあ、どっちだ?」
「オレは帰る」
一人のレイヴンが来た道を戻って行く。
「こんな大掛かりな仕掛けをしたのは立派だがね、極東の端島の連中が世界を相手に戦争なんぞやって勝てるモノかよ」
「レイヴン・ノア、我々の実力を疑うのかい?」
ノアも負けぬだけの邪悪な笑み。
「実力がどうこうってのもあるがね、俺達の体は紙切れでも、魂は骨董品なんだよ」
7年前ならいざ知らず、否、むしろ喜々として参加しただろう。
だがその7年という時間が彼という人間を意固地にしていた。
「ふむ……『高すぎて買えない』か、なるほど君達の魂は骨董品だな、英雄という名誉、そんな追加報酬では足らないらしい」
「そういうことだ」
言うべき事を全て言ったと言うように、彼は振り返りもしない。
故に驚愕する。
『ならば我々は世界最大の骨董品蒐集家と言う事かな?』
声が響く。
声は彼等の来た道から響く。
全員の視線が来た道へ、そこを歩いてくる人間達に集中した。
影は複数。
その正体が道の明かりに照らされて、そしてレイヴン達全ては驚愕した。
北米大陸最大勢力、SVU(シリコンバレー連合)筆頭、ジャック・クラウン。
欧州の雄、フーマンティン社長、ラルフ・マイヤー。
中央アジア最大勢力、ヴァーノア財団会長、クレス・ヴァーノア。
中東資源経済を一手に握るハマド・アラブ財団会長、アル・サバーハ。
アフリカ地下資源を独占するアセッツ財団会長、ミラン・アセッツ。
計して世界経済の過半を握る大勢力、それを統べる5名が居た。
「この5人の説明は要らないだろう? この5人に、予備人員である私を加えた6名、そして我らの組織が君達英雄を呼んだ」
そう言って、憂国和僑副社長、豊田栄信は軽く笑った。
この連中ならば本当に世界を相手にして勝つかも知れない。
レイヴン達はその思考に囚われた。
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