BATTLE FIELD OF RAVEN
第16話 SPARK PLUG another U−旧基幹要塞制圧−
過ぎ往くのは、時間か、それとも我々人間なのか。
ある哲学者
『要塞内制圧部隊より、外周制圧部隊! 指揮官戦死! 現在各個に応戦中、指揮を請う!』
「左翼部隊、ミスター豊田、貴機の周囲の部隊を援護機として要塞内に突入、指揮系統を確保しろ!」
『了解、近くの機体、離脱を援護してくれ、そこの三機! 左後方に工兵隊に向かおうとしている敵機が7機も居る! 撃破しろ!』
その間にも指揮機を狙う敵部隊を撃破していく。
サイレントラインの戦力は底無しだ。
『オペレーター、現在の内部の状況を!』
『現在45区画にて総計60機が交戦中、現在7機が戦線を離脱、うち撃破による離脱が指揮官機も含めて3機、残りは補給中です』
サイレントラインが不可侵領域とされる理由は二つある。
一つはこの無限とも思える兵力。
単独でさえ侮れない程の質と限界を知らぬ数。
それも十分に驚異だが、それ以上の驚異は。
「おい、今空が光ったぞ!」
誰かが言った。
「衛星か!」
『こちら滑走路仮設分隊! 今の一撃で敷設済みの第一滑走路が半壊! 余波で敷設中の滑走路にも被害が出ている!』
半ばまで地面ごとめくれ上がった滑走路で多数の重機が倒れている。
物理的に援護は不可能、ならば言うべき事は一つだけ。
『被害を抑えろ! 補給中の4機、施設入り口まで戻り近接区画の安全確認せよ! 工兵隊は施設内へ!』
常識的に考えれば、施設内部は安全なはずだ。
戦艦には上空から三機が猛攻を仕掛けていた。
半ばまで沈黙した対空火器がそれでも尚砲弾を吐き続ける中、三機が空を疾駆し、その対空砲火の数%の銃弾を打ち続ける。
『こちらロックバード、まだ周辺制圧は終わらないのか? 戦艦に沈黙する様子無し』
『まだだ、ロックバード、注意さえ引きつければそれで良い、無理はするな!』
右翼と左翼へと猛攻を加える無尽蔵の戦力は、未だ全容を見せていない。
続々と地平線の彼方から現れ続けていた。
指揮機を後背から狙おうとしていた敵機をブラックナイトが体当たりを仕掛けて止めた。
そしてその敵機を盾として敵部隊の直中に突入し、火力の高い機体を優先して叩いていく。
『仮設分隊より連絡、施設内に退避終了、現在人的損害は無し、屠竜以下補給完了したACも到着!』
『ドラゴンキラー以下各機、入り口を確保せよ』
その時、再度空が光り、滑走路が吹き飛んだ。
地上を走る彗星の如く、彼女の機体は彼女の命ずるままに敵を撃滅していく。
流星に物体は砕けない。
だが今の彼女はまさに彗星だ。
数ミリ単位の塵でしかない流星と、数キロ単位の彗星の違い。
故に彼女は砕く。
故に彼女は流れても消えない。
狭い地形は、彼女クラスのランカーになれば最早問題にならない。
壁という存在は、戦闘機動の彼女にとって既に足場、床と何ら変わりない。
故に、全ての敵は平面上に存在した。
ジェネレーターの限界、チャージングまでの残り時間は3秒。
限界軌道を数十秒行って尚3秒の余裕。
明らかな違法、だがそれを咎める者は存在しない。
サイレントラインという異界は、その程度の違法は数千数万と飲み込んできた。
故に生きているのは技量という名の必然だった。
最後の一機、高火力を誇るグレネーダーに背後上空から襲いかかる。
一瞬だけブースターを停止する。
攻撃力とは常に全開である必要はない、必要なのは、接触するその一瞬だけの攻撃力。
天井を蹴った瞬間から接触までの半秒、それだけの僅かな回復量でさえ、ブレードを振るう時間だけ噴出させるには十分だった。
弾薬層、そして脚部までを切り裂き、誘爆が起こる寸前に床を蹴り安全圏まで逃れる。
『こちらエアマスター、Cエリアを63まで掃討、次は?』
爆音が背後に響き、彼女はその敵の事を忘れ去った。
後で思い出すのだろうが、それは今の彼女にとってはどうでも良い事だ。
『エアマスターへ、D73エリアで待ち伏せ部隊、エフェメラティが撃破され、チャリオットが交戦中です、援護を』
『了解、援護に向かう』
彼女の歩みは早く、ジェネレータは既に危険領域を脱していた。
「よし……到着!」
豊田の指揮機が後方に追随していた最後の一機を後ろも見ずにバズーカで撃ち抜いた。
「オペレータ、最新の状況知らせ!」
『現在37区画まで戦域減少、ただし敵の総数は未だ不明、戦闘可能なACは42機、補給のため後退した機体は6』
「未探査エリアはあとどれだけある? 最大の激戦区はどこだ?」
『交戦中の区画を除けば13、激戦区はA区画です、現在マリスが撃破され、ファイヤーバードが補給中で戦力が低下しています』
「補給中の機体はあとどの程度時間が必要だ?」
『時間が一番かかるのはタンク型のサイシー・ウー、及びサンダーストームです、他の機体は弾薬だけに限れば1分ほどで』
「わかった、補給が完了した戦闘続行名可能な機体を集めろ、そのタンク型は予備戦力とする」
『わかりました、A区画の激戦区に集合させます』
「物わかりが良い人材は貴重だな」
『光栄です』
ファルコンは激戦の最中にいた。
同時に突入した戦友達は壊滅し、この区画で戦っているのはただの一人だ。
深刻なダメージを受け後退したTYPE99から受け取った短距離制圧兵器も残りの弾倉はただの3つだ。
正面から飛んできたグレネードを上昇して回避、側面から飛んできたミサイルを天井を蹴って回避する。
次弾の装填がまだ終わらない正面の機体を一撃で切り落とし、右の柱の影から飛び出した敵機をアリサカで撃ち倒す。
そして撃ち始めた瞬間から撃ち倒すまでの間に肩部バックパックから次の弾倉を取り出す。
「チッ……こりゃ後退するか?」
アリサカの欠点は一弾倉ごとの総弾数の少なさと、弾倉交換の手間そのものにある。
通常ACにおいて弾倉交換はフルオート、1秒未満で行われる。
そうでないのは手動装填の狙撃銃程度でしかなく、短距離制圧を目的とした兵器においては欠陥品と言うのが一般的だ。
それでもこの兵器が実戦で使われるのは、詰まるところその短い掃射時間における制圧力だ。
弾丸は軽く、弾丸全体に使用される特殊合金はダイヤモンドに匹敵する硬度を誇り、そして高初速で連射される。
ホロチャージ弾とは違い、内部電装系の破壊は不能だが、装甲を一瞬で貫通、そうでなくても確実に削り取る事が可能だ。
「とはいえ、今となっては脱出も至難か!」
自分が入ってきた入り口には残骸が転がっている。
先程の高速戦闘中に撃破した機体らしい、あの残骸を除去しようと動きを止めれば集中砲火を受けるだろう。
「おおおおっ!」
ミサイルを逆に接近して全弾回避。
背後の壁に爆炎が広がり、その衝撃波が機体を加速させる錯覚さえ生む。
レーダーセンサは完全にホワイトアウトした。
「これは……全機へ、施設から微弱な電波らしき物を探知、施設から衛星に向けて座標を送信している物と予測します!」
彼女の座るコンバットリグはかなりの高性能だ。
戦局判断コンピュータは勿論、通常のACに搭載された物など比較にもならないような複合センサも搭載している。
その複合センサを持ってしても尚、中枢近くにまで接近しなければ探知出来ないレベルの『何か』が存在している事は確かなようだ。
『ミスター豊田、聞こえたな、その発信源を撃破してくれ、早くしなければこちらの被害も甚大になる! 急げ!』
『了解……全機小隊単位に分散、手分けして発信源のコンピュータなりメイン電源だのを吹き飛ばせ!』
「了解、前方に残骸、撃破します!」
タンク型ACから発射された大型グレネードは残骸を吹き飛ばし、背面の防御に使用していた敵機をも吹き飛ばした。
「内部は激戦、そして外でも激戦、真ん中の俺達は気楽だな」
入り口の確保、そして避難した工作部隊の護衛という分担は、この激戦の直中にあって異質な程に暇であった。
「そうはいってもな、この任務は重要だろう、なにしろ失敗したら全員歩いて帰るか帰れないか、どっちにしろそりゃ御免だからな」
「違いない、あー、そこの緑のあんた、確かラサの方のレイヴンだったよな? 暇潰しに向こうの話とか聞かせてくれないか?」
「ええ、それは構いませんが、どうやら『お互い生き残ったら』と言う条件が付きそうですね、正面から4機、敵影反応」
そしてこの場に居るACも四機。
「工作部隊の皆さん、もっと奥へお願いします、それから、流れ弾の被害も考慮に入れて、護衛MTを入り口に置いて盾に」
「ああ、わかった、お前さんを信じよう、頼むぜ、レイヴンの、声からすると綺麗なねーちゃんと、周りのむっさい男衆!」
「ハッハッハ! 任せとけ任せとけ! 流れ弾で怪我するなよ、非戦闘員の皆様、ってか!」
「声からしなくても結構な美人だと思うわよ、意中の人には気付いてもらえないようなレベルだけどね!」
「よっしゃ! 戦いが終わったらその美人の顔を拝ませてもらうぜ! 頑張れよー!」
どうやら、この戦いで楽などさせてもらえる部署は存在しないらしい。
目を覚ました理由は激痛だった。
死の沼の如く深い領域にまで突入させられた意識はその痛みで引き戻された。
ちらりと時計を見る。
気絶から覚醒まで約100秒。
戦闘中ならば素人でも50回は撃破可能な時間だが、どうやら気絶している間に戦場は移動したらしい。
親指も小指も動く事から、神経に異常はなく、腕の骨折もないらしい。
そしてフットレバーを蹴ってみる。
足に異常はなく、機体も、各所が破損しているが、第二線以下の戦線維持ならば可能と判断する。
そこまで終えると、痛みが引いた。
意識の覚醒のためだけに痛みが働き、そしてその役目を終えて引いていくように、痛みが消えた。
機体のヘッドレーダーも正常稼働しているようだ。
「こちらキラーゼロ、戦線復帰可能、指示を請う!」
見ると、この地域に派遣されたサイレントライン戦力はそろそろ種切れのようだった。
だがそれでも戦力は膨大、機体を起きあがらせる寸前、ノアは一度だけ深呼吸した。
ファルコンが疾駆する。
携行兵器だけを補給した愛機が地面を疾駆する。
支給された援兵四三型と六式カービンで牽制を行いながら、ただ一機で敵中を突破する。
殲滅している余裕も必要もなく、可能な限りの速度で最奥部まで到達する。
その後方から制圧部隊が突入し、全エリアを制圧する。
これが至急実行に移された作戦である。
彼は囮であり、本命でもある。
彼が早期に辿り着き、その場所に衛星への発信器があれば、それを破壊する事で外の部隊への被害が抑えられる。
そして彼が引きつけた敵を後方の部隊が殲滅する事で、彼自身の生存率も向上させ、後方部隊の被害は格段に減少するのだ。
戦力は完全に読み切った。
危険度を三つのランクに分類、その中で危険度の最も高い敵のみを狙って倒していく。
後方からの援護射撃のタイミングと方向、威力を理解する。
砲火の前面へ危険度が比較的高い敵へ体当たりを行い、援護射撃を利用する。
そして機体の動きを一瞬も止めない。
比較的重量のあるこの機体では加速にやや難がある。
方向は問題ではなく、ひたすらに動く力を利用して倒していく。
危険度赤、高火力、ないし効力射が可能な敵、最優先排除対称
危険度黄、高火力を保有するが、位置的に砲撃不可能な状態にある、ないし近接自爆兵器、赤排除中に可能な限り排除する
危険度青、火力が低い、ないし位置的に安全な存在、無視して構わない。
近接兵器範囲内の危険度赤を排除、右前方に黄集団。
後脚部上部とコアの間に取り付けられたバックパックから爆発物を取り出す。
ACが片腕で掴むようなサイズのそれは、梱包爆弾だ。
雷管は取り付けられていないが、それを取り出した勢いそのままに投げつける。
適切な高度にまで落下したところで、ライフルの成形炸薬弾を撃ち込む。
瞬間的に誘爆し、右前方に存在した黄集団を排除する。
近距離に残存する青集団に紛れ、遠距離に存在する赤集団からの砲撃を回避する。
構わず砲撃してくるが、障害物越しでの射撃精度が高くなるはずもなく、青集団の数機が吹き飛びながらも、標的を外す。
そしてその残骸が地面に転がったのを利用し、それをライフルの固定器材として利用し、一秒の間に三発の成形炸薬弾を放つ。
赤集団の中央の一機に命中。
機体中枢、弾薬層に2発、あっさりと誘爆を起こし、爆炎を巻き上げる。
左右に残存する機体へ成形炸薬弾を叩き込み、殲滅する。
「右翼、クリア」
戦艦近くの地面をちらと見る。
そこで藻掻いていた機体が立ち上がっていた。
どうやらノアは無事らしい。
通信が聞こえてくる、元気で何よりだ。
あらぬ方向にビッグガーランドを二発撃つ。
二度目の排莢音と同時に自動で弾倉が排出される。
その弾倉が地面に落ちる前にバックパックから予備弾倉を取り出す。
そして二秒もせずに再装填を済ませ、バックパックに格納、そして己の最も愛用するライフルを取り出した。
WG-RF/E。
ただひたすらに一撃の威力を追い求めたライフル。
その威力は僅か10発で砲身が寿命を迎え、それ以上の使用はパーツ全てが破損しかねない。
それ故に実戦の場では決して使われぬとされ、数基が試作されてそれきり市場には出回らず、根強い愛好者を一部に残すのみだ。
狙いは一点、戦艦艦橋の役割を果たすであろう前方のAC型の艦首。
近接防御用の連装127ミリ速射砲がこちらに向けられる、だが構わない。
発砲とほぼ同時に、艦首が吹き飛び、同時にとても嫌な予感がした。
そして気付けば、衛星からの砲撃は止んでいた。
第16話 完
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