BATTLE FIELD OF RAVEN



第14話 時限付きの自由−最前線基地にて−
作戦は延期されていた。 理由は首脳部での深刻な対立にある。 華連公司と憂国和僑の二社の対立はやはり深刻であった。 それは作戦目標の設定や部隊編成など多岐に渡り、最上位のウナス・カーンですら取りなす事が不可能なほどであった。 それでもサイレントラインへの野心は共通しており、最終的に中間の意見が採用される事となった。 「グルジェフ社からの支援ミサイルのタイミングは同社からの通達通り戦闘領域突入予定時刻から5分後着弾としてよろしいかな?」 「そのタイミングでは遅すぎる、降下部隊への被害を考えればもっと早くするべきだろう」 「だが防衛システムの多くが格納型だという情報を忘れてはなるまい、それでは大半が生き残ってしまい結局被害は拡大する」 「ならばいっそのこと施設地上部を爆破してしまってはどうだろうか、中枢は地下にあるのだろう?」 「私自身はそれに反対したいが、まず手法を聞こう」 「簡単だ、輸送機の先頭の機体にでも爆薬を仕込んで自動操縦で突入させればよいだろう、それなら格納もなにもあるまい」 「しかし、情報が中枢にのみ存在するとは限るまい、地上部のスタンドアロンのマシンに敢えて入力してある可能性もあるだろう」 「それは考えにくいだろう、それでは管理が面倒になる、端末からのアクセスが可能だとしても、結局情報は中枢で取得可能だ」 「しかしゼロではない、長期的視野で見ればこの施設は可能な限り無傷での獲得が望ましい」 「華連公司はいつもそうだ、長期的視野だけで考えれば確かにそれで正解かも知れないが、  まずその為には今以上の兵力動員が確実に必要になる、そして我々にそれだけの戦力はない。  結局この作戦は南平基地に集結しただけの戦力で行わねばならないのが現実だ」 「和僑とやらはいつもいつも近くしか見ぬのか?  またこのような施設が発見されるとは限るまい、玉林での情報の取得は幸運に寄るところが大きい。  ならばこの施設を無傷で取得し情報を探すべきだ、ましてこの位置ならばサイレントライン南部を分断の橋頭堡に出来る。  戦略的に見ても目標施設を手に入れるべきだ」 「この戦争は領土戦争ではない、いかに橋頭堡を得たとしてもそれを有効に利用するだけの戦力がないのは明白だ」 「現在足りなかろうと、兵力などいくらでも増員出来る、ましてここで情報を得るならば、だ。  中枢への攻撃が可能になるだろう、その際にこの施設を確保しておかねば、余計な被害が出る事は間違いない」 「確保しておく被害は考えもしないのか? 領域に侵入した部隊は激烈な攻撃に曝される。  陸上戦力だけならば確保も出来よう、だが、領域には衛星高度からの攻撃がある、詳細な調査など不可能だ」 会議は長時間に延びて尚平行線を辿り、最終的には総長であるウナス案が強行された。 開始予定時刻より196時間が経過した。 「搭乗準備開始、先頭の輸送機には爆薬を満載」 「装備を点検、総員、準備完了次第コクピット内で待機せよ」 滑走路上では、様々な人種、様々な職種の人間達が忙しそうに走り回る。 今はまだ早朝だったが、まるで昼間のように賑わっている。 目に差し込む光は、紛れもない朝の物。 季節の死んだ世界でも、寒さ、暑さは存在している。 だがら今は、ただ肌寒い。 そう、あと一時間もすれば基地は再び静寂を取り戻す。 ただ、今はただ慌ただしい。 様々な人間がこの基地を飛び立ち、そしてある者は二度と帰っては来ないだろう。 ふと、思う。 親友からの不可侵領域からのメール。 それが真実であったとして、生き残って、再び会う事が出来るのだろうか。 この戦いの後、死んでいる保証は無い、だが生きている保証は無い。 勿論、自分も、親友も。 だが、彼は生きていた。 8年前の列車襲撃。 あの時の行方不明者の中には、親友が居た。 親友達が居た。 最初自分たちはライバルで、ことあるごとに対立して、時には殴り合って一緒に処分された事もあった。 ジオ・ハーディー ガブリエル・ガルシア ヴォルゼリュート・ルーデッツ カーラン・ベッカー 公式には四人が四人とも行方不明のままだ。 事件発生直後に死が確認されたのは僅かに数名。 それさえも幸運、残りは肉片。 顔はなく、ひたすらに潰れた臓物。 視覚的な手段での個人の判別など不可能。 まして周囲は線路だけの孤立無援。 まして毒素が動植物の遺伝子さえ変えていた場所。 故に、残りはあと二年で死亡扱いになる、恐らく全員がそうだろう。 故に、生存は奇跡。 もしくは作為。 ともかく、彼は奇跡を為した。 故に、自分も一度くらい奇跡を為さなければ、格好が付かない。 親友とは即ちライバルなのだから。 伸びを一度、深呼吸を一度。 次は軽く、あくまで呼吸は軽く。 足に羽が生えるように軽い足取りで。 「それじゃあ一丁、行ってきますか」 誰にも聞こえないような声で、言った。 空を見上げる。 青い空を知る者からすれば、とても健康に悪そうな空だ。 だが、そこで彼とその周囲の者達は平然と座っている。 誰も健康なんて気にしない、少なくとも健康でいる間は。 自分が拠点とし、友が増えたあの街の傍は悲惨だ。 空は濁ると言うよりも既に黒く、生態系は乱雑にして奇怪。 専門的な用語を並べてみれば、遺伝子情報の崩壊による生命体の異常進化。 喰らった他種にして多種の遺伝子情報を取り込み歪に進化を遂げた生命達と、その死体を養分として育つ植物の奇妙な循環。 生物は貪欲に喰らう、植物も動物も区別はない。 時にそれを利用した者も居る。 歪な生命をさらに操作し、軍事利用しようとした企業もあった。 偶然であったがその先手を打ち、壊滅させたのは他ならぬ彼だった。 それ以上に歪な生命に出会う事がなかったのは幸運だったが、保護されぬ生命体達は例外なく悲惨だった。 その悲惨を生み出した人間と、それに保護される生命の関係も、外の生命の循環と同じく奇妙だった。 そんな事を考えていたわけではないが、立ち上がり、基地の中に戻る。 活気のある風景は嫌いではないが、些か滑走路脇のベンチでは騒がしすぎる。 基地の中からこの騒ぎを眺めていよう、そんな風に考え、彼はベンチを後にする。 そして考える。 何故こんな所にいるのだろうと。 一番古い記憶は、忘れようもない、初めて人を殺す少し前の事だ。 今思えば無茶な年齢だ。 未だに自分は20にも満たず、そして当時は10にも満たず。 だが、それでも彼は愛する者、愛してくれた者の死を間近で見、そして死を己の生き場とした。 そんな、取り留めのない考えを止める。 初めて人を殺す直前の想い、人間であることをやめると決意した時よりも軽く、だが結果はより重く。 それでも、その口元は楽しそうに歪んでいた。 少し遠く、駐機場の中から、彼女はその騒ぎを見つめている。 この感覚は、ある種の懐かしさ。 いつまでもその中心に行く事が出来ない、共に騒ぐ事が怖いという恐怖感。 それが許されなかった時間。 僅かに歯車の狂った家庭。 その崩壊はただ一個の歯車の喪失。 狂化は加速し、程なく全てが崩壊していた。 だから今でも、沢山の人と騒ぐ事が怖かった。 −ごめんなさいと、そんな言葉が口から出る。 あの母親は、全ての期待を息子に注いだ。 だから必然、2歳年下の娘を忘れた。 否、忘れたのではなく、他人として見られた、恐怖された。 まるで従者、まるでバケモノ。 それはたのしくない。 でも今は楽しい。 だから、その楽しさを護るために、失わぬ為に、戦地へ向かうのだ、死地へと向かうのだ。 そう、決意は既に数年前に。 だがそれでも決意は新た。 その喧噪を眺めながら、彼女は、少しだけ泣いた。 例え神が否定しようと罪は消えない。 勿論、自分が否定しようと罪が消えるはずがない。 最初に気付いたのは子供心に。 詳しく覚えては居ないが、何かの事故。 その現場でただ一人、平然と座っていたのが私だった。 周辺は地獄。 私自身も血だらけで、でもそれは自分の血じゃなくて、押し潰された死体の物。 結局救助されたのは私一人だけ、当然の行き先は、保護施設だった。 その保護施設での生活は覚えていない。 程なく里親が見つかり、その里親は程なく死んだ。 そしてまた戻る、その施設での通称は、死神。 子供はそんな言葉は知らない、だが、それは態度で分かる。 最後の里親。 名家だった。 その家では、まるで呪い封じのように幸せな生活だった。 だが、それとて長続きはしない。 兄と慕った長兄が消えた、蒸発した、失踪した。 それは己の呪いの結果だと思った。 だから、遠くからの人が来た時に想った。 ああ、これで遠くへ行ける、愛する者が消えるのを見ずに済むと。 だからこそ、家に帰らずここにいる。 そして、強き者達と居る。 だから、兄を殺してと言えた。 心は鋼に、だが芯はどこまでも脆弱に。 陰鬱な思いを抱えたまま、彼女は眠りにつく。 目覚めた先は、戦場に他ならないから。 戦場ならば全てを忘れられるから。 だから彼女はここにいて。 彼等もまたここにいるのだ。
第14話 完

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