BATTLE FIELD OF RAVEN
第１３話 サイレント・ライン−不可侵領域−
両者とも恐ろしく冷静だ。
「ヴァンドルフの事か？」
「……知っていたのか？」
「ああ、知っている、彼は優秀な男だった」
「話してくれるな？」
「……奴が言ったのか？」
値踏みするような瞳で言った。
「ああ、言った、地球を一つの国家とする、と」
続けて言った。
「そして、全ての解答はお前の恩人が答えてくれる、とも言っていた」
「そうか」
ソファーから立ち上がった。
「ならば来い、これで大概の質問への答えは為される」
金属鍵と、電子鍵の両方を手に取った。
「時間はかかるが、逆に時間短縮になるだろう」
振り向きもせずにドアへと歩を進めた。
ノアが解放されたのはジオよりもかなり経ってからだった。
無実の証明は極めて難しかった。
なにしろ歩兵として戦場にいたのだ。
殴り倒した男が居たとしても、その男は生きていた。
それが演技である可能性も、ただの内部抗争である可能性も指摘された。
テロリストの証言、彼は無実であるという証言すら疑われた。
最終的に、ジオと似た条件、一週間のレイヴンとしての活動の禁止と、二週間のガードへの無償奉仕で『無実扱い』とされた。
だが、家に帰ってもジオの姿はなかった。
「ジオは？」
「知らないけど、病院じゃないの？ というか、入院のはずでしょ？」
「いや、それがな……」
ノアは事の顛末を話した。
戦闘機動までこなしたジオは自ら病院へは戻らないと宣言していたらしい。
「だとしたら……ラグの所じゃないかしら、あ、ミューアの所かも」
「ああ、その可能性があるか」
入り口近くに接地された柱電話に手を掛けて番号をコールした。
そして一週間が過ぎると、既に生存は絶望的とされていた。
戦場外での情報収集を一手に引き受けていたラグも行方不明になっており、彼等の情報収集能力は著しく劣化した。
戦いに身を投じている以上、畏敬の念を受ける事もあるだろうが、それ以上に恨みも買う。
暗殺の可能性だって低くもない。
三日目を過ぎる頃には彼等から会話も消えていた。
気付けば大事な人が消えている。
何度も経験したはずのことだが、それは慣れる事は永遠に無いだろう。
まして相手は、肉親であり、親友であり、気になる相手であり、尊敬する戦友である。
そう、その喪失に慣れる事が出来るのは、心まで鋼にした人外だけだ。
メールの受信音が共用のメールボックスにメールが届いた事を知らせていた。
だが、それを見る事はとても億劫だと、４人とも感じていた。
それでも、ゆっくりと立ち上がったのはノアだった。
受信ボックスには二通のメール。
差出人は二つ。
一つは企業。
北インド連合都市シャンバラを根拠地とする『グルジェフ・カンパニー』、もう一つの差出人は『ジオ・ハーディー』だった。
一人からのメールはただ一文、『Mail from silent line』という一文だけが書かれたメールだった。
もう一つのメールは、文章量はあれど、内容は単純、他企業との合同によるサイレントラインへの侵攻作戦だった。
時は戻り一週間前。
タクラマカン砂漠南部上空、バラクーダ改型のコクピットの中に二人は居た。
「ラグ、進路変更だ、ここはサイレントラインだぞ！」
不可侵領域、サイレントライン。
大破壊の後、人類が気付いた時には存在していた領域。
そのラインは、大破壊、ジャスティスにより大損害を受けたエリアを覆い隠すように東アジア全域に及ぶ。
中央シベリア高原中央よりチェルスキー山脈を最北部とし、タクラマカン砂漠から旧雲南省を最南部としているライン。
損害を受けたとはいえ、世界的貿易港として機能していた香港や上海、台湾は飲み込まれる事はなかったが、
欧州との航空ラインはほぼ完全に断たれていた。
当然の如く、アジアに存在する各企業によって大規模な侵攻作戦が幾度と無く計画され、投入された部隊は全てにおいて壊滅。
チベット近郊の彼等もこの作戦に参加し、ラインの一部浸食に成功したが、結局侵攻には失敗している。
砂漠の領域が２１世紀初頭より数倍に広がっているとはいえ、ここは確実にサイレントラインに近いという事が分かる。
なぜなら、進路の先に大量の残骸が見えたからだ。
「問題はない、目的地はそのサイレントラインだ」
「なっ……目的地言わなかったのはそう言う事か？」
「勿論、死ぬつもりはないし、お前がここへの侵攻作戦に参加した時に文句を言わなかったのもそう言う事だ」
「……さっぱりだな、説明してくれるか」
「侵攻作戦はそう単純な物ではないって事だ。
正面の敵戦力を排除するだけじゃない、上陸戦なら橋頭堡の確保、さらに補給ラインを確保し、恒久的な拠点を奪取ないし設立する。
さらにその上で敵戦力を偵察し、正面から攻めると共に敵の後方ラインを遮断する事が望ましい。
それを続ける事で相手の行動を制限し続け、必死の策や力押しを看破し利用しさらに侵攻し、相手の本土を恒久的に占拠する。
その中で中心人物を心服させ、初めて侵攻は為る。
当然、その前にこちらに有利な条件での停戦条約の調印が為される事があるからそれでも良いが……
それだけの事を続ける事は、通常の企業や都市では力不足だと言う事だ。
レイヴンだって普段やってる事は代理抗争に過ぎないだろう？ 総力戦は難しいって事だ。
まして相手は広範囲に領土を持ち、交渉も不可能なサイレントラインだしな」
「……何を言っている？ まさかお前は領域の先を知っているってのか？」
そう、目的地がサイレントラインという言葉を、彼はそのライン近くの基地にあると解釈していた。
例えば東アジアの南平基地、中央アジアのダマスカスと言った基地群ならば、用件はいくらでも想像が付いた。
輸送機の着陸は可能だし、また人の交流が少ない事もあり、要人との密会には最良ではないが良好な場所だからだ。
だが、ラグはコクピットのシートに座ったまま振り返り、にやりと笑う。
進路はサイレントラインへの直線ルートに固定されたままだ。
「ああ、知っている」
絶句した。
何故知っているのか。
そんな疑問は、一発で吹き飛んだ。
「サイレントラインの首謀者だからな、俺は」
機体は平然と、領域を侵犯した。
再び一週間後、福州防衛基地ブリーフィングルーム。
「先日決行されたサイレントライン玉林地区への強襲により、我々はサイレントライン内で稼働している施設に関する新情報を得た。
我々はこれを強襲、占領し内陸への侵攻ルートを確保すると共に、さらに新情報を得る事が目的となる、具体的には……」
次の言葉を紡ぐ前に数人から手が挙がった。
「何か？」
とりあえず手近な男に言葉を掛けた。
「我々の目的が明確で無い、目的の優先順序に関する説明をして頂きたい」
その態度は横柄な物だったが、事実であったので誰も気にとめなかった、そもそも、レイヴンに礼儀を求める輩は居ない。
「まず我々の目的は情報にある、玉林へ投入された部隊も、占領には失敗したがこの情報を入手している。
次の目的は敵部隊の排除による強襲した施設の占拠、不可能ならば破壊する、何か質問は？」
挙手は無かった。
「では具体的な内容を説明しよう」
地図がスクリーンに映し出される。
「この地図は２０世紀末の地図だが、大まかな地形は衛星からの光学観測により間違いがない事が確認されている。
だが残念な事に衛星は対高々度兵器による攻撃で破壊された」
そう前置きした後、地図が東アジア区域を拡大した。
「我々は現在福州に集結しているわけだが、これより川を上り南平基地へ再集合する。
ここが対サイレントラインの最前線基地であり、ここで大型輸送機『ワイルドホーセス』級に搭乗する。
その後武夷山脈を越え、臨川地区にあるとされる施設を急襲する。
施設の戦力は不明だが、諸君らの実力を持ってすれば恐れる事はあるまい」
この発言については一様に厳しい表情を浮かべるだけだ。
無理もない、ここにいる半数以上がサイレントライン攻略に参加し、多くが戦友を失っているのだ。
だが、それでも参加を辞めないのは、サイレントラインという未知へのフロンティアスピリッツか、失った友への弔いか。
「また混乱無きように言っておくがこの基地には諸君だけでなく、
先日の玉林地区攻略部隊やシベリア・レイヤードのレイヴンなどが集結する」
シベリア・レイヤード、またはモスクワ・レイヤード、場合によってはただのレイヤードとも呼ばれる。
発見当時話題になった巨大な地下都市の事だ。
大破壊以前の大戦争において、新たなるノアの箱船になるという夢想を持って建造された巨大都市。
あまりにも巨大なそれが発見された当初、地下資源の奪い合いが懸念されたが、それらは内部の企業が完全に独占していた。
そのような事情で他企業の手が入らず、現在でも内部で発達した企業体がハバを聞かせている都市である。
反面、レイヤード内の企業は外部への影響力は無いに等しく、
人や物資の交流が多少あるだけで、大筋では発見以前と変わりないという、ある種人畜無害な存在である。
地上部にしても、ツンドラに覆われたこの地帯を自領土に組み込もうとする勢力はほとんど無く、ある意味でシベリアは平和だ。
「対空兵器については、これまでの偵察作戦から推測されるが高度５００以下ならば対空砲火は無い。
もしくは静止衛星高度からの急降下でも可能だろうと試算が出ているが、こちらは現実的でないため却下された。
移動手段の確保の難しさや、高々度衛星が存在する可能性などを考えた結果である。
よって武夷を流れる川を伝い施設へ低空侵入する。
以前はどうか知らないが、現在流れる川の流量は以上に高く、近年の台北の浸食の原因とされるほどだ。
十分ワイルドホーセスが通過可能な広さがあり、搭乗員もそれが可能なほどに熟練されているので安心して欲しい。
話を戻すが、その後一隊で周辺を制圧、同時にもう一隊で施設へ侵入し、中枢を占拠、情報を入手する、以上だ、何か質問は？」
数人が挙手する。
「低空侵入した輸送機はどうなる？ 我々が成功するにせよ失敗するにせよ、帰投には輸送機は必要だ。
もし失敗した場合、輸送機に再度搭乗するのは難しいだろう……その辺りの計画がどうなっているのか知りたい」
「当然、諸君らを見殺しにする予定はない、ワイルドホーセス級の航続距離は世界一周すら可能だと言う事は諸君も知っているはずだ。
部隊降下後、南平基地所属の工兵隊も投入し、仮設滑走路を用意する、肝心の輸送機は一時後退し武夷山脈を盾として待機。
そして周辺制圧の部隊は工兵隊を護衛し、突入部隊の帰投まで耐えて貰う事になる。
また輸送機そのものは福州基地と南平基地の航空隊が交代で護衛する事になる予定だ」
まだ手が挙がっている人間もいる。
「指揮系統について説明がなかったが、それについての説明が必要と思われる。
小規模作戦ならばこの類の説明でも良かっただろうが、
これほど作戦では小隊への割り当てと総指揮を執る人間が必要になるはずだが？」
「それについては私から説明させて貰う」
レイヴン達の正面に座し、横柄な態度で説明を聞きながらレイヴン達を観察していた男が立ち上がった。
「まず小隊編成についてだが、諸君らの機体の装備や、本日の作戦説明の際の態度や反応にて割り振る為、南平基地にて説明する。
……ああ、自己紹介が遅れたか、私は北アフリカ・エジプト区、アンダーテイカー社のラン・グロッケンだ。
今回の作戦では作戦参謀として補給部隊を指揮する事になる」
彼の背後のスクリーンが映す物が変わった。
どうやら会社の宣伝のようだ。
さすがに無音ではあったが、これほど阿漕な宣伝もないだろう。
アンダーテイカーとはよくぞ名乗った物だ。
「指揮については我が社のウナス・カーンが総指揮を執る事になるだろう。
また、突入部隊の直接指揮は華連公司より李龍聖、周辺制圧部隊については、憂国和僑社より豊田栄信が執る」
周囲がざわついた。
華連公司と憂国和僑社は海を挟んで対立する企業であり。
参加した者の大半が互いの妨害工作に参加した事があるからだ。
つまり、対立を解消するほどの結果が存在すると考えられている事。
そしてこの作戦が成功する確率が高いという事、参加したレイヴンの大半がそう考えた。
「また、突入部隊にも、制圧部隊にも関わる事だが、命令等の通信に関してはグローバル・コーテックス社へ一任した。
依頼の斡旋企業として関係した人間も多く存在すると思う、また通信手段の為の装備については各個に用意して……」
挙手された。
「予想される損害について、聞いておきたい」
気配が張りつめた。
「……正直な所を言おう、サイレントラインからの攻撃は極めて激しい。
近年の衛星からの攻撃や大型高速のＭＴによる強襲だけで前線の基地が壊滅した礼もある。
まして侵攻作戦ともなれば諸君の実力を持ってしてもなお少なく見積もって３割……下手をすれば全滅もあり得る」
張りつめた気配がざわめきに変わった。
会議は一時滞ったが、結局この作戦には全員が参加を承諾、南平へ向かう事となった。
「ルシード、この作戦どう思う？」
「さぁ……強行作戦になるのは間違いないとは思うが」
それはつまり損害が増えるという事だ。
「だよな……まったくもって憂鬱な事だ」
「それでも、手掛かりになるかも知れないと言ったのは貴方だったはずだが？」
「メールが事実ならばそう考えられるだろう？ それに、カリンもミリィも、あの時の顔、見ただろ？」
「あんなに嬉しそうな顔は久しぶり……目に生気も戻ってたのを覚えてる」
「ま、選択肢はそう多くない、精々死なない程度に無理するだけさ、だろ？」
ルシードは無言、だがゆっくりと左手の甲をノアに向けた。
それにノアの右手の甲が触れた。
「行こうか」
ルシードは頷き、己の愛機のハンガーを見据えた。
固定された機体群の足下では、何をするでもなく、二人の女性、カリナとミリアムが座っていた。
第１３話 完
第１４話へ
第１２話へ
戻る