BATTLE FIELD OF RAVEN
第12話 戦闘停止命令
もし、人生に再版があるならば、私は改訂したい。
ジョン・クレア
テロリスト達、自称革命家達は驚愕した。
革命のための手段、フル武装したMTが15機。
それを隠匿していた廃工場。
それが突如炎上し、廃墟へと変わり往く姿、その姿を背景に出現したのは、自分たちの味方のはずの存在。
双肩に描かれた革命の文字が、虚しく自分たちを睨んでいた。
そして理解した時には遅かった。
加速への体勢が不十分なまま瞬間的に加速した機体が、首を折り曲げるようにして飛び出していた。
視界が揺れた。
コクピットに叩き付けられた。
だが、それでも加速は止まらない。
加速Gは約8G。
これ以上の加速はブラックアウトの危険域と判断。
最大加速停止、停止行動開始。
左脚部、接地、パイルバンカー射出。
左脚部接地面を支点に回転開始、右足で振り下ろすように上部からバラスト爆雷射出。
減速Gは9、意識正常。
回転を胴体までで抑え、左腕武装のガトリング発砲開始、右脚部接地を確認。
接地圧正常、パイルバンカー格納と同時に右脚部での跳躍行動。
奇襲、それは彼等の戦闘の常套手段であり、しかしそれ故に対応が遅れた。
そもそも、目の前にいるのはブラウエンジェル。
開発企業であるヴァーノア財団のみならず都市全域で広く使われる重火力高機動を目指し、成功した機体である。
いかに改修されたとはいえ、先頭にいた型落ちのMTでは止められるはずがない。
まして弾丸の先端は近接戦闘における貫通力重視でダイヤモンドが装備されていた。
例えシェル・ムーンの一部が採用している最高硬度の装甲盾とて、数発、互いが静止状態ならば半秒もせず貫通するだろう。
まして旧型で装甲が薄いライトニングなど、紙も同然に貫かれ、倒れていった。
攻撃開始より約5秒、ようやく後方の機体も異常に気付いた。
だが、指揮系統がなく、無秩序にテロ行為を繰り返してきた彼等が甘かったとも言えるだろう。
だがそれ以上に、彼は辛かった。
指揮系統の無い中、計画の失敗を悟り、味方に撤退を促し自らも撤退しようとする者も居た。
状況も見えず、目の前の機体を倒そうとする者も居た。
だが、撤退など許すはずもなく、また同時に、倒す事は至難だった。
撤退を始め、後ろを向いた機体にカノン砲を全弾叩き込み、半数を撃破する。
重装である東雲も、装甲が厚いとはいえ、所詮二機のみ。
いつ持ち替えたのか理解出来ぬ程の速度。
状況的に書けば、軽く放り投げたガトリングが、自由落下を始めるより早く、近距離から左右の鉄拳弾薬が火を噴いた。
後方の機体を護ろうとしたのだろう、武器を捨て、自らのコクピットを両腕で覆った。
だがそれとて、ヘビー級ボクサーの一撃を受けようとする幼児の如く。
ガードは吹き飛び炎は後方の機体、その表面装甲すら焼いた。
鉄拳弾薬を放り投げ、右手は再びガトリングを握る。
ここでようやく、秩序だった攻撃が行われた。
5機のスウィフトによる一斉攻撃。
だが一点に向けて収束する弾道は、強力であり正確だが、欠点が存在する。
それは遮蔽物だ。
自由落下軌道を取り始めたガトリングを上へと手を伸ばして掴み、そのままに投げつける。
銃身全体に弾薬が命中、残弾が誘爆する。
だが残弾は少なく、その上機関銃弾はただ炸裂するのみ、故に爆炎は機体の上半身のさらに一部を覆い隠すのみ。
だが、その5機のパイロットは確かに見た。
覆い隠されているはずの上半身全てを。
短距離走で言うクラウチングスタートに近い体勢。
そこから始まる、文字通りのロケットスタート。
だが、今度は視線は下、地面を見据え、自らの質量を武器として突撃した。
中央、そしてその右にいたライトニングが『ラリアット』の直撃を受けて倒れ込んだ。
既に無用の長物となった左右のカノン砲、それが叩き付けられたラリアットの正体。
衝撃を受けたカノン砲は接合部から弾けて落ちた。
直撃を受けた二人は気絶、そして残った三人は自失。
そしてブラウエンジェルの腕が左右へ広げられた。
右には、いつの間に握られていたのだろうか、ライトニングの装備していたライフルが、そして左にはバズーカが握られていた。
自失は一瞬だが、それとて吹き飛ぶには十分すぎる時間だった。
バズを受けた機体は一撃で、ライフル弾を受けた機体は一秒で倒れた。
残った一機が、必死に照準を向けるも、それは既に遅く。
目標に向けて伸ばしたはずの右手の内側に、入り込んでいた。
左右の腕はどちらも下げたまま、強烈な6連発のボディーブローが叩き込まれた。
拳は左右の腰部より、ロケットの形を持って現れていた。
ボディーブローで内臓まで持って行かれたのか、バランスを取る事すらなく吹き飛ばされて俯せに倒れ込み、頭部は砕けて散った。
その五機の犠牲が生きた。
戦っていた時間は一分にも満たない。
それでも部隊の秩序を回復させるには十分な時間だった。
元より指揮系統という言葉から遠い存在の彼等である、個人が落ち着いてさえしまえば、部隊の秩序は容易に回復した。
だが、犠牲が大きすぎたと言えるだろう。
既に数は3分の1にも満たない。
そして、第三種兵装の残弾は、残存する全てを殲滅するのに十分すぎるほどである。
唯一優位な材料は、先程の格闘攻撃で数種の電子機材が故障していた事だろうが、彼はそれを気にする事はなかった。
それらの光景を見て取ったガードの隊員はどのように見て取っただろう。
己からすれば圧倒的な敵を圧倒する存在を見た男の目にはどう見えただろう。
ガードの隊員は増援を要請し、自らは戦闘態勢のまま距離を保った。
混乱の渦中にいた男−ノアは全速で飛び出し、ゼロ距離で顎を殴り飛ばし、相手が手にしていたカラシニコフを奪った。
次の瞬間への弾幕に備えて物陰に隠れたノアは、既に戦意喪失した男達を見た。
一機のMTがあまりにも圧倒的だった。
残存戦力の多くが比較的装甲の薄いライトニングであった事もあるだろう。
弾の切れたライフルを片腕で振り回し、突撃し、命中し倒れた相手にバズーカで追い打ちを掛ける、その姿はまさに恐怖だった。
必然、ライフルはボロボロになっていくが、それでも振り回されればダメージはある、衝撃がある。
つまり、その次の瞬間に襲い来るバズーカを防ぐ手立てがなかった。
多少機動性に優れているとしても、ここはもとより廃墟が多いこの場所では、双方の機動力での優劣はなかった。
で、ある以上戦いは単純に火力と数。
火力と数を掛け合わせた数字は、複数であるライトニングに軍配が上がっただろう。
だが、有効な火力と数を合わせた時、軍配が上がるのは単騎のブラウエンジェルだった。
元より自分の機体ではない、である以上後の整備を気にする必要はない。
「だからこんな事だって可能だ」
目標は正面の二機、最大で加速、目標寸前で地面を蹴り、運動エネルギーを蹴りに乗せて下半身を蹴り飛ばす。
下半身がコントのように吹き飛び、無様に背面を曝した機体に向け、無慈悲にバズーカを叩き込む。
運動エネルギーは既に無く、照準は比較的容易だった。
バズーカの反動をそのままに左腕からの衝撃を半身へ移行、左足がただの一歩で体勢を維持した。
だがその一歩で十分、もう一機は彼の左に居たのだから。
維持した体制を敢えて崩していく。
具体的にはより左脚を後ろへ、そして右腕は真上へと。
振り下ろした右腕にはライフル、当然のように連続射撃の衝撃に余裕で耐える設計になっていたライフルはこの一撃で折れ飛んだ。
「あと、10機」
ライフルを殴打の勢いそのままに放り捨て、倒れ、ライフルを上へと捧げる格好になったライトニングからライフルを奪い取った。
残弾は20発、最も近距離の敵への接近までに2発の発射が可能。
そこまで考えた時、ヘリのローター音が響いた。
地上兵器の共通点は、上からの攻撃に弱い事が挙げられる。
それは機動歩兵とはいえ例外ではない、頭頂部の重装案も当然存在したが、バランスの問題から採用には至っていない。
聞き慣れぬローター音がビル街から低高度・高速度で接近してくる。
そこで彼はレーダーが故障している事に気が付いた。
同時に、ヘリを視認し、笑みをこぼした。
「シティーガード……!」
『双方とも、戦闘を停止せよ! こちらはラサシティー・ガードである! 従わぬ場合双方を殲滅する用意がこちらにはある』
それは虚喝とも、恫喝とも取れる発言だったが、双方それに従う意志を見せた。
一方は両手を挙げる事によって、もう一方は武器を投げ捨てる事によって。
「あらら、俺ってばマヌケじゃん……殴り損だったな、こりゃ」
殴り損だった、と考えた男はガードへ投降した。
殴られ損だった、等と考える事の出来ない男が目を覚ましたのは、獄中だった。
取調室は極めて窮屈な物であった。
広さはトイレの個室の数倍と言った程度しかない。
その部屋の隅に調書を取る士官が座り、狭い部屋の中央には机と、二つの椅子。
椅子に座っているのはジオ一人だが、取り調べが始まればさらに取調官が椅子に座るのだろう。
彼自身悪事を働いたという思いはなく、両親が死んだ事さえ忘却の彼方、頭にあるのは真実への想いだけだった。
「お待たせしましたかな?」
部屋に取調官の腕章を付けた男が入ってくる。
その顔には見覚えがあり、何度かは敵対し、何度かは共闘した相手であった。
「ハバロビッチ司令?」
「直接会うのは初めてだったかな、白い要塞君?」
その男の名は『ヴェル・ハバロヴィッチ』ラサシティーガードの現職総司令であり、多忙な存在のはずだ。
なにしろ、先日のガードの痛手から立ち直る事は事実上不可能、兵員の増強すら難しい状態のはずだからだ。
実際の部隊の再編や被害の調査は、部下に任せて裁決するだけで良しとしたとしても、シティーの対応の全権を任されていた彼だ、
連日のマスコミへの対応だけでも、それこそ寝る間のない忙しさだったはずだ。
「何故司令がこんな些末な事件を?」
「深い理由は無いがね、人手不足というのが最も大きいのだよ、索敵班やレーダー班に任せるわけにはいかないからな」
「まあ、司令が相手なら話は早い、事実だけ語りますからさっさと終わらせましょう」
「そうだな、私も嘘ばかり付く相手の矛盾を突く、なんて言う不毛な作業はしたくないからな」
そんな会話に、調書を取る士官が笑みを浮かべるのがはっきり見えた。
「彼等は病院への攻撃という重罪を犯した以上、彼等自身軽い刑で済むとは思っていないでしょう」
「当然でしょう、死傷者もかなりの数に上ったと思われますが……」
「いえ、幸運な事に病院の中で確認された死亡者は屋上にいた僅か2名でした、残りは怪我のみで済んでいると報告が届いています。
当然、行方不明者という事実上の死者もありませんし、怪我人の中にも重傷者はおりません」
「2名……」
それは彼の両親の事だと、言われるまでもなかった。
正面に座る取調官が法外の幸運だと話している声が遠かった。
その二人が自分の両親だと語る事も出来ない、自分は過去を捨てざるを得ない存在、この都市で彼は幽霊も同然なのだ。
だが、その事について感慨は湧かない、為すべき事はわかっていた。
事実のみを語る。
先入観も入るが、嘘は付いていないはずだ。
当初屋上から吹き飛ばされて落下したというのは信じられずにいたが、
屋上にいた事は監視カメラで確認された事や、その映像途絶から戦闘開始までの時間を考え、納得したようだ。
「話は変わりますが、貴方ともう一人、ジュピターの方がおりましたな」
「ええ、そのようですね、彼も巻き込まれただけだと思われますが」
「勿論です、ですが病院近郊での戦闘行為は犯罪のランクが格段に跳ね上がる事はシティー条例にも明記してある事です」
「しかし、少なくとも彼はテロリストを止めようとしたはずです、当然ですが、私もです」
「だがあの戦い方では病院への流れ弾も十分に考えられた事ではないですか?」
「当然です、しかし……そうだ、あの廃墟は調べて頂けましたか? あそこには連中が使用予定だった武器弾薬があるはずです」
「結論から言えば確かにありましたし、先の二名の死体はそこで発見しましたが、テロリストがそれを使おうとした証拠もありません」
確かにその通りだ、仮にテロリストが革命家を自称し、機体に革命と書かれた機体が実在したとしても、証拠にはならない。
また、機体に残されたガンカメラや戦術コンピュータのログを解析した結果、
彼自身の病院への誤射を含めた攻撃は存在しない事が確認された、取り調べが長期に渡ったという事でもある。
戦術コンピュータのログ解析など、開発企業の協力がなければそう簡単に解析など出来るはずがないからだ。
「……確かにそうですが」
「ご安心下さい、もう判断は付きました、私の下す裁決は貴方にとってはそう問題にならない事のはずです。
勿論、恐らく貴方の仲間もこれとさほど変わりない裁定が下るでしょう、これはシティーガードの名誉にかけて約束致します」
軽犯罪への裁可は確かに一定以上の階級を持った人間が、一定の範囲の中で独自に裁決する事は可能だが……
考えていると、彼は指を三本立てて言った。
「明日より三日、三日だけです、レイヴンとしての活動を停止する事。
これは一応懲罰の意味もありますが、大きな意味はありません、いわばアリバイ作りになります。
そしてこちらが本題ですが、その後任意の期間から二週間ほどガードの任務を無償で行う事です」
「他は良いとして無償ですか? 仮に戦闘になったとして、損害賠償や弾薬、整備については?」
「整備と弾薬はガードと共用が可能ですので問題ありません、ですが損害賠償については半額負担となります」
つまり、場所によってはあまりに危険な事になると言う事だ。
仮に核融合発電所を破壊して(されて)しまったら都市への損害はそれこそ未曾有の物となる。
先日のバグによる損害は北区全域に及んでいたとはいえ、その被害は発電所停止と比べれば小さな物と言えるだろう。
当然精鋭部隊が防衛任務に就いている物の、それとて保証はない。
一定期間はガード扱いなのだから理論上どこに配備されても文句は……
「ご安心下さい、間違っても水源地や発電所等への配置は致しません」
「なるほど、それならばお受けしましょう、機体の復旧には一週間程かかるでしょうが」
「快諾ありがとうございます、現在我々も損害が甚大でね」
そう言うと彼は握手を求め、ジオもまたそれに応じた。
仮設司令所から解放されたジオは、一緒にガードへ投降したノアの事が少し気になっていたが、それ以上に考えるべき事があった。
その足で、目的の場所へ向かう、その先には、彼のマネージャーの家があるはずだった。
果たしてその人物は予想された場所にいた。
予想された場所で、ソファーに座り、紙媒体の新聞を読みながら、コーヒーを啜っているところまで予想通りだった。
「ラグ、話がある」
ノックもせず、無造作にドアを開け、すぐに言った。
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