BATTLE FIELD OF RAVEN
第10話 床−bug−
やつらはアラーの園へ逝きたがっていた。
だから俺たちはそのための道を用意してやったに過ぎない
カルロス・ハスコック一等軍曹
目を開けて最初に感じたのは、安堵。
生きていた事ではなく、自分が自分である事に安堵した。
「起きたか?」
その声でベッドの近くの椅子、そこに座った男を見た。
「ノア?」
「まーったく、マル二日も寝込んじまって、来週いっぱいで読もうと思ってた本がもう読み終わるぜ?」
表紙を軽く覗き込むと、見覚えのない書体の文字−漢字−が書かれていた。
そう思った瞬間本が放り投げられた。
それをキャッチする。
「寝起きでそれだけ動ければ問題無さそうだな、退屈しのぎにそれでも読んでるのを勧める」
「いや……」
まず状況説明を聞きたかったし、何より読めない本が手元にあってもストレスが溜まるだけだ。
「話がしたいなら、お前に抱きついてる俺の妹から聞いてやってくれ」
その言葉で布団以上の重みを感じ取り、椅子とは反対側でベッドを枕に突っ伏して寝ている女性の姿を見つけた。
「お前の助け出した後では一睡もしてなかったらしいからな、起きたら話を聞いてやれ」
「あ、ああ……」
「それじゃな」
それだけ言うと、ノアは病室を出て行ってしまった。
とにかく、起きるまで待つしか無さそうだ。
「調子はどうだった?」
「ああ、特に問題はなさそうだよ、戦闘の後遺症とかも無さそうだし、そもそも傷も無かったしな」
「アレで無傷ね……」
生きている事すら奇跡と評された状況だった。
偵察にきたガードの人間は戦闘終結寸前の、爆雷の爆発を見ていた。
救出隊が編成され、その現場からは二人の人間が回収された。
両腕を失ったACからノア・ヴァーノア。
そして巨大な化け物の残骸近くからジオ・ハーディー。
実際、ACのブレードに切り裂かれ、さらに爆雷の全弾誘爆まで受ければ生存どころか死体すら四散するだろう。
それを修復するほどの異常を内包した体。
「……記録上はアレに吸収されてたって事になってる?」
起き出したカリナの話を聞き終えての最初の話がそうだった。
意識不明で病院へ搬送されたのがつい30時間ほど前だと言う事。
一緒に搬送されたノアはとうに意識を取り戻し、退院するほど無事だった事。
一方の自分は石不明が10時間以上続いた事から意識が戻ってから何日かは検査入院するという話になった事。
戦闘中に自分の他、ノアとミリアムの機体が大破した事、街への損害、そしてこの話である。
「そうよ、作戦中の事だったし、『アレ』はどうなっても注目の対象だったし、街への被害も甚大だし、吸収してたのも事実よ。
現場から大量のそれらしき物体が発見されているわ、一番目立っているのは機械と謎なゲルだけど」
つまり機械やビルなどの無機物だけでなく、人間を含めた生命体まで吸収したという事だ。
何より恐ろしいのはそれを逆に吸収し、操ってしまったという事実だが、それは敢えて思考から外した。
「ところでな、俺達の機体、5機のうち3機が大破だろ? ノアのは予備部品への交換でも大丈夫としても、俺とミリィのは……」
「ジオのは発注したパーツが今朝届いたらしいから、チューンしてるはずよ、軽量化とかして、もうそろそろ仮組みじゃないかな」
「そっか、ミリィのは?」
「昨日の夜に予備機を持ってきたわ、空中騎士団、エアナイツって知ってるでしょ?」
「ああ、ミリィに操を立てた連中だろ、あいつらの機体を貰ってきたのか?」
「ハズレ、元々ミリィが使ってた機体よ、今まで使っていたのはナイツの隊長機なのよ」
「ふーん……まあ、それはそれで良いんだけどな」
ふっと、頭を閃光のようによぎった疑問、何故忘れていたのか。
自分がキれた原因、それへの疑問が終わっていない。
「そうだ……メイは? レイアはどうなったんだ?」
思わずカリナの体を掴んだ。
意識が目覚めてすぐとは思えぬほどの力に思わずカリナは顔を歪めた。
「あ……悪い」
「んーん」
カリナは首を振った。
「必死になるのは悪い事じゃないし、二人とも無事だから安心して、それにそう言うところ、ジオらしくて私は好きだよ」
すーっと力が抜けた。
「そっか、そりゃ、良かった……」
「安心した?」
「ああ、まぁ、ね」
「あ……その、好きって言うのはその、友達としてだからであって、ラブだとかジュテームとかそう言う類じゃないからね?」
大慌てである、両方とも真っ赤である。
そんな表情を見たときの反応は、苦笑するか、赤くなるかだろう。
こんな時彼等は少年少女に戻る。
なにしろ、彼等の思春期は地獄で過ごしたのである。
そう言った感情が大きく成長する暇も殆ど無く、当然それを御する事など出来るはずはなかった。
お互い真っ赤になって口を噤む。
「……そうか、残念だな、そう言う類になるチャンスはないのかい?」
先に軽口を叩くほどの余裕を取り戻したのはジオだった。
思春期に恋をした、『その時』まで普通の少年だった彼は、恋をしたという経験があった。
その彼女の事は吹っ切れるはずなど無く、ただ忘れようと努力しただけだ。
だから、死んだと思ったとき、全ての注意をそこに向けてしまったし、生きていると知ってこれほど安堵した事はない。
もう二度と会う事はないと思い、そして会わないように生活をしてきた。
それは忘れるとは程遠く、むしろ逆に思いは募っていくばかりだったのだから。
「う、うーん、沢山あると思うよ? 一緒に生活してるんだし、ね?」
彼女からのささやかな反撃。
顔を近づけながら極上の笑顔で微笑んだ。
余裕を取り戻していたはずのジオは、再び真っ赤になる。
この思いも紛れもなく……
「それじゃ、私は行くね? メイもこの病院にいるし、会ってきてあげなさいよ?」
真っ赤になったまま出口へ走っていく。
だが口調だけは、捻くれた弟を諭す姉のような声だった。
「ああ、また明日な」
ベッドに寝転がっても、何があるというわけではなかったし、何より『眠りすぎた』為に目が冴えてしまっている。
「散歩してこよ……」
そう言うと、病院備え付けではなさそうなやや高級そうなスリッパが足下に置かれている事に気付く。
病室の中を見渡せば、様々なものが置かれている、感謝と共にスリッパを履き、廊下へと向かった。
院内は−歓迎されるような事では決してないが−多くの人間が暮らし、多くはここで最後の床を過ごす。
顔に布を掛けられた人間が横たわったまま運ばれていく。
それを見ていると、無事だったという少女達の元へ向かう元気も失せていった。
屋上へ出る。
幸いな事に病院の屋上は解放され、偏光ガラスに覆われた、切り取られた空を覗かせていた。
その下で、彼は人の気配を感じた。
その方向に顔を向ける。
一組の男女、少しだけ疲れた表情を見せる老年の男と、とても楽しげな表情を見せる車椅子の、男と同じ程度の年頃の女。
見覚えがあった。
男女は互いを見ていない、ただ言葉を交わすだけだ。
それも、男が一方的に話しているだけ、その話も途切れ途切れで要領を得ない。
忘れるはずのないその顔は、息子を失い、娘を忌み、精神を病み、家を出た者。
ヴァンドルフ・ハーディー、そしてルーヴィアン・ハーディー。
彼の父と母だった。
第10話 完
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