BATTLE FIELD OF RAVEN



第9話 前哨終幕−日は落ち、上る−
真の意味で人間を生かすのは絶望だ、真の意味で人間を殺すのは希望だ アルベルト・ハーマンシュタイン
両者にして会心の速度、渾身の威力。 だが。 捉えたのは一方だけ。 一方は、地上に巨大なクレーターを作るに留まった。 捉えた一方も不発。 深々と『頭部』近くを切り裂いた一撃は、その場所から吹き出したゲルが瞬時に補填し、『治癒』する。 互いに必殺の一撃が不発に終わり、だが、それでも両者は笑う。 不利は最初から承知していた。 大きさが違う、一撃の威力が違う、まして相手は攻撃を受ければ瞬時に増殖し再生する。 だがそれがどうした。 核ならば殺せる。 再生する隙も逃げる隙もない確実な殺し。 それが待っているだけ、相手に勝利はない。 だから物怖じする必要はない。 出来る事は一つだけ、ただ全力を持って攻撃する。 そう、今のは全力ではなかった。 ただ必死であっただけ。 そうだ、全力でなければジオあいつを止められない。 怖いとか、痛いとか、考えるのは後回し。 さあ、往こう。 次は全力だ。 ノアは、再び最初の一歩を踏み出した。 鈍器が爆ぜた。 迫り上がった先端部。 本能的に危険を察知し、相手が振り下ろす勢いをそのままに留め、全力で上昇した。 鈍器には対潜用爆雷が仕込まれていた。 海底の水圧に勝利し、水面に水柱を上げる大火力。 それは恐ろしいほどの衝撃にして炎熱。 「違法機にも程が……いや、それ以前にあんな機体を技術的に存在させられるの?」 自重と同じだけの武装を持ち、その中の一つを振り回す高い出力。 それと両立するだけの軽快なフットワーク。 さらに、自らの爆雷の衝撃と炎熱を受けて戦闘続行が可能、それどころかまるで損傷の見られない装甲。 それだけの能力が並列して与えられた機体ならば、もしかしたらブレードの直撃すら効果が無いのかも知れない。 確かめる為には、こちらの唯一の隠し球を使い、最大の攻撃力をもって相手を蹂躙する。 ミリアムは、ただ握るだけだった両腕操作のレバーから親指を離し、レバーの先端、そこにあるボタンに触れた。 そうする頃には、吹き飛んだ鈍器の柄を投げ捨てた機体が、新たに鈍器を握っていた。 一方は地上、軽くなった分だけより軽快に飛び上がり、一方は空中より、自由落下と決意によってより軽快に。 両者は再び接近する。 接近まで残り5秒。 拳を振るうにはあまりにも遠い位置から、拳が振るわれる。 拳より僅かに遅れ、僅かに違うコースを辿り鋼線が襲いかかった。 鋼線が触れ、生木が炎上する。 「熱線の類? ……いや、これは電気?」 公園に設置された事務所に通っていた電線がスパークしている。 生木が一瞬で炎上するレベルの電気ともなれば、ACの対電装甲帯など役には立つまい。 これを防ぐ手段は、振るわれてからは皆無だろう。 ならば思考する。 どうするか。 解答は単純にして明快。 接近して止める。 やはりそれも無謀。 接近すれば鞭に代わり拳が来る。 だが、それでも動く。 勝利の為に、ひたすらに無謀に。 理によって無理に。 重装機が前進する。 弾幕が後退する。 理解の限界を目前に超えた事象を前にして、ひたすらに後退する。 判断は正しい。 目前で展開されるその姿、例えるならば刃物によるハリケーン。 風ではなく、刃物が吹き荒れる事象。 接近すれば、接近されれば膾になって打ち捨てられる。 それは根拠のない想像にして事実。 弾幕を弾く事に集中する為か、その動きはひどく鈍い。 故に後退し、故に前進する。 ドッ、と言う音。 心臓音に似た音が響いた。 遮蔽物、都市外郭を意味する遮光板だった。 意識が後ろを向いた、そう認識した瞬間。 動きが変化する。 『歩き』であった動きが走りになる。 グリップから手が離される。 トリガーを起点に銃を回転させ、目標に投げ飛ばす。 弾幕の照準のズレ、それに気付いたときには、既に間合い。 追いつめてなお、大振りは無く、確実に仕留める為の必要最小限の動き。 左腕、ブレードを装備した腕がコクピットに殴りかかる。 展開する時間さえ惜しんだ結果だろう、正確で強烈なボディーブローが炸裂し、機体が押し込まれ遮光板にヒビが入った。 衝撃で巨大な連装砲が弾けた。 だが、それを逆用し、空いた両腕で頭部を狙い、成功させる。 モニタの破損やその他制御機構の異常は誘発しなかった物の、それでも間合いが開くのに十分なほどの衝撃だった。 間合いを開け次に繰り出したのは体当たり。 これ以上のダメージを喰らう物かと、強引に左の二足からパイルバンカーを突き出し、地面に固定する。 同時に右後脚で衝撃を止め、右前足で突進してきた機体を蹴り飛ばす。 体勢は不十分、だがそれでもカウンター気味に入った蹴りは再び相手を遮光板へと押し戻す。 そうして5秒が経過する。 爆音と衝撃が周囲に拡散し、その一帯を光が覆った。 爆音が消える寸前、地上に振動と、先の爆音に比べれば極めて小さな音、着地音が発生した。 発生させた機体は青。 爆発の衝撃と炎熱でブレードを装備していた左腕を喪い、露出した動力パイプは黒焦げだ。 他の部分も多くが煤で汚れ果て、自らに与えられた名、『エアマスター』の名に負けた姿をしていた。 だが。 交差した瞬間。 出力が異常増大したブレードは、握った腕ごと鈍器と爆雷を切り裂いた。 そのあまりの鋭さは偶然にも爆発を遅らせた。 切り裂かれた爆雷は、慣性に従い上へ。 青の機体は慣性に従い下へ。 空中へ飛んだ鈍器を持つ赤の機体。 右腕を喪い鈍器を喪い頭部の半分すら喪った姿はまさに死体。 だが、それでもなお、地面に着地し、最後に背面に残った鈍器、それを残った左で握ったその姿は不死者。 それに対した青も、地面に落ちた鈍器、その残骸を右に握る。 その背中は、決して諦めぬと告げていた。 射撃に特化した緑色の重量機が、接近戦に特化した灰色の中量機に、接近戦を挑んだ。 既に砲は捨てられた。 投げつけられた砲はあっさりと叩き落とされ地面に落ちている、回転は止まり、そこだけは極めて穏やか。 殴打武装、人間で言う手の甲に装着されたそれが殴打に最適な位置へ移動する。 拳法で言う中指一本拳、それを発展させたパイルバンカーに近い形状。 殴打の域を超え、刺突とも言われるそれは、紛れもない格闘に特化した機体。 だが、先手を取ったのは重装。 接近した勢いをそのままに、左腕で頭部を狙った。 その一撃は、右腕のみのガード体勢を行いながらのスウェーバックであっさりと回避される。 反撃の一打、その一撃は放たれない。 スウェーを止め、反撃の為に一歩踏み出したと同時。 左と同時に踏み込んだ縦走の左足を軸に、その前に踏み込んだ右足による回し蹴り。 強烈なベクトルを停止させるつもりなど無いと、回し蹴りによる足払い。 直撃すれば中量級の足など折れてしまうだろうその一撃を軽い上昇で回避する。 だがそれさえも見越していたのか、足払いの勢いを殺さぬままブースターで自重を支えた左の回し蹴りで足を執拗に狙う。 さすがに危険を感じたのか、ただの跳躍をブースターで強引に飛翔へと引き上げた。 当然の如く攻防が入れ替わる。 飛翔高度は僅かに二桁メートル。 格闘でも砲撃でも最適ではないこの位置は『彼女』の持つ鞭の独壇場だ。 左右に装備された二本の鞭が瞬時に再展開され、襲いかかる。 だが、飛翔に気付くと同時の後退は反撃を凌ぐだけの物体を手に取らせた。 砕け散った事務所に電力を供給していた電線と電柱。 多くが千切れていたが一対、二本の電柱と一本の電線が生きていた。 電柱を引き抜き、両方の電柱を手に取った。 この姿を見た者はこういうだろう。 ヌンチャクを装備した師夫の姿と瓜二つだと。 中国拳法。 主に素手を使う武術ではあるが、武器を一つあげよと言われたらほぼ全員がこの武器を挙げるだろう。 鞭をいなし、弾き、あらぬ方向へ加速させる。 幸運が二つ。 砲を投げ捨てて尚武器を手に入れられた事。 もう一つは、その武器が絶縁されていた事。 どちらかが欠けても、彼女の機体『屠竜』は電撃を浴びて破壊されていただろう。 故に、防戦一方であろうと、この拮抗は彼女の幸運の証明だった。 弾幕を放ち続けた男は、戦場全域をよく見ていたといえる。 故に正対する怪物に対して生存し、味方の窮地もしっかりと理解していた。 「エレナ!」 男が叫び鞭を振り回していた機体が反応を示す。 そして一瞬だけ視線を自らの右へ。 ボロボロになりながら、尚互いを削りあう悲痛な戦いへと向けた。 その意図を理解する。 正対した彼女はその意図を誤解する。 即ち、『救助せよ』と『援護せよ』という理解。 故にその瞬間最大。 思考よりも早く結果を脳内に出現させた。
探査→拡大
一秒を万秒に拡大し。
行動予測→結果抽出→最適解抽出
視界に入る全ての物体を万倍に拡大し、無数の結果をシミュレートし最適解を探索する。
実行→行動開始
エレナと呼ばれた鞭の機体が飛び退き、逆にこちらを飛び越えて戦場を移動する。 反応の瞬間に攻撃に転ずるべく滑り始めた右足の勢いを左足を思い切り踏み込む事で止め、右足の機動を変更する。 右足目的地、破壊された公園事務室。 到着の瞬間、ACにかかる力は重力のみ。 強引な停止による半回転をさらに次の一歩で一回転にする。 踏み込んだ次の一歩の瞬間。 ヌンチャクのように使われた電柱と電線を思い切り投げつける。
結果予測→行動続行
命中と、相手の拳の到着は同時。
割り込みインタラプト→予測修正
鞭の存在を予測に追加、修正、こちらが遅い。 叫ぶ。 『ミリィ! 3時方向より敵機checking three!』 だがそれも同時。 片腕で頭部も半分無い、痛々しくもなお赤い機体がその片腕を吹き上げるのと同時。 鞭を格納した機体が、その赤を抱き締め、後方のヌンチャクを回避する。 だが同時故に。 回避の遅れた左足に絡んだ。 バランスを崩し、二機同時に倒れ込もうとする。 その瞬間、カリナは足下に転がった自らの武器を拾い上げた。 倒れ込む数秒前。 残った右足が地面を蹴る。 叫び声は同時。 右足で地面を蹴るその勢いで『跳飛』するのと。 照準する余裕無く、砲を全力で『投擲』するのは。 それを認めると同時。 弾幕を放ちながら後退し続けた男が、一瞬だけ動きを止め、逆に一瞬だけ前進した。 手には最後まで巨大な連装砲。 最後の瞬間、前進の瞬間。 手を離した。 弾幕は弾き続ける事が出来ても、連装砲の質量はとても受け流せる物ではなかった。 左腕を犠牲にする覚悟で、真横から思い切り殴りつけ、それでもなお質量を流しきれず、数歩分の距離を弾き飛ばされた。 結論から言えば、砲は命中した。 しかも安定の軸だった右足に。 当然錐揉み回転が発生する。 その回転とボロボロの赤を男の機体が支え、着地した。 『では撤退させて頂こう』 そう言うと、機体の肩から閃光弾が放たれた。 モニタが瞬時に光量調整を行うが、それでも不意をつかれ、一瞬だけ視界を奪った。 目を開けた瞬間、光量を一気に絞った為にモニタに映るのは黒。 それが再度調整された時には、既に三機は視界からも、レーダーからも消えていた。 決心の後のただ一歩。 歩くのはただそれだけ。 次の一歩には獣が襲い来る。 襲い来るは左の蹄。 それは地面をえぐり取りながら襲い来る、それは燕のようでもあった。 そう、末端はいくら抉ろうと奪おうと削ろうと再生する。 狙うのならばただ一つ、中枢、本体。 目を背けるな。 怪異の中心は我が友。 それを除け。 生死を分かつのはただ一度の迷いのみ。 故に、期待するのはただ一つ。 その希望に縋り、迷いはここに断ち切れた。 もう一歩を踏み出す。 獣の腕の重量は総計22.1トン。 先端の最終到達速度は音速を超え秒速450メートル。 今までで最大の『ハリケーン』の一打。 どれよりも鋭く、低く、それでも機体の胴よりも高く。 それを見つめる。 物体は音速だ。 だが、ソレが存在している限り見えないはずがない。 故に。 全力で釣りをする。 エサは己の命。 釣り上げる物は皆無であり、失敗すれば己が死ぬ。 後退する。 腕のリーチより僅かに遠く。 そこに踏み込むタイミングは真の意味で瞬。 衝撃波が己を削ることすら赦さず、怪物の腕部先端が第二装甲板までを削っていく。 右の腕、既に素手となっていた腕でその怪物を加速させる。 加速させる瞬間に右腕が持って行かれた。 吹き飛んでいく腕も、同じく音速を超え、恐らくビルに突き刺さるだろう。 だがその事は些事、視界から消え飛び、思界からも追い出した。 釣られた怪物、最大の一撃であるが故に無防備。 重量比10分の1にも満たない物体の、さらに一部を犠牲にした加速でさえバランスを崩した。 崩れたバランスこそが勝機。 後退した反動、それをタイミングにして前方へ加速。 50メートルはあったであろう距離を秒で詰めた。 狙いはバランスは崩れたままの怪物の頭部。 そこに居るであろうジオ・ハーディー。 聞こえた叫びはどちらの物か、既に判別は不可能。 大上段。 これ以上のタイミングは存在しないであろう打ち下ろし。 それが頭部へ、上半身だけになった頭部を切り裂いた。 次の瞬間には、ゲルが吹き出し、傷口を埋めるだろう。 だが、それを赦すようならば、既に彼は死んでいる。 片腕で振り下ろしたという事はもう片方の肩は上がっているという事を意味している。 そして最高の加速、秒未満で到達した最高速を減速する手段は存在しない。 故に彼の機体、その右肩は振り上げられたままゲルが吹き出す寸前の傷口に叩き込まれ、直後にゲルによって固定される。 固定された右肩、そしてそこに装備された武装は彼の機体から離れ。 「燃えちまいな」 点火された。 その瞬間、爆炎が上がった。 点火されたのは爆雷30発。 もとよりその目的は対潜。 水圧を凌駕し水面に水柱を挙げる必殺の兵器。 それが開けた傷口、そこにいた彼に向けて爆炎を一斉に吹き上げた。 ノアは、自らの狙いが成功した事を感じ、結果を見ぬままに気絶した。
第9話 完

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