BATTLE FIELD OF RAVEN
第8話 違法と異常−イレギュラー・ワン−
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
『ベルセルク』
丁寧に植樹された人工の森。
そこには隠された三機のAC。
戦場を見据える三者の前に、三機が降り立った。
そこに生えた木々とは違う緑色迷彩の機体『屠竜』が、微塵の迷いもなくナパーム弾を撃ち放ち、人工樹はあっという間に燃え上がる。
爆炎から逃れた三機の違法がゆっくりと立ち上がる。
機体起動と同時の戦闘機動は機体への負荷がかかり、通常は行われないように安全装置が働いている。
だがその機体はどれも違う。
起動と同時に戦闘機動が出来、しかもその程度の負荷は想定されて設計されていることが明らかだった。
「なるほど、そう言う事か」
ルシードは一人呟く。
そして、同じように二人も呟いた。
そして愛用の巨大なライフルを中央の一機に向けた。
『突然乱暴ですね、一体何をするのです?』
そのライフルなどまるで眼中にないように、中央の機体、そのパイロットは悠然と言葉を紡いだ。
「貴方達に比べれば極めてささやかな事よ」
ミリアムは既に突撃の体勢。
状況が動き出すと同時に襲いかかれるほどの前傾姿勢で、動き出すのを彼女は待つ。
「一つ言うけど惚けるのはやめなさい、生物兵器の散布者さん」
ナパーム弾から鉄鋼弾への弾倉交換をオートで済ませ、カリナは二機の後方に付く。
「皆まで言わせないでよ、少なくとも貴方達は怪しすぎて、ガードに取り調べられるだけの疑わしさがあるのだから」
戦場近く、ACに乗り、戦場を観察するその様子も、搭乗している機体そのものも、怪しさを漂わせていた。
『なるほど、確かに怪しい、それは当然です。そして全てはあなた方の考え通り』
「認めたな」
『認めざるを得ませんよ、そして』
す、と。
何でもない事のように、巨大な塊を持ち上げた。
それは異常だった。
瞬時に脳がスパークし、危機を感じ、飛び退いた。
その大きさは、人間で言うなら胴体程度の口径。
全長は身長を遙かに超え、当然体重も超えていた。
それが火を噴き、前面全てを薙ぎ払う。
例えて言うならば、人間が車載機関砲を振り回すような、そんな異常であった。
握る腕はさすがに両。
だが、反動を感じさせぬ精密な照準は、確実に相手を追いつめた。
対象はルシード、回避の開始、散開と同時にカリナとミリアムが気付く。
反応と同時、照準を巨大な機関砲に設定、だがそれへの銃弾は一弾たりとて発射される事はなかった。
残りの二機がそれぞれに襲いかかる。
軽装に見えた小型の機体の両腕には特大のスレッジハマー。
背後に据え付けられた、予備であろうハンマーは小型、だがそれでも殴られれば紛れもない致命傷である。
対するは同じく軽装『エアマスター』
もう一機は中型、一見しただけでは素手。
少し観察すれば手には殴打武装。
だがその先が存在する。
対するは重装『屠竜』
広範囲に撒かれた弾幕が次々と公園の木々を薙ぎ倒していく。
相手が己に対しての武装を構える事さえ許さぬと言う心構えが伺えるほどの弾幕は、狙い通り、相手を回避に専念させる。
だが、逆に言えば、回避に専念さえすれば回避仕切れるだけの照準制度の甘さが確実に存在していた。
鈍器と刃物の戦い。
一般に殺傷力が高いとされるのは後者だ。
刃物は急所を容易く貫通し、致命傷を与えるだろう。
だがこの鈍器はそれに等しい。
急所どころか全身を叩き潰されれば、急所であろうと無かろうと関係がない。
だが、それでも刃物の優位性は疑えぬ。
それだけ巨大な獲物、外せばそれきりだ。
巨大な物体を振り回すのは、当然力が必要となる。
まして、その先端だけで己の2割近い重量の鈍器、それを5本も携帯するという狂気。
それを扱う巨大な力と、それを可能とする違法。
だが、それをしてなお、一度に扱えるのは一本のみ。
当然だ、自重の4割を超える物体を振り回すなど、物理的に困難だ。
まして今は餅つきのごとき穏やかな時間ではない。
命を賭して相手の命を奪い合う戦いだ。
だが、ならば何故そのような不利な条件でもって対峙するのか。
フットワーク−信じられないが驚くほど軽い−で振り回しの遅れをカバーしながら−同じ軽量機であるのに−鈍器と刃物は拮抗する。
弾き飛ばされ、着地し、互いが停止し、距離を取ると、安心したかのように、片手で鈍器の底を叩くと、鈍器の先端部が迫り上がった。
それを訝しむ暇もなく、それと同時に再び両者は激突すべく、地面を蹴った。
大砲と殴打武装の戦い。
論ずるまでもない、距離がある限り殴打に勝ち目はなく、近接戦ならば大砲は叩き伏せられる。
故に狙うべきは近接戦と、そこまでの決着。
近接戦を狙うべき殴打武装の機体は、ゆっくりと歩み寄る。
両腕は下に。
何かを摘み、右腕が上に上げられ、その作業を行いながら歩み寄る。
掃除機の電源コードのような紐状の物体。
隠し球にして当然の武装。
引き出された左腕は気付けば上。
紐状の物体はそれだけの動作でより長く、外界へその姿を現していた。
双肩のグレネードが発射され、それを待ちかまえていたかのように真横に回避。
一歩だけ横に踏み出された右足を思い切り踏み込み。
それを起点に最高速まで加速した。
この戦いは大砲と殴打の戦いに非ず。
この戦いは大砲と鞭の戦い。
そして狙撃と弾幕の戦い。
ライフルマンは接近されれば勝機はなく、狙撃されれば弾幕に勝利はない。
故に無謀、無纏。
ライフルを持った男が弾幕に対し突撃する。
まるで逆。
弾幕は並ではない。
通常、ACが装備する機関砲は60ミリ、大口径とされる物にしても、通常のライフルサイズの75ミリである。
大口径とされるライフルも、精々105ミリが最大で、バズーカは標準180ミリ、最大で205ミリと言ったところだろうか。
弾幕を吐き出すのは150ミリ。
それが4連装。
仮借無い鉄の雨。
だがその中を進む。
ライフルを背負った体、両の手には対象の拳銃。
彼の行っている事は、『至難の業』ではなく『奇跡』と呼ばれる事である。
『弾道速度を測定』し、『照準範囲を予測』し、『個別弾道を確定』し、『軌道上に拳銃という障害物を設置』する。
さらに『弾道通過時に拳銃にて別ベクトルを加え』、『機体への損害をゼロにする』
それを秒に数十、4カ所に行い、さらに前進する。
拳銃は秒を刻むたびに摩耗し、損耗していく。
だが、砕けない。
全ての弾丸は、拳銃の峰−ただ弾丸を弾く為だけに増設された、通常の人間では使えぬ部位−で受けていた。
炸裂弾でも、衝撃弾でも無かった事も幸いした。
鉄鋼弾は貫通力はあっても、破壊力には優れていない。
弾道のベクトルを外してしまえば−それが至難であり、神業である−決して物体は砕けない。
例外。
そう、例外があるとすれば。
その力が、あまりにも大きすぎた時だけ。
落下する『隕石』の一撃を、全力でもって受け流す。
古代の英雄、竜を打倒し、神さえ打倒した英雄ならば全力を持って打ち返しただろう。
だから、そんな英雄でない彼は受け流すしか道はない。
9割9分までの力を受け流し、それでもなお幾つかのランプが黄色く点灯する。
振り下ろす一撃が巨大な隕石ならば、薙ぎ払う一撃はまさにハリケーンだ。
滅多に起こらず、それこそ十数年に一度の大災害が、数秒毎に襲いかかってくる。
まるで神話の英雄に関する記述のようであった。
全力を持って全ての攻撃を回避するサーカスは続行され、左腕に装備されたブレードは裂帛の気合と共に一撃を待っている。
一瞬の隙を待ち、そこに全力を持って一撃を加えるという英雄達の記述。
だが、それは誰しもが考えた事に違いない、英雄はそれを成功させたが故に英雄なのだ。
多くの勇者達はそれを為し得ず、力尽きていったのだ。
黄色く灯っていたランプはいつしか赤く。
加えて本人の集中力、体力は早くも限界に近付きつつあった。
一撃は極めて疾く、重い。
隕石を受け流し、ハリケーンを回避する。
ただそれだけ、ただ逃げ回り、ひたすらにダメージを受け続ける。
それは都市区画も同じ。
周辺に存在したビルは次々と倒され、吹き飛ばされ、それでもなお虎は止まらない。
荒れ狂う嵐のように、ただひたすらに破壊を続け、そして全てを砕き尽くす。
その嵐のただ中で、ノアは、ただひたすらに好機を待つ。
回避しながら、僅かな隙が出来るのを待つ。
巨大な敵ならば、末端を狙えばその重量を支える事は出来ない。
例えるならば引退寸前の重量級レスラーの膝。
だか、この相手はその弱点をさえ音速の中にある。
音速を相手にするならば、対抗策は二つ。
自ら音速の中に入るか、もしくは、相手が減速する瞬間を狙うかのみ。
2キロの距離を徐々に後退しながら、『隕石』の振り下ろしと、『ハリケーン』の凪払いを回避する。
『隕石』の一撃を感知すると同時に全速で後退して回避する。
後退した方向のビルが粉々に砕け散る。
崩れたビルの破片、その霧の向こう側。
着地した自らの上、ワープしたのかと見まごうほどの速度で、虎が存在していた。
虎は、その前足、完全機械の前足を振り上げ、落下してくる。
落下地点予測、落下までの予測時間4秒。
体勢を立て直し、同時にブレードを展開。
1秒経過。
展開完了、落下予測地点修正。
2秒経過。
重力加速で落下する虎を真上に、逆方向に加速、重力を振り切るように、瞬時に距離がつまり、等初速等加速等速度で接近する。
即ち、接近まで残り1秒。
意図に気付いたもう一つの巨大な腕が振り下ろされる。
それに呼応するかのように、渾身の一撃が真上へ振り上げられた。
−そして、3秒経過。
第8話 完
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