BATTLE FIELD OF RAVEN



第7話 異常を越えた異常−Fall down mind−
既に目標は視界に捉えている。 目標以外の存在も認識している。 それは後だ。 最大の生命を殺す、その後。 思わず笑みがこぼれる。 自己を分析する。 限界は20時間前後。 それまでは暴れられる。 意識を失えば再び主導権を奪われるだろう。 それまで、殺し続ける。 本能のままに。 「全機へ、『火彩』は準備できているな?」 隊長が、自らの火炎放射器を装填し終わって確認する。 「火彩準備良し、同じく通常兵装も準備良し」 「あと10秒……補給車の後退を確認、カウント再確認、5秒前……」 そしてナパームが投下された。 ナパームは増殖部を次々と焼き尽くしていく。 「カウントスタート、ナパーム第二弾投下まであと30!」 「一撃離脱を行う!」 その号令と同時だった。 その時、ACが突入した。 彼等とは違う、白い重装の機体。 それが突入する。 技の無い、思考のない突撃、自らを砲弾に見立てて突撃する。 それは砲弾のように突き刺さり、その重量故に砲弾よりも深く、深く。 「15秒、各機離脱開始!」 肉の海。 消化酵素の海。 ありとあらゆるモノを吸収し、養分とし、そして全てを受け入れる。 そう言う海。 即座に装甲が腐食し、色が剥がれていく。 顔には笑み。 一瞬だけ、肉の海の動きが止まる。 究極生物の本能が、何かを嗅ぎ取った。 −自爆装置作動。 全ての弾薬が誘爆する。 それは巨体に比して極めて僅か。 だがそれは、解放となる。 肉の海の中、それは動いていた。 喰らっていた。 狼狽えた。 消化されるべき存在が、自身を内部から喰らっていく。 物理法則さえ無視した速度で喰らい、消化し、排泄する。 異常。 消化されるべき存在が、己を消化していく、己を内より喰らっていく。 それは。 究極生物が初めて知覚した『恐怖』 全てを内へ向ける。 炎など、最早耐性を得た。 進化した。 体を構成した炭素は炎と交わることなく、耐え抜くだろう。 進化よりも優先すべきは、まず、己の内を。 喰らい尽くされた。 既に本能の理解を超えた。 知覚を超えて喰らわれる。 体は硬く、既に高結合炭素で出来ている。 考えられる最大の硬度。 それが喰らわれる。 その姿は寄生虫に似ていた。 他種の幼虫の体内に卵を産み付け、それを喰らい成長する。 そんな寄生虫に似ていた。 体内が減っていく。 恐怖。 際限ない恐怖。 体が食い破られていく。 そんな中『彼』は見つける。 生物の体内、吸収し、理解し、利用しようとしたモノ。 それを発見し、それを利用とする為に、さらに喰らい進む。 そしてそれに到着した。 「ナパーム第三段、投下!」 「MLRS支援開始!」 外部からの刺激に恐怖はない。 だが、内部からの恐怖に、生物は、精神を、破壊された。 硬化していた細胞が、どろどろに溶けて行く。 「なんだ? アレはなんだ?」 「……全機攻撃停止、偵察無人機を前面に出せ、だが油断せずに次の攻撃用意」 偵察用のロボットが、ゆっくりと、周囲を警戒しながらゲル状になった細胞に近付き、踏み入った。 踏み入った瞬間、偵察機が食われて消えた。 笑顔。 「攻撃再開!」 瞬時に総重量数百キロに及ぶ火薬が点火される。 「ナパーム第六弾投下を確認、本部へ航空用爆雷の投下要請!」 『投下要請承諾、至急対潜ヘリと爆撃機を現場へ向かわせる! 数分は航空用爆弾で我慢しろ!』 玩具を手にした子供の笑顔。 偵察機の構造解析、分解、吸収、再構成。 それらが数秒で行われた。 無人であるが故に部品の全てが再構成された。 「こちらラディ、目標との距離南30メートル、作戦中の航空隊全機へ!  南ではなく西か北側から侵入せよ! ここからじゃ低空侵入は危険だ!」 『航空隊了解! 突入経路を西に変更、誘導爆撃を行う』 航空隊は後に、この通信に感謝したという。 バケモノが変化した。 生物が進化した。 無機物を吸収し、より進化した怪物は、兵器を使いこなすほどにまで進化した。 「なっ……」 目の前に突きつけられたモノ。 巨大な砲、距離は僅か、否、既に格闘の間合い。 両腕を使い、さらに衝撃の方向へ跳び、僅かでも衝撃を逃がす。 右腕が吹き飛び、左腕も半分に折れ飛んだ。 その衝撃はさらに強く、吹き飛ばされ、足で地面を削り取りながらも、100メートル後方のビルに叩き付けられる。 そして、殴り飛ばしたその砲は、彼を狙っていた。 『ラディ! 狙われてる! 離脱しろ!』 朦朧とした意識で、とにかく思い切り上に飛び上がる。 180ミリ砲が連続で火を噴き、足が吹き飛ばされ、空中へ投げ出された。 流れ飛ぶ砲弾は、低空侵入を阻害していたビルをあっさりと発破解体し、視界を強制的に確保させた。 ああ、このまま落下して、食われて死ぬのかと、ラディ・クロードは己の死をあっさりと受け止め、それでもなお助け出された。 黒い軽装機が、既に残骸と化したACを空中で掴んでいた。 「ジュピター……キラーか……」 『こちらジュピターのキラー、戦闘に参加する、指揮官は存命か?』 『指揮官のジョージ・ブラッドレーだ、謎の生物が相手である、ビビって逃げるなら最初の瞬間だけだ。  その後は後退を許可されない限り隊長権限で銃殺する』 『キラー了解、戦列に加えてくれ』 一機のACと一機の残骸は、少し離れたビルの屋上に着陸した。 煙が晴れ、生物が再びその姿を現した。 巨大な猫。 虎に近い生物。 それは、あまりにも大きく。 あまりにも機械的。 あまりにも生物的。 機械をも喰らう生物の肉。 装甲が剥げ落ちた、吸収された機械群。 胴体は複合体。 喰われて消えた偵察機、それを核として形成されたアメーバ。 その他多数の無機物と、ゲルが混ざり合った怪異。 右前足は完全に機械。 かつてACの重量を支えていたであろう脚部を機転に、電子部品がむき出しになった機械の足。 左前足はゲル状。 先程まで巨大なスライムを形成していたであろう一部、どのような理由か、強大な重量を支える粘着性の足。 後脚部は複合体。 MTらしき機械そのものがそのままの形で残りながら、それはあまりにも生物的。 まるで虎拳を習得した人間の構えのように、ゲルの粘着性が押さえられた、極めてしなやかな『骨格』と『筋肉』が形成されていた。 尾は怪異の具現。 それは何だったのか。 パイプ状の機材のみで構成されているにもかかわらず、変幻自在にねじ曲がり、そして数多い。 そしてその先端部全てには、180ミリのキャノン砲が搭載されていた。 一つには砲煙が、他の全てには装填された弾丸が、見る者の心を捉えた。 そして頭部はなく、頭部を模したその箇所には、吸収されたACが据え付けられていた。 胴体は黒く、両腕は赤く、そして残りは白い。 だが、それでもなおその存在は生物。 中枢部に存在する『存在』は、全てを知覚し、この半生命体を己の肉体の如く扱う。 威嚇の声を上げることなく威嚇する巨大生物を前に、ノアは極めて冷静だった。 「……隊長さん、聞こえるかい?」 『どうした? 今更の戦線離脱は赦される物ではないぞ、俺だけでなく、そのでっかいのも含めて赦すとは思えない』 「いや、違うさ、後退してておいてくれ、こいつは、俺が止める」 『……正気か?』 「至って」 『何か理由があるのか?』 「被害がでかくなる、今までの事から考えればコイツは遠距離戦闘では決して倒せない。  と、なれば残る可能性は近接戦闘による中枢破壊もしくは中枢との分離だろう。  そしてそれが可能なのは軽量、かつダメージの少ない機体だけだ。  ……もっと言えば、それは俺達に任せて貰いたい分野なんだがね」 『……わかった、作戦を許可する、ただし、お前達の光点反応が全部無くなったら即座に核を発射する、それでいいんだな?』 「……その前にここに斥候を出してくれ、相打ちって可能性もゼロじゃない」 『いいだろう、作戦を許可する……エリクソン、イノン以下、全機後退せよ』 『了解、ティトゥイーリは離脱する』 『アルペジオ了解、後退する、ラディ、機体のコクピットに入れ』 残骸をひょいと持ち上げ、彼は即座に離脱を始めた。 当然の如く180ミリキャノンが狙いを定めるが、ノア機がブレードを展開させ、突撃体勢を取ると、即座に狙いを変更した。 通信を、作戦用回線から変更し、スモールトークへ変更する。 「ルシード、聞こえてるか?」 『聞こえている、何だ?』 「丘の上の記念公園、知っているな?」 『ああ、知っている、それがどうした?』 「さっき一瞬だがACらしき物が見えた、お前らはそこに向かってくれ、コイツは、俺が責任もって引きずり出す」 声は怒りに満ち、目は自信に満ちていた。 『何を馬鹿な、と言いたいところだが……分かったよ、頼むぜ』 ルシード機がゆっくりと後ろに下がる。 『カリン、ミリィ、聞こえていたな、丘の上の記念公園だ』 『な……だって……』 一瞬だけ、ミリアムが抗議の声を上げ、それをカリナが引っ張っていく。 『信じていいのね? 兄さん』 「ああ、任せとけよ、この馬鹿引っ張って連れてってやるさ」 振り向きもせずに応えた。 戦場に残るのは、巨大な無機生命体と、それに正対するあまりに小さな機体だけ。 両者は正対し、一方だけが言葉を紡ぐ。 「お前とマジになってやり合うのは何年ぶりだ? ガードの訓練校時代は、お互いマジだったな。  ま、今と比べたら御遊戯みたいなものだが……楽しかっただろう?  レイヴンになってからマジになったのは一度きりだな、3年か4年前の、あの基地の戦い以来、本気の勝負だ。  恨みっこナシで行こうぜ」 無機生命体は応えない。 知っているが、応える必要を認めていない。 応えて、その瞬間に緩むのが怖い。 力を解放できなくなるのが怖い。 久しぶりの外界なのだから、少しくらい羽目を外させてくれても良いじゃないか、それが男の主張だった。 だが、それでも動くのは同時。 構えを解き、無造作に歩き出す。 無造作に、食いかかる。 両者は、凄烈な笑顔。
第7話 完

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