BATTLE FIELD OF RAVEN



第6話 急変−恐怖の具現−
彼等、もしくは彼女等は、丘の上で戦場を見据えていた。 それは小さいが、紛れもない異常だった。 民間人ならば避難をしていよう、兵士ならば見据えた先、戦場に居るだろう。 まして、その3人はACに乗っていた。 避難し遅れた、それならば生身で丘に居ても不思議はない。 だが、武装し、なおかつ戦場にはいない3人は、紛れもない異常であった。 「調子はどうかな?」 「予想通りの戦果、被害と言ったところかしら、ある程度組織、武装化されたとはいえ、ただの武装集団に対しては圧倒的な優勢。  同時に、高度に組織されたガードと、それに指揮される高度に武装化されたレイヴンに対しては圧倒的な劣勢」 3人の中でただ一人望遠鏡を持っている女性が言った。 「現段階では生物は生物の弱点を持ったまま強化される、それを承知で戦場に持ち出した私が言う事でもないか」 サングラスの男は一つため息をつく。 「実物を見るのは初めて……アレは本当に世界を救う存在なの?」 小柄な女性が言った。 「正確ではないが、アレは確かに世界を救う、その鍵であることには間違いないさ」 男は一人振り向き、森の影、偽装されたACに向かって歩いていく。 「そろそろ撤収しよう、事態が収束すれば我々も人目に付く、それは出来る限り避けたい」 男は、手に持ったスイッチをオンにした。 それで終わり、男は興味も無さそうにACを起動させた。 「……わかったわ」 偽装された機体は、それに輪を掛けて異常だった。 明らかな違法、そう言った関係の仕事をしていれば一瞬で気付くその異常さは、潔いほどの違法だった。 変化は一瞬だった。 まるで、押さえつけられていたモノが弾けるように、スモークの向こうから現れた巨大な存在がACを叩き落とした。 蠅叩きで叩かれた蠅のようにビルに衝突したACが、何かをする暇すらなくバラバラになった。 『パスファインダー大破! だがパイロットの脱出を確認! 生きている!』 煙が晴れた時、そこに存在していた大量の生物兵器は、ただ一つとなり、周囲には大量の残骸、食いカスが散らばっていた。 ありとあらゆるパーツが食い散らかされ、それは融合していた。 異常。 『それ』以外の全てが気付く異常。 無茶苦茶な増殖、雌雄すら区別無く、完全生物−単独で生存し、単独で補食し、単独で生きながらえる−に限りなく近い存在。 そうとしか思えぬ異常。 異常のインフレ。 「は……ははは……」 何が異常で、何が平常なのか、その感覚が喪われる異常。 そして、異常の発生源は、食い散らかす事で巨大化していく。 その食う対象は、共食いだけに限らない。 機械を、ビルを食らっていく、その『中身』すらも区別無く。 唾を飲み込んだ。 大口を開けた『それ』の中に、グレネードが打ち込まれる。 それは破裂し、体を吹き飛ばし、その部分を喰らいさらに増殖する。 「……ッ! ガード本部へナパーム投下要請! 用意できる全航空機を飛ばすように言って!」 「もうやってる! 援軍も可能な限り要請した! 本部と通信を受け取った全レイヴンにな!」 「退避! 退避しろ! ランディ! こっちだ!」 赤い機体がパスファインダーのパイロットを回収、回避し損ねて機体の右腕を失いながら、それでも離脱に成功した。 −生物兵器 残存1、テロリスト 現生存者数、86名 『援軍要請、援軍要請! この通信を聞いている全てのガード部隊、レイヴン、何でも良い、全ての戦力へ!  全作戦を中止してでも援軍に来てくれ! 作戦行動中のテロリストでもこの際構わない! 人間が全て殺されるぞ!』 それは本能の叫びのようだった。 尊い理想も、生きる為の本能すら凍結させる切迫感。 逃げ出すか、向かうのか、とにかく、今までの目的全てが凍り付いた。 「り、理想の為に……逃げる、逃げるんだ」 ただ一人残った空港襲撃のACが、離脱しようとしていた。 だが、それは運悪く、『異常』の正面だった。 危険を悟った瞬間、上に飛び上がり。 それでも間に合わず、両脚が飲み込まれ、上半身が無様に宙を舞った。 「う……ああああああ!」 異常へ向けて、全火力を叩き付ける。 だが、単体の火力など、その異常には全く効果はなく。 上半身だけの機体が地面に叩き付けられ、左腕がズタズタに折れた。 中身の左腕が、ズタズタに千切れ、この世のモノとも思えぬ絶叫がコクピット内部に木霊する。 だが、その後に訪れた補食対象となる恐怖、それによってもたらされた絶叫はそれに輪を掛けて悲惨だった。 何機もの機体が離脱していく。 恐怖故に全てを捨てて。 その場に留まったのは、僅かに10機。 ガード部隊の小隊の長『ジョージ・ブラッドレー』、AC『グロースヌイ』 その部下で、唯一無事な機体を持つ『エリクソン・グラムサット』、MT『シェル・ムーン』 射撃武装を失いながら、それでも砲撃を続ける『イノン・グレイシー』、MT『ブラウエンジェル』 ジュピターのレイヴン『ミリアム・ハーディー』、AC『エアマスター』 同じくジュピターの『カリナ・ヴァーノア』、AC『屠竜』 ティトゥイーリのレイヴン『アーサー・フロン』、AC『ハートブレイカー』 同じくティトゥイーリ『アンディ・クライスラー』、AC『ピースメイカー』 駆けつけ、踏みとどまったレイヴン『オーファウス・パフィシオ』、AC『アルペジオ』 同じく踏みとどまったレイヴン『ラディ・クロード』、AC『XLAA』 そして、目の前で追跡していた対象を補食された『ルシード』、AC『ブラックナイト』 『通信は以上のようだ』 空中のヘリ、ラグの機体が中継を完了する。 「ノア、お前の機体は足が速い、向こうの救援に行け、ここの連中は俺が掃討する」 既に数は6体まで減り、既に意識は新たな戦場に振り向けられた。 だがそこに油断があった。 歓喜の声を上げ、同時に距離を音速で詰め、生物兵器が白い機体に襲いかかった。 右腕のライフルのグリップが吹き飛び、路上の車を薙ぎ払いながら地面を滑っていった。 「チイッ!」 ライフルの無くなった右腕で距離を離し、残った左で地面に転がっていたビルの破片を思い切り脳髄に突き立てる。 ビルの破片は狙い違わず脳髄に突き刺さり、活動を停止する。 『ジオ、大丈夫か?』 「大丈夫だ、早く行け! あそこにはミリィもカリンもいるだろうが!」 一瞬だけ、妹を思う兄の顔になっていた。 『分かったよ、折れも妹が心配だ、さっさと行かせて貰うぜ……死ぬなよ』 「お前もな……仲間を失うのはもう御免だぜ」 そう言うと、ノアは新たな戦場へ向かっていった。 「ヴェノムチーム、援護してくれ」 『ああ、分かってるよ、さっさと倒して、救援に行こう』 「怖くないか?」 『当然怖いさ、だがな、俺達はこの都市、この世界が大好きなのさ』 「それだけ聞けば十分だ、支援を頼む」 『こちらヴェノムリーダー、後方支援は任せろ、ヴェノム3、お前が一番ダメージが少ない、ジュピターの近接支援を行え。  俺と4は左右に展開、ヴェノム2、お前はダメージが一番でかい、ビルの上から敵の位置を探れ、くれぐれも気を付けろよ』 「よっしゃ、行こうか」 予備として用意されていたマシンガン、その弾倉を確かめ、満足しながらジオが言った。 『ああ、行こうぜ』 『行くぞ!』 「駄目だ!」 一喝し、レイヴン達を押さえつけたのは、ガードの隊長だ。 「支援のナパーム投下がまもなく始まる、それまで待て」 『しかし、このまんまじゃ奴は都市中に増殖しちまうぞ? そしたら手遅れだ!』 「最終手段として、核が既に用意されている、北区どころか、都市の8割は吹き飛ばす程度の威力がある奴をな」 何でもない事のように彼は言った。 「被害は北区エリアだけで押さえる予定だ、ここに集った諸君、俺の指示に従え」 『……オッケー、腹くくったぜ、ガードの隊長さん、名前は?』 「ジョージ、ジョージ・ブラッドレーだ」 『サー、イエッサー! こちらレイヴン・ラディー、以後ブラッドレー隊長の指示に従う、他の連中も了解か?』 『ああ……もうどうにでもなれや! こちらアルペジオ! 死ねって命令にも従ってやる!』 『同じくそっちに向かっているジュピターだ、俺もそれに従おう、そっちの連中もいいな!』 『当然だな、指揮系統の一本化、その程度は必要だろう、ティトゥイーリもそれに従う!』 −ナパーム投下まで、あと280秒。 残った生物兵器が対甲兵器である大砲を連射してきた。 回避しきれず、左腕に数発命中してしまう。 左腕へのエネルギー供給が半減し、装備された武装、ブレードの展開が不可能になる。 「クッ!」 残った弾丸が後方にいたヴェノム3の右半身と、さらにその後方のビルに叩き付けられ、破片を撒き散らした。 『ヴェノム3、機体中破、戦闘続行至難』 『各機へ、3の離脱を援護せよ、レイヴンは前面火力で敵を黙らせてくれ』 「了解!」 ミサイル・ロックオン、六発発射。 遅延信管のミサイルが突き刺さり、吹き飛ばす。 『殲滅確認……レイヴン、上だ!』 真上から敵が降ってくる。 咄嗟の判断で機体を思い切り倒して回避する。 「まだ残っていたのか!」 マシンガンを持ったままの右腕を思い切り突き立てる。 肉を抉りながら弾丸を発射。 貫通した弾丸が次々と後ろのビルに突き刺さる。 苦悶に喘ぐ生物兵器を、冷静な目で見ながら、残った左腕で落下してくる何かを握った。 それは、通常のオフィスワークには不釣り合いなほど巨大な鋼鉄製の机。 ACの巨大な腕をして振り回すのに丁度良いサイズの、屋内銃撃戦で盾に使えそうな巨大な机の脚を握っていた。 雄叫びを上げながら思い切り脳天へ机を叩き付けた。 肉を抉り、そして両断した。 「殲滅成功を確認、これより援護要請地点へ向かう……」 機体がゆっくりと方向を変える。 多数の残骸の中に何人もの人が倒れている。 逃げ遅れたのであろうか、どれもガードの制服を着ていない、民間人の服装だった。 もしかしたら何人かは助けられたかもしれない、生きている人間もいるかも知れない。 その事を言う事は出来ない、ここを戦域に設定したのは自分なのだから。 だが、それでも言わねばならないだろう。 「民間人が何人もいるようだ、生存者が居る可能性もある、ヴェノムチームへ、後を頼む」 『ヴェノムリーダー了解、責任を持って負傷者を病院へ、死者を墓へ連れて行く』 「ああ、それで十分だ、頼む」 機体が走り出す。 後悔しても仕方ない事だ。 これほど大規模の戦いだ、民間人の死者なんてそれこそ何千、何万と居るだろう。 だが、それでも、何かあったのではないか、何かやりようがあったのではないか。 ビルの上へ飛び上がり、位置を確認する。 真下を見、再び飛び上がる。 ……待て。 何か、無かったか? 記録再生。 再生。 拡大。 画像アルゴリズム解析。 再生。 車の影を拡大。 画像縁取り。 再生。 人物確認。 二名。 拡大。 「メ……イ? それに……」 『ねぇ、こう考えた事はない?』 それは、鮮明に。 『今は……このシェルターの偏光ガラスに遮られてしか外を見ることが出来ないけど……  いつか地上の汚染が無くなって、地上に住めるようにならないかな、って……変かな?』 覚えている。 忘れない、忘れられない風景。 忘れても、すぐに思い出す、幸福の日。 初恋の人。 僕らの憧れの人だった。 「レイ……ア」 心臓が潰れる思いがした。 緩んだ。 緩んでしまった。 無意識下ですら押さえ込み続けていた力が弾けて飛んだ。 心拍数が異常だ。 発汗が異常だ。 呼吸が異常だ。 体の震えが異常だ。 全てが異常だ。 生きている事が異常だ。 だから、笑う。 だから、殺す。 だから、目覚める。
第6話 完

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