ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN
第16話 人ならざる異質なモノ−devil or angel−
百殺せば二百産み、二百討てば四百で襲い、四百倒せば八百で学習する、人間は我々を化物と呼ぶが――
フン、私に言わせれば人間こそがその化物にもっとも近い生物だ。
あれほどしつこくしぶとく性質が悪い連中を私は知らん!
『吸血大殲』
意識が急速に目覚めていく感触。
闇が遠のいていく感触。
貫かれた男。
倒れ、血塗れになりながら、尚笑うのをやめない男。
幻の血。
その場にいる全員が動きを止めていた。
ただ1人を除いて。
ある種最もこの場所にふさわしくない人物だった。
その人物は『巨大な輸送車両』から『対戦車バズーカ』を『怪物へ』放ったのである。
そしてバズーカの爆風の中に輸送車両ごと飛び込んだ。
爆風が晴れた時、その人物は怪物の首を掴んで持ち上げていた。
驚くことに片手である。
もう片方の手は、バズーカを持ったままである。
「起きろ」
もう少し、ほんの少しだけ空気が緩んでいたら全員が大爆笑したかも知れない。
だが、誰も笑えなかった、そして、『人間』が目覚めることを心から望んだ。
だらりと垂れ下がった手、傷だらけ、そして血塗れの体。
改めてみれば死体と何ら変わらないその体。
だがその体には人間とそうでない『何か』がいるということは、数百の死体と共に理解させられていた。
『殺せ』
笑い声。
「嫌だね」
形勢は逆転していた。
『この俺の意志に勝つつもりか?』
「のみならず貴様を殺す」
強靱なる意識体。
その意識すら超越したところに彼はいた。
「だが貴様には利用価値があるんでね、いざって時のために俺の中で飼い殺しになってもらうぜ」
『フン、勝手にするがいいさ、今度こそお前を、食うぜ』
「ご自由に、どうぞ御自由に、飼えなければ殺すまでだ」
彼は歩いていく、闇の世界から光の世界へ。
「ラグ……」
『人間』の声だった。
「やっと目が覚めたか、お寝坊さんめ、御陰で状況は最悪だ」
情け容赦の無いある種残酷な言葉、だがこの言葉が心地よい、『この世界』に戻ってきたと言うことを実感できた。
そして少しだけ笑った。
立っていた。
立ち竦んでいた。
気持ちは既に納得している、そのはずだった。
死んだ。
理解している。
でも動けない。
「ミューア」
後ろから声がかかる。
「何?」
「俺たちは、もう行くから」
「うん……」
驚くほど素直な声。
初めて聞いたかも知れない声。
「もう行くから」
その声と共に、彼等は去っていく。
『思う存分泣けよ、泣いておくんだ』と背中が語っていた。
立ち竦んでいた体は動き出す。
「フリッツ、ごめんね」
そんな声が、自分の口から聞こえた。
自分だけで来ていれば、少なくとも彼は死ななかった。
かつて自分には多くの恋人が居た。
だけど、ここまで深く愛した人はいなかった。
吐息。
「雨でも降らないかな」と、どこかで思っていた。
そして思う。
ああ、ここは閉ざされた閉鎖空間だったんだ、と。
雨が降る時間は決まっているんだった、と。
そう、雨が降るまでここに立っていたらいい。
雨が降るまで、そう時間はない。
「主砲、充填完了まであと10分」
「敵反応、左舷に攻撃機、シティーのガード部隊と思われます」
「対空砲用意、接近する物だけを狙え、市長命令を無視した行動のはずだ」
「了解、左舷対空『業』発砲開始、ミサイルロック完了」
「フォクスよりリトルベア、所属不明機捕捉、データ転送します」
「了解フォクス、転送状況良好、データ解析完了、フォクス攻撃可能か?」
「状況より不可能、敵は対空砲を発砲しながら上昇中」
「上昇……壁を破る可能性はあるか?」
「おそらく無いと判断します、どうやら敵は……ッ!」
「緊急警報! フォックス、離脱、脱出しろ!」
エラー音が各機に響いた。
「アニマルリーダーより各隊、散開して接近する! こいつはチマチマやってたら間に合わん!」
「空戦部隊がようやく到着か、だが間にあわんだろうな……」
ぼんやりと空を眺めていた、天井が彼方に見える。
「さて、状況は理解しているか?」
否、と言えない雰囲気、それに状況は理解している。
「ああ」
「それは結構、ならばやる事は分かるな?」
「上空に存在する大型機の撃破、及び主砲発射阻止」
「その通りだ、クライアントのない任務、だができるな?」
「もちろんだ」
「ならば期待を持っていくが良い、そこに格納されている」
そう言うと歩き出す、急を要する事態にしてはのんびりと。
「ベア・チームは全滅、その他全小隊損害大、指揮官失格だな、俺は」
そう言ってからふと自嘲気味に笑う。
「いや、違うか、市長からの命令無視の段階で失格だな」
短い時間爆笑した、1秒にも満たない時間。
「だからこそテメーを墜とさなきゃ格好つかねえだろ!」
左翼からわずか数センチの距離をミサイルが通っていく。
「ハッハァ! 最ッ高のスリルだぜ!」
言う間に今度は急降下してミサイルを回避する。
「隊長機より生存全機、撤退しろ!」
目標まで後僅か500メートル。
対空砲がキャノピーを割った。
残り400メートル。
僅かな距離でミサイルが爆発、機動変化。
残り100メートル、上下反転。
「あばよ!」
真下に向けて射出座席を引いた。
「攻撃機が左舷に激突、主砲エネルギー供給経路に問題発生、左舷閉鎖!」
「右舷からの供給を増大させろ、なんとしても発射まで持たせるんだ!」
その様子を、彼は余さず見ていた。
「迎撃を頼む」
そして彼は立ち上がる。
空戦隊が壊滅し、基地へと帰還する様をじっくりと見ていた。
静かに歌う。
歌いつつ飛ぶ。
そして、歌を一小節だけ、最初で、最も印象的な一小節を歌い終わった時、歌うのを止めた。
弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕。
弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、被弾、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕。
弾幕、弾幕、被弾、被弾、弾幕、被弾、弾幕、被弾、弾幕、被弾、弾幕、弾幕、被弾、被弾。
被弾、弾幕、被弾、被弾、被弾、弾幕、被弾、被弾、被弾、被弾、被弾、被弾、被弾、被弾。
弾幕、弾幕、警告、警告、破損、弾幕、弾幕、破損、破損、警告、弾幕、弾幕、弾幕、弾幕。
「やかましい! 弾が飛んできてるのはわかってんだよ!」
絶叫した、そして言う。
「さあ、飼い殺しの狼よ、限定解除だ、好きなだけ暴れて見せろ!」
そう言うと同時に体が軽くなっていくのを感じた。
システム解放、全システム解放。
損傷箇所遮断準備完了。
突入飛行、開始。
艦橋は活気と歓喜に満ちていた。
目標が、悪魔が煙を上げて燃え上がった。
悪魔を倒したのだ。
そこにいた誰もが思った。
そして艦内も1人を除いて喜んだ。
そして歓喜は驚愕と恐怖に変わる。
「突っ込んでくるぞ! 操舵手! 右舷へ回避だ! 避けろー!」
「ブースター出力、680%」
笑顔。
「ジェネレーター、現在加熱暴走中」
笑顔。
「損傷箇所増大」
笑顔。
「目標まで、あと15秒」
笑顔。
「全機能停止」
その言葉を全て出す直前にモニターが砕けた。
戦闘機以上の速度で飛び込んだ。
かろうじて回避。
弾幕は途切れない。
悪魔の化身が外壁を削っていく。
ACが外壁を削っていく。
肩部が外壁を削り取っていく。
その場にいた戦闘員が何人か吹き飛び、また何人かが外へ投げ出される。
その後その場にいた彼は幻覚を見た。
錐揉み回転を続けながら外壁を削っていくACのコックピットから、外へ出ようとする男を見た。
外壁を削りきり、船体の上へと吹き飛んでいくAC。
弾幕は途切れない。
弾幕は途切れない。
弾幕は途切れない。
慣性運動が終わる。
弾幕は途切れない。
自由落下が始まる。
弾幕は途切れない。
そして『それ』は、悪魔の化身のようなそれは爆発した。
歓喜、歓喜、歓喜。
抱き合い、圧し合う。
原始的な喜びの表現。
そしてふと上を見た時。
全てが止まった。
倒れる事さえできなかった。
全てが止まる。
首が消える。
魔物の目を見る。
メデューサすら石になるような、全てを凍らせる眼光だった。
銃を構える。
安物の特撮のように、首がすうっ、と落ちる。
魔物の顔を見る。
その異様な眼光を緩ませるような、とても良い笑顔だった。
銃を持つ手が震える。
舞台上で行う大がかりな手品のように、上半身とか半身が切断された。
魔物の姿を見る。
その姿は見えない、まるで霧が幻を見せているのではないかと思うほど鮮やかに消えた。
銃をいろんな場所に向けてみる。
そして初めて恐怖した。
感覚が異様を訴えている。
飼い殺しの狼が暴れている。
もっと暴れさせろと、もっと血を吸わせろと暴れている。
感覚を遮断する。
誰にでもできると思っていた。
だができないと理解していた。
動力部への扉を開ける。
動力部の扉まであと1つという所に彼は居た。
「やあ」
まるで久しぶりに友人にあったような口調で。
右手に刀を、左手にライフルを構えて。
「待っていたよ」
殺意をこめて呟く。
「やはり悪魔は人間の手でなければ倒せぬらしい」
「その通りだ、悪魔を倒すのは、いつだって人間だ」
そう言いながらナイフを握り直す。
巨大な戦争は、小さく終わりを告げようとしている。
第16話 完
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