ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第15話 明滅する世界−Inner space−
現在、君が人であることに感謝せよ。
もう既に痛みはない。 対物ライフルが体を抉っていく。 痛みはない。 ただ、体を通っていく弾丸の感触が、一緒に吹き飛んでいく肉の感触がたまらなく不快だった。 ああ、ここで死ぬんだ、って思った。 「お前が人間らしく死ぬのは許せんな」 声が聞こえたような気がした。 「お前が楽に死ねると思うのか?」 声だ。 「お前は死にたくても死ねないんだよ」 明瞭に聞こえてくる声。 「塵と消えない限りはな」 其処に在るのは暗い闇だった。 いつからか体内に共生したもう1人の自分。 だがいつもとは違う。 『オォ……』 声が漏れた。 まだ生きているのか。 男はそう思い。 女は駆けだした。 「どけ、カリナ」 再装填を終えたライフルの射線上に彼女はいた。 「嫌……」 涙声、もしかしたらもう死んでいるのかもしれない不安。 それでも口から出てくるのは力強い否定の声。 それは、もしかしたら死んでは嫌だという思いだったのかもしれない。 「お前はそいつの何を知っている?」 瞬間的な躊躇。 「そいつは何万人もの人間を殺した、今日だけで何百人殺したか知れたものではない殺戮兵器だ」 「……それは、兄さんの生み出してしまった悪夢よ」 「何だ、と……」 「ジオはジオよ! 兵器だとか殺したとか、うるさいのよ!」 彼女は泣いていた。 もし事情を知らない人間が見たらさぞ滑稽に見えただろう。 殺人鬼を殺す殺人鬼、そしてそれを庇う者。 そこにいる皆が皆、多くの人間を殺してきたのだから。 『泣くな』と声を上げたかった。 だが、もう声すら出せない。 代わりに内側から声が聞こえる。 「お前はもう死ぬんだよ」 優しい口調。 「お前は死に、俺が外に出る」 静かな声。 「寂しくはない、俺が全てを殺してやるからさ」 力が抜けていく。 「させ……ない」 こいつは、みんなを殺すつもりなんだ、友達さえも。 「さて、ね……できるモノならやってみろよ」 後ろを向いた。 奴が去っていく。 「じゃあな、ジオ・ハーディー」 その声を最後に全てが消えた。 声も、音も。 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』 獣の咆吼。 人ならざるモノの咆吼。 貫かれた傷は既に微塵もない。 正真正銘の化け物だ。 咄嗟に妹を突き飛ばし対物ライフルを撃つ。 狙い違わぬライフル弾は、体を抉ることなく、弾丸は握られていた、握りつぶされていた。 そして、ゆっくりと立ち上がる『獣』。 妹は突き飛ばされたその場所で立ち尽くしていた。 目を見開いたまま、そらすことができずにいた。 あれが、彼だというのだろうか。 横からの弾幕が来る。 避けることも、生き残ることも決して叶わぬ必殺の弾幕。 500人、半個大隊からなる1人の人間への苛烈なる弾幕。 その場所だけでなく、周囲数十メートルに目の眩むような弾薬が投射される。 だが、彼は生きていた。 それどころか、嗤っていた。 弾幕がまるで存在しないかのように。 おお、この風よ。 おお、この光よ。 この感触こそ求めていた世界。 優美なる甘美なる世界。 前に居たのはいつのことだったか。 ああ、世界とはなんて甘美なのだろう、あの男を通して感じる物とは全く違う。 そうだ、これが俺の居る世界。 俺が殺し尽くす世界の感触。 『時間稼ぎにもならない?』 ギーレンはそう考えた。 そして叫ぶ。 「リオル様、ここは撤退を!」 叫んだ意味、その先にある物を彼は知っていた。 戦艦主砲による主砲斉射。 しかる後に空爆部隊による爆撃。 最後の一撃に核弾頭。 都市と共にこの化け物を消滅させる。 彼らはここで死ぬのだろう。 だがそれを引き替えにこの化け物も消滅する。 彼さえ、我らの神さえ生きているのならば間違いなく組織は繁栄を続けるだろう。 叫んだ、恐怖を押し殺した怒号を。 「各個に弾薬を鉄鋼弾に変更! 弾幕絶やすな!」 闇の中。 音のない闇の中。 闇を闇と認識し、闇を見る。 見える。 闇のままなのに、其処にあるモノが。 其処にあるのは意志体。 今自分は精神世界にいて、そして体は自分ではない誰かが動かしている。 そして、今自らを奪い返すことはできない。 相手は自分を意識している。 外に集中しろ、俺のことを忘れさせるんだ。 彼は祈る。 敵に祈る。 奴の注意が逸れることを。 自分を殺すような危機に陥らせてくれることを。 一頻り外の世界を堪能した後の行動は決まっていた。 殺す。 まずは弾幕の五月蠅い連中からだ。 鉄鋼弾が体に突き刺さる、それがどうした、こんな物など『俺』には通用しない。 むしろ心地よい、指圧の如く。 砕かれた骨は程良く刺激されて復活し、流された血は……目の前の奴らから奪い取る! そう決めると『彼』は口を大きく開いた。 頭にあるのは、血の味だけ。 席に大仰に座った。 「離脱開始だ」 「了解」 全員に躊躇いはない。 1人は自らを正義と信じているから。 他の全員は、その1人を神と信じているから。 血の味を切望し、飛び出し、一頻り味を楽しんだ。 周りを見ることはない、1人1人の血を楽しんでいた。 だから、飛来するロケット弾への反応が遅れた。 冗談のような攻撃だった。 爆音。 夢幻に思えた闇に、光が見えた。 緩んだ、と思った。 檻を砕く、『奴』が気付いて振り返った。 だが、もう遅い。 手刀が『奴』を貫いていた。 その時聞こえた哄笑は、誰の声だったろうか。

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