ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN
14話 憎悪の想念−The law of death−
おお、神よ、感謝します。
この豊かな国に私を存在させてくれたことを。
神よ、私は貴方を称えます。
この狂った世界を創世してくれたことを。
狂った世界が狂ったまま踊り狂うのを楽しませてくれたことを。
だから私は神を信じ、貴方を殺そうとしている。
狂った世界の名代として。
21世紀初頭 ある無名作家の手記
弾幕の雨が沈黙し、血煙と共に屍山血河が築かれた。
そこに立つは、ただ一組の男女。
「さあ、先を急ごう、また次が来ないとも限らない」
一体今日だけで何人この手で殺したのだろう。
比喩ではない、殆ど自分は素手だけで殺している。
手に持つはずのナイフは一本だけ、それは腰のベルトに挟んだままだ。
自らが生きるため、そうだとしても『生きる』とはなんと罪深きことであろうか。
あとに残るのは、数十の死体。
残ったのは自分だけ、と気付いたのは数秒前だった。
敵の増援が来たことで形勢は一気に逆転した。
だが、そうだとしても、私の命は既に捧げたのだ、私の神に。
『あの人』に。
だから死ぬことは怖くない。
ただ、一機たりとて道連れにできない自分が歯痒く、悔しいだけ。
「誰であろうと構うモノかっ!」
絶叫、咆吼、無力な自分。
激しい行動、通常の戦闘ならば絶対にしないであろう機動。
既に機体の修理は不可能なほどのダメージを受け、停止しているはずなのに。
「何故、動けるんだ……」
ノアは、そう呟く。
いつの間にか、赤いランプと警告音だけだったコックピットは沈黙に包まれる。
当然だ、もう既にそんなところに回す電力は必要ない。
そんなモノがあるのならば、暴れてやる。
一機だって良い、道連れだ。
恐怖とか、怯えとかそんな感情はどこかに飛んでいった。
代わりに『在る』のは歓喜と狂気。
叫び声が聞こえてくる。
物騒な声だ。
共に死のうとする、道連れを探す亡者のようだ。
共にステップを踏めばそれは死が待つダンス会場への招待状になる。
もう体が痛いとか、視界が暗くなっていることなんか気にならない。
執念で体を動かしているとかそう言う思考力もない。
ある種、自分は既に死んでいる。
そう思うのは、そう遠くないだろう。
体当たりを受けた。
後方で支援砲撃を行っている自分は、奇襲の危険さえ除けば安全なはずだった。
だが、今回は違った。
『前線から自分まで、ACが一瞬ですっ飛んできた』
何が起こったのかさっぱり分からなかった。
目の錯覚ではない、自分は機体ごと吹き飛ばされている。
「フリッツ!」
叫び声が届く前に通信機が沈黙した。
どうやら外部との連絡が不可能になったらしい。
衝撃が飛んでくる。
ビルへの衝突だと気付いた。
「ヒャッヒャッヒャ!」
嬌笑などとはほど遠い、原始的な歓喜の叫び。
道連れだ、亡者のただ一つの願い。
そう思うと同時に飛び込んだ。
衝撃で一瞬意識が飛ぶ。
だが、ここで意識が飛べばそのまま永遠の眠りへと直結する。
本能のままにキックバーを蹴り、握っていたレバーを思い切り引く。
攻撃が左腕とコアの一部を持っていく。
回避成功、誰に言うでもなく。
「1人で死にやがれ」
攻撃の勢いのままビルを完全に破壊したACがビルに突っ込んだまま静止している。
至近距離、先ほどまで自分がいた場所、今敵が停止している場所に向けてグレネードを撃つ。
−自爆モード作動−
−広域自爆、目標、機体と周辺施設の証拠隠滅−
グレネードとは違う爆発。
余りにも大きな爆発。
「フリッツ!」
誰かの叫び声。
おかしいな、通信装置は壊れてるはずなのに。
そのまま彼の意識は吹き飛んでいった。
男が立っていた。
その周りには、立ちはだかるように各々武器を構えた数人の男達。
巨大なライフルと日本刀を携えた印象深き男。
それは、男女にとって見覚えのある顔。
男にとっては憎むべき運命の調律者。
そして……
「久しぶりだな」
男が言った。
その一言で冷静さが消え失せた。
本能が顔をのぞかせた。
反応さえさせぬような速度で、走り出す。
今まで一緒にいた女の事、カリナのことも頭から消えた。
走り出した瞬間に一切の音が消え失せた。
ナイフを抜く。
抜いたナイフが男の首を寸断する。
早すぎで血飛沫すら出さない、刹那。
マシンガンが火を噴く。
ショットガンが咆吼する。
だが、音が聞こえない。
ナイフを持たない手で男を殴る。
上半身が吹き飛び、下半身が別ルートをたどって飛んでいく。
間に立っていた男達が全滅する頃、音が耳に入ってきた。
どうやら全ては音速を超えていたらしい。
邪魔をするモノはいない。
そして後1人、こいつを殺せば全てが終わる。
こいつを殺すためならば、何を引き替えにしても
「兄さん……」
一瞬遅れて届いた、その呟き声で理性が戻る。
まずい、と思った。
動きは止まり、世界が色を取り戻し、音も普通に聞こえる。
男を見ると、右腕がこちらを向いていた。
その先には、ライフル。
ああ、見覚えがある。
バーレット アンチ・マテリアル ライフル M82A1。
回避できるわけがない。
この状態では、普通の俺では。
初速800m/s以上で撃ち出される弾丸なんか、普通の人間に回避できるわけが。
……俺は、普通の人間なのかな?
弾丸が貫通し、周りの肉が一緒に吹き飛んだ。
狙いは正確だった。
元々外しようがない距離、5メートルもない。
胸骨が粉砕され、臓器がいくつも致命的な損傷を受けた。
ああ、人間じゃないのかもしれない。
だって、今生きてるんだから。
あれ、でも指が動かない。
全身が動かない。
なるほど、ここにあるのは『思考する物体』なのか。
そんなことを考えながら、ゆっくりと迫ってくる『具現化した死』を見つめていた。
残骸がある。
そこに残っているのは機械と、そして、全身を残骸に撃ち抜かれた人間の残骸。
フリッツ・ハーシェル 死亡
第14話 完
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