ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第13話 戦人の夢−The Nightmare−
 ささやかな勝利、と言う物がある。  大戦争の最中に行われた、とてもとても小さな作戦。  そこで勝利を得た物も、敗北を得た物も、後世から等しく評価は与えられない。  例えば、そう、幾つかの例を挙げよう。  第二次世界大戦で、バルバロッサ作戦のみを本にまとめる者が居たとしよう。  例えばその人間が、ウイーン作戦のみについて詳しく本に纏める行為をするだろうか、否である。  それどころかこの作戦を知る人間が世界にいかほど居るのだろうか。  そもそもえらそうに書く私もよく分からない。  私としてはそのことを踏まえてこの章を始めたい。
ヨーゼフ・エルンスト『歴史論』第5章序文より
 静寂。  そう、機体の駆動音、動作音、それ以外の音しか存在しない空間。  そこに突如とした異音が響いた。  発砲音。  瞬間に、そこにいた機体が目まぐるしく動き出す。  着弾音。  マシンガンやハンドガンのような軽い音ではない。  バズーカやロケットのような音でもない。  もっともっと大きな音。  「何だ?」  声の大小、思いの大小はあれど、それはその場にいる共通の物。  その場のただ1人を除いて。  言葉を訂正しよう。  先ほどの音は発砲音ではない。  砲撃音だ。  砲撃音を合図に、ただ1人が動揺も混乱もなく、状況をもっとも正確に捉えた男が一機を撃破する。  砲撃音から僅かに数秒。  そしてその直後には次の機体に狙いを定めていた。  そして叫んでいた。  『次弾、後方230! 被帽徹甲弾!』  そしてまた砲撃音、着弾音。  ちょうどその地点に来るのを予測していたかの如く着弾する。  ぎりぎりで回避した直後ではそれ以上満足に動くことはできない。  だが、男の方も後方への斬撃である以上満足に狙いはつけられない。  それでも狙いはほぼ正確であったらしい、ACの半身を切断する。  撃破されたと理解した瞬間、その数十秒後にパイロットは脱出した。  意志を新たに、武器を握り。  そんな中でも戦闘は続く。  罠だ、と理性は叫び続けている。  ならばどうするか、もう一つの理性が叫ぶ。  そして本能が決定する。  『罠ならば噛み砕け、神を砕くかのように』  本能は爆笑し、理性は沈黙した。  弾倉を交換し、ナイフを逆手に構え、突撃する。  そう、武器でさえ今はもう頼りにはならない。  頼る物は、何よりも死を知るが故に、最も死に敏感になってしまった、この体、この心臓。  そして、自らの内に秘める、破壊衝動。  無造作に前進し、無造作に破壊する。  ドラム缶を蹴飛ばし、銃弾とともに爆砕する。  弾丸が飛んでくる。  飛んでくるのが見える。  『ゆっくりと音速で』飛んでくる。  『それ』を。  ある時は回避し、ある時はナイフの柄で弾く。  そして同じ軌道をたどり、発射した物へと突き刺さる『それ』は紛れもない弾丸。  大きな、そして強力な弾丸が飛んでくる。  直上から。  彼はそれを感覚で感じ取っていた。  五感のどれでもない、第六感というそれでもない。  言うならば獣の本能が感じ取り、猟師の本能が反撃に転じさせた。  前転、回避、仰向け、狙点固定、射撃、命中、対象死亡。  だが、それは命を餌にした罠だった。  仰向けの状態のまま、十発以上の対物ライフルに貫かれた。  体が跳ねる。  「ジオ!」  カリナが叫んだ。  そしてそこのマシンガンの乱射がなされ、彼女はコンテナの陰に隠れた。  同時に、上から死体が落ちてきた。  女性が叫んでいる。  その近くにマシンガンの連射。  女性は自分に近づけない。  あれ、あの女性はカリンじゃないか。  どうした、化け物を見るような顔で。  ああ、そうか、生きているのが不思議なのか?  こんな傷は2秒で治る。  血が抜けていくのがたまらなく不快だがね。  そうだ、血が足りないな。  よし。  乱射で牽制されながら、跳弾をも利用して反撃するカリナ。  だが。  狙っていた先で、血飛沫が舞った。  何が起こったのか、数人には理解できた。  だが、何故それが起こったのか、理解できた人間はその場には居なかった。  首が飛んだ。  倒れた。  首が取れた衝撃でか、死体が壁に叩きつけられた。  そしてその先には化け物が居た。  首から血を啜り、嗤う化け物が。  それはただの蹴りであり、ただのパンチである。  首がちぎれ、体は歪に曲がり、壁に叩きつけられ、死ぬ。  化け物の銃弾は既に無く、ナイフは弾幕の中で破壊された。  だがそれがどうしたというのだろうか。  「化物!」  血だ。  「何なんだ、お前は!」  血飛沫だ。  恐怖、混乱、血がそこら中に撒き散らされる音、骨が折れる音。  あらゆる地獄を表現する音と光景がその空間には在った。  獣の咆吼。  響くと同時に数人が死ぬ、その少し後にその数倍の人が死ぬ。  それが何度か繰り返され、いつしか銃火は止んでいた。  鼻に入ってくるのは心地の良い血の匂いだけだった。  そして、やることは、この足下に転がる血肉を啜り、血を体内へ。  やっていることは、正しく『化け物』の姿だった。  おっと、忘れちゃいけねぇ、あそこの影には極上の女が居るんだ。  嬲って、犯して、吸って、挽肉にしてやる!  女は棒立ちになりこちらを向いている。  好都合だ。  瞬時に距離を詰め、押し倒した。  だが、それでも女は笑っていた。  「怖くないよ」  そう言いながら、組み敷かれながら。  「私を殺すのならば、一緒に死んであげるから」  その一言がなければ引き裂いていたかもしれない。  「カ……リ…」  最後まで言うことはできず、そのまま気を失った。  砲撃音が続く中、男は疾走する。  至近距離ならばACだろうと戦車だろうと致命傷は疑いのないという触れ込みの新型の手榴弾。  自分がどうなろうとこいつを敵に叩きつけてやる。  そんな信念の元男は走る。  数倍の速度で地面を擦過するACが至近距離を通り過ぎ、衝撃で体が吹き飛ばされそうになる。  だが、それでも男は走る。  謎の砲撃部隊が見えた。  こいつらが居なければ、俺たちは………  言いようのない怒りに任せて手榴弾のピンを噛んだ。  このまま思い切り投げつければ、という男の思いは成就することはなかった。  軽い、ACの銃撃音に比べれば遙かに軽い音が男に向けて放たれた。  力が抜ける、崩れ落ちる。  倒れると同時に、手榴弾が地面へと転がった。  爆音と衝撃波。  数十メートル離れていた数人が衝撃波でよろめく。  「野郎共! 無事か!」  しっかりとした男の声。  その声に答えるように全員が応じる。  「よし、機甲部隊は以降各個に砲撃を行え! 歩兵部隊は俺についてこい!」  「おお!」  歩兵部隊の全員が片方の手を高々と掲げた。  遂に彼らの増援がやってきたのだ。  空挺騎士団(エア・ナイツ)、誇り高き戦闘集団が。  戦いは終局を迎えつつあった。
第13話 完

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