ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



12話 チノイロノユメ−天使の休息−
耳ある者は聞け。 捕われるべき者は、捕われて行く。 剣で殺されるべき者は、剣で殺される。 ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。 (ヨハネ黙示録より)
 眠い。  そして体が重い。  ああ、自分は眠っている。  これ以上ないほど安らかに。  あれ、と思う。  何かを感じる。  安らかな意識の中に混在する『異物』  ああ、嫌な存在だな。  そうだ  ああ、これで異物はもう無い。  安らかに眠れる。  ああ、腕が重いな。  それに少しだけ濡れているな、水とは少し違う何かに濡れているな。  光を感じる。  意識が目覚める。  さあ、目覚めよう。  そして………何を、するんだ?  「おはよう」  顔だ。  目の前に顔がある。  「懺悔の時間だよ」  目の前の顔はそう言った。  「懺悔?」  「そう、私たちはとてもとても罪深き存在、だから、神様に懺悔をするんだよ」  よく見ると、その顔は体がちゃんとあり、神父の格好をしていた。  「カトリック………」  小さな声でそう呟く、それが何を意味するのか、僕には分からなかった。  そうだ、自分は誰なんだろう?  「では、行こうか、ジブリール」  ああ、そうか、自分の名前はジブリールというのか。  「ラグエル!」  みんなの前に立った途端に、抱きつかれた。  無垢なる天使という言葉を具現化したような存在だった。  中性的で男か女かも分からない。  そんな人間が胸の中で泣いていた。  数時間後、部屋と呼ばれた場所へと連れてこられた、まるで堅牢な檻、そうとしか見えなかった。  贖罪、過去の出会い、そんな話。  分からない。  何もかも、分からない。  そんな思いを引きずったまま、宛われた部屋へと向かう。  廊下を歩く。  −知る事が、怖いか?  頭の中に声が響く。  当たりを見渡しても、声の主は居なかった。  −何もしないで、何もかも忘れて、死んでいく事が怖いか?  また、響く。  一度ならば幻聴だと思うかもしれない、だが、二度目はさっきよりもはっきりと聞こえた。  −壊せ! 殺せ! 己の思うがままに!  頭痛がする。  声が流れ込んでくる、誰かの声ではなく、他ならぬ己の内なる声が。  頭を押さえて倒れ込んだ。  だが、そのまま床に転がる事はなかった、無邪気な声が響いた。  「大丈夫? ラグエル」  先程自分に抱きついた、あの少年だった。  耳元で、心地良い賛美歌が聞こえてくる。  先程、自分を支えてくれた少年−名前はハニエルというらしい−の声だ。  いつの間にか頭に響く声は消えていた。  やはり幻聴だったんだろう、そんな風に自分を納得させていた。  やがてそれ−賛美歌、そして自らの思考−も終わった。  「ラグエル、昔のこと、忘れちゃったんだね」  「う、うん」  覚えていない、昔のこと、全部。  思い出そうとすると頭痛がする、考えるのももう、嫌になっていた。  「ラグエルはね、ミサの洗礼で一度僕たちの前から居なくなってたんだ」  ミサの洗礼で、死んだ?  死んだのか?  そう、死んだのだろうか、では、ココにいるのは誰なんだ?  「ミカエルは、僕が洗礼を受けるはずなのに、代わってくれたんだ、とても痛いモノだからって」  「優しかったんだね、僕」  「うん、とっても」  ハニエルが優しく笑う。  そして、なにか違う存在、『異物−すなわち自分−』への違和感は高まってゆく。  「ハニエル」  「神父様?」  「そろそろミサの、洗礼の時間ですよ」  「はい、あ………」  「どうしました?」  「神父様、その前にラグエルと礼拝堂でお祈りしてきてもいいですか?」  「いいですよ、でも少しだけですよ」  「うん、行こ、ラグエル」  そしてお祈りが終わる。  「ラグエル、少しだけ待ってて、ミサが終わったら、迎えに来るから」  「え?うん」  「よかった」  ハニエルは笑った、そして、ミサに向かった。  その後見たことは、何だったのだろうか。  そう、少しだけ、記憶の隅に、体験した瞬間から記憶の隅へと追いやられた記憶。  紛れもない、ハニエルの死。  そうだ、礼拝堂に戻ってきたハニエル。  近づいていく自分。  倒れたハニエル。  抱き起こす自分。  頭の中に紛れ込むイメージ。  互いに殺し合い、喰らい合い互いの血を混ぜ合う、凄惨な殺しあい。  ――なんて、甘美な世界  思う瞬間に、ハニエルが笑顔を見せて。  そしてハニエルの時間は止まった。  永遠に。  駆け出す。  洗礼。  鮮血。  人の血。  何を求めて走り出したのか、もう何もかもわからない。  とにかく走り出す。  そして、最後に意識の片隅に浮かんだ言葉が最後の理性を失わせた。  それはもしかしたら、自分の背後からかけられた声だったのかもしれない。  「戦闘兵器オルフェラウス」
わが魂、もっとも輝かしきもの…汝はどこに行ったのか。 戻れ、還ってくるがよい。目覚めよ、輝ける魂よ、汝の陥った偽りのまどろみより…。 私に従え、汝が原初より住んでいた高貴なる地へ向けて…。 (レクイエムより)
 そして、破滅。
第12話 完

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