ARMORED CORE BATTLE FIELD OF RAVEN



第10話 数分間の出来事
 服にこびりついた血は放っておいた。  何も話さず、何も考えず、見る。  まだ『敵』の数は多い、手を伸ばせば鷲掴みに出来るほどに。  笑う、口元だけで笑う。  『狩り』が出来る。  たくさんの血が見られる、たくさんの死が見られるよ、久しぶりだ、本当に、久しぶりだ。  とても、嬉しい。  ふと、我に返る。  『何を考えていた?』  自問自答、答えは出ている、だが、それが何を意味するかは分からない。  急に恐ろしくなる。  叫びたい、叫べば見つかる、叫べない。  理性と本能の間で悶える。  逃げ出した、どこへ逃げるという思考はない。  ただ、全力で逃げたかった。  それが何か。  それさえも考えない。  恐怖から、という事でもない。  ただ、自分から逃げたかったのだ。  あっという間に4機が撃破された、その事実に驚く。  だが、すぐに頭を切り換えた。  「攻撃だ! 攻撃しろ!」  叫ぶと同時に自分がまず率先して飛び込む。  今、彼らは距離を開いて展開している上に、自分の物が弾切れらしく、マシンガンを奪っている途中の機体さえあった。  ここで攻撃しなければ被害はさらに増えていくだろう。  そう判断したからこそ、彼は飛び出した。  だが、瞬間的にその判断が出来たのは隊長である彼だけだった。  時間にしてほんの数秒、その差でも、ACという機体は大きく距離が離れる。  ルシードが彼らしくない大振りな構えで5機の前に立ちはだかる。  それによってさらに数秒の間、5機の動きを止めた、その数秒で十分だった。  その数秒後には軽重の2機が後方から支援攻撃を開始したのだ。  そして隊長機は3機から攻撃を受けて倒れる。  しかも、マシンガンを奪っているはずの機体−ノアの物だ−は、自分の持っていたマシンガンを発射した、罠だったのだ。  「くっ………2番機、指揮を受け継げ! この機体はもう無理だ!」  叫んだ後、せめて一機だけはと目の前の機体、ミューアの機体にブレードを突き出した。  だが、その苦し紛れの一撃を受けるような彼女ではなかった。  しゃがみ込んでその一撃を回避すると、その腕めがけて右膝を叩き込み、折った。  彼女は空中で静止し、回転する。  その姿はまるで美しき舞のようで、思わず見惚れた、見惚れてしまった。  この瞬間に近距離でバズーカを撃ち込めば、そう思った瞬間にはもう遅かった。  実は回転はとても鋭かった、あまりにも精神が興奮し、全てがゆっくり見えたのだ。  ACの踵が、コアと頭部を激しく揺さぶる。  彼女はそのまま折れたまま繋がっていた左腕を両腕で抱きかかえ、左足を使って逆方向の力を与えながら、隊長機を回転させる。  そして地面に叩き付け、脚部をブレードで一閃し、戦闘能力を奪う。  機体の完全破壊は短時間では不可能だと判断し、3対5の不利な状況に楔を打ち込むため、彼女も数百メートルの距離を飛び出した。  その直後に、照明弾が空を舞った。  気付けば相当危険な領域に飛び込んでしまったらしい。  道が複雑な上、遮蔽物が多いからどうにかなっているが、何か大きな物音があれば、雲霞の如く部隊が押し寄せるような場所だった。  「これは、最悪だな………ひとまず、何とかして逃げるか」  死ぬまで戦う、自分の信念のため死ぬならまだしも、状況が見えないうちに闇雲に戦って死ぬ程、彼は単純ではなかった。  辺りを見渡す、耳を澄ます。  安全な場所飛び出し、出口まであと数メートルとなったとき、目の前に誰かが飛び出した。  直後にナイフが閃いた。  「照明弾だと………」  一瞬だけ逡巡する。  その直後に敵部隊が後退した。  「追うわね」  「やめろミューア、こっちも逃げるんだ、これ以上の幸運が続くとは限らない」  ノアがまず率先して後ろへ下がる。  そこには6機の残骸が転がっている。  一つ間違えば、それは彼らの姿だったかもしれない。  「ノア、手遅れだ、索敵機の長距離レーダーに捉えられてる………どうやら第2次攻撃隊らしいな」  「第2次攻撃隊だぁ? 航空爆撃隊じゃないんだぜ?」  「事実だ」  「分かった、総員戦闘モードを維持、但し戦闘エリアを変更する、場所はここだ」  そう言って彼が指示した場所は、ある意味で意外な場所だった。  「君は、ギーレンと言ったか………」  市庁舎の倉庫、そこに2人はいた。  「ええ、そうです、ついでに言えばあの方の部下でもあります」  「………そうか、やはり生きていたのか………あの馬鹿息子が………」  「ええ、生きていますよ、2人の息子も、愛娘もね」  「だが、明日は違うのだろう?」  「ええ、違います、少なくとも1人は死にます、下手をすれば全員が死にます、それがあの方の………意志なのです」  「そうか………ならば私も少し覚悟を決めるとしよう」  「死ぬつもりですか?」  「そんな事はないさ………子供を、愛する子供を失う覚悟さ」  そう言って、軟禁された彼は眠りにつく。  市長という責務も、親としても責務も、全てを投げ捨てるように軽く笑い、それでも少しだけ涙を流しながら。  振り下ろされたナイフを数ミリの間隔で回避した。  「ヒュッ」  口笛が鳴る。  一瞬だけ、響かない程度に。  回避した『目の前の人間』が回避した方向と同じ方向から銃を横払いで殴りつけてきた。  余裕の回避、体を屈めると、ナイフを突き上げ首を狙った。  体を後ろに倒すだけの回避、床に滑るように倒れると無防備に腹を晒す自分に向けて銃を構えた。  発射された弾丸がよく見える。  弾丸は腹に突き刺さる、普通ならば。  重心を一気に頭に持っていき、空中で前転する。  頭に程近い位置を弾丸が通り過ぎる。  直後にその位置に頭が移動する。  頭を中心に回転し、銃弾が体の表面をなぞっていくのを感じた。  天井で銃弾がはじけ飛ぶ音が聞こえた。  「これだ………この感触」  戦闘、戦争、殺し合い。  楽しい、楽しいんだ。  血の混じった肉の感触、感じたい。  回転した勢いで、出口のすぐ上に足をかけ、勢いを止めると、無造作に壁を蹴り真後ろに下がる。  既に空中でナイフを体に突き刺す体勢が整う。  着地し、足に力を入れる、直後に、『敵』の顔が見えた。  「カリン………」  「ジオ………?」  お互い武器を構えたまま、数秒が経ち、口を開こうとした時だった。  銃声が響いた。  最初にその地点に到着したのはノアだった。  「しかし、こんなところで大丈夫なのか?」  「何が?」  「地形を見れば俺の言いたい事は分かるだろう?」  ここは市民層に程近い打ち捨てられたオフィス街だった。  先程まで居たスラム、居住区画とは違い、区画整理され、奇襲という手段を使うのが、  『不可能ではないが甚だ困難』な地形だった。  「まあ、分からないわけではないが、これは一種の賭だよ」  「負けたら?」  「多分この中の3人は死ぬんじゃないかな」  あっさりと言い放つ。  そのあっさりとした口調に、フリッツでさえ思わず納得してしまいそうなほどだった。  「あっさり言うね、勝率は?」  「そうだな………あそこでネチネチ戦ってるよりは高いんじゃないかな、   まああっちなら負けても死ぬ確率は低いだろうが」  「まぁ、負けるのは嫌いだから、そう言う事なら賛成するわ」  「はぁ………負けるのと死ぬのとどっちが大事なんだか………」  思わずフリッツは頭を抱えて、笑った。  「ま、いいさ、惚れた女がそう言うんだ、俺も死ぬまでつきあってやるさ」  「反対してももう戻れないのは分かってるだろ」  ルシードが思わず言った。  「その通りだ」  笑いながらフリッツが言った。  「さ、お客さんだ、そろそろ始めようじゃないか!」  「市長、では私はもう行きます、貴方も自由にして頂いて結構です、家へ帰るなりここにいるなり好きにして下さい」  「そうか………では私の希望を聞いて貰おう」  「何なりと」  「見届けさせて貰おう、戦いを最後までな」
第10話 完

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